マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第十四話:再契約と写真Re

 仕事もほとんどないというのに薔薇の館で仕事をしていることが多くなったのは、気のせいなのだろうか。ほぼ毎日といっていいほど、由乃さんか志摩子さんが教室へ姿を現して私を呼んで薔薇の館へと連行され、来ない日は大体前の日に仕事があるからとにっこりと笑って蓉子さまか江利子さまがそう告げるのだ。その割には軽作業が多く、仕事量が多いわけでもないのだから不思議である。

 

 「私って必要あります?」

 

 みんなが会議室の長机に座り優雅に入れられたお茶を飲みながら黙々と作業をしている最中に、ふとそんな言葉が私の口から零れた。

 

 「急にどうしたの、樹ちゃん」

 

 私の突然の一言でぴたりと止まったみんなの作業の手。私の声に答えてくれたのは、いつもの様に蓉子さまである。

 

 「いえ、さして作業が多いわけでもないのに私がこうして山百合会の仕事を手伝う理由があるのかな、と」

 

 「そうかもしれないけれど、意味はあるわよ」

 

 「あるんですか?」

 

 「――だって私が面白いもの」

 

 私と蓉子さまの会話へ突然乱入したのは江利子さまで、その口にした言葉はぶっ飛んでおり、にっこりとドヤ顔で言い切ったのだから、なんともまあ肝が据わっているというかなんというか。

 

 「いやそれ、超個人的な理由じゃないですか。私の身柄の解放を要求します」

 

 「あら、樹ちゃんのご両親にも許可は頂いているし、何時までとも約束を交わしているわけではないもの。私たちにはいつでも貴女を呼び寄せる権利があるわ」

 

 ふふふと不敵に笑ってその理由を語る江利子さま。確かに手伝いをお願いしたいと言われただけで、期間は具体的に述べていなかったけれど。体育祭で忙しいと聞いていたからてっきりそこまでと考えていて、きっちり期間を決めずに返事をした私も悪いけれど、それにしたって無理があるような。

 

 「……横暴だ」

 

 ぼそりと小さく口から漏れ、その言葉を耳ざとく聞いた蓉子さまは苦笑し江利子さまは更に笑みを深める。聖さまは無言でこちらを見ているだけだ。

 聖さまとはほんの少しだけではあるが、個人的な会話を交わすようにはなったものの、まだまだ仲が良いとは言えないだろうから仕方ない。誰か助けて欲しいと周りを見渡すけれど、祥子さまは知らん顔で書類に何やら書き込んでいるし、令さまは手を止めて苦笑い。横に座っている由乃さんに視線を向けると微笑みながら肩を軽く叩かれた。どうやら無理ということらしい。志摩子さんにも助けを求めてみるけれど、小さく左右に首を振って明確に拒否され、もう一度聖さまを見ると乱雑に頭を掻きながら溜息を吐いて。

 

 「諦めれば」

 

 なんとも淡白な言葉を頂いてしまった。

 

 「見捨てられた……」

 

 がくりと頭を下げれば周囲からは笑い声が漏れる。大口を開けて笑わないところに品を感じるけれど、どうせなら大笑いして私の虚しさを吹き飛ばしてもらいたいところだ。

 

 「冗談はそこまでにして。来月には学園祭が開催されて忙しくなるから、今はいいけれど樹ちゃんを手放すわけにはいかないわ」

 

 笑いが収まると蓉子さまが仕切り直しとばかりに、もっともな理由を語ってくれたけれど、忙しくなるまで私の手は必要ないじゃないかと不満を抱き抵抗を試みた。

 

 「――他の人に手伝いを頼んでください」

 

 「なら、樹ちゃんが代わりの子を連れてきてくれる?」

 

 「誰でもいいんですか?」

 

 山百合会を手伝って欲しいとクラスメイトに声を掛ければ、喜んで引き受けてくれるだろう。ここの仕事自体は嫌いではないし、ここに居る人が嫌いでもないから手伝うことは構わないけれど私に拘る必要はないし、数日前のアレの対策案でもある。山百合会に出入りする人が増えれば、私の印象が周囲から薄くなるのは自明の理なのだし。

 

 「そうねえ、私たちに物怖じせずきちんと仕事をしてくれる子かしら?」

 

 「この学園の人なら仕事はきちんとしてくれるでしょうし、物怖じは慣れの問題なんじゃ……」

 

 「三週間、いいえ、もっと以前からだったかしら。貴女は私たちに溶け込むのが早かったでしょう。今まで手伝いに来てくれた下級生だとなかなかだったもの」

 

