――見事な曇天。
アレの件以降、見知らぬ生徒に呼び止められ、聖さまと祥子さまどちらかの妹になるのか、とか山百合会に何故出入りをしているのか、などと聞かれることが増えた。この学園の生徒数から考えるに、その数は極々一部なのだろうけれどこう何度も重なってしまうと辟易してくる。一度、蓉子さまと江利子さまにどうにかならないか相談してみたものの、私が本当に困っている訳ではないし色々と事情があるから、申し訳ないがもう少しの間我慢して欲しいと頭を下げられてしまっているので、我慢するしかないのだけれど。それでもまあ、こうして心の中で愚痴をこぼすくらいは許して欲しい。
「貴女、いつまで山百合会に出入りをする気なのかしら?」
「薔薇さま方からのお願いで、文化祭まではと言われておりますので」
こうして今日もまた、見ず知らずの生徒数人に絡まれている訳である。ちなみにこの中の一人は数日前私に姉妹宣言を言い渡した人。暇な人たちだなあと心の中でぼやきつつ、毎回似たり寄ったりな質問なので、毎度同じ返答をするのは流石に飽きてきた。もうすこし捻りがないものかと唸るけれど、山百合会の外側からしか見られない人は、どうにも気になる事は同じのようで。質問はいつも聖さまか祥子さまの妹に納まるつもりなのか、何のつもりで山百合会に出入りをしているのかがほとんどを占めている。
「そう。――けれど、薔薇さま方の妹でもなんでもない貴女が山百合会に頻繁に出入りするのはあまりよろしくないのではなくて?」
それだと志摩子さんも当て嵌まることになるし、忙しい時にお手伝いを呼べなくなってしまうのだけれど良いのだろうか。もし今聞かれたことが本当ならば、真面目な蓉子さまは徹底しそうだから、私の目の前に立つ人の言葉の信憑性は薄く感じてしまう。
「決定権は、それこそ薔薇さま方が持っていらっしゃるので、私が決めることではありませんから」
逃げている発言だけれど、蓉子さまが困ったなら『薔薇さまから言われた』ということにしておきなさいと伝えられていたから問題はない。まあ適当なことを全部彼女たちの所為にするのは筋違いなので、きちんと選んではいるけれど。毎度毎度、こうして否定したり反論したりと面倒だから一度に済ませられないものかと思うけれど、無理な訳で。
「っ! 貴女ねえっ!」
ぱん、と乾いた音が響いたのはその言葉の直ぐ後だった。反動が伝わり痛みで手首を抑えているから、どうやら人を殴り慣れてはいないようだ。慣れていたら慣れていたで怖いけれど、こうも冷静に状況を分析できてしまうのは中二の夏までフルコンタクトの空手を習っていたお陰だろう。小さい頃に両親に無理を言って強請ったものの一つだったのだけれど、リリアンの入試を受けると決めたときにさっぱりと諦められたのは私にはセンスがなかったからだ。
「少しは憂さを晴らせましたか?」
「――っ!!」
少しズレた眼鏡を直しながらそう私が言い放つと、顔を真っ赤にして見ず知らずの人たちは私の下を去っていった。
「はあ」
いつまでこんな事が続くのだろうと面倒になり溜息が出てしまう。ただ何となくの方法があるのは理解している。それは聖さまと祥子さまに妹が出来ればいいだけなんだけれど、難しいのかもしれない。短い時間だから、山百合会の人たちのことを理解するには足りていないけれど、この件について悩んでいるような節も見受けられる。時折、二人に蓉子さまが発破をかけているけれど、決断するには至っていないのだから、私が口を出す問題でもないのだし。出来ることは見守るだけなのだろう。
「なんで、なにもしなかったの……」
「あれま、見られてましたか」
見られたくはなかった光景だけれど、見られてしまったのなら仕方ない。人気のない場所から移動すると、呆然と立っていた聖さまがぼそりと私にそう言葉を零した。
「流石に取っ組み合いの喧嘩なんてする訳にはいかないでしょう」
両肩をすくめて笑うと、聖さまは眉間にしわを寄せて厳しい顔をする。
「……君は関係ないじゃない」
「確かに私はただの手伝いなので関係はありませんが、周りからどう見られているかはさっき聖さまが見た通りなんでしょうね」
「なんで、なんでそんなに余裕そうに笑えるのよ」
「ああ、まあ、こればっかりはなんというか、慣れなんでしょうかね」
一応、以前の『わたし』は親の顔も知らず孤児として施設で暮らしながら、なかなかに捻くれていた学生生活を送っていたものだから、こういうことには耐性があるつもりだ。それを言う訳にはいかないし、信じてもらえるかどうかも微妙な所だし、それを話すタイミングでもないから誤魔化した。
「慣れって……」
「正直、ああいう人たちの相手は面倒くさいですし関わりたくはないんですが仕方ないんでしょうね、集団生活してるわけですし」
