マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第二十五話:練習と新参者

 祐巳さんにとって波乱の姉妹宣言から数日が経ち、いろいろと噂が流れている状況に私は辟易していた。曰く、私が先に紅薔薇のつぼみの妹候補だったのに彼女が横入りしただとか、それに嫉妬した私が祐巳さんを引き連れていたのは〆る為だとか。

 根も葉もない事実だというのに噂は尾ひれ背びれが大きくついて、クラスメイトには質問攻めにあい、いいんちょには『大変ですね』とまるで他人事のように言われ。それでもまあ、助言を残して去っていくあたり、やはりいいんちょは良い人なのである。取り合えずは噂は噂であって、静観している生徒が大半なので助かっているけれど。あとは祐巳さんがこの状況に耐えれるかどうかだけだ。

 

 ――ふごぉっ!

 

 乙女らしからぬ声が漏れたのだった。講堂を借りてダンス部による指導を志摩子さんと私は受けているところで。

 この学園、どうやらダンスの授業が二年生からあるらしく、習ったことのない一年生に教える為にダンス部に薔薇さまが願い出た、とかなんとか。そうしてダンス、踊ったことないのでしょうとにこやかな笑顔の薔薇さま方から告げられ、練習してきなさいと薔薇の館から追い出され。ダンス部の部長から正しい姿勢の教えを受けているのだけれど、姿勢矯正の為に腹に一発キレの良い掌底を貰い、丸くなった背を利用してすかさず顎を持ち上げられて首を伸ばされるだけれど、せめて何か一言告げてから、行動に移して欲しいものだが周りの視線が生易しいので、もしかしたらこの部長はこれがデフォなのだろうか……。

 

 「なんで……私だけ……」

 

 「あら、志摩子さんの姿勢は綺麗だもの。樹さん、猫背とはいかなくても少し丸いわ」

 

 お腹を抑えながら姿勢を維持する。ちなみに気を抜くと部長からまた指導という名の掌底が入るのだ。言葉よりも手が先に出てしまうようで、割とスパルタ。それでも背が伸び首が長くなったような気がするのだから、教えるのは上手い方かもしれない。若干の疑問が残りつつも、舞踏会シーンのモブ役を命じられたので仕方ないのだけれど。本番で無様を晒すよりはいくらかマシかと気持ちを切り替え、部長の声を聴く。

 簡単にいうと踊るダンスは社交ダンスとなり、全ての種類が十種。男女が組んで踊る『スタンダード』そして男女が少し離れて踊る『ラテン』があるそうな。ダンス部部長が饒舌に説明をしながら目の前でダンスを披露してくれるのだけれど、今回は関係ないし専門的なことは覚える必要はないだろうと右から左で済ませ、今回踊るのはワルツのみなのでその部分はキチンと見聞きする。一見ゆっくりと踊っているようでも、足運びや上半身の使い方に気を付けなければならないようで、体の筋肉の使い方が重要になってきそうだった。素人が踊るものなのでバリエーションは簡単なもので組んでいるらしいけれど、シンデレラと王子ペアには特別バージョンがあるそう。大変だなあと遠い目をしながら考えていると、祥子さまは生粋のお嬢様なのでもしかすれば社交ダンスを習っているかもしれないかと完結付けたのだった。

 

 「志摩子さん、余裕そうだね」

 

 「そんなことはないのだけれど。――日本舞踊とは随分と違うもの」

 

 「いや、表情に出てないだけで十分凄いよ。私、結構キツイ……」

 

 姿勢の維持やしなり具合も大変だし、足運びも独特で足裏の使い方にも気を配らなければならないから、脳味噌が悲鳴を上げているし喋ることも必死だった。私が貰った役は喋ることはない男役だったので本当にモブ。しかしながら舞踏会のシーンで踊るという、割と目立つことを言い渡されたので、失敗する訳にはいかなくなった。

 みんなステップを合わせて踊るから、一人違うことをしてしまうと限りなく目立つのだ。本当に真剣にやらないと恥をかいてしまうのだけれど、それよりももっと怖いのが、山百合会主催の劇を台無しにしたと後ろ指を指されることである。もしも失敗して劇を台無しにしたと言われようものなら、非難轟々になってしまうのは目に見えている。だからこそ必死になっているのだけれど、これがまた難しい。志摩子さんはどうやら日本舞踊の経験があるようなので、その体験を器用に転用して踊っているのだけれど、ずぶの素人の私が直ぐに上手くなる訳もなく。

 

 「はい、一旦止まって」

 

