マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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 今更感が半端ないですが『マリア様がみてる』のオリ主モノの二次創作SSです。随分と前から書いてみたかったのですが、色々と悩んでいたらこんな時期に。目に付く人も少ないだろうし、ちょいちょい気ままに書いていきたいと思います。

 【注意】・R-15とGLタグは保険です。
     ・アニメ沿い。作者は原作未読でアニメのみの視聴。
     ・ので熱心な方や原作好きな方はブラバ推奨。
     ・サブタイに『ピアスホール』なんて文字が踊ってる時点で察して下さい。
     ・作品の性質上、日常シーンがメインになります。
     ・アニメや原作と違う点があれば教えていただければ幸いです。


第一話:転生とピアスホールとセーラー服

 ――嗚呼、痛い。

 

 まるで他人事のように浮かんだ台詞が『わたし』としての最後の記憶だった。そうして一瞬だったのか、それとも長い時間が経っていたのか。混濁する意識の中でたどり着いた先は、新しい人生の始まりだった。

 

 「樹ちゃん」

 

 柔らかく慈しみを含んだ声。

 

 「樹」

 

 低くしっかりとした優しい声。

 覗き込む二つの顔に何故だか泣きそうになって、腕を伸ばしてみれば随分と小さくなった手に驚いたのが『私』としての原初の記憶。

 

 混乱する頭で状況を整理して導き出した答えは、前世の記憶を保持したままの転生。そんな馬鹿なことがと思いつつも、三十年近く生きた『わたし』としての記憶がしっかりとあるのだから否定はできなかった。

 『わたし』としての人生が終わってしまったことに後悔がないといえば嘘になってしまうけれど戻る方法がないこと、死んでしまったことに悲しむ人が少ないこと。せめて周囲の人たちに『わたし』の死が迷惑になっていなければいいかと願うくらいで、思い返せば随分と希薄な人生を歩んだものだ。孤児として幼い頃から施設で生活し高校を卒業して働いてきた私に、恋愛をして家庭を築き上げることはなかったのだし、友人や親友と呼べる人も少なかったのだから。

 

 それならば今、現実で起こっていることを許容してしまい新たな生を受けて生きてくことの方が建設的じゃないかと思えてしまうのだ。本当にどうしようもない前世だと心の中で苦笑して、小さな私の手を握り優しく微笑む女性がきっと『母』であるのだろうと。初めて得る『家族』というものに、何故だかむず痒さを覚えながら『私』はこうしてこの世に新たな生を受けた。

 

 ◇

 

 随分と恥ずかしい思いをした赤子時代はとうに過ぎて、幼少期と呼べる時間も過ぎてしまった。子供から少女へと差し掛かった十三歳の夏。前世の記憶が抜け落ちないままの感覚である行動に起こしたとあることが、家族のみんなが大騒ぎをして『私立リリアン女学園』へと編入する切っ掛けとなってしまったのはちょっとした誤算だった。

 

 「何故、自分の体を傷つけるようなことを?」

 

 広い我が家のリビングで珍しく早く仕事から戻ってきた父は革張りのソファーにどっしりと構え、その横には困った顔の母。値段の高そうなテーブルを挟んで私が父の正面に座り、両脇には苦笑をしながら困った顔で私を見つめる十歳年の離れた双子の兄と姉。

 

 ――やっちゃったかぁ。

 

 父の一声で家族会議と銘打たれた糾弾が始まろうとしていた。とはいえ酷いものにはならないだろうけれど。

 

 「……ファッションの一環で」

 

 「樹ちゃんが不良になっちゃった……」

 

 三人の子供を産み育てたというのに母は若い。未だ幼さを残す顔に小柄な身長。兄と姉と私は母の身長を越しているから、背丈については父の血が強く出たのだろう。両手で顔を覆って顔を隠している母は泣いているのだろうか。そんなに心配させると思っていなかったし、まさか家族会議が開かれるだなんて全くの予想外の出来事で。それでもこうして家族で集まっているのだから、弁明はしなくちゃいけないだろう。