 かといって薔薇さま方と同世代である三年生は誘い辛いだろう。受験が控えているのだから、早い人はもう対策をしていて忙しいだろうから。

 

 「お使いの時に上級生が相手だと縮こまってしまう子も居るから、その辺りのポイントも高いわね」

 

 ポイント制なのかと心で突っ込みを入れつつ、確かに真面目な分、上級生相手だと緊張している子が多い気がするけれど、そんなに気を使わなければならないものだろうか。最低限の礼儀さえ弁えていれば、ある程度の粗相も見逃してくれるだろうに。部活や委員会活動をしている子は誘い辛いし、帰宅部所属の子たちは習い事や塾へ行っている子が多いし……。

 

 「あれ、結構難題だったりします、これって……」

 

 「分かってくれたかしら」

 

 「そういう事だから、まだしばらくはよろしく」

 

 苦笑しながら笑う蓉子さまと、にやにやと笑いながら机に肘を置いた手に顔を乗せる江利子さま。このやり取りをしばらく眺めていた聖さまはまた溜息を一つ吐き。祥子さまは無視を決め込み、令さまは私に気の毒そうな視線を向けてくるし、由乃さんはもう一度私の肩を二度軽く叩いて小声でご愁傷さまと呟き、志摩子さんはにっこりと意味深に笑っている。誰も助けてくれる人は居ないのかと心の中で叫びながら、上下関係を崩すことは難しいのだなと実感した一幕だった。

 

 ところで『しばらく』っていつまでの事を指しているのやら。聞いても有耶無耶にされそうだから、結局聞かないままで終わってしまったのだった。

 

 ◇

 

 ――昼休み。

 

 適当な場所を見つけ出して一人で黙々とお弁当を食べた後のことだった。

 

 「ああ樹さん、こんな所に」

 

 名前を呼ばれて、ふと顔を上げるとそこには見知った姿が。カメラを首から提げて眼鏡を掛けた彼女の名は武嶋蔦子さん。片手を上げてごきげんようと言われ、私もごきげんようと返す。

 

 「どうしたの、蔦子さん」

 

 体育祭の時に撮った写真の件で縁が出来て以降、何故かちょくちょくカメラで私を撮っているからそれが切っ掛けでクラスメイトでもないのに気楽に話せる貴重な人となっていた。本人もお嬢様言葉は苦手なようで、畏まらない方が楽で良いとぼやいていたのは記憶に新しいのだけれど、ついでと言わんばかりにカメラを私に向けシャッターを切るのはどうなのだろう。蔦子さん曰く、良い顔をしていたからついついとの事でほとんど無意識のうちの行動らしい。如何にも授業中以外はカメラを離さない彼女らしいけれど、私を撮ってもつまらなくないのだろうかと悩みつつ、その辺りの判断は蔦子さんがすることだし、ガラケーやスマホやらで慣れていたのでカメラを向けられるとついポーズを取る私も私だった。

 

 「大したことじゃないのだけれど、体育祭で撮った写真を渡しておこうと思って」

 

 体育祭の時の写真と言われて思い出すのは、借り物競走で令さまと一緒に走っていた写真のことだろうか。

 

 「あれってお蔵入りにするんじゃなかったっけ?」

 

 「許可が貰えなかったから勿論ね。ただ、公表はしないけれど写真自体に罪は無いでしょう。自信作だしせっかくだから本人には渡しておきたくて」

 

 スカートのポケットからはがきサイズの白い封筒取り出して蔦子さんは私へと差し出した。せっかく良く撮れていたのだから、確かに眠らせたままでは勿体ない出来だったので快く受け取る。そうして受け取った封筒はえらく厚みがあり、何故と疑問が沸き起こる。

 

 「これ一枚だけじゃないよね、中見ても良いかな?」

 

 「ええ、もちろん」

 

 そうして封がされていなかったのでそのまま開いて写真を取り出して見てみると、体育祭のもの以外に、私が写ったものが何枚もあり、その中には制服姿の私やら由乃さんや志摩子さんと山百合会の仕事でお使いに出た時のものもあった。

 

 「いつの間にこんなに撮ってたの?」

 

 蔦子さんの写真に対しての熱意振りに、苦笑が自然と漏れた。

 

 「撮る機会なんて何時でもあるもの。それに樹さんは良い顔をしている時が多いから、被写体として最高の素材なのよ」

 

 「嬉しいけれど、何故だか複雑な気分……」

 

 「あら、何故かしら?」

 