 ぱんと手を打って志摩子さんと私を呼び止める部長やダンス部部員の眼差しは真剣で。こりゃ舐めたことをしようものなら、即座に指導が飛んでくるなと覚悟する。

 

 「志摩子さんはジャンル違いとはいえ経験者でもあるから、慣れれば問題なさそうね。樹さんはリード役だから、もっと努力が必要かしら」

 

 ちなみに『リード役』とは男性を指す言葉である。男性が女性をリードし、女性は男性をフォローするとかなんとか。プロ並みに上手い人は打ち合わせをしていなくても、女性を導くことが出来るのだとか。

 流石に今回はそこまで求めていないし、そもそもリリアンは女子校なのだから完璧な男性役なんて求めてはいないし、みんなに合わせて動けるのならばそれでいいと部長から有難い言葉を頂ている。そして一番大事なことは『ワルツは笑顔』と言われたのだった。

 若干脱線しながら部長の説明はしばらく続くと、段々と人が増えてくる。どうやらダンス部のメンバーが講堂に集まってきたようだった。そうしてまたしばらく時間が経つと、にわかにみんなが出入り口へ注目していたのだった。その様子を何事かと眺めていたら、どうやら祥子さま以外の山百合会メンバーが講堂へと来たようで。

 

 「ごきげんよう。少しは踊れるようになったかしら?」

 

 一時間程度で踊れるようになるずぶの素人がいるのだろうかと疑問に思いつつも、ダンス部部長が蓉子さまに答えたのだった。

 

 「ごきげんよう、紅薔薇さま。志摩子さんは合格ラインといったところかしら。樹さんはまだ少し時間が必要ね」

 

 どうやらダンス部部長は三年生で薔薇さまとは面識があるのだろう。気軽に喋っている所を見るに、それなりに仲は良さそうだ。

 

 「そう。ごめんなさいね、面倒事を頼んでしまって」

 

 「ううん。教えるのは楽しいし、これでダンスの魅力に気付いてもらえたなら僥倖だもの」

 

 割と辛口評価を部長から頂くと、薔薇さま方三人が一斉にこちらを向く。蓉子さまは苦笑いをしているけれど、江利子さまと聖さまはほくそ笑んでいるという言葉がぴったり似合うような顔をしていた。何故あの二人は私をからかうのか謎であるけれど、玩具にされていることだけは事実である。薔薇さま方とダンス部のやり取りをぼーっと眺めながら、うだつの上がらない中年男性がダンス教室の窓辺で物憂げに佇む女性に目を引かれ、その教室に通うようになってダンスの魅力に嵌っていく映画ってそろそろ公開だったろうか、なんて頭の片隅で考えているとひょっこりと私の目の前に立つ人が。

 

 「樹ちゃん、今度は私と踊りましょうか」

 

 「江利子さまがパートナーですか……」

 

 「あら、私だと不満かしら」

 

 不満というよりも薔薇さまの誰かと踊ると確実に周囲の視線を集めてしまうから、つい愚痴のようなものが出てしまっただけである。これで江利子様の後にとっかえひっかえで全員と踊れば、何故か私の尻が軽いと言われてしまうのだから、不思議というか女の嫉妬は怖いというか。

 

 「そういう訳ではありませんが、良いんですか?」

 

 「構わないわ。聖も志摩子の相手をするようだし、蓉子はダンス部と打ち合わせをしているんだもの。それに樹ちゃんに教えながら踊れる人は限られてくるでしょう」

 

 江利子さまの言葉に、志摩子さんの方を見ると聖さまがとホールドを組んでいた。姉妹同士で踊るのならば令さまはいいのだろうかと壁際に視線を向けると、なんだか微妙な顔をしている令さまに肘鉄を打っている由乃さんが居た。こりゃ何かあったのだなと察して後ろ手で頭を掻く。

 

 「えっと、よろしくお願いします」

 

 足手まといは嫌だし、和を乱しても碌なことにならないだろうから、せっかくだし教えてもらおうと決意して軽く一礼するのだった。

 

 「ええ」

 

 手を出して綺麗に背筋を伸ばしびしっとポージングをとる江利子さま。有無を言わさぬ視線に押され、タイミングを合わす為に彼女が声を上げるので、慌ててホールドを組むとぐっと押されて足が勝手に動いていく。操られているような感覚になんじゃこりゃと少し混乱しながらも、徐々に息を合わせて踊る……というよりも江利子さまに踊らされていると言った方が正解か。志摩子さんと組んだ時とは違う感覚。志摩子さんは遠慮してくれていたのか、私に合わせてくれていたのだけれど、江利子さまとは歩幅も違えば動きの切れも違った。