 

 「母さん……ピアスホールを開けたくらいで不良にならないし、大袈裟だよ」

 

 雑貨屋さんに赴けばピアッサーが手軽に手に入るし、周りのみんなもファッションの一環として気軽に開けていたはずなんだけれど。九十年代の中頃って、ピアスひとつで不良と呼ばれていた時代だったけかと、心の中で考える。

 前世のわたしが生きていたのは二〇二〇年代。現在の私が生きているのは一九九〇年代で、時代を遡って転生をしている。もし仮にわたしが死んだ直後となる二〇二〇年代に生まれていれば、こうして認識齟齬と家族会議を起こすことなんてなかったかも知れないと、居るか居ないのか分からない神様に恨み言を届けたくなるのも仕方ない。

 中学生でもファッションの一環だといって開けている子は開けていたし、わたしも実際に開けていた。当時も今回もお金がもったいないので安全ピンをライターで熱消毒し、麻酔替わりに氷で耳を冷やしてぷちっといったのだけれど、伝えると母が卒倒しそうだから黙っている。聞かれれば正直に答えるけれど、開けた事実に意識がいっているから今は聞かれることはないだろう。

 

 「でも校則違反じゃなかったかしら?」

 

 ふとした母の声に我に返る。ああ、そういえば通っている中学校の校則ってどうだったっけ。校則をまじまじと読んだことなんてないし、スカートの長さは自分で切っていじるか布ベルトなんかで長さを調整しない限りは、そうそうに違反になる事はない。染髪も違反になるけれど、派手に染めている子は極一部。奇麗に染めるには美容院に行った方が確実だし、脱色だと髪が痛むからやっていない。

 

 「ごめんなさい、校則よく読んでなくて……開けてる子もいるから大丈夫だとおもって開けたから」

 

 高校を卒業してからで良かったかと思うけれど、開けてしまったからもう遅い。無駄に知識を得ていたことと、先の未来に生きていた過去が時代の流れを読み間違えて失敗を産んでしまったと反省する。

 

 「しかし大事な時期に参ったな」

 

 母を置いて父が難しい顔で難色を示す。大事な時期という言葉に来年は受験生だなと他人事のように感じてしまうのは、前世で一度経験しているからだろうか。

 

 「開いてしまったものは仕方がないが、樹はどこの高校を受けるつもりだい?」

 

 「校則の緩い公立校、かな。なるべく家から近場がいいけれど」

 

 「樹の成績なら、きちんと塾に通って成績を上げればもっと上の学校を目指せるだろうに」

 

 「そうね。樹ちゃんの成績なら良い学校に入れるもの」

 

 家族に迷惑を掛けるつもりはないけれど、金銭面に関してはどうしても迷惑を掛けることになるから負担は少ない方が良い。私立校なんて選択肢には入らないし、塾に通うつもりなんて毛頭なかった。ただお金に余裕のある我が両親は隙をみては私を塾に通わせるか、家庭教師を付けようと腐心していたけれど、頑なに私が断っていた事情がある。勉強なら自分で頑張ればどうにかできたし、困れば頭の良い兄か姉を頼れば良かったから塾や家庭教師なんて縁遠いものだ。

 

 「父さん、母さん。私、高校に入学したらバイトしてお金貯めて、卒業したら一人暮らしをしながら働きたいんだ」

 

 「……っ」

 

 「へ?」

 

 「は?」

 

 「うそ」

 

 父は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして無言。温和な母が素っ頓狂な声を珍しく上げ、兄は呆けた声を、姉は冗談でしょうと言わんばかりの声が出ていた。私が考えている進路を伝えるのは初めてだったかもしれない。おそらく家族は私を大学にまで上げるつもりだったのだろう。

