中央暦1639年4月15日 10:00
ロウリア王国 王都ジンハーク/ハーク城
ジンハークにある王城ハーク城では、ロウリア王ハーク・ロウリア34世も参加し、緊急の御前会議が開かれようとしていた。
つい2週間半前にも、クワ・トイネ公国とクイラ王国との開戦を決断すべく会議は開かれたが、今回の会議はそれ以上に重大なものであった。
「これより御前会議を始めます……」
前回の会議同様に進行役を努めるパタジンが口を開く。
だが今の彼に、前回のような意気揚々とした気色は完全に失せていしまっていることが誰の目からも読み取れた。
「2時間ほど前、クワ・トイネ公国に向けて海上を進撃していた王国海軍東方征伐艦隊のシャークン提督から、魔信による連絡がありました……」
また、パタジンの落ち込みに合わせるかのように、会議参加者ら、そしてハーク・ロウリア王でさえも沈黙を貫いている。
そしてその沈黙は、次にパタジンの口から出た言葉によってさらに深まった。
「東方征伐艦隊は、出港から2日後にオーシア海軍と沖合いにて交戦しました。艦隊は竜騎士250騎の援護があったにも関わらず、艦隊の4400隻中3500隻近くが撃沈され、竜騎士250騎も全滅……」
この戦争のためにロウリア王国は建国史上、ワイバーンも軍船も人員もかつてない規模のものを準備した。
にも関わらず、一騎当千を謳うワイバーンも、非常に大量に用意した軍船も、かつてないほどの大損害を被った。
「これを受けて、シャークン提督はオーシア海軍に対して降伏しました……」
この戦闘で受けたロウリア海軍の被害は、敵への降伏と撃沈合わせて合計約4300隻。
水兵も14万人中13万5千人を喪失するという甚大なものである。そもそも艦隊の整備には6年を費やしたため再建の目処は立ってない。
「また、クワ・トイネ公国に向けて陸上から侵攻予定であったパンドール将軍率いる東方征伐軍ですが、こちらは3日前から連絡が途絶えていました」
パタジンがこの話をし始めると、会議参加者は片眉を吊り上げたり、目を見開くなどの反応を示す。まるでそんな話は聞いてないとでもいうかのような――というか聞いてなかった。
というのもその話は、つい先ほど届けられたばかりの情報であり、どうにもこの会議に参加してる人間でもパタジンの他は数名にしか伝えられていないらしい情報だった。
「確認のためワイバーンを王都から派遣したところ、竜騎士が国境線付近の東方征伐軍本陣が消滅していることを確認しました。生存者はおらず、本陣跡には原型を留めていない屍の山と、焼け焦げた大地が残されていたそうです……」
永遠に続くかと思われた会議室の静粛は、パタジンのこの報告によって僅かばかり破られる。
ヒソヒソ声や、驚愕による独り言。
室内の人々が動揺していることの表れだ。
当然といえば当然、パタジンの言う話を会議参加者らは聞かされていなかったし、そもそもその被害は人的被害のみを計上したのなら海軍の被害よりも甚大だからだ。
「東方征伐軍が完全消滅したと考えられる場合、その損失は兵士40万人、竜騎士150騎に上ります……海戦における被害から考慮して、こちらもオーシアが関与しているものかと……」
再び静粛に包まれる室内、今度は会議参加者ら全員が絶句していることが原因だろう。
だがその静粛を破るかのように、ロウリア王国三大将軍の一人と称されるミミネルが「ドン」と強く机を叩き、勢い良く立ち上がる。
「宰相! そもそも貴方の話では、オーシアは大した脅威にならない国だった筈ではないのか? それに我が軍が越境した直後にオーシアから宣戦布告があったようだが、それの報告を何故しなかった?」
ミミネルが宰相のマオスを睨み付けながらそう言いつけると、マオスもまた反論せんと口を開く。
「確かにそう言ったし、報告もしていない。しかし竜騎士も持たぬような新興国が、まさかここまでやれると誰が予想できたか? 予想しなかったからこそ、全員が戦争を認めたのであろう?」
「ほう、逆ギレか? 自分の発言に責任も持てぬとは、とんだ愚か者ですな」
「ふん、それを言うならあれほどの大戦力にも関わらず敵相手に勝てなかった軍の責任でもないか? 負けた責任を他人に擦り付けようとするとはな」
「それは、そもそもオーシアがどんな国か深く読まなかった宰相が問題であって、軍の責任では……」
「もうよい!」
室内に響き渡る重厚なその一声に、ミミネルとマオスは黙り込む。ハーク・ロウリアであった。冷静になったミミネルとマオスも王の前で醜態を晒してしまったと恥をかく。
それを傍目に留めながら、ロウリア王はパタジンに尋ねる。
「パタジンよ、再度クワ・トイネに攻め込めるだけの戦力はどれほど残されているか?」