 

 「あら、それなりに出来ているじゃない」

 

 「いや……これ、江利子さまが支えてくれてますよね?」

 

 「ふふ、分かったのね。なら、樹ちゃんがすべきことは分かるのではなくて?」

 

 澄まして笑う江利子さまがなんだか憎たらしくて、意地を張る。全身の筋肉を総動員させて、がっちりと江利子様の手を握り、腰を使って江利子さまに合わせるのではなく、合わせさせる。ダンス部の部長が伝えてくれたことを再度頭の引き出しから引っ張り出して、ぐっと足を前へと進ませ腰をしならせながらステップを踏んでいく。

 

 「――あら」

 

 「……っ」

 

 使い慣れない筋肉が悲鳴を上げるけれど、いまだに余裕の表情で踊る江利子さまを見ていると、なんだか悔しい気持ちが沸き上がり疲れたからとここで止まるのは負けを認めたようなもの。まだできることがあるはずだと、手本として踊ってくれたダンス部部長と副部長のワルツを思い出し、その動きをトレースする。

 

 「ふふ」

 

 「何で笑うんですか……」

 

 「気を悪くしたかしら。――負けず嫌いなのね、貴女」

 

 「あー……。否定は出来ませんね、ソレ」

 

 余裕の笑みでのたまう江利子さまに、必死で踊っている私の心の中を見抜かれる。バレても構わないけれど恥ずかしいからスルーして欲しいのだけれど、ここ最近は機会があれば遠慮なんて存在しないかのように、突っ込んでくれる江利子さまだ。隠そうとすれば余計に突っ込んでくるのだし、正直に答えておいた。勉強はあまり得意ではないが体を動かすことに関してはそれなりに自信があるから、ああも明け透けにしてやられると、やり返してやろうという気持ちが湧くのは仕方のないこと。――彼女の好奇心を煽るのは目に見えていたけれど。

 

 とはいえ慣れないことを更に無茶をして体を動かしていれば、限界なんてすぐに訪れるものである。それを悟った江利子さまがゆっくりと足を止めホールドを解いたのだった。

 

 「少し休んでいなさいな」

 

 「そうします」

 

 余裕の笑みを携えて江利子さまはダンス部部長の下へと去っていった。ポケットから取り出したハンカチで汗をぬぐいながら周囲を見渡すと、どうやら聖さまと志摩子さんも練習を終えているようで、周りの人たちも各々休んでいる。蓉子さまとダンス部部長の話し合いで、どうやら一度全員で踊ってみようということになったのだけれど、主役である祥子さまが居ないが為に合わせるにも合わせられないので待っているようだった。

 

 「ああ、祥子が来た」

 

 「遅いよー」

 

 「練習を中断させてごめんなさい。――さあ、続けてください」

 

 遅れてきた祥子さまは祐巳さんを引き連れていた。どうやら練習を再開させるらしくそれぞれ位置についているので、私もモブ役をこなす為に輪の中へと加わるのだった。ちなみに私のペアを組む人は、ダンス部の小柄な二年生。どうやら見栄え優先で組まれた人選だというのは丸わかりだった。ど素人と組む先輩には申し訳ないけれど、我慢してもらうしかない。

 なるべく失敗しないようにと注意をしながらどうにか一曲踊り切ってしばらくすると、聖さまが祐巳さんを引っ張りワルツを踊っていた。戸惑いながら聖さまとあたふた踊っている祐巳さんに、みんなの視線が刺さっている。憧れの白薔薇さまと一緒に踊れて羨ましいという、嫉妬の視線だというのは鈍い私が見てもわかってしまう。祥子さまの件で注目を浴びているというのに、更に煽ってどうするのだろう。それを理解できない聖さまでもない気がするのだけれど、意図が理解できず首を傾げるばかりだった。

 

 しばらく様子を見ていると、聖さまはペアを誰か組んであげてと気軽に声を上げるけれど、既に相手が決まっている人たちがほとんどなのだから無茶を言うなと心の中でぼやいていると令さまが名乗り出る。どうにかこの場をしのいだなと安どのため息を吐いて、また練習が再開されるのだけれど、祐巳さんが祥子さまに気を取られ過ぎている。あとでダンス部部長からスパルタ特別レッスンが開かれそうだなあと、苦笑い。

 

 「失礼しますっ!」

 

 「あ、祐巳ちゃんっ!」

 