 兄も姉も大卒だし、妹である私だけを通わせないなんてないだろうし。けれど私が大学にいってまで価値があるのかどうか。確かに大卒ならば生涯獲得年収が簡単に上がるだろうけれど、働きながら資格を取ってお給料を上げていくという手段もあるのだし。高卒の人でも高給取りの人は――私が当てはまるかどうかはわからないけれど――沢山いるのだから。

 

 「本当は中学卒業してからでも良いんだけれど、最近は流石に、ね?」

 

 未だ固まったままの家族に苦笑して、もう少しだけ世話になってしまうことを誤魔化した。

 

 「いや、まて樹」

 

 「父さんと母さんの脛を暫く齧ることになるし、迷惑を掛けるけれどもう少しの間だけ面倒を――」

 

 「――まちなさい、樹」

 

 見てもらえないかな、という言葉は父に遮られ珍しく厳しい顔をして私を見ている。

 

 「自立心が高いと思ってはいたが、まさかここまでとは」

 

 はあと深いため息を吐いてソファーに凭れる父に、未だに固まったままの母。兄も姉も顔に手を当てて天井を見上げてる。絶句している家族には悪いけれど、独り立ちを早くしたいのだ。孤児だったわたしの記憶が、このまま彼らに甘えていては駄目になると警鐘を鳴らしているのだ。

 子供らしさの欠片のない幼少期を過ごした私に、どうしてだか家族は甘く優しい。隙間風が入り込むこともない部屋。温かい食事。『いってらっしゃい』『おかえりなさい』と声を掛けてもらえる幸せ。前世では絶対に得られなかったものが、今では当たり前に転がっている。今当たり前にあるものを失ってしまえば、私は息が出来なくなってしまいそうだから。自分から離れていった方が傷は浅く済む。

 

 「高校を卒業して一人暮らししながら働くなんて駄目よ、絶対に駄目っ! あとアルバイトも!」

 

 「……母さん」

 

 どうやら良い家で育った母には耐えられないものらしい。未だに父も難しい顔をして黙り込んでいるし、どうしたものやら。

 

 「母さん、取り合えず落ち着きなよ」

 

 「ねえ樹、今の話は本当なのかしら?」

 

 今まで口を挟まず黙っていた兄と姉が見ていられないとばかりに口を開く。

 

 「うん。そのつもり」

 

 「理由は?」

 

 そう聞かれると返答に困る私がいる。小さな頃から早く自立しなければと考えていて、過去と同じように高校を卒業したら働いてお給料をもらって一人暮らしをすると漠然と頭で描いていたのだから。

 

 「理由って聞かれると……」

 

 「深い理由はないのかい?」

 

 黙り込んでいた父が復活したのか、返答に困っていた私に声を掛けた。父の言う通り深い理由なんてものはなく、優しい家族に迷惑はかけられないと小さい頃から抱えている感情が思考に現れただけである。これを言ってしまえば絶対に家族は私を大学まで行かせようとするのは目に見えているから父の言葉に小さく頷くしかなかった。

 

 「ならもう少しきちんと考えようか。うちは幸いにもお金には困っていないから学費の事は樹が心配することじゃないし、アルバイトなんてしなくてもお小遣いが足りないなら言いなさい」

 

 「ええ、お父さんのいうとおり樹がそんな心配をする必要はないのよ」

 

 「そうそう。もし親父たちが駄目になっても俺が居るし、こいつも居るんだ。学費の事なら心配なんてしなくていい」

 

 兄が姉を指差して苦笑いする。

 

 「ちょっと指で私を差さないでよ、もう。……樹はまだ未成年なんだから、私たちに甘えておきなさいな。貴方にはその権利があるんだから」

 

 伸びてきた姉の腕に引かれて抱きしめられる。家族としてのスキンシップだろうけれど、姉は過剰な気がするのは気のせいだろうか。それでも包まれた温かさに幸福感を覚えて目を閉じ姉の成すがままになり、この時はそのまま解散となった。

 

 ――一ヶ月後。リビングにて。

 

