学園祭が終わってから山百合会の手伝いにと呼ばれること数度。トップの子からのアドバイスや新しく紅薔薇のつぼみの妹となった祐巳さんの立場やらも考えて、あまり出入りする訳にはいかないだろうと、以前までは言われるがまま手伝いとして訪れていた薔薇の館に踏み入れる回数は確実に減っているはず。
新しく山百合会のメンバーとして加わった祐巳さんが居るとはいえ一人欠員状態の山百合会だ。二学期最大のイベントが終わり落ち着きを見せ始めたといえど、いろいろとやるべき仕事があるらしく忙しい気配をみせていれば顔を出している。そして今日がそんな日であったのだけれども。
――あれ?
落ち着いた雰囲気と時間が流れる薔薇の館のいつもの部屋だというのに、今日は妙な空気を感じ取ってしまう。その原因の最たるは由乃さんであり、基本、大人しく静かに仕事をこなしているというのに、今日はご機嫌斜めの様子で視線が合っても直ぐに反らす。
何故、と思い由乃さんの姉である令さまに顔を向けると、呆れたようななんだかよく分からない苦笑いをしているだけだし、さらにその姉である江利子さまに視線を向けると不敵に笑っているだけである。そんなものだから更に謎が深まり、蓉子さまと聖さまに視線を向けるとゆるく顔を左右に振って何も言わないままで終わってしまった。
「……っ」
もう一度由乃さんに視線を向けると、また反らされてしまった。想定外の出来事にどうしたものかと片手で頭を掻きながら、一年生二人に顔を向けると苦笑い。事情を知っていそうなので後から聞いてみるかと、与えられた仕事をこなしながら、さてはてどうしたものかと考えている私に生暖かい周囲の視線が向けられていたことなど知る由もなく。
「私、由乃さんになんかしたっけ……?」
とまあ理由が分からないので仕事が終わった後、祐巳さんと志摩子さんにストレートに聞いてみたのである。そんな私の言葉を聞いた二人は苦笑いを浮かべるだけ。由乃さんがこの場に居ないのは三年生の配慮なのか、一番先に由乃さんと令さまが仕事が終わったからと先に出ていき、三年生も『最後の戸締りはお願いね』と笑って出ていったのである。この状況を作り出してくれたことはありがたいけれど、理由を知ってるなら三年生の口から教えてもらってもよかった気がするのだけれど、まあ何か伝えられない理由でもあるのだろう。
「あー……えっと……その」
私へと言い辛いのか祐巳さんが口ごもりながら志摩子さんの方を見る。志摩子さんは一瞬きょとんと不思議そうな顔をして、私の方を向いてその表情を変えて。
「樹さんはなにもしていないけれど……」
「多分、だけれど由乃さんは樹さんが私たちのこと避けてるんじゃないかって」
「避けてる、かあ。――まいったなあ、そういうつもりじゃあないんだけれど……」
まあ見方によっては私が山百合会を避け始めていると思われても仕方ないけれど。何度も言うが、部外者の私が薔薇の館に出入りすると周囲は生徒会役員としての資質を疑い始めるだろう。
特に新参者の祐巳さんには真っ先に矛先がくるだろうし、長く続けばいずれは他のメンバーにも波及していくだろうし。それに私がこんなに手伝いに赴かなくても、少し時間を掛ければ終わってしまう仕事ばかりなのだけれど。その辺りも不思議だし、少しばかり三年生の意図が理解できない。この状況が分からない人たちじゃないだろうし、自分たちが周囲からどう見られるのかも考えられない人でもないというのに。
「あー……、二人は私が避けてるように見える?」
「う、うん」
「ええ、そう、ね……」
「そっかあ」
椅子の背もたれに思いっきり体重を預けて背をそり天井を見上げる。二人の顔は見えないけれど、私の言葉に何も言わないまま困ったような雰囲気を滲ませていて無言のまま。山百合会の周囲に目を向けていたせいで、山百合会の中のことまで考えられなかった自分が至らないのだが、どうしたものかと頭を悩ませる。ここに出入りする理由をゼロにするのならば、自分の親の名前をだして『勉学に集中しなさい』と言われて手伝えなくなったとでも嘘を吐けばそれで終わる。
けれどウチの親にこの話が知れた時の反応が怖い。母はリリアン出身者で山百合会にあこがれを持っていた人だから、私が薔薇の館に出入りすることがなくなれば気落ちするだろうし、父は嘘を嫌う人だから話を勝手にでっち上げたことに怒るだろう。それなら直接両親に頼むこともできるけれど、学校で起こっていることを親に解決してもらうのも気が引ける。ある意味で保護者は最強のカードなのだから、どうしようもなくなった時に切るものだろう。
「樹さん、どうするの?」
「どうするもこうするも、私が山百合会に頻繁に出入りすると流石に不味いよね」
天井へ向けていた視線を元へと戻して二人を見る。
