マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第二十二話:役割と姉妹宣言

 薔薇さま方との距離感を考えろ、と忠告を受けてから数日が経ち。これといって普段と変わることなく過ごしていたのだけれど、学園祭の準備の為に薔薇の館に赴くことが多くなっているが為に薔薇さまたち、山百合会のメンバーと接触する機会はどうしても増えてしまうもので。忠告通りに仕事以外での接触を減らそうと、外で取っていた昼食を教室に変えてみたり、仕事のない日は家に直帰したりと努力している為なのか、彼女たちと会うのは手伝いの時だけになっており私的に会うことは滅多になくなっていた。

 

 「――今年はシンデレラね」

 

 薔薇の館で全員が揃いいつも通りに仕事をこなしていると、不意に蓉子さまが仰った……というよりは考えごとをしていたが為に私が話をまともに聞いていなかっただけなのだけれど。きょろきょろと周囲を見渡すと、みんなは理解できているのか蓉子さまの言葉を受け入れている。

 

 「ああ、樹ちゃんは知らないものね」

 

 私を見てにんまりと笑った江利子さまが補足説明をくれたのだった。曰く生徒会――ようするに山百合会でも出し物を催すそうで、毎年各部活から協力を募り演劇を開催しているのだそう。ただでさえ準備で忙しいのに更に演劇までこなさなければならないとは。なまじ優秀な人が集まってしまうばかりに、負担が多くなっているような気もするのだけれど、人の言葉を借りれば『伝統だから』で済まされる。大変だなあ、と他所事を考えていたらにししと笑った聖さまが私を見ていて口を開いた。

 

 「もちろん樹ちゃんにも出てもらうから」

 

 「何でですか……って聞くのは野暮なんでしょうね」

 

 私が嫌だと言ったところで『人が足りていない』から始まり『ある程度の融通は効かせる』とか『出番は少ないから』なんて言われて丸め込まれるのがオチなのだ。それならばいっそのこと抵抗なんてせず素直に了承しておいた方が面倒はない。嫌がると江利子さまが面白がるし、最近それに聖さまも乗ってくるのだから質が悪いし、二人のストッパー役である蓉子さまも仕事以外のことでは機能してくれないのだし。

 随分とここに慣れてしまったけれど、私が山百合会の劇に参加することによって、例の彼女はどう思うかが一番の問題だったりする。おそらく山百合会の手伝いはきっちりとこなせと口にしていたので、問題はないのだろう。あとは役柄によるだろうか。薔薇さま方が担う役によるけれど、なるべく関係のない立ち位置の役だと良い。無用な反感は買わない方が吉だろうし、暴走した人は何をしでかすか分かったものじゃないから。ぼりぼりと後ろ手で頭を掻きながら、微妙な顔をしてしまう。

 

 「理解が早いようで、よろしい」

 

 「といっても樹ちゃんのクラスの出し物もあるでしょうし、あまり重要な役ではないのだけれど」

 

 シンデレラの話をあまり覚えていない――というよりも現実を見過ぎて結婚後に苦労しそう、という感想しか持たなかった私がその物語を好きになれるはずもなく。

 現実を見れば王族は王族同士で結婚するのが妥当だし、よくて国内の有力貴族と縁を結び後ろ盾となってもらうのが常套手段だけれど。シンデレラの実家って何か国に益をもたらせるような家だとは聞かないし、国の中枢に関わるような家柄でもなかったような。王子さまが将来王太子になるのならば、余計に心配な要素である。結婚後も正妃として公務があるだろうし、外交にも顔を出さなきゃならないし、後宮も支配しないといけないし。子供が出来なければ、やれ側室を迎えろと五月蠅いだろう。夫が愚王や暗君になればクーデターや革命に巻き込まれるだろうし、やだ怖い。小さな子供に読み聞かせるものだから仕方のないことと理解はしてるけれど、現実を見てしまう癖はなかなか抜けない。

 

 「あー。クラスの出し物なら展示物になったので、準備に手間がかかるだけで後は見張り役やらで駆り出されるくらいですかね。それにこっちの方に比重を置けと言われてしまいましたし」

 

 聖さまと蓉子さまの言葉にそう答えた私に、おやと首を傾げるみんな。由乃さんと志摩子さんは事情を知っている為か微妙な顔をしていた。クラスの方に再々顔を出していれば、それはそれで反感を買ってしまうのである。本当に女社会は面倒だし、少子化を嘆いているご時世になってきているのだから、早く共学化すればいいのにこの学園、と皮肉りたくなるのだけれど我慢ガマン。