 「樹、僕たちの話を聞いてくれ」

 

 食事中の父のこの一言が始まりだった。父の横に座っている母はニコニコ顔。兄も姉も当然私の両隣に居て、何故だか満足げな顔をしている。何を考えているのか分からないまま家族会議が始まり、父の口から予想外のことが宣言された。

 

 「リリアン女学園の編入試験を受けようか」

 

 父から出た言葉は予想外と言ってもいいし、柔らかい物言いだけれど強制性を持たせた言葉だった。

 

 「どうしてソコなの?」

 

 その名前は母と姉が通っていた母校である。私が幼かった頃に聞いた話によると、古くからある由緒正しきお嬢様学校で、幼稚舎から大学までの一貫教育を行っており外部入学は割と大変だと有名らしい。

 

 「母さんの提案だよ」

 

 「ええ、リリアンなら安心だし、本当なら樹ちゃんも通っていた筈の学校だもの」

 

 にっこりと微笑む母。子供らしくなかった子供時代の私は幼稚園や保育園に通うことはないまま小学校へ上がった。その時リリアン女学園へ入学しようと両親から言われたけれど、行きたくないと駄々を捏ねて公立校へと進んだのはきっと私の我が儘。私立のお嬢様校だなんてお金がかかる場所に行く必要があるとは思えなかった。

 

 「ああ、なるほど」

 

 ぽんと軽く自分の手を叩く姉。

 

 「えっと。私の学力だと少し厳しいんじゃないかな?」

 

 そう。歴史あるお嬢様校というだけに高等部編入にはふるいを掛ける為、結構な偏差値が必要だったはず。今の私の学力だと少しばかり足りないから、受けても落ちてしまうのが関の山だ。

 

 「樹なら大丈夫よ。これから一年半頑張ればきちんと入学できるもの」

 

 なにが大丈夫なのか理解が全くできないけれど、母の言葉に父と兄、姉は深くうなずいて。過剰評価を改めて欲しいし、どこからその自信がくるのか問いただしたい気分に駆られるけれど、親の保護下に置かれている私にその権利は存在しない。

 急展開に目を回しながら父と母から告げられたことは、これから家庭教師を雇うことと、内申評価を上げる為に色々と中学の担任に便宜を図ってもらうこと。それって裏から手を回しているのではと問うてみれば、中学校側にも利益があるから協力は惜しまないと言われたこと。開けたピアスホールを隠すために髪を伸ばすこと、滑り止めは受けずリリアン一本に絞る等、様々な条件を出され親のはっちゃけぶりに溜息を吐きながら逆らうことは出来ないと半ば諦めて必死に勉強に打ち込んだ結果。

 

 「懐かしいわ。よく似合うじゃない」

 

 真新しいセーラー服に袖を通した私を見て、手を合わせて微笑む母に『ありがとう』と無理矢理に笑顔を作って笑う。神妙な面持ちで家族会議を開いていたころが懐かしい。その日から約一年半の月日が経ち私は『私立リリアン女学園』へと無事合格通知を貰い、制服やら勉強道具やらの用意に追われていた。

 

 「私のお古もあるから予備で持っておくといいわね」

 

 姉の私室のクローゼットから取り出してきたであろう、クリーニングのビニール袋を被ったままのお古の深緑のセーラー服がソファーの上に置かれ。父は父で新調した一眼レフのカメラを携え、私を撮っているし。兄も微笑ましいものでも見るように、ソファーに腰掛けてこちらに視線を向けている。この一年半の猛勉強で落ちた視力を矯正するために買ってもらった眼鏡の位置を直しながら、嬉しそうに笑う家族の姿を見ると頑張って良かったと安堵の溜息を吐いて。

 

 「ありがとう、姉さん」

 

 「少し古いけれど、デザインは変わっていないし虫に齧られた形跡もないから大丈夫でしょう」

 

 「ずっと制服が変わっていないって凄いよね」

 