 「リリアンって奇麗な人とか可愛い子って一杯いるし、私を撮って楽しいの?」

 

 ちなみに私の顔面偏差値は凡の凡だから、撮ってもしょうもないものが出来上がるだけなんだけれど、蔦子さんの写真の腕は確かで随分と奇麗に撮れているのだから不思議なものだ。

 

 「楽しいから撮っているもの。ファインダーをずっと覗いていても飽きない人は貴重ね」

 

 提げていたカメラを掲げてにっと笑う蔦子さんは楽しそう。

 

 「うーん、蔦子さんを理解できる日は遠そうだなあ」

 

 まあ私も撮られているけれど、他の人も沢山撮っているんだろう蔦子さんは。一種の職業病のようなものだろうと諦める。

 時折隠し撮りやらをしているけれど、良いものが出来ればこうして本人に赴いて写真を渡しているみたいだし、不味いものは公表しないと彼女の中で線引きがされているのだから咎めることもない。なにより本人は楽しんでいるのならば、止める必要は全くないだろう。

 

 「樹さんは面白いことを言うのね」

 

 「その自覚はないんだけれど……この学園に来てからその台詞はよく言われるようになったなあ」

 

 本当に。それに江利子さまからは玩具扱いのようになっているし。まあ確かにこの学園だと私は珍獣扱いなのだろう。いつもアンニュイな感じを醸し出しているのに、私を見ていると何かやらかさないだろうかと期待の眼を向けてくるのだから。そこまでやらかしている気はないのだけれど、なにか仕出かさないか観察しているのもどうやら彼女にとって楽しみの範疇らしい。

 

 「まあ樹さんは、二学期に入ってから注目を浴びてきているのは事実よね。私も編入生ってことは知っていたけれど、こうして言葉を交わすようになるなんて思っていなかったもの」

 

 このカメラのお陰ね、と愛おし気にカメラを撫でて蔦子さんは微笑んだ。

 

 「私も蔦子さんは有名人なのに知らなかったから、お互い様だよ。――ていうか、私ってみんなから注目されているの?」

 

 山百合会の仕事の手伝いや上級生からの姉妹宣言で私の存在が目立ってきているのは何となく自覚はしているけれど、改めてこうして他の人から聞くとどう注目されているのか気になるもので。

 

 「ええ。白薔薇さまと紅薔薇のつぼみの妹候補の一人。志摩子さんと樹さん、どちらがどちらの手を取るのか。それに紅薔薇さまと黄薔薇さまとも楽し気に話している所を見たって方も居るし。いろいろと噂が流れているわね」

 

 「またそれかあ……」

 

 「あら、樹さんは不本意なの?」

 

 何故か付きまとうのはこの手の話である。何度も言うけれど二人どちらかの妹になる気など全くないので、こればかりは迷惑である。噂をするのは勝手だけれど、本人の耳には入れないようにして欲しいものだけれど、どうやら無理なようで。

 

 「うん。二人どちらかの妹になる気は全くないから、聞かれればこうして言ってるんだけれど……」

 

 「でも、周りはそう見てくれないものね」

 

 「そうなんだよね。前にも言ったけれどここの人たちって山百合会の人を特別視し過ぎてるよ」

 

 「そうかもしれないけれど、樹さんはそろそろ自覚を持った方が良いかもね」

 

 「自覚って?」

 

 「樹さんが思っているよりも周りから注目されてること。あと新聞部には気を付けないと」

 

 樹さんなら大丈夫だろうけれど、と言葉を付けたした蔦子さんは苦笑いをして。ふと以前に志摩子さんも同じことを零していた光景が蘇った。新聞部の一年生が私の下を訪ねてきたことがあって、それ以降は何のコンタクトもないから記事にできることがなくて諦めたのだろうと勝手に思っていたのだけれど。

 

 「気を付ける術がない気もするけれど……」

 

 「確かに」

 

 お互いに肩をすくめて笑いあえば、昼休みの時間の終わりを告げる予鈴が鳴り響く。

 

 「あ、これを令さまにも渡しておいてもらえると助かるのだけれど」

 

 戻ろうか、という声は蔦子さんに遮られ、スカートのポケットからもう一枚はがきサイズの封筒を取り出して、私へと向ける。取り合えず受け取ってみると、私に渡されたものよりも随分と薄く、中身は違うものだとうかがい知れた。

 

 「パネル展示用にするはずだった写真なのだけれど、やっぱりお蔵入りは勿体ないから、お願いできないかしら?」

 

 「うん、わかった。次に会った時渡しておくよ」

 