 

 「何か、あったのかしら?」

 

 目を細めながら組まれた両手の上に顔を乗せる蓉子さま。少し発言が迂闊だったと思いなおしながら、距離感うんぬん以外は話してしまっても問題はないだろう。

 

 「ホームルームの時間に私の了承を得ないまま、周囲の同意だけを取り付けた子が居たんですよ。山百合会のお手伝いがあるだろうからって」

 

 手に顎を乗せたまま長い溜息を零した蓉子さまが苦笑いをし始めたので、私も肩をすくめて笑う。こればかりはどうにもならないのだろう。悪意のない善意ほど質の悪いものはない。もしかすれば蓉子さまたちも、他の生徒から同じようなことを言われたことがあるのかもしれないし、強くは出れないのだろう。

 

 「まあ、そういうことなので山百合会の方に比重を置けるので裏方仕事なら任せてください。劇の方はちょい役でお願いします」

 

 そもそも山百合会に所属してないのだから、名有りの登場人物なんて演じる訳にはいかないのだ。そうすると、そこでもまた火が起こってしまうだろうから。無理の利かない由乃さんと一緒に裏方仕事が一番無難なのだけれど、文字通り山百合会は人手不足なので、何かの役が振られるみたいだけれど。

 

 「あら、良いのかしら? 言質は取ったわよ。――証拠はこの場に居る全員」

 

 「あれ、自分で自分の首絞めました?」

 

 冗談のつもりだったのに、どうやら本気で忙しいらしく蓉子さまが逃げられないように囲い込んできた。自分で言い出したのだから、責任をもって裏方仕事ならば駆けずり回る覚悟は出来ているので構わないのだけれど、手加減はして欲しいものである。

 

 「そうね」

 

 「ええ」

 

 「だね」

 

 声を揃えてそれぞれ言葉にする三年生。他の人たちも苦笑いというか、阿呆な子が居ると言わんばかりの視線を私に向けてくるか、同情の視線かどちらかだった。もう慣れてきているので、みんなも三年生と私の馬鹿なやり取りなんて慣れているだろうと、訂正やら言い訳やらは諦める。

 

 「さ、配役を発表するわね」

 

 脱線していたので仕切り直しとばかりに蓉子さまが一つ手を打って、話を戻した。主役のシンデレラ役は祥子さまで、相手役である王子は令さまが担うそうだ。三年生は蓉子さまと江利子さまが意地悪な姉AとB、聖さまが男性役、志摩子さんも台詞の有る女性キャラ役。由乃さんは、裏方で大事なことを担うそうだ。必要な道具や衣装に台本は被服部と演劇部が用意してくれるそうで、実質役者として動くだけらしい。それでも台詞覚えや立ち稽古、最終的には通しで本番もどきもやらなきゃならないだろうし、結構重作業である。それを平然と受け取ってやり遂げる山百合会のみんなに感心しながら、端役ではあるけれど自分は役者なんて演じきれるのだろうかと心配になってきた。

 

 「どうしたの、微妙な顔をして」

 

 隣に座っている由乃さんが、制服の袖を引っ張って小声で問いかけてきた。

 

 「いや、大根役者になりそうで心配になってきた」

 

 こんなことは初挑戦なので、劇の雰囲気をぶち壊さなければいいのだけれど。とはいえ蓉子さまから下された役は本当にモブなので、そう心配はいらないはず。小さく笑っている由乃さんを他所に、色々と説明が終わっていき。近々の取り合えずの仕事は、各部活動や各クラスとのやり取りが主になりそうだった。また学園を方々駆けずり回ることになりそうだと苦笑いをしながら、いつの間にか日が暮れていて帰路につく面々だった。

 

 ◇

 

 学園祭の準備に追われ始めてしばらく、部室棟へ必要書類を届けたり、逆に必要書類を薔薇さま方に手渡して欲しいと頼まれたり。

 各部活や委員会の役職持ちの人たちや学級委員の人たちが持つ私の立ち位置は、山百合会への便利な伝書鳩という認識になっている。学園内をウロウロと駆けずり回っているので、どうせ薔薇の館に赴くだろうとホイホイ捕まえられる私だった。私も私で、ついでだし軽いものならばとひょいひょいと受け取るものだから、その認識がまかり通ってしまった。同じように学園を駆け回っている志摩子さんと比べると、圧倒的に私の方が数が多い。流石、役職持ちとからかうと志摩子さんは苦笑いをしていたけれど。雰囲気のある子なので志摩子さんに声をかけ辛いという気持ちは理解できなくもない。