 突然、講堂を飛び出していった祐巳さんにみんなが驚き、そして何事かとざわつき始める。ある程度事情を知っている山百合会のメンバーだけなら問題はなかったけれど、ダンス部部員がいたことは不味い。練習を放り出した一年生として、すぐに噂が流れてしまうだろう。舌打ちしたくなる気持ちを抑えながら、どうしたものかと考える。いっそのこと私もこの場から立ち去るかと頭をよぎった時、ふいに声が上がったのだった。

 

 「――お騒がせして申し訳ありません。去っていった彼女に代わって私が謝罪しますわ」

 

 奇麗に一礼して頭を下げた祥子さま。ダンス部の人たちが祐巳さんのことを口にする前に、間髪入れずに頭を下げたものだから誰も何も言えなくなってしまったのだった。祐巳さんを連れてきたのは祥子さまなのだし、薔薇さま方が謝るよりは効果的……なのだろうか。まあ妹候補になっているのだから、姉候補として頭を下げたという部分もあるのだろうけれど。

 

 「もう一度合わせて今日は終わりにしましょうか」

 

 ざわついている講堂内に響いた乾いた音と声。一つ手を打って蓉子さまがそう仰り練習が再開されて直ぐに終わり。用事がある人はさっさと講堂から去っていくし、仲の良い人とおしゃべりに興じている子もいる。先ほどの祐巳さんのことが気になり、壁際に移動して様子を見ているのだけれどみんな普通の様子だし平気、なのだろうか。

 

 「なーに黄昏ているの」

 

 その声と共に肩と首に衝撃が走る。声で犯人が誰なのかは分かってしまったので、というかこういうことをする人は数が少ないので自ずと絞れる。

 

 「重い」

 

 「酷い言い草だなあ。最近、江利子と私にどんどん遠慮がなくなってない?」

 

 私の肩に腕を廻して体重をかけてくるものだから、重くない筈はないのである。そもそも身長差があるんだし加減をしてもらいたい所であるけれど、最近の聖さまたちは私に遠慮がないので諦めている。なので彼女たちに遠慮をすることはないかと、最初の頃よりもずかずかと言いたいことを言っているけれど。それで凹んだり傷ついたりするような人でもないので、言いたい放題である。

 

 「自業自得でしょう。何かあればすぐに私を玩具にしてるんですから」

 

 「ドンマイ、樹ちゃん」

 

 「聖さま。その言葉って日本だと慰めだったり応援的な意味合いで使われてますけど、英語圏じゃあ『私は気にしない』って意味だったはずですが……」

 

 「おや、良く知ってたね」

 

 に、と白い歯を見せて笑う聖さま。本当、志摩子さんを妹にしてから何かを吹っ切ったように変わったものだ。とはいえ、祐巳さんをああして巻き込んだことには不満を覚えるけれど。噂の中心に放り込まれてしまった彼女の立場を考えて欲しかったのだけれども。

 

 「はあ……」

 

 「どうしたの?」

 

 未だ私の肩に腕を廻したまま私の顔をのぞき込む聖さまは、不思議そうな顔をしている。

 

 「いえ、ただもう少し祐巳さんのことを考えて欲しかっただけですよ」

 

 「ん、何で?」

 

 心底不思議そうな顔をした聖さまに、呆れてもう一度溜息が出た。

 

 「ここ数日のうちに今や彼女は時の人で、一挙手一投足を周りから見られているんです。あれだと火に油を注いだようなものじゃないですか」

 

 逃げ出した責任は祐巳さんにあるかもしれないけれど、もう少し穏便に物事を進められたような気もするし、どうしてこうも彼女を目立つようにさせているのか。

 

 「知ってる。でも、あの子には君や志摩子に由乃ちゃん、あとカメラちゃんもいるでしょう? ――だからそう睨まないでよ」

 

 「丸投げじゃあないですか……」

 

 「かもね」

 

 苦笑いから一転、あははーと気楽に笑う聖さまの腕を振りほどいて、私は講堂を後にして教室に置いている荷物を取りに行くのだった。

 




 6588字

 相変わらず話の進みが鈍足でして。祥子さま、急に立ち去った祐巳ちゃんの尻拭いをしたはず……はず……。

 マリみてアニメだと簡単そうに踊っているけれど、足運びとかいろいろと大変だろうなってことで――『ボールルームへようこそ』って漫画がかなり面白いです。アニメもあるので機会があれば是非。
 

 マブラヴオルタの公式アニメサイトが開設されて、我歓喜。が、あと何ageかかるのやら(遠い目

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