 「ありがとう、面倒ごとを押し付けて申し訳ない」

 

 「気にしないで、それよりも急がなきゃ」

 

 「ええ、授業に遅れてしまうと大変だものね」

 

 今度こそと手を上げて二人廊下を進みお互いの教室へと戻ったのだった。

 

 ◇

 

 ――その日の放課後。

 

 図書室でなにか暇つぶしが出来るものがないかなと、きょろきょろと本棚を眺めてとあるタイトルの背表紙に手を掛けた時だった。ぬ、と伸びてきた白い手が視界に入り、その手が私と同じものを目指していたので、目的の物の寸でで私の手と誰かの手が同時に止まった。あれま、と横を向いてみると見知った姿があった。

 

 「由乃さん」

 

 「あら、樹さん。偶然ね」

 

 ごきげんようといつもの台詞を呟いてゆっくりと目を細めて笑う由乃さん。何か言いたそうな視線を感じて、ここで話し込むのも周りの迷惑になってしまうからと図書室の外を指差せば、彼女はひとつ頷いてくれた。少し歩いてしまったけれど、天気も良いし気温もそれほど暑くはないから中庭のベンチの一つを陣取った。

 

 「由乃さんも本が好きなの?」

 

 「ええ。私、体が弱いでしょう、だから出来ることが限られているから」

 

 「そっか。でも意外だったなあ、由乃さんが時代小説を手に取るイメージが全くなかった」

 

 「あら、それだと樹さんもじゃない。まさか同じものを手に取ろうとした人が樹さんだなんて。凄い偶然」

 

 小さく首を傾げて奇麗に笑う由乃さん。イメージ的には恋愛小説なんてものが似合いそうだけれど、人は見かけによらないものである。私は以前に見ていた時代劇が懐かしくて、原作を読んでみるのもまた一興だなと思ったものの、お金を出してまで読む気はなく、学園の図書室にあればラッキーだなくらいで物色していたのだった。

 

 「だね」

 

 「ええ。――樹さん、スカートのポケットから何か落ちそうになっているわ」

 

 「ありゃ」

 

 由乃さんの言葉に自分のスカートのポケットへと視線を向けると、昼休みに蔦子さんから譲り受けた封筒が落ちそうになっていた。取り合えず一度ポケットから引き抜いて、落としそうになっていたことを教えてくれた由乃さんにお礼を伝えた。

 

 「手紙?」

 

 「ううん、中身は写真。同じ一年生の武嶋蔦子さんって知ってる?」

 

 「ええ、有名な方だから知っているわ。その方から頂いたの?」

 

 そうか、蔦子さんってそんなに有名なのかと思いなおす。

 

 「うん。良いものが撮れたから、被写体になった私にってくれたんだ」

 

 「見せてもらってもいいかしら?」

 

 拒むものでもないし、見られても困らないので由乃さんに渡すと、彼女は丁寧な手つきで封筒を開けて、ゆっくりと写真を取り出してじっくりと私が写っている写真を見ている。

 

 「あ、これって……」

 

 「うん?」

 

 「少し前に樹さんと一緒にお使いに出た時ね。いつの間に撮られていたのかしら」

 

 由乃さんの目に留まったのは、山百合会の仕事で一緒に部室棟へと向かった時の物で、由乃さんと私がお喋りをしながら笑いあっていた瞬間が切り取られていた。由乃さんは可愛らしく口元に手を当てて笑っているけれど、私は白い歯を見せて笑っているのだから品の差が出ているのは丸分かりで。蔦子さんもよくこんな一瞬を上手いこと撮ったものだと感心するけれど、少し意地が悪いような気もしなくもない。

 

 「タイトル、お嬢さまと庶民ってところかな」

 

 正直、育ちの差が出ていて、同じ制服を着ているというのに品よく笑っている由乃さんとにっと口を引き延ばして笑っている私とでは釣り合いが取れないから、こう表現した方がしっくりくる。適当に言ってみたのに我ながら上手いこと表現したもんだと一人感心してた。

 

 「そんなことないわ。良く撮れているもの。それに私ってこんな風に笑っているのね」

 

 「んー、いつも通りの由乃さんだと思うけれど……あ、隠し撮りが嫌なら言っておくよ」

 

 勝手に撮っているものだろうし、知らずに見たのなら不快かも知らないから念の為に聞いておく。写真に慣れていない人や元々撮られることが好きじゃない人や苦手な人もいるはずだから。自分が嫌じゃないからといって、みんながみんな嫌いじゃないとは限らないのだから気を付けた方が良い。

