マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第三十二話:後夜祭と新姉妹とその後

 

 衣装を着替え、若干存在を忘れていた柏木さんを送って後片付けが始まったのだった。作り上げることにはかなりの時間と労力を掛けたというのに、解体や片づけは割とあっさりと終わってしまう事が少し哀愁を漂わせ、心を陰鬱な気持ちにさせるのか周りの子たちの顔が少し暗いような気がする。

 とはいえ非日常から日常に戻る為の切り替えが、後夜祭というミニイベントな訳で。使い終わり不要になったものをくべて、校庭でキャンプファイヤーをするのだけれども、ダイオキシン問題が騒がれ一般家庭での焚火が禁止となったのは何時頃だったか。何でも燃料としてくべてしまうので不味いような気もするけれど、駄目ならば学園側が禁止とするだろうし、無用な心配だろう。

 

 集まった生徒たちによって『オクラホマミキサー』が鳴り響く校庭で、フォークダンスを踊りあかしている。憧れの上級生が相手となると途端に頬を赤く染める一年生や、その感情を受け取りはにかむ上級生にと、いろいろだ。若いなあと校舎の窓から眺めながらきょろきょろと見渡す。ふとグラウンド側の土手に座り込む祐巳さんが目に留まるのだけれど、なんだか元気がないような。

 いつもよく笑っている彼女が珍しいのだが、よくよく考えれば彼女は祥子さまとの賭けが学園祭で終わってしまうことを純粋に悲しんでいるのだろう。祥子さまに憧れ、ファンだと言い切った祐巳さんにとって、夢のような時間が終わってしまう。私はようやく山百合会の仕事から解放される――それと共に巻き起こる外野からの面倒ごとの方が強いかもしれないが――という嬉しさしかない。祐巳さんと自分との心の在り方の差が、如実に出てしまっているというか。

 いろいろと枯れてしまっているので、祐巳さんの初々しさは見ていて微笑ましいものがあるから、祥子さまと姉妹になって欲しいという気持ちがあるのだけれど、こればかりは本人たちの意思が大事だし他人が出しゃばるものでもないから。ここで彼女を見ていても仕方ないと気持ちを切り替え、帰る支度をしようと一年藤組の教室に足を向けようとしたその時だった。

 

 「あ」

 

 短い間抜けな声が私の喉から洩れ、祐巳さんが膝を抱えて座っている土手に、祥子さまが現れなにやら話し込んでいる。覗き見しているようで、これ以上見るのも悪いだろうと教室へと戻り、クラスメイトに『ごきげんよう』と声を掛けながら外へと向かう。少し肌寒い夜の帳が降り始めていて、街灯の明かりが灯ってはいるものの周囲は暗く銀杏並木を抜けようと、マリア像の前へと差し掛かると、先程見た祐巳さんと祥子さまが。

 時間も時間だったので人が居ないマリア像の前で向かい合い、祥子さまがロザリオを取り出して胸の前で掲げている。流石にリリアンに疎い私でも、これから何をしようとしているのかは察しがついて。これ以上見るのは本当に出歯亀になってしまうと視線を外し、回り道を決め込んだ。

 

 ――おめでとう。

 

 見ているだけのマリア像と祐巳さんと祥子さまに背を向けて、そんな言葉を心の中で捧げたのだった。

 

 ◇

 

 二学期最大のイベントも終了し、しばしその片づけに追われること暫く。ようやく落ち着きを取り戻した薔薇の館で打ち上げをやるからと、由乃さんに腕を引っ張られて連れてこられたのだけれど、祥子さまが不機嫌マックス状態でなんだこれと部屋に入るなり困惑している。周りのみんなは祥子さまのこの状態が気にならないのか、いつも通り各々で始まりまでの時間を過ごしているようなので、放置していても大丈夫なのだろう。そういえばお手伝いの祐巳さんが居ないけれど、呼ばれていないのだろうか。

 

 「遅くなりましたっ!」

 

 軋む丁番の音と共に祐巳さんが会議室へとやってきた。要らぬ心配だったことに安堵しながら、ゆらりと祥子さまが席を立ったことにぎょっとするが、イライラの原因はコレだったかとようやく理解したのだった。

 

 「今、一体何時だと思っているの?」

 

 少しきつい口調で祐巳さんに問いただす祥子さまに、腕時計の文字盤を見て時間を告げる祐巳さん。時間前ならば良いのではと考えてしまうが、三年生が先に来ているというのに下級生が遅れてこの場に訪れたことに納得がいかないらしい。確かに時間は大事だけれど、遅れた時間を取り戻そうと急いで事故にあったりするならば、ゆっくり落ち着いて来る方がマシである。ただこの時代は連絡手段が乏しいので、こういう万が一の時に困ってしまうのが頂けない。