威厳ある声でロウリア王はパタジンに尋ね、パタジンは臆しながらも答える。
「……兵士が10万、軍船が100、竜騎士が100騎ほど残っています。これだけでもクワ・トイネの総戦力を凌駕していますが、国の防衛を考えると他国への侵攻などということはとても、出来そうにはありませぬ」
パタジンの返答にふむ、とロウリア王は考え込んだあと、黒いローブに身を纏った、この会議室にいる参加者の中では特に異様な存在を放っている者の方へと振り向き尋ねる。
「パーパルディア皇国の使者殿よ、このロウリア王国の危機に今一度、貴国の支援を願えないだろうか?」
「……」
しかし、黒いローブの者は答えない。やがてやぶさかに席を立ち上がると、黒いローブの者は無言で部屋を出ていこうとする。ロウリア王はその後ろ姿に声を投げ掛ける。
「どこへ行かれる?」
「フン……馬鹿も休み休み言ってほしい。無能な公らのせいで我々は張尻合わせに奔走だよ……危ない橋を渡ってまでロウリアに投資したのはロデニウス統一で得られる見返りあってこそ。それがご破算となった今、ロウリアの存亡など心底どうでもよい。これにて失礼」
「なっ……! 大王様に無礼ですぞ!」
黒いローブの者の対応にマオスが抗議するが、黒いローブの者はそのまま部屋から出ていってしまった。
王としては衛兵に彼らを取り抑えさせることも出来たのだが、彼らはパーパルディアの使者だ。
そんなことをしてしまえば、ロウリアはパーパルディアと戦争になってしまう。あのまま放っておくしかない。
「もはや、これまでか……」
列強による手助けもなくなった今、ロウリアがやれることはもはやない。
ロウリア王が黒いローブの者の退室を見送りながら呟いたその時、入れ違いに一人のロウリア軍人の男が入ってくる。
「会議中失礼します!」
何事かと視線が男に集まる。
「先ほどオーシア連邦から、クワ・トイネの外交部を中継して此方に向けられたと思われる魔信が入りました……」
「何だと?」
敵であるオーシアからの魔信が送られてきたということで会議室にいる人間は一斉に男へと視線を向ける。
「内容を……内容を、言います。『オーシア連邦はロウリア王国に対し、降伏を勧告する。なお、降伏する場合はその旨を魔信で発し、クワ・トイネ及びクイラとも停戦せよ』」
まさかの降伏勧告である。
「あと、それから……」
「それから?」
「はっ……『現在我が国の海軍戦力が貴国王都の近海に展開している。この降伏勧告を呑まなかった場合、オーシアには貴国の侵攻軍を消滅させた攻撃を貴国の王都に対して投射する用意がある』……とのことです」
再び室内が沈黙に包まれた。今度のそれは静粛でも唖然でもない。絶句である。侵攻軍40万を消滅させた攻撃を、脅しとは言えオーシアはこの王都に向けようとしている。
そうなった場合、この王都は、そして王城にいる自分達はどうなってしまうのか――。
「陛下、敵の謀略という可能性もあります。ここは冷静に判断すべきでは……」
パタジンがロウリア王に提言するが、ロウリア王は「いや……」と否定し、口を開く。
「降伏しよう。いずれにせよ侵攻出来るだけの戦力を我々は失ったのだ。こんな状態で侵攻など出来る筈もあるまい。それに、敵の攻撃がここに向けられた場合……大勢の犠牲が出るであろう。我々の野望は潰えたのだ」
ロウリア王はひどく落ち着いた声でそう言う。それはもはや諦めも含んだ、いっそ清々しいほどの声音だった。
「マオスよ、降伏すると、オーシアに伝えよ」
ロウリア王は宰相に命じ、宰相は報告してきた男に対して返伝の内容を伝えさせた。
ロウリア王国がオーシア連邦に対して降伏を宣言、クワ・トイネ公国及びクイラ王国と停戦する旨を魔信にて発したのは、中央暦1639年の4月15日、正午のことであった。
クワ・トイネと戦争する間もなく降伏したことは彼らにとって屈辱的であったが、国が亡ぶよりはマシなことであった。
ロウリアの降伏宣言を受け、王都ジンハーク沖合いに展開していた空母アンダーセン率いるオーシア第3艦隊がジンハーク北の港へと停泊。
近日中に本国からオーシア外交団がV-22オスプレイにて空母アンダーセンへと飛来し、そのあと彼らはジンハークへと上陸していった。
ここに戦争は終わった。
それはロウリア王国の宣戦布告から僅か三日で終結した。
これは3ヶ月で終結した環太平洋戦争よりもひどく短いもので、半年以上も続いた灯台戦争を経験したオーシアにとっては、あまり戦争と言えるようなものではなかった。
中央暦1639年4月21日
パーパルディア皇国 国家戦略局
国家戦略局、それは国外での皇国の権益の確保等に携わるパーパルディア皇国の部署である。その部署の一室に皇国人の男2人が居た。