取り合えず、ああいう手合いの人たちが志摩子さんの方に行かないことを願うばかりだ。最近は私の方に関心が集まっているみたいだからあまり心配はしていないけれど、多分志摩子さんもこういう目に何度かあっているんじゃないだろうか。
志摩子さんは優しい人ではあるけれど、芯はしっかりしているから自分の意見をはっきりと述べたりする時があるから、少々心配なのだ。大事にはなっていないようだから上手くかわしているか、蓉子さまあたりきちんと対策を張っているだろうから大丈夫だとは思うけれど、時折人間って突拍子もない行動を起こすこともあるから。
「どうしてそんなに割り切れるの」
「割り切ってなんていませんよ、こういうことに耐性があるってだけで面倒なことに変わりはないですからね。ま、私のことより志摩子さんを気にかけてください」
私のことはどうでもいいから志摩子さんに目を向けて欲しいのが本音だ。愚痴とか文句を言わない子だし、こういうことがあれば絶対に隠し通すだろうし、心配だ。
四月の終わりごろから山百合会を手伝っているようだけれど、同じことが起こっていてもおかしくない。大半の生徒は見守るか静観するだろうけれど、一部がこうして暴走しているのだし。私よりも長い時間その場に居る志摩子さんがどうなのかなんて火を見るよりも明らかだろう。
「志摩子が、どうして」
志摩子さんの名前が突然出たことに、更にむっとして顔をしかめる聖さま。
「私でこの状態ですからね。志摩子さんが同じ目にあっている可能性は高いですし、私は誰彼に愚痴を吐き出しますけど、志摩子さんって溜め込むタイプでしょう?」
貯めて爆発すればまだいい方だけれど、志摩子さん爆発すらしなさそうだから、心配なのだ。どこかに捌け口でもあればいいけれど、それを知るほど仲が良くはないし。こういう事は私がしゃしゃり出るよりも、年上で先輩で権力のある人に守ってもらった方が安心安全である。
「短期間でよく見てる……」
はあと長く一つ息を吐いた聖さまの強張っていた顔がようやく解けて、片手で髪を撫で上げる。
「そんなことはないですよ。知らないことなんて、まだ沢山ありますから」
いちいち仕草が絵になる人だなと私が苦笑いをしていると、それに気付いたのか目の前の人もふっと笑う。私が見えているものなんて僅かだろう。誰かの内面なんて百パーセント理解することなんて無理だけれど、なるべく近寄ることはできる筈だから。
「そりゃ、そうだろうね――そんなことより、君のそれ」
空に張り詰めていた雲が一転、にわか晴れて見事な日差しが差し込み始めた。たんと吹いた爽快な風が、頬を撫でて去っていく。
「ああ、忘れてました」
平手打ちを貰った頬を指で指されて、ようやく気付く私。足も腰も入っていない膂力だけで打たれたものだから、そんなに酷いことにはならないはず。言葉だけだったり詰め寄られるだけならまだいいけれど、こうして実力行使されると困ることが沢山あるので、正直手を出すならよく考えて欲しいものだけれど、そこまで頭が回らなかったようだ。みんなおしとやかに育ってきたはずだから、次はないはずと願うしかない。
「行くよ」
短くそれだけ言って、私の右手首を取って聖さまに連行されて連れていかれたのは、ひっそりと校舎の外にある手洗い場。乱雑にハンカチを濡らして手渡してくれる聖さまに感謝を伝え、取り合えず頬に充てる。沈黙が下りて少々気まずくなるけれど、話すネタもない。はてどんな話をしようかと頭を捏ね繰り回していると、聖さまが口を開いた。
「――君は私か祥子の妹になる気があるの?」
「みんな同じことを私に聞きますね」
当事者である聖さまならばその権利は当然あるのだけれど、聞かれ過ぎてそろそろいい加減にして欲しいものではある。姉妹宣言をするのは上級生の側だから、下級生である私にその権利はほぼ無いのだから、それはそれでおかしな質問のような気がする。
「仮にあったとしても、下級生は待つしかない立場ですよ。基本は上級生から望むものですし」
「そりゃ、そうか。でも、もし――私が君にロザリオを渡そうとしたら、どうするの?」
「受け取りませんよ。私には必要がないですから」
ゆるゆると首を振り、聖さまの言葉を否定した。この学園の生徒会役員の『白薔薇』の称号なんて似合わないし、重いし面倒そうだしとは言えなかったけれど。
「随分とはっきり言い切るね」
「遠まわしに伝えた方が良かったですか?」
「いや、その方が君らしい」
伸びた片腕が乱雑に私の頭を撫でる。抑えられた力で地面を見ることになって、無言の抗議は叶わないから。
「うわ、なにするんですか、センパイっ」
