マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第三十七話:しがらみと上級生と空気

 蔦子さんと話していたというのに聖さまが突然乱入し私を拉致って、人気のない場所まで連行された訳なのだけれど。ここまでの間、私を逃さないためなのか首に回された聖さまの腕は外れることなくここまで来たのだけれど、彼女たち薔薇さまから逃げられようもはずもない。薔薇さま方から逃げたという噂が光の速さのごとく広がるだろうし、その結果からの周囲の視線やらが怖いのだから。

 そういう理由で、手伝い始めた頃ならば何も考えず逃げ出したかもしれないが、薔薇の館の住人を取り巻く環境を考慮できるようになってしまったが故に、逃げることが終ぞ出来なくなってしまったという訳だ。今のところ何もないけれど、最近以前よりも強い視線を感じる時があるから用心しておいた方が無難だというのに、自分一人でどうこう出来る問題でもないので流れに身を任せるしかなく。

 

 「樹ちゃん、何かあった?」

 

 後ろ手で頭を掻きながら、聞き辛いのか珍しく視線を反らして問う聖さま。殆ど誰も通らない校舎裏の一角。よくこんな場所を知っていたなあと思いつつ、私が知らなくても彼女は二年分は長く高等部で過ごしているのだから、当然なのかもしれない。

 

 「何かって、何もありませんし、特に思い当たることもありませんが」

 

 時折、彼女は何の前置きや説明もないまま言葉をすっ飛ばして核心から喋り始めるのだけれど、癖なのだろうか。どうにかこうにか言葉からアタリをつけて答えたのだけれど、ここ最近は見なくなった少しばかり覗かせた剣呑さに驚きを隠しながら、どうしたものかと考えるが既に出している答えだから変わるはずもないのだ。

 

 「本当に?」

 

 聖さまには以前、私が見知らぬ生徒から張り手を頂いた所をバッチリ見られていたのだから、心配になっても仕方ないことなのかもしれない。仕事があるからと迎えに一年生を寄こしても、断っているのはバレバレで。とはいえ私があの場所にこれ以上出入りするのは、あまりよろしくないだろうし、他の生徒からの目もあるのだから。それに気付かない人たちでもないだろうに、こうして伺いを立てられるのが不思議で仕方ないのだけれども。

 

 「ええ。本当に、何もありませんよ」

 

 苦笑いをしながら聖さまの質問に答えるけれど、今だ表情を変えない目の前の人は何を思っているのか。タダの手伝いに過ぎない私に執着する必要もないだろうし、山百合会の人たちなら仕事は万全に捌けるだろうから。

 やはり私があの場所に出入りする理由、忙しい時期は過ぎたのだから消失している。後の懸念は嫉妬の嵐を息巻いている一部の人たちの対応だけなのだが、まあソレが山百合会へと向くことはないのだし、私が適当にあしらえばいいだけ。それを行うには、やはり薔薇の館へと行き来するのは不味い。由乃さんのことも気になるけれど、彼女には志摩子さんや祐巳さんが居るから平気だろう。

 

 「わかった。――今は何も言わないよ……」

 

 何を聖さまは聞きたかったのか余り要領を得ないまま会話を交わしていたのだけれど、核心は突かれていないし、聞かれてもいない。私が薔薇の館に出入りすることを良く思っていない人たちが居ることを、山百合会の人たちに露見することだけは避けたい。

 三年生や二年生がこの時期に不祥事なんて起こせば問題だろうし、逆に私のことを良く思っていない人たちも自分たちの進路が狭まるだけなのだから、解決を望むなら一番穏便な形で納めたいのだ。手っ取り早い方法は、私が山百合会へ行かなければ済む話だし、面倒を引き起こして忙しい薔薇の館の住人の手を煩わせる訳にもいかないのだから。

 

 それじゃあ、と背を向けて私の下を去っていく聖さまの背を見送り、晴れているのか曇っているのか微妙な判断が必要な空を見上げて。

 

 ――はあ。

 

 一つ溜息を零し。

 