「……以上、ロウリア王国はオーシア連邦に降伏、クワ・トイネ公国及びクイラ王国とも停戦した模様です」
片方の男――パルソが冷や汗をかきながら、上司であるもう片方の男――イノスに報告を行う。
「ロウリア王国支援は我々国家戦略局の独断だ……ロウリア王国に一体どれ程の支援を行ってきたと思っている? 勿論隠蔽工作は行うが、万が一この事が皇帝のお耳に触れてみろ。国家戦略局そのものが危機に立たされる。そうなれば、お前も私も唯では済まんだろうな」
「も……申し訳ございませぬ!」
パルソはイノスに90度に近い直角でお辞儀して謝罪する。
「いや、怒ってる訳ではない。ただ……上手くいけばロデニウス大陸の資源と権益を一気に我が国が掌握し、その手柄を持って皇帝陛下にご報告する予定だった。そうなれば我らの評価も相当なものとなっていた筈……今となっては、お前も私も、自分の命の危険を考えなくてはならなくなったがな」
それにしても、とイノスは自信の顎に手を当てて思考する。しばし後、イノスは口を開く。
「ロウリア程の規模を持つ国が、我々の支援があったにも関わらず、僅か三日で名も知れぬ新興国に敗れたとは、信じられんことだな。敵は一体どのような兵器を使ったのだ?」
イノスはパルソに向き直り尋ねる。
「それが、その……現地諜報員のヴァルハルにはロウリア艦隊に随伴し、戦闘を確認するよう指示したのですが、戦闘で行方不明となっています。詳細不明です」
「諜報員が死んでしまっても、戦闘に参加していたロウリア軍人が居るだろう。そこから情報の一部くらいは聞き出せる筈だ」
だがパルソは目を泳がせ、しばしのち答える。
「それが……ヴァルハルの後任に現地入りした諜報員が情報を収集しているのですが、侵攻軍に生存者がいないため情報を収集出来ません……」
「バカな。侵攻軍は確か40万はいたはず、それが開戦から3日以内に全滅しただと?」
「はい……海軍に関しては少数だけ生存者がいましたが、オーシアは音の速さで飛ぶ飛竜を操り、神龍が繰り出すような爆裂魔法を連発するとか、荒唐無稽な情報ばかりです。なにぶん、生存者が少な過ぎて聞き出せたのは今のところ10人にも満たないとのことですが」
再びイノスは考えるが、すぐ口を開く。
「ふむ、それは情報操作だな。聞き出せた人間がそれだけ少数なのだから、間違いないだろう。しかし現地の諜報員が死んだとなると……ふむ、都合がいいな」
「は?」
「分からんか。証拠を消すのだ。ロウリア王国の支援に関する書類を全て焼却しろ。諜報員も情報収集を中断して引き上げさせろ。我らの関わりの証拠を何一つとして残すな。国家戦略局と自分、家族の為にもな」
ロウリア王国を支援していた国家戦略局は、ロウリア王国が引き起こした侵略戦争の一部始終を徹底的に隠蔽する事を決定した。
中央暦1639年4月22日
クワ・トイネ公国 公都クワ・トイネ/政治部会
「――というわけで、ロウリア王国はオーシア連邦に降伏、我が国およびクイラ王国とも停戦しました。ロウリア王国はこの敗戦で不満分子を押さえきれず、国内問題を押さえることに全力を挙げています。現在は国外へ派兵する余裕もなく、一部のオーシア軍が治安維持活動を手伝うべく、ロウリアに進駐を開始しています。我が国はクワ・トイネ公国は救われました」
場がどよめく。当初はオーシアの国力を疑問視していた者たちもいたが、彼らは沈黙し、大多数が親オーシア派となった瞬間であった。
「ロウリア王国の残存兵力は?」
「10万人近く残っていますが、ロウリアは国内の反乱を押さえる必要があるため、この兵力が国外に向くことは現状ではありません。本戦争でのロウリア王国軍の被害は、竜騎士の半数以上を損失、兵士も45万人以上の戦死者を出しています。海軍につきましては、ロデニウス沖大海戦でオーシアに多数沈められ、降伏した際に大半を鹵獲されたことで、軍船も水夫もほぼ残されていません。なお、ロウリア諸侯のいくつかがロウリアからの独立を宣言し、関係改善の書面を我が国に送ってきております。それと民間人の死者ですが……ゼロです」
軍務卿が長い報告を終える。オーシアはかなり派手なことをやってのけたが、民間人に死者を出さないとは、ずいぶんとクリーンな戦争をやってのけたものだ。
それこそかつての灯台戦争が開戦した当初のエルジアのように。
おそらくそれは今回ばかりのものであろうが、それでも大したものだ。首相のカナタが手を挙げ、ゆっくりと発言を始める。
「いずれにせよ、我が国は助かった。これは喜ぶべきことである。オーシアとは、友好関係を続けたいものだ」
クワ・トイネ公国への攻撃から始まったロデニウス大陸の戦争は、オーシアの介入によりわずか三日で終結を迎えた。
ようやくロウリア戦終了、やっとチュートリアル終わったか…