 

 「あーら祥子も偉くなったもの、ねっ!」

 

 「ふえ?」

 

 遅れて登場した聖さまは片腕を思いっきり祐巳さんの肩へと置くと潰れた声が漏れていた。

 三年生故の余裕なのか最後にやってきたことを気にもせずに、時間前だから良いじゃないの一言で終わらせようとして何かに気が付いた様子。

 

 「ん?」

 

 「うえっ!!」

 

 祐巳さんの胸元に手を突っ込んで呑気にまさぐっているのだけれど、同性でなければ犯罪だよなあと私も私で呑気にその光景を眺めているだけで誰も祐巳さんを助ける気がない。祐巳さんの首にかかったロザリオをどういう手段で取り出したのか、謎の技術を発揮した聖さまの手によって祐巳さんと祥子さまが姉妹の絆を交わしたことをみんなが知ると、蓉子さまと江利子さまが席を立って祐巳さんが居る方へと向かった。

 

 「はっはーん」

 

 「いつの間に」

 

 「やる時はやるのね」

 

 小さくなっている祐巳さんを取り囲んで興味深そうに観察をしている三人衆に呆れたのか、祥子さまはいつの間にか席へと戻り一つ息を吐く。

 

 「反省会をする時間がなくなりましてよ、お姉さま方」

 

 至極もっともな意見を言い放った。この集まりって反省会だったのかと初めて知るのだけれど、失敗したところなんてあっただろうか。つつがなく学園祭は終了したし、もしかすれば由乃さんの言った通りに打ち上げという名目では体裁が悪いからだろうか。

 

 「まあそういわずに少しはサービスしなさいよ」

 

 一体いつどこで姉妹の絆を結んだのかが聖さまたちは気になるようで。そしてその言葉に律義に祥子さまが怒ってしまうのもいつもの光景であるが、姉である祥子さまが拒否すれば妹である祐巳さんへととばっちりが行ってしまうのだった。

 顔と態度にありありと感情が乗ってしまう祐巳さんがこの危機から逃れる方法はなく、洗いざらい薔薇さま方から吐かされるのだろうなと苦笑いが浮かんでしまう。祥子さまを見つめたあと、薔薇さま方を見て何かを考えるような仕草をしながら、片手を腹の上に当てた。体調でも悪いのだろうかと心配になるのだけれど、部屋から逃げ出そうとしたので一瞬でそれは氷解する。逃げ出そうとした祐巳さんの腕を聖さまが掴んで引き留めたのだった。

 

 「言えないくらい素敵な思い出なの?」

 

 にいっと笑って祐巳さんを問い詰める聖さまは随分と楽しそうである。蓉子さまと江利子さまもにやにやと笑っているから、彼女をからかうことが楽しいのだろう。

 

 「あ、あの……っ」

 

 ――ぐう。

 

 一度鳴ってしまうと止まらないらしく、以降も鳴り響く祐巳さんの腹の虫に一同笑い始める。いつもより騒がしい会議室。薔薇の館が笑いの館に変わった瞬間だった。

 

 ◇

 

 反省会という名の打ち上げが終わって暫く、学園祭の後片付けだと言われて山百合会を手伝う事数度。とはいえ祐巳さんが祥子さまの正式な妹となったので、今現在の仕事量と人数と各個人の能力を考えると十分に事足りている。お迎えやお誘いがあっても七対三の確率で断るようにして、自然消滅を狙っているのだけれど、気づかれているかどうかは分からない。部外者が頻繁に出入りするのも問題だし、山百合会メンバーの技量を問われても困ることになるし。

 

 「樹さん」

 

 「いいんちょ、どうしたの?」

 

 「いえ、祐巳さんが迎えに来ていたのに一緒に行かないことを不思議に思いまして」

 

 祐巳さんが祥子さまの妹となったことは新聞部が発行している『リリアンかわら版』で周知の事実となっている。ダークホース的な書き方をされていたけれど、最初から二人を見ていた側からすれば必然だった気もしないが。

 

 「ああ、まあ、今日は用事があるから仕方ないよ」

 

 「そう、ですか」

 

 とまあ時折こうして声を掛けられるのだけれども、いずれ山百合会へと私が赴くことは滅多になくなるだろうから、いいんちょの心配も杞憂に終わるし、見知らぬ誰かから妙なやっかみを受けることもなくなるだろう。そうしてまた数日が経ち暇だったので放課後、図書室へと立ち寄った時だった。