 

 「あ、写真に撮られたことは気にしてないの。ただ、こうして家族や親戚以外の誰かと一緒に写る機会が中々なくて嬉しかっただけ」

 

 「そっか。じゃあ蔦子さんに頼んで沢山撮ってもらわないとね」

 

 「そうね、楽しみ」

 

 ふふ、と小さく笑って何故だか照れくさそうに、違う写真を眺め始めた由乃さん。私が写っているものが大半だから、楽しいかどうかは分からないけれどしげしげと見つめているから邪魔しちゃ悪いと黙って由乃さんを眺める。

 

 「これって、令ちゃ、お姉さまと一緒に走った時の……」

 

 言いかけて直した言葉に苦笑が漏れた。二人は幼馴染と聞いたから、きっと普段はそう呼んでいるのだろう。

 

 「私しか居ないし、由乃さんがよければいつも通りでいいと思うよ。――その写真ね、蔦子さんが凄くいい出来だって」

 

 「ありがとう、樹さん。二人とも良い顔をしているわ」

 

 「それね、学園祭で写真部の展示会に出したいって令さまにお願いに行ったんだけれど、断られたんだ。きっと由乃さんのこと考えてたんだね」

 

 私の言葉を聞いて笑ってはいるものの、由乃さんの顔には何か影が差したように思えた。

 

 「馬鹿ね、令ちゃんは」

 

 「え?」

 

 私の耳に届くか届かないかの自嘲混じりの声で、由乃さんは下を向きスカートを握りしめる。その様子に何かがあって、私がその地雷を踏んでしまったことだけは理解が出来た。

 

 「小さい頃から私の体が弱くて、令ちゃんは私の為に我慢していることが沢山あるんだもの。この写真だってすごくいい顔をしてるし、断る必要なんてなかったじゃない。本当、馬鹿よ」

 

 「……由乃さん」

 

 「――ごめんなさい、変なこと言っちゃって」

 

 今にも泣きだしそうな顔で、半笑いで無理矢理に言葉を紡いでいるのが分かってしまう。

 

 「ううん、変だなんて思わないし、由乃さんも令さまもお互いにお互いが大切なんだって分かったよ。そうじゃないと令さまは写真の展示を断らなかっただろうし、由乃さんは令さまが断ったことに不満を抱くはずがないから」

 

 私の考えが上手く由乃さんに伝わるか分からないけれど、言わなければ分からないこともあるのだ。ましてや由乃さんと令さまはずっと一緒にいるみたいだから、距離感が近すぎて客観的にお互いを見ることは不得手だろうから、偶には他人から見た二人を知ってもらうのもいい機会だろうから。もしかしたら失敗して不快に感じる可能性もあるけれど。

 

 「ありがとう。こんなことを話したのは樹さんが初めてかもしれないわ」

 

 「はは。愚痴や不満ならいくらでも聞くし、悩みもあれば相談してよ。解決するかどうかは別だけれどね」

 

 「いいのかしら、もしかすればつまらないかもしれないわ」

 

 泣き出しそうな顔が少し明るくなって、小さく笑った由乃さん。

 

 「つまらなくても良いでしょ。友達の話を聞くことに価値があるんだよ」

 

 「――ええ、そうね」

 

 「それにね、楽しくないなら、楽しくすればいいだけだよ」

 

 に、と歯を見せて大袈裟に笑う私を見て、由乃さんもつられてようやく奇麗に笑ってくれた。その姿に安堵しながら、さっき図書室で手に取りかけた本の事に話が移る。どうやら由乃さんは時代小説が好きで勧善懲悪ものが特に好みのようだ。意外だなと思いつつも、由乃さんの新たな発見が出来たのだから今日は大収穫だろう。

 それから随分と本について話し込んでしまい、由乃さんの家に遊びに行く約束まで取り付けてしまったのは図々しかっただろうか。でも由乃さんは楽しみだと言ってくれたのだから、その言葉を信じよう。

 

 そして、蔦子さんから預かった令さまへ渡して欲しいと言われた写真を、どうせなら由乃さんから令さまへ渡してもらった方が良いだろうと判断した私は、理由を話して由乃さんに『支倉令さま』と蔦子さんの綺麗な字が書かれた白い封筒を預けた。

 後に由乃さんからしこたま怒られたよと苦笑しながら話す令さまに、しこたま頭を下げた私がいることを、今の私は知る由もない。

 

 

 

 




 8250字

 平日投稿なのに八千字↑で草。まあ良いことだから、いいか。次も頑張ります。
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