 「そうかしら?」

 

 「うん」

 

 私立校なら生徒数確保のために時代の流れに乗って、制服のデザインなんてちょこちょこ変えてそうなものだけれど、リリアンは別であるらしい。姉どころか母が在籍していた時と変わらない制服は三つ折りの靴下とローファーという組み合わせに、膝下丈のスカートは随分と古風。悪く言うと古臭い。時代の流れに取り残されたかのようなデザインでも、生徒数が確保できるほどに人気校ということがうかがい知れる。

 

 「ミッションスクールかあ」

 

 「初めは慣れない事が沢山あるかもしれないけれど、直ぐに馴染めるわよ」

 

 私の不安を他所にタイを直しながら嬉しそうに笑う母と横に立つ姉はリリアンの卒業生である。中学二年生の時のように失敗しないように、校則は姉に教えてもらって叩き込んだけれど、カトリック系の学校として独特の行事や習慣が催されるそうなので付いていけるかどうか心配だ。教科書の他に聖書も買う必要があったし、白ポンチョなる謎の布――といっても母と姉から答えを得たけれど――を持参しなければならなかったし、通常の学校に入学するよりも手間がある。

 

 準備に追われつつ時間は無情にも過ぎて。

 

 そんなこんなで中学校を卒業し仲の良かった友人たちと別れを告げ、高校入学まであと一週間というところで編入生向けの説明会なるものが開催されるためにリリアン女学園に単身赴いていた。保護者説明会は既に終えているので、今回は生徒のみの参加となる。

 数度訪れた大きな校門横にある守衛所に立ち寄り、名刺サイズの入校許可書を受け取って首からぶら下げる。まだこの学園の生徒ではないので今日は私服。学園の見取り図が印刷されたA4サイズの紙を持ち、きょろきょろと周囲を眺めれば部活動で訪れているであろう在校生がちらほらと。

 銀杏並木を過ぎれば今どき珍しい木造校舎が視界を覆う。が、今日の目的は校舎内ではなく講堂である。立ち止まって地図を見直して場所をもう一度確認。迷うかもしれないからと早めに家を出てきたけれど、これならば時間に余裕がありそうだと腕時計に目を落として思う。

 遅れるよりはいいかと一つ頷いて講堂へと足を進めてたどり着いた先には『編入生説明会』とパネルが掲げられた講堂は古風で。ついつい思ったことが口に出てしまうのは仕方のないことだった。

 

 「また木造……」

 

 地震、雷、火事、親父――などという言葉がある日本。未曾有の自然災害が増えていた前世。台風や大雨による洪水に、大きな地震により度々の悲劇を目の当たりにした身からすると、耐震性や耐久性は大丈夫なのだろうか。とある事件がきっかけで建築基準が見直された時期は何時だっただろう。古くはあるが手入れはされており汚さは感じないけれど、もしもがあれば不安だ。

 退避経路とかいろいろとチェックしておかなければ危なそうだなぁ、と講堂前で立ちすくむ私。どうやら開場前らしく、中に入ることは無理そうだからこの辺りで適当に時間をつぶすしかないなと溜息を吐いた。瞬間。

 

 「ごきげんよう」

 

 ――マジ。

 

 講堂の前で立ちすくんでいた私の後ろから掛けられた声。母と姉から聞いていた挨拶は朝も昼も夜も関係なく『ごきげんよう』で統一されていると聞いてはいたものの、そんなことはないだろうと冗談で聞き流していた私にとって衝撃的なものだった。おぼっちゃま、お嬢様と呼ばれる人たちには終ぞ縁がなかったし、冗談でもごきげんようなんて使わなかったから。とはいえ掛けられた声に無反応というのは頂けないので、とりあえず振り返り、声の主に向き合う。

 

 「おはようございます」

 