 

 「ごきげんよう、樹さん。貴女がココに訪れるのは久しぶりね」

 

 「ごきげんよう、お久しぶりです、センパイ。――学園祭前後は山百合会の仕事に引っ張り出されていましたから、やっと時間が取れました」

 

 奇麗な黒髪を切りそろえ鳶色の瞳は切れ長で美しい図書委員の上級生に、周りに迷惑が掛からない程度の声で呼び止められた。以前に聖さまについて尋ねたその人は、私の言葉に少し驚いたような顔をしたけれど直ぐに微笑みに変えて『そんな言い方をするのは貴女くらいね』と片眉を少し上げ、困ったような声を上げる。奇麗に笑っているその人の名を未だに私は知らない。前に機会があれば名乗ると言っていたのだけれど、一体いつになるのやら。まあ名前を知らなくてもこうして会話は出来るのだし、問題ないかと済ませてしまう私も私だけれども。

 

 「ああ、新書が入荷されたのだけれども興味があれば覗いてみるといいわ。貴女が好みそうなものがいくつかありそうだったから」

 

 「マジですか。ありがとうございます、さっそく行ってきますね」

 

 図書室で長話も迷惑になってしまうし、彼女は図書委員としての仕事がある。邪魔をしてはいけないだろうと、お薦めされたものを見に行くかと小さくお辞儀をして図書委員の先輩と取り合えず別れて。

 新書コーナーへと立ち寄るとそこにはまだ真新しい本の山が。お嬢さま校だからなのか、ハードカバーの本が多いし料理本もいくつか見受けられる。このあたりは公立校と私立校の財力の違いをまざまざと見せつけられているなと実感しながら、いくつか本を手に取って貸し出し手続きを行うと、黒髪の美人さんが対応してくれたのだった。

 

 「――また名前を聞かれなかったわね。本当、変わった子」

 

 ありがとうございます、と礼を伝えて去ったのだけれども先輩の呆れたようなその言葉は私には届かないまま。適当な距離感のまま黒髪美人の図書委員の上級生とは、しばらくそんな関係が続くのだった。

 

 ◇

 

 …………はあ。

 

 逃げると追われるのは何故だろうか。

 

 「ほら、キリキリ歩く」

 

 中世の奴隷商人の言葉じゃあるまいし。一年藤組の教室へと江利子さまと聖さまが訪れ、有無を言わさずに罪のないクラスメイトに声を掛け、逃げられずにいた私の首根っこを文字通り捕まえ、人目を憚らず廊下を歩く。首には聖さまの片腕ががっちりとホールドされているし、私の左腕には江利子さまの右腕が絡んでいて。この光景を見た一年生たちが頬を染めながら、廊下から眺めたり騒ぎを聞きつけ廊下側の窓から覗いている子さまざまだった。

 

 「放してください」

 

 「駄目よ。放すと貴女逃げだしそうなんだもの」

 

 畜生、なんでふたりとも制服姿だとそんなに感じさせないのに、密着すると途端に胸の豊かさが強調されるのは何故なのだ神は不公平だと現実逃避をしながら、重い足を無理矢理どうにか動かす。

 そんな私に苦笑いを向けながら二人は中庭を突っ切って薔薇の館へと辿り着き、酷く軋む階段を上って会議室に入ると、そこには某アニメの眼鏡を掛けた特務機関総司令のごとく椅子に鎮座した蓉子さまが。他のメンバーは居ないのでどうやら今日は三年生しか居ないらしい。

 

 「いらっしゃい、樹ちゃん」

 

 にこやかに笑っているけれど何故だか負のオーラを噴出させて。彼女を怒らせた覚えはないし、怒られる理由もないのだけれども。

 

 「ごきげんよう、蓉子さま。今日は何もなかったはずでは?」

 

 とまあありきたりな返事をして椅子へと座ると更に笑みを深めた彼女の真意は何処にあるのやら。取り合えずお茶でも淹れるかと席を立ち上がろうとすると、江利子さまに両肩を抑えられ立ち上がれないままで。

 その間に聖さまが流し台に立ちみんなの分のお茶を淹れるという、明日は槍でも降るんじゃないかと叫びたくなる光景が。一人だと自分で淹れて飲んでいるけれど、誰かが居れば動かないのが聖さまだというのに。こりゃなにかあるのだなと察した私は、お茶が出されるまで黙ったままでいるしかなかったのだった。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとうございます」