言葉に出して、無理矢理に顔を上げてみると、ふと鼻で一度笑った聖さまが居て、更に髪をくしゃくしゃにされるのはご愛敬だったのだろう。
◇
「ごきげんよう、樹さん」
「ごきげんよう」
図書委員の彼女が図書室以外で声を掛けてくるなんて珍しい。図書室に入り浸っているので図書委員の人とは顔見知りではあるけれど、名前までは知らない。そんな関係だ。上級生であろうその人は、奇麗な黒髪を切りそろえ、鳶色の瞳は切れ長で美しい。彼女が薔薇の館の住人だと、私が無知な頃に吹き込まれていれば信じていたほどに。
「どうかしましたか?」
何故だろと疑問に思い、彼女の言葉を待たないまま私から問いかけた。
「少し貴女とお話がしたくて呼び止めたのだけれど、いいかしら」
不躾に質問をされるよりも、彼女のようにこうしてひと手間を掛けてくれるほうが友好的に話せるというものだ。まあ見ず知らずの人ではないということもあるだろうけれど。
「かまいませんよ」
もともと人気のない場所で声を掛けられていたので、移動も何もせずに二人で立ちすくむ。
「唐突な質問でごめんなさいね。白薔薇さまを貴女はどう思うかしら?」
どう、とは一体どういうことなのだろう。外面の事なのか内面の事なのか。はたまた私がこの数週間で感じたことを述べればいいのか。随分とぼんやりとした質問に答えあぐねていると、彼女は言葉を付け足してくれた。
「そう深く考えなくても良いのだけれど」
「あの、逆に聞きたいのですが、貴女から見て聖さまはどう見えるんですか?」
彼女の言葉を塞いでしまう事に申し訳なさを感じつつも、疑問に思ったことを口にせずにはいられなかった。聖さまは背が高くて中性的な容姿で、とんでもなく顔が整っている上に成績も薔薇さまということで悪くはないだろうし、体育祭の時を見るに運動神経もなかなかの物。そりゃ、まだ妹は居ないのだし、気になる存在だろうし、妹の席を狙っているのなら尚更だけれど、私の意見を聞いたところで役に立つとは思えない。
「それは……――言わなければならないかしら?」
「ええ。そうしてもらわないと不公平じゃないですか」
「それもそうね」
くつくつと目を細めて笑う目の前の美人さんは、全く動じていないから、私の言葉を不快とは思っていないだろう。なかなかに肝の据わった人だなと感心しながら、彼女の言葉を待っていた。
「でも、秘密」
「え」
「だって貴女も質問に答えてくれていないもの」
「確かに。なら、どうします、聞きますか?」
おや、と思いながら私の片眉が上がる。
「いいえ、私から聞いておいて申し訳ないのだけれど、自分であの方のことを知らなければ意味はないものね」
「そうした方がいいですよ。きっと」
先程とはベクトルの違う笑みを浮かべて、私を真っ直ぐ見据えている人。そういえば私の名前を彼女は知っているのに、私は彼女の名前を知らないのは変だ。
「ああ、あの貴女のお名前は?」
「それも秘密、で良いかしら」
右手の人差し指を立てて、私の口元に触れるか触れないかの距離で止めた。随分と大袈裟な演出だけれど、似合ってしまっているのだから不思議だ。
「分かりました。いずれ、機会があればその時にでも」
触れそうになる指に一歩だけ下がり、そう口にした私を面白そうに名も知らぬセンパイは微笑んでいる。
「ええ。樹さんと話せて良かった」
「何もしていませんよ、私は」
小さく首を振り、それじゃあと私の下を去っていったその人と再び出会うのは何時になるだろうか。と真面目に考えていたけれど、よくよく考えれば図書室で会うだろうと一人突っ込みを演じていたのだから、間抜けな私だった。
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謝罪:ネタがないかなとアニメの『片手だけつないで』を流し見していたのですが、作者が盛大な勘違いを起こしてテンパり難産になるという空回りをしておりました。そして雑。アニメ沿いのタグを付けましたが、微妙に変わっております。聖さまと志摩子さんがスールになった時期とかが。アニメ一期一話(だったはず)の桂さんの台詞の『先日』発言を信じすぎた! あと、白薔薇の関係性をちょっとでも弄ると、とんでもないことになりそうで……匙加減が難しい。新聞部も騒ぎを聞きつけて記事にしそうなんですが、聖さまの去年を知っているでしょうから、理性が残っていれば止めるはず。
余談:何故か無性に明陵帝梧桐〇十郎が読みたくなる。同じ学園ものなのに方向性が全く違うのにw……ただでさえ遅筆なのに読んじゃらめぇ!
ところで全く関係のない話ですが、聖さまにHRSWを聞かせると闇落ちするか浄化するかのどちらかしかない気がする。マジでどうでもいい話。