 軽く一礼して、そう返した。声の主はリリアン女学園高等部の制服をかっちりと着込み、顎のラインで奇麗な黒髪をきっちりと切りそろえた人。あまりマジマジと見つめると失礼だろうと思い直ぐに視線を外したけれど、意志の強そうな瞳に奇麗な鼻筋と薄い唇。一瞬だったけれど、凄い美人というのがとても似合う人で。

 身内の贔屓目かも知れないけれど母や姉も美人だが、目の前の人も負けず劣らず奇麗で声も良いときたもんだ。こんな完成された人がいるのだなと、独り言ちてしまうのは仕方ない。

 

 「編入生の人かしら?」

 

 浮かべていた笑みを更に深める目の前の人。それはまるで大輪の花が咲いたようで美しい、と心に刻まれるようなもので。まだ年若いというのにこんな雰囲気を纏えることに驚きつつも、頭を回転させて己の口を無理矢理に動かす。

 

 「はい。本日の編入生説明会を受けに来ました」

 

 「なら、中に入って待っていて。始まるまでまだ少し時間があるから、此処で待っているよりもいいでしょう」

 

 随分と温かくなったとはいえど、まだ少し肌寒い日だ。有難い申し出にお礼を伝え頭を下げる。ここまでへりくだる必要もない気もするけれど、悪い印象を持たれるよりも良いだろう。案内されるまま未来の上級生の後をついていき、持参していた上履きに履き替えて椅子に腰を下ろす。きょろきょろと目を周囲に向けてみれば、さりげなく十字架に縛られたキリスト像があったりとこの場がミッション系の学校であることを意識させるものだった。

 

 先ほど声を掛けてくれた人は、少し離れた場に居た教諭やシスターたちと何やら話し込んでいた。この場に居るのなら生徒会の関係者なのだろう。春休みだというのに駆り出されたらしい。忙しなさげな様子に苦笑が漏れる。手持無沙汰で彼女たちを眺めること五分、新たな生徒二人がその輪の中に加わった。最初に来ていた生徒と負けず劣らずの美人で纏う雰囲気も最初に声を掛けられた人と負けず劣らず、けれど決して同じではない。

 

 ――はあ。

 

 頭の偏差値も高いことながら、顔面の偏差値も高いことに驚いて深い溜息を心の中で吐く。今日で何度目の溜息だろうかと気分が重くなっていく。

 

 「では編入生も全員集まったので始めましょうか」

 

 考え事をしているうちにどうやら時間が来ていたようで、マイク越しの教諭の声が講堂内に響く。編入生はそれほど多くはなく、編入生よりも説明会の為に集まった関係者の方が上回っているのは私立校故なのだろう。進行はそのまま教諭が行い各種行事の説明やテスト期間や校則について。他にもカトリック校独特である『朝拝』の説明をシスターが引き継ぎ、最後に生徒会代表の挨拶で閉められた。

 取り合えず内容は難しいものではなかったけれど、此処では語られなかった独自の習慣もあるようでそれはおいおい慣れていけばいいし、困ったことがあれば周りに頼れば良いとの事。戸惑うこともあるだろうが、この学校に通う選択肢しかないのだから悩んでいても仕方ない。終わりを告げた説明会にもう用はないと言わんばかりに、周りの編入生たちが席を立つ。

 残る理由もないし家に帰ってのんびりするかと私も席を立って、外へと足を向ける。もと来た道を歩いてたまたま目端に映ったマリア像は私をただ見ているだけだった。

 

 ――入学式まであと一週間。

 

 二度目の高校生活だというのに緊張するものなんだなと、私を見ているだけのマリア像に口の端を釣り上げてその場を後にした。

 




 8433字←一話あたりの字数が気になるので後書きのこの場所を利用します。ご容赦ください。

 原作の雰囲気を壊していたら申し訳ありません。これが私の限界です。オリ主のフルネームやらは次回で。ちょいちょい原作に関われて行く予定。
 一話あたりの字数を安定させたいのですが、文字数調整は下手糞なので変動があると思います。五千字~一万字程度には納めたい所です。

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