「不味いって?」
祐巳さんが分からなかったのかツインテールを揺らして小首を傾げ、その様子を見た志摩子さんは小さく笑い、私も笑みが零れる。
「いや、祐巳さんの立場が揺らぐことになるよ。そこから波及していくものもあるだろうし」
「へっ、なんで私が?」
「祐巳さんが最後の空席に座ったから生徒会としては全員が揃ったって訳でしょう。そこに部外者の私が頻繁に出入りしたら、祐巳さんに生徒会の仕事をこなせる能力がない、イコール祥子さまの妹に相応しくないって見られるようになるよ」
本当は一つ席が空いていないこともないのだけれど、これは仕方のないことだ。三年生が一年生と姉妹の絆を結んではいけないというルールはないのだし、山百合会の役員なのだから一つ下の妹を作れだなんて不条理なこともないのだし。
「ええっ!!」
いい反応を見せてくれた祐巳さんは目をひん剥いて固まり、志摩子さんは小さく息を吐いた。どうやら祐巳さんはそこまでは思い至らなかったようなので、私の言葉で周囲の状況も気にしてくれるようになるのなら御の字なのだけれど。
「樹さんは大丈夫なの?」
「今のところは」
恐らく先程の話で気が付いたのか志摩子さんが私に声を掛けてきた。このまま出入りを続けたり、なんやかんやとしていれば以前のような事態になりそうだけれど、距離を取っていれば平気だろうと踏んでいる。
「――ま、私はどうとでもなるからいいんだよね。それよりも、こんな時期に三年生や二年生が問題に巻き込まれるのは、ねえ」
リリアンがただの進学校というのならば成績が重要視されるだろうし、内申もソレを重視されるだろうけれど、ここは伝統あるお嬢さまが通う女子校だ。成績はもちろんのこと普段の素行や授業態度も大いに反映されるだろうし、山百合会の役員ともなれば教師の査定も厳しくなるだろうから。くだらないことで内申を下げることはないし、仕事もそうそう忙しくないのだから私は要らない子状態の方が上手く周囲が回るのだ。ヘソを少々曲げているらしい由乃さんには申し訳ないが、こればかりは堪えてもらうしかない。
「それだと樹さんが手伝い損になるんじゃあ……?」
「んー、それはそれで。人手が足りないっていって駆り出された人は他にもいるんだし、その人たちが何も言ってないなら私も文句は言えないかな」
志摩子さんは聖さまの妹に納まったのだから四月からずっと手伝ってきたことはノーカウントになる。タダ働きしてただけじゃね、とかいいたくなるけれど手伝っていた本人の志摩子さんが何もいっていないのだし、私が口をだしていいことじゃない。他にも手伝いとして駆り出された人がいるはずだ。ここに出入りを始めるまで興味がなかったので、どれだけの人が手伝いに訪れていたのか知らないけれど。
「そっか。でも、由乃さんのことはどうするの?」
「友達が私だけってわけじゃないだろうし、流れに身を任せるしかないかな。それに祐巳さんと志摩子さんがいるんだし」
大丈夫でしょ、という言葉は飲み込んで。何故か二人からの視線が痛いような気がするのだけれど、きっと目の前にある問題を二人に丸投げしたことにでも呆れているのだろう。
山百合会の中で起きたことは山百合会の中で解決して欲しい気持ちが正直あるから、二人には頑張って欲しい所。問題の張本人である由乃さんは居ないので長話しても仕方ないから、取り合えず解散となった。開いていた窓の鍵を掛け戸締りを万全に済ませてあとは二人に任せると言って『ごきげんよう』と薔薇の館を後にしたのだった。
◇
――雑音が酷いな。
最近、クラスメイトからよく聞かれるようになったのは『山百合会のお手伝いに行かなくていいの?』という疑問である。行かないもなにも人手は足りているのだし、本来ならば生徒会役員以外の生徒が仕事をしている方が問題のような気もするのだが。これを伝えるとほとんどの人は納得して引き下がってくれるのだけれど、時折喰いついてくる人がいるのである。
「仕事がなきゃ行っちゃ駄目だなんて理由はないでしょう」
掛けた眼鏡のレンズを光らせ人目に付かない階段に隠れた一角で、質問をしてきたのがカメラを提げた蔦子さんだった。生粋のリリアン生である彼女がこんなことを言うのは珍しい。蔦子さんの観察眼は鋭いものがあるから、私があの場所に行くと周囲がどういう反応を見せるのかなんてお見通しだろうに。
「山百合会ってある意味で閉鎖された場所だから、役職持ち以外がうろちょろしてると目障りだって周りが見るし、それに巻き込まれるのは面倒だしねえ」
「確かにそうね。でも貴女ならそんなもの跳ね除けてくれるだろうから、期待しているのだけれど」
「私は言われるがままに与えられた仕事をこなしてただけだよ。期待されるようなことなんて何もしてないんだし」