 

 私が熱いものが苦手なのを聖さまがいつ知ったのか知らないけれど、冷やさずにそのまま飲める程度で淹れてくれた気遣いに感謝しながら、目の前に座る三人を見る。何度かお茶を飲み、カップをソーサーの上に置くと、蓉子さまが江利子さまと聖さまを見て一つ頷いた。

 

 「回りくどいのも面倒だし、貴女だから単刀直入に聞くわね。――樹ちゃん、私たちを避けていないかしら?」

 

 「は?」

 

 妙なセリフに妙な声が漏れてしまうが、確かに今の状態で私が彼女たちの立場なら避けているように見えるだろう。まいったなあと後ろ手で頭を掻いて誤魔化すけれど、逃してくれるような三人ではない。

 

 「祐巳ちゃんや由乃ちゃんに志摩子が貴女を迎えにいっても、最近断ることが多くなってきているんだもの。あの子たち、顔には出していないけれど気落ちしているのよ」

 

 気付いていて? と問われるが一年生組が気落ちしているのは予想外のことで左右に何度か首を振ると、安堵なのか呆れなのかよくわからない溜息を一つ蓉子さまは吐いた。

 

 「貴女は平気かもしれないけれど、いままで当たり前にあったものが遠ざかってしまうのは案外クるものがあるもの」

 

 「祐巳ちゃんと由乃ちゃんは特に気にしてる。志摩子も志摩子で表に出していないだけで、結構ダメージが深いみたいだし」

 

 蓉子さまの言葉を引き継いで江利子さまと聖さまが畳みかけた。

 

 「はあ。――でも私はココの役職持ちでも何でもありませんし、今の仕事量と状況とこれからを考えると必要のない人間ですよ」

 

 「……確かにその通りかもしれないけれど樹ちゃん、その考え方淡白過ぎない?」

 

 よく言われる気もするが、山百合会の中でしか関係が継続できない訳ではないし、遊ぼうと思えばいつでも誘えば良いだけである。それこそ考え方が狭いのだけれども。

 

 「否定はしませんが。――というか、私がココに居ると祐巳さんの立場がなくなるでしょう?」

 

 人員が足りているのにこのまま私が山百合会に出入りを続けていれば、祐巳さんの立場が揺らいでしまう。祥子さまの妹として相応しくないといい始める人間が必ず出てくるはずだし、逆にいつまで私が山百合会へ出入りしているのかといい出す人も出てくるのだ。

 その不満を薔薇さまへと直接伝えればいいのだけれど、お淑やかなリリアンの生徒は言えないだろうから、立場が弱いこちらへと流れてくる。私は耐えるかかわすかできるので良いのだけれど、祐巳さんは真正面で受け止めて悩み抜くだろうから。厄介ごとの可能性があるのならば、可能性を潰せばいいのだ。そうすればハナから問題は起ころうはずもない。

 

 「……」

 

 私の言葉に何も言わないのは認めているのと同義で。

 

 「ま、もともと人数が足りないからって理由で手を貸していただけなので、これが良い機会なんでしょうね」

 

 聖さまが淹れてくれたお茶を飲み干して、もう用はないとばかりに席を立つ。

 

 「ごちそうさまでした。――忙しければまた手伝いますので、その時は呼び出すなりなんなりして下さい。それじゃあ」

 

 一礼してそそくさと会議室の扉を開いて軋む階段を再び降りていく。薔薇の館の玄関口で振り返り建屋を見上げる。ここに来る機会は激減するだろうと、少しもの悲しさを感じながら教室へと戻る私だった。

 




 6235字

 他の生徒に詰め寄られるのは流石に薔薇さまに伝えられない。が、……逃げると追われるのだよ、オリ主よ。

 以下、愚痴になるので見たくない方は読まない方向で。


 ああん、なんで最新話を投稿するとお気に入りが減るのぉおおおおおお!!! まあ理由はなんとなく察することが――ちょっとテンポが悪かった――できるので、仕方ないのは理解できるのだけれども、それでもテンションは下がってしまうから。さすがに十近く外されたのは笑いが止まらなかった。でも外さないでだなんて言えないし、言う権限もない。耐えろ、ワイ。逃げたいけれど、最後のシーンまでは書き上げたいのぉおおおおおお!! 悩ましいねえ。ちょっと心が折れて更新が停止することもあるかもしれませんが、最後のシーンまでは書き続ける気ではいます。原神やらはじめて、浮気しそうになっていますが……見逃してえ!
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