 私自身だけの問題なら物事を乱暴に進めることも出来るけれど、流石に他の人、しかもその人に責任は全くないというのに巻き込んでしまうというのも気が引けるのだし。もう少し上手く立ち回れたらと考えてしまうが、これが今の私にできる最善の手なのだろう。

 視線を空から地面へと下ろして、高望みなんて出来る程の力を持っていないのだし、せいぜい地を這いつくばりながら生きていくのが精々だなと、皮肉を溜息に変えてまた一つ息を零して、教室へと戻り帰路へと着くのだった。

 

 ◇

 

 夏が過ぎ、随分と肌寒くなり秋も過ぎ去ろうと躍起になって冷たい風を吹かし始めた今日この頃。最近は気ままに学生生活を送っていたというのに、一つ気になる事が起こっている。体育祭が控えていた二学期初めにお手伝いとして江利子が目を付けた一年生の事だ。先程、同級生同士で話していたというのだが、無理矢理に人気のない場所にまで連れて来て、何か糸口でも見つからないかと曖昧な問いかけをしてみたのだけれど、結局何も変わらないまま。

 どうして彼女が急に薔薇の館に寄り付かなくなったのか、何も分からないままである。何か理由があるとすれば、他の生徒からのやっかみを受けているかもしれないが、彼女はそんなことで折れてしまうような子ではないのは知っている。偶然ではあるけれど、彼女が何人かの生徒に詰め寄られていたところを見てしまった。普通ならば、詰め寄った生徒たちの言いなりになりそうなものだが、彼女はそうならなかった。あまつさえ腹立ちまぎれに放たれたであろう平手打ちを喰らい『憂さ晴らしができましたか』とそんな愉快な言葉を返したのだ。

 

 リリアンの学園生らしくない彼女に、色々な期待を抱いてしまったことが不味かったのだろうか。

 

 薔薇の館で彼女と話す由乃ちゃんは随分と楽しそうであったし、誰かとあまり話すことのない志摩子も彼女とはとつとつとであるが談笑していた。それを見ていた令も目を細めながら見守っていたし、癇癪を起した祥子を平気で受け止められる度量もあった。蓉子は彼女が仕事に対して意外と真面目な所を評価しているし、江利子も退屈そうな顔を見せることが少なくなっていた。私も私で初めの頃は彼女に不躾な態度を取っていたのに、ある時期を超えるとどんどん馴れ馴れしい態度へと変わっていったのだが、それに対して何も追及されないし受け入れてさえくれていたのだ。最近、祥子の妹となった祐巳ちゃんにも仕事のアドバイスやら助言をしつつ、テレビドラマの話やバラエティ番組を話題に選び学生らしく楽しそうに日常を過ごしていたのに、本当に何故、急に私たちから離れるような態度を取っているのか。

 確かに彼女の言う通り学園祭を過ぎてからというもの、生徒会としての仕事は減っているし人手も足りているのだが。罪作りな子だなと苦笑が自然と漏れ、無意識に目の前の扉を開く。

 

 「ああ、聖。戻ってきたのね」

 

 考えごとをしながら歩いていたというのに、自動で私の足は薔薇の館へと向いていたようだ。掛けられた蓉子の声にはっとし周りを見ると山百合会のメンバー全員が集まっていた。

 

 「ごめん、遅くなった」

 

 「いいのよ。こちらもこちらでやることがあったのだし。――で、聖。何か収穫はあったかしら?」

 

 どうやら私の行動は蓉子にはお見通しだったようだ。おそらく澄ました顔で蓉子の隣に座っている江利子にもだろう。下級生の子たちは驚いた様子を見せているが、まあ恐らく蓉子と江利子がなにかしていたに違いない。取り合ず自分のいつもの指定席へと座ると、志摩子が私の分のお茶を用意する為に席を立ったが、聞こえているだろうから構わないかと口を開いた。

 

 「いや、なんにも。――蓉子は?」

 

 そう聞くと蓉子は志摩子と祐巳ちゃんに視線を向けた。どうやら考えることは同じようで、関わった本人に直接聞けばなにか糸口が見えると踏んだのだろう。そんな蓉子と江利子に苦笑いをしながら片肘を机に付いて顎を手のひらに置くと、由乃ちゃんが何かを考えている様子で私たちの言葉など気にも留めていない。これは何かあったのだなと目を細めるが、取り合えず蓉子の話を聞いてからでも遅くはないだろう。