雑用を捌いて足りないところを補っていただけだし、たいしたことはしていないのだけれど。そもそも蔦子さんが望んでいる『期待』とはなんなのだろう。私の言葉を聞いた蔦子さんが大袈裟に溜息を一つ吐いて、そのまま何も言ってくれそうにないので遠回しになるけれど突っついてみる。
「なんで呆れ顔なの、蔦子さん」
「んー、これは当事者であるからこそ分かりにくいものなのかもしれないわね」
一人納得したように意味の分からない言葉を口にした蔦子さんは、眼鏡のふちを持って位置を直して私へと視線を向け。
「気付いてなくて? 貴女がお手伝いとして薔薇の館に行くようになって、随分とあそこの人たちの雰囲気は変わったもの」
果たしてどうなのだろうか。山百合会のことなんてなにも気にしないまま二学期まで過ごしてきたので、二学期からの彼女たちしか私は知らないので以前の彼女たちと比べようがない。
「それって私があの人たちの玩具ってこと?」
むしろ楽しいものを見つけたというのが一番適切なような気がするのだけれども。
「えっ?」
「私って完全に珍獣扱いだよ、リリアンの生徒らしくないって理由で。……特に三年生は」
蓉子さまは仕事がそれなりに捌けるから必要としてくれていたし、江利子さまは今言ったとおり玩具として、聖さまはよくわからないけれど初期は仕事ができるし自分が楽が出来るならいいか位にしか考えていなかっただろうし。祥子さまと令さまもお手伝いが増えるなら、誰でもいいかくらいだろうし、一年生に意見する権利がある程度あるとはいえ『お手伝い』を選ぶ権利はそうそうないだろうし。そんな理由なのでやっぱり私は珍獣枠であの場所に出入りしていた気がする。
「い、いや、そんなことはないと思うのだけれど……」
蔦子さんが若干顔を引きつらせながら自信なさげに呟いたあと沈黙しているので、なんだか本気であの人たちが珍獣とかペットとかの扱いで私を見ている気がしてきたのだけれど……。まあ、薔薇の館に訪れる機会は減るのだし気にしたら負けだろうと頭を振る。
「ああ、こんな所に居た」
返答に困ったのか時間停止したままのこの場を動かし、沈黙を破った人が現れた。
「ごきげんよう、白薔薇さま」
「聖さま、ごきげんよう」
誰かの視線に目に付きにくい場所で話し込んでいたというのに、聖さまは目敏く私たちを見つけ出したようだ。にっと笑って私の肩に腕を置いて蔦子さんの方を見る。
「カメラちゃん悪いんだけれど、この子借りていってもいいかな?」
しれっと蔦子さんのことを『カメラちゃん』と聖さまは言ったのだけれど、当の本人は何も気にした様子はなく、奇麗なスルーをかましているのだけれど良いのだろうか。名誉なのか不名誉なのかは蔦子さん本人が決めることだし、私が口を出すことでもないかと黙っておくことに決めて。
「ええ、勿論かまいませんよ。話は終わりましたので」
「ありがとう。それじゃあ、ごきげんよう」
私の意見が全く反映されないまま聖さまは蔦子さんに片手を上げて別れ、そのままどこかへと連行されていく。蔦子さんは三年生からのお願いを断れないのか、あっさりと抵抗もなく引き渡してくれたし、聖さまががっちりと首に腕を廻したままなので逃げられない。
仕事はそんなに忙しくない筈なのに何故私を連れまわすのかと直接聖さまに聞いてみても『いいじゃない』とはぐらかされるだけだった。もしかして由乃さんの機嫌が悪いことが関係していて、どうにかしてくれというサインなのだろうか。――それなら仕方ないのだろうと自分で自分を納得させて薔薇の館へと赴くのだった。
◇
――同日、リリアン女学園高等部某所にて。
「またあの方は白薔薇さまと一緒に居たのですって」
「白薔薇さまには志摩子さんという妹が居るのにどうしてあんなにも距離が近いのかしら。ましてや薔薇の館の住人というわけでもない方が」
「ええ、そうね。お手伝いという立場をわかっていないのだと思うわ。彼女、高等部からの編入組でしょう」
「なら、わたくしたちが教えてあげなければなりませんわね」
「そうですね。彼女は山百合会のみなさまとは釣り合いませんし」
とまあ、こうして雀たちが鳴いていることを私が知る訳がないのであった。
5436字
またしても短い……。オリ主、完全に由乃さんのことを誤解中。人気者だけれど、友人って呼べる人少ないべ、由乃さん。そしてようやく仕込んでおいたものが発動してくれそうな気配。引っ張り過ぎたのは反省中なのですが、平和的に丸め込む予定ではあります。本当はドシリアスに持ち込みたいのですが封印。
次の更新予定は、最低でも11/8の日曜日に。筆が進めば予定が早くなりまする。日曜日は最低担保で更新するので日曜日に覗いて頂ければと思います。