 

 そんなこんなで職員室や部室棟へと赴き、頼まれた用事を済ませて薔薇の館へ戻り、会議室の扉を開く。すると祥子さまと三年生三人が相対するような形になっており、なんだか気まずい空気を醸し出していた。恐らく取り込み中なのだろうと、その様子を静かに見守っている令さまと由乃さんの方へと向かう。すると二人は私に苦笑いを向けて、令さまが『祥子のいつもの癇癪がね』と小声で状況を伝えてくれ。

 それだけでは状況が掴めただけで、事態が理解できないわけなのだけれどそれ以上令さまが語ることはなかったので、何かあるのかも知れない。聞いて不味い話ならば、私が入室した時点で止められているだろうから、その辺りは気にしないことにする。祥子さまが薔薇さま方に詰め寄るなんて珍しいことではあるけれど、意味もないままそんな行動に出る人ではないのは知っているつもりだ。

 

 「――祥子、それでは理由にならないでしょう」

 

 「ですが、私は聞かされておりませんでしたもの」

 

 どうやら王子さま役だと聞いていた令さまは代役であり、本来の王子さま役は花寺学院の生徒会長が務めるようだ。令さまからの補足で、姉妹校であるリリアン女学園と花寺学院では生徒同士の交流と名を付け、イベントが開催されるとどちらかがどちらかへ伺うことがあるという。花寺の体育祭では薔薇さま方三人がお邪魔したそうで、何らかの役目があったらしい。

 男子ばかりの学院に凄い美人が三人も放り込まれると、えらいことになりそうだと安易に想像できる。競技の内容によるだろうけれど、血みどろの争奪戦とか起きそうなんて考えていたのだけれど、思えばそのことを私も聞いていなかったと心の中で愚痴を零しつつ、よくよく聞いているとどうやら祥子さまは男嫌いの様子。

 

 そうなってしまった経緯は全く知らないけれど、幼稚舎から女子校育ちなのだし苦手意識くらいはあっても不思議ではないか。衣装合わせも終え、被服部怒涛の張り切り振りによってほとんど衣装が完成しているというのに、個人の我が儘を押し通そうとする祥子さまは本当に珍しい。

 祥子さまはシンデレラ役を回避したいが為に必死になっているようだけれど、分は蓉子さまの方にあるだろう。余裕の表情で祥子さまの言葉を捻じ伏せているのだから。どんどんと祥子さまが追い込まれていく状況に、助けなくていいのかと令さまに顔を向けると左右に顔を振る。

 

 どうやら関わらない方が良いらしく、それならば見守るしかないのだろうと窓の桟にもたれ掛かろうとすれば、薔薇の館の前で立ち止まっている女の子が二人。何故かそこで立ち止まったまま一向に動こうとしないから、それなら出迎えでもしようかなと考えていると、少し離れた場所から志摩子さんの姿が見て取れた。

 なら、私が出向く必要もないだろうと、志摩子さんに任せてしまう。祥子さまと蓉子さまの言い合いは、未だ続いており納まる様子はない。江利子さまと聖さまは、どうやら蓉子さまの味方らしく、時折援護射撃を打っていたので、祥子さまが勝てる要素が見いだせない。どちらも引く様子がない為に、これは長丁場になりそうだと苦笑いする。

 

 「妹ひとり作れない人間に発言権はないわ」

 

 「っ、――お姉さま方の意地悪っ。…………だったら今すぐ見つけてくればいいのでしょうっ!」

 

 仕事を放り投げてこんなことが出来るのだから、余裕があるなあとぼーっと眺めていると、どうやら祥子さまは限界に達したようで、会議室から出て行った。いつぞやの聖さまでもあるまいし、誰か人にぶつからないと良いけれど。ってそうそうそんな奇跡は起こるまい。

 

 「うぎゃっ」

 

 「っ」

 

 そんなことを考えていたらどうやら奇跡が起こってしまったようだった。リリアンに通うお嬢さまらしくないへしゃげた声が上がり、床が鈍く鳴る音がこちらの部屋まで響く。突然の事態にすわ何事かとみんなが立ち上がり、扉の外へと勢揃いしたのだった。

 

 「あーあ。随分派手に転んじゃったわね」

 

 「え、祥子の五十キロに押しつぶされちゃったの? 悲惨ー」

 

 「おーい、被害者。生きている?」

 

 頭を打っていなければいいけれどと願いつつ私も一緒に外へでた。倒れ込んだままになっている二人は、何が起きたのか分からない様子で立ち上がろうとしない。剣道を習っている令さまがしゃがみ込んで様子を見ているので、私が出しゃばる必要はなさそうだ。祥子さまの下敷きになっている子の様子を見て安堵する令さま。

 

 「えっ、私が押しつぶしちゃったの? ちょっと、貴女大丈夫っ?」

 

 三年生の言葉にようやく気が付いて、立ち上がり下敷きになった子の安否を確認する祥子さまは珍しく慌てていた。まあ、部屋の外に出て速攻で誰かにぶつかるだなんて、思いもしないよねと苦笑いをしながら、祥子さまとぶつかり立ち上がった子を見ると、以前に愚痴を聞いてもらったツインテールの子だった。

 

 「は、はいっ。お尻を打っただけですから!」

 

 とお尻をさすりながら緊張気味に声を上げたツインテールの子の横には、志摩子さんと蔦子さんが居る。志摩子さんはお使いに出ていたから、この場に居ても何らおかしくはない。けれども蔦子さんが何故いるのか疑問に思い視線を向けると、何故か目を輝かせていた。祥子さまとツインテールの子のやり取りに目がいっている山百合会のメンバーを他所に私は蔦子さんに話しかけたのだった。

 

 「蔦子さん、どうしたの珍しい」

 

 写真狂いの彼女が山百合会を訪れるなんて珍しい。放課後はもっぱら良い写真を撮ろうと学園内を闊歩しているというのに。

 

 「いや、ちょっとした野暮用があって」

 

 と苦笑いをしていた。どうやら蔦子さんもこの展開は想像していなかったようで、カメラを大事そうに抱えながら苦笑いをしている。

 

 「樹さんは山百合会のお手伝い?」

 

 「うん。ここ最近の日課になってる。蔦子さんは、もしかして写真関係でここに?」

 

 彼女がこの場に訪れる理由があるとすればそれしかないだろう。そう思い言葉にすると自信ありげに一つ頷いた。やはり蔦子さんは蔦子さんであり、写真には誠実である。恐らく薔薇さま方か誰かの許可を取りに来たのだろう。そうするとツインテールの子がどうして一緒に訪れたのか謎になるのだけれど、答えはあの子に聞くべきか。

 

 「ええ。――ねえ樹さん、困ったら助けてくれるかしら?」

 

 「困るって……困るような状況に陥るの?」

 

 蔦子さんが珍しく助けを求めてきたけれど、一体何をするつもりなのか。

 

 「前にも言ったような気もするけれど、流石の蔦子さんでも山百合会の幹部は、ね?」

 

 最後は言葉にせずかなりの小声で誤魔化していた。まあ目の前に本人たちが居るのだから、堂々と言えないか。

 

 「理由や状況によるかな」

 

 「――それでも構わないわ」

 

 ほっと胸をなでおろす蔦子さんは、そうとう緊張しているようだと苦笑いをする。二人で話し込んでいたら状況が進んでいたようで、目を白黒させているツインテールの子と祥子さまが廊下で相対していた。山百合会の全員に囲まれて、だ。壮観な絵面だなと他人事のように眺めていると、周りのみんなも何が起こるのだろうと興味津々の様子で。

 

 「時に貴女一年生よね、お姉さまはいらして?」

 

 「――い、いません、けど」

 

 「結構――」

 

 ツインテールの子の乱れてしまったセーラーカラーとタイを直しながら、祥子さまが何かを決意したような顔に変わる。

 

 ――この出会いが波乱の姉妹宣言の幕開けだった。

 

 ツインテールの子にとっての、と修飾語が付くけれど。部外者である私には、ようやく祥子さまに妹が出来るのだなという感覚しかなかったのだった。

 




 6521字

 よ、ようやくアニメ一話に辿り着きました。祐巳ちゃんの登場を楽しみにしていた皆さまお待たせしました~。

 ファイファイ屋! ってことでようやく感嘆符をたんまり使える……(なるべく使わずに、祐巳ちゃんに使おうと決めておりました)
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