 

 「そうね。あの子の本心は量れないけれど、どうやら私たちの為を思っての行動みたいなの」

 

 「は? ……私たちの為ってなによ?」

 

 つい声色が一瞬低くなってしまった事に気付いて力を抜いた。それに目敏く蓉子が気付くあたり、お節介にも程があるが彼女の性分なのだから仕方あるまい。それを受け流せるようになったのは最近だけれど、まだ少し腹が立たない訳でもないのが正直なところだ。

 

 「あ、あのっ、ろ、白薔薇さま。……樹さんは、この時期に三年生や二年生に問題が起こるのは不味いだろうって……」

 

 話に割って入ることに遠慮を覚えているのか、祐巳ちゃんが縮こまりながら蓉子の言葉を継いで。

 

 「それに、自分はどうとでもなるから、と」

 

 志摩子がお茶を淹れ終えたようで私の背後からゆっくりとした動作で、ティーカップを机の上に置く。ありがとう、と礼を述べるけれどいつものような微笑みはなく、珍しく困ったような顔をしていた。

 

 「参ったわね。あの子の強さが今度は逆にアダになるなんて」

 

 山百合会の実権を握る蓉子ですら頭を抱えて、どうしたものかと考えているらしい。以前は彼女の強かさを頼って噂の鎮静化を図った手前、どうにも強く出られない部分もあるのだろう。

 

 「それで、どうするの蓉子?」

 

 こういう話題に頓着するはずのない江利子が蓉子へ疑問を投げかける。彼女の言葉次第でみんなの行動が決まるのだ。出来ることなら樹ちゃんにはこれからも山百合会の手伝いとして招き入れたいのだけれども。

 

 「どうしたものかしらね……。おそらく何度か生徒から私たちのことで詰め寄られたでしょうし、これから起こることも樹ちゃんは理解できているのでしょうね。だからここから離れるのが一番簡単で手っ取り早いと判断したのでしょうけれど」

 

 その判断は蓉子の言う通り正しいのかもしれないが、こうして凹んでいる下級生組を見ているとなんだかやるせなくなる。まさか自分たちの知名度がこうしてあの子に降りかかるとは思っても……――いや、それは言い訳なのだろう。理解しながら、彼女の強さに頼り問題を先送りにしていただけなのだから。

 

 「お姉さま方」

 

 「なあに、祥子」

 

 小さく手を上げて声を上げたのは祥子で、蓉子はその声に優しく答える。

 

 「この機会ですし、彼女を薔薇の館へ招き入れるのは控えた方がよろしいのでは?」

 

 「そうね、それがおそらく一番良い方法なのでしょうけれど……」

 

 祥子の言葉に苦虫を噛み潰したような顔に一瞬なる蓉子。次の瞬間、ガタリと椅子を引く音が鳴り響き、意外な人物が声を荒げるのだった。

 

 「待ってくださいっ! それじゃあ私たちが樹さんを便利な道具くらいにしか思っていなかったってことになるじゃないで――っ!」

 

 急に取った動作に体が追い付かなかったのか、胸を抑える由乃ちゃんに令が駆け寄り背に手を置いて彼女を支える。

 

 「由乃、あまり無茶をしないで。由乃の言いたいことはみんな分かってるよ。でも、どうしようもないことだってあるんだから……」

 

 どうしようもない、か。本当にどうしようもないのだろうか。生徒たちからの憧れである山百合会に、過剰なものを抱いている人たちが一部居ることを知ってはいる。以前、お姉さまたちが頭を悩ませていたが、まさかここに来て自分にも降りかかってくるだなんて。やれやれ彼女は本当にどうしようもない子だと呆れ半分と、連綿と紡がれてきたしきたりやしがらみの所為で、何もできない無力さを全員が感じ取り部屋の中に沈黙が訪れた。

 

 ――コン、コン。

 

 小さく扉を叩く乾いた音がふたつ。その音に蓉子が頭を振り、全員を見渡してから一つ頷く。

 

 「どうぞ、お入りになって」

 

 誰か来る予定なんてなかったはず……、いや、蓉子ならば把握しているだろう。私は大雑把すぎてそういうことには関心がないのだし、そもそもそういうことは蓉子に任せっきりである。

 

 「ごきげんよう。――って、どうしたの暗くない?」

 

 「あら、珍しいわね。ここがこんな空気になっているだなんて」

 

 重くなっていた空気をカラリとした声で吹き飛ばしてくれたのは、薙刀部部長と放送部部長だった。手には書類の束を持っているので、おそらく提出しにきたのだろう。以前はちょくちょく顔を出していたけれど、便利な一年生を捕まえたと言って最近はめっきりとここに訪れることはなかったのだが。過ごした時間の長さ故なのだろうか、緊張もなにもなく部屋へと足を踏み入れて蓉子へと書類を渡した二人は不思議そうな顔をしている。用事は済んだというのに立ち去る気配はなく、何かを考えているようだった。

 

 「で、なんだか悩んでいるようだけれど一体どうしたの?」

 

 座る椅子がない為に壁に寄りかかって薙刀部部長がストレートに話題を投げかけた。横に居る放送部の部長も横に立って苦笑している。私たち山百合会の仕事を手伝うようになってからというもの、樹ちゃんには上級生の知り合いが増えていた。書類関係のことで苦心していると樹ちゃんが口をだしていたようで、部活関係者や委員会関係者には有難かったようで、記入ミスや再提出が減っていたのだ。特に今いる彼女たちは『便利屋が出来た』と冗談を言い、本来彼女たちがやるべき仕事を樹ちゃんへとなすり付けてはいたものの、可愛がっていた節がある。それを蓉子も知っている所為か、事の顛末を二人に話して珍しく知恵を借りようとしているようだった。

 

 「まあ、ありえる話だし、熱烈な思いを貴女たちに向けてる生徒は実際居るものねえ」

 

 「偶に見るわね、そういう子」

 

 蓉子の話を聞いた二人は小さく笑い合い、割ととんでもないことを言い始めたのだった。

 

 「ま、私の意見だけれど貴女たちが動かないのなら、樹ちゃんウチの部に貰おうかしら。勿論、来てくれるならだけれど」

 

 あの子って運動神経良さそうだから体育祭の頃から目を付けていたのよねえと薙刀部部長が。

 

 「あら、それならウチの部もあの子が欲しいのだけれど。お腹から声を出す癖がついてるみたいだし、鍛えれば通る良い声をだしてくれるでしょうねえ」

 

 呑気に薙刀部部長にそんな言葉を投げかけた放送部部長。――あれ、これって宣戦布告なのだろうかと思った瞬間にゆらりと立ち上がる人物が。

 

 「へえ。――面白いじゃない」

 

 「え、江利子?」

 

 「お、お姉さま?」

 

 困惑した声を上げる蓉子と令には申し訳ないが、火が付いてしまった江利子を止める術はあるのかどうか。あの一年生がこの場に居れば止められたかもしれないなと、思ってしまったのは決して悪いことではないのだろう。

 

 「あんな面白い逸材を山百合会が手放す訳ないでしょう?」

 

 その言葉を聞いた蓉子が額に手を充て、令はがっくりと項垂れ、由乃ちゃんの機嫌が向上する。やれやれ先ほどまでの重かった空気は何処に行ったのだろうと、部屋の中を見渡すけれど欠片も見つからない。祐巳ちゃんが江利子をキラキラとした視線を向けてみているけれどそんな良いものではなく、私の玩具を他人には取られたくはないというただの我が儘なのだが、気づかない方が幸せなのだろう。蓉子と祥子は大袈裟な溜息を吐き、志摩子はガラリと空気を変えた上級生二人を見て小さく笑っている。

 

 「あら。――何も行動に移せないのでしょう? 江利子さんは指を咥えて見ていらっしゃいな」

 

 「ふふっ、指を咥えて見なければならないのは貴女たