中央暦1639年6月10日 10:30
ムー国 マイカル市/アイナンク空港
第2文明圏最強にして列強第2位の大国、機械文明国家ムー。永世中立国でありながら第2文明圏を統括する大国であり、世界最強と唱われる神聖ミリシアル帝国の次に国力を持つ、誰もが認める列強国の一つである。
そんなムー国の技術士官マイラスはこの日、外務省から突然呼び出しを受けた。呼び出し先は空軍基地が併設された民間空港のアイナンク空港である。この世界有数の数少ない国際線の定期航路を持つ大型空港だ。
(外務省が技術士官をわざわざ空港に呼び出すとは何事だろう?)
マイラスは自身が呼ばれた理由を空港控え室にて考える。外務省が技術士官を空港に呼び出す意図が彼には分からない。そもそも軍人が外務省に呼ばれること自体が珍しいので、彼には理由が見当もつかなかった。
しばしマイラスは考えていたが、やがて控え室の扉が開かれたため思考を中断する。控え室に入ってきたのは、マイラスの上司と外交用の礼服を着た男性2人の男計3人だった。おそらく後者は外務省の人間だろう。
「待たせたねマイラス君。……外交官殿、彼が技術士官のマイラスです」
「初めまして、技術士官のマイラスです」
上司に紹介され、マイラスは慣れない笑顔を作って外務省の人間に挨拶する。挨拶もそこそこに4人は控え室のソファへと座り、やがて外務省の人間――おそらく外交官らしい――の1人が話を切り出した。
「さて早速だが……君にお願いしたいことがある。端的にいえば正体不明の国の技術水準を探って欲しいのだが、どこの国だと思う?」
「正体不明の国、ですか……?」
マイラスは思い当たりそうな国を考えるが、心当たりがない。ちなみにグラ・バルカス帝国が世界中に名を馳せるのは、彼らが4ヶ月後に戦艦1隻で列強レイフォルを滅ぼして自国の植民地にしたあとのことである。
「……すみませんが、あまりそれらしい心当たりがありません」
「そうか。本日、東部沿岸に灰色の船が1隻現れた。海軍が臨検したところオーシア連邦という国の所属で、同国の大使が乗ってたそうだ。国名に心当たりは?」
オーシアという国名にはマイラスも心当たりがあった。
「オーシアなら……人口だけなら列強並みと言われたロウリア王国を3日で敗北させた国、という事だけなら知ってます」
「そうか。そのオーシアの大使が我が国と国交開設の交渉をしたいと言ってきた。ここまではよくある話なんだが……」
次に外交官の口から飛び出した言葉に、マイラスは驚愕した。
「問題は彼らの乗ってきた船だ。彼らの船は帆船ではないのだ」
「まさか……」
「そして魔信探知機にも反応はなかった。魔導船でもないということは、おそらくは機械による動力船と思われる」
「なんと……我々以外にも機械動力船を持つ国が存在したのですか」
「だが、それ以上に問題なことがある。我が国の技術的優位を見せつけようと、会談場所をこの空港に指定したら飛行許可を取り付けて飛行機械で飛んで来たのだ」
「なっ……!? 本当ですか?」
驚愕するマイラス。なにせ飛行機械といえばムーしか製造や開発を行っていないような存在だ。少なくとも飛行機械の運用にはそれなりの技術が必要なので、オーシアはかなりの技術水準を持つことになる。
「あぁ、彼らの船や飛行機械を見るに彼らは我が国に匹敵する力を持つように思える。そこで一つ君に頼みたい」
「なんでしょう?」
「会談は1週間後に行われる。それまでにこの国を案内するという形で彼らに我々の技術を見せつけるとともに彼らの技術について探りを入れてほしいのだ」
「なるほど……わかりました。やってみます」
「頼むよ。ああ、そうそう。件の飛行機械と機械動力船を撮した写真があるんだが、なんだったら見てみるかね?」
外交官がマイラスに2枚の写真を渡す。マイラスには分からなかったが、そこにはオーシア海軍の通信情報艦『アンドロメダ』とH-9ヘリが撮されていた。だがマイラスには写真を見ただけでそれが何であるかは理解できなかった。
ヘリの方は回転翼機の一種であることくらいはマイラスにも分かった。だがアンドロメダはどんな船なのかマイラスにも理解できない。軍艦のようだが武装は少なく、なぜか通信アンテナらしきものが大量に取り付いてる。
ムーには存在しないようなその艦の写真を観察したマイラスだが、結局その写真だけでアンドロメダの性能を図るのは不可能と判断して諦める。また一同はそれぞれの本来の仕事に取りかかるべく解散したのであった。
ー5分後ー
同空港 来賓用応接室
マイラスは、オーシアの大使が待つという空港の来賓用応接室の扉を開けた。部屋には2人の男女がソファーに座っていた。2人はマイラスの入室に合わせて立ち上がり、彼らはお互いに挨拶を交わす。
「こんにちは。会談が開催されるまでの1週間、このムーのことを紹介させていただきます、マイラスと申します」
「オーシア外交官のシンクレアです。今回はムーのことをご紹介していただけると言うことで大変嬉しく思っております。こちらは補佐官のスコットです」
互いに挨拶と握手を交わす。マイラスは文明圏外人とは思えないほどに落ち着いた相手の態度と丁重な言葉使いを意外に思うと同時に、なるほどこのオーシアの大使――シンクレアと名乗った――は女性なのか、と思った。
「長旅でお疲れでしょうから本格的な案内は明日からとします。本日はこの空港をご案内してからホテルへお連れします」
マイラスが案内する形で3人は控え室を出てアイナンク空港内の空軍用格納庫へと向かう。彼らが格納庫に入ると、そこにはムー空軍の紋章が描かれた複葉機が何機か駐機されていた。マイラスは2人に説明を始める。
「これは我が国の戦闘用飛行機械である最新の戦闘機『マリン』です。最高速度はワイバーンより速い時速380キロ、前部に機関銃――連射可能な銃を2丁搭載しています。生物でない分ワイバーンよりも運用コストが低く、空戦能力もワイバーンより上です。我が国が単独で開発し、運用してるのも我が国だけとなっています」
自国の最新のものを見せつけて相手の反応を見ることで、オーシアの技術力を図ることにしたマイラス。マリンを説明する傍ら、オーシア人を見てみると、2人はマリンを見て「ほー」と感心したように声を漏らしていた。
「完全自国開発ですか……それにしても現役の複葉戦闘機なんて初めて見たなぁ。おおよそオーシア戦争直後のベルカ軍戦闘機とほぼ同世代ってところかな?」
「へぇ、オーシア戦争となると、たしか100年前の戦争でしたっけ?」
「112年前ですよ。終戦は1910年です」
マイラスはシンクレア大使と、補佐官――確か名前はスコットだったか――の2人の会話に違和感を覚える。会話の内容からして、やはりオーシア人も戦闘機のことは知ってるらしいことをマイラスは察した。
しかし、どうもマリンが100年以上前の戦闘機と同世代機と言ってるようにマイラスには聞こえた。まさかムーの最新戦闘機を100年前の代物と言えるレベルの戦闘機をオーシアは持っているのだろうか?
それにまだ気になることがある。先ほど2人の会話から「オーシア戦争」なる戦争が100年以上前に起きたらしいが、終戦が1910年と言っていた。今年は
「すみませんが、オーシア戦争とはいったいなんでしょうか?」
「え? あぁ、オーシア戦争は112年前、我が国と隣国ベルカ公国の間に起きた戦争です。航空機が戦力になることが初めて認識された戦争だとも言われていますね」
オーシア戦争。
1905年、軍拡と領土拡張を競い合っていたオーシア連邦とベルカ公国の間に勃発し、5年もの間続けられた戦争である。27年前の1995年に起きたベルカ戦争以前に両国が激突したいくつもの戦争のうちの1つだ。
戦中、ベルカ空軍特務大佐フランクリン・ゲルニッツが、当初偵察任務に投入されていた航空機に爆撃作戦の可能性を見出したことにより、航空機が戦力になることを人類が初めて認識した戦争としても知られている。
この戦争以降、世界各国は空軍を設立し「空を制する者が地上を制す」というスローガンを掲げて航空戦力拡張に乗り出した。もちろんここでいう世界各国とはオーシアが転移する前の世界にいた国々のことである。
「へぇ、112年前ですか……うん?」
マイラスは違和感を覚える。スコット補佐官の話からしてその112年前の戦争にオーシアは飛行機械を投入しているらしい。しかし、
(オーシアは我が国より何十年も先に飛行機械を開発している? いや、まさか……とりあえず他の事も聞いてみよう)
マイラスはオーシア人に別のことも質問してみることにする。
「航空機が戦力になる、ということはオーシアにも戦闘機があるので?」
「はい、もちろんありますよ」
マイラスの質問にスコット補佐官が答える。やはり戦闘機はあるようだ。マイラスはもう少し探りを入れることにする。
「へぇ……具体的にどのような種類があったりしますか?」
「そうですね……イーグル、ファルコン、ホーネット、トムキャット、ラプター、ライトニング、スホイ、ミグ、ファントム、タイガー、タイフーン、ラファール、グリペン、あとワイバーンとかもあったっけ……あー、戦闘機だと両手指で数えきれないくらい沢山種類がありますね」
「そんなに沢山あるんですか?」
スコット補佐官は指を折りながら戦闘機の名称らしきものを呟いてたが、やがて数えるのを諦めてしまった。ムーですら戦闘機はマリン含め3機種程度しか運用してないのに、オーシアはその倍を運用してるらしい。
機体は種類が多いほどに整備面などで不都合が出てくるが、なぜオーシアはそんな非効率なことをやってるのだ? というよりさっき
「種類が多すぎると整備や運用が大変じゃないんですか?」
「いえ、機体は沢山でも大はエンジンから小はネジまで整備部品の規格を統一してるので、そうでもないですよ」
そんなものなのだろうか、いやそんなわけないだろとマイラスはスコット補佐官の説明を聞いて思った。マイラスは最後にオーシアの戦闘機の出せる速度について質問してみる。戦闘機において速度は大事だ。
「ところでオーシアの戦闘機はどのくらい速度がでるのですか?」
「速度は……だいたいどれもマッハ2くらいは出せますね。確か速いものならマッハ3も出せたと思います」
マイラスは最初、スコット補佐官の言ってる事が分からなかった。
(マッハ……まさか音速のことか? オーシアの戦闘機は音より速く飛べるのか!?)
スコット補佐官の口からさらっと飛び出してきたトンデモ発言にマイラスは仰天する。あまりにも軽く発言されたのでジョークの可能性もあるが、真相を確かめようにもそろそろ時間であることにマイラスは気付く。
「そ、そうですか……それにしても、ぜひ一度でも貴国の戦闘機を目にしてみたいものです。ではそろそろ、今日はこの辺にしてホテルに移動するとしましょうか」
マイラスに案内される形で一行は空港を後にした。外にはムーが誇る自動車が待機していたが、彼らは驚くことなくそれに乗り込む。マイラスが聞いたところ、オーシアにも自動車が大量に出回ってるとのことだった。
自動車のなかで互いの祖国の話をしてるうち、一行はムー国内の高級ホテルに到着する。マイラスは次の日にムーの歴史と海軍の一部を案内することを約束してホテルのロビーへと入っていく2人を見送った。
マイラスは彼らを見送ったあと、ムーは航空分野でオーシアに大敗してるかもしれないと思った。それにまだ例のオーシア戦争の終戦が『1910年』というのも気になる。明日の案内で彼らのことをより深く探ろうとマイラスは決めた。
・通信情報艦アンドロメダ
オーシア海軍に所属する通信情報艦。
最初はローリー級ドック型揚陸艦の1隻として建造されたが、後に通信傍受任務を行うための通信情報艦へと改造された。
武装は自衛用の76mm連装砲2基4門、20mmCIWS 2基、装備は多種のレーダー、ソナー、各種通信機材、電子戦機材等。
2010年の環太平洋戦争にも参加し、空母ケストレルの艦隊にて、通信傍受により核兵器流出計画を含むテロリストの行動を察知するという通信情報艦の名に恥じぬ活躍をしている。
2022年現在かなりの老齢艦だが、搭載する高性能な通信機器が数万キロ離れたムーとオーシア本国との通信に使えると判断され、ムーに外交団を派遣する船舶に選ばれた。
この艦の写真を見たマイラスは後に「最初見たときは、軍艦のようだが戦艦並みの巨大な船体に小口径砲しか載せておらず、大口径砲の代わりに通信アンテナみたいなものばかり載せており、まさかオーシアはこんな艦で戦艦と砲撃戦をするのかと思ってた」と語っている。
現実世界のローリー級ドック型揚陸艦に酷似。
――
マリンはオーシア戦争時代の戦闘機と同世代としましたが、オーシア戦争時代の戦闘機は多分フォッカーEとかだと思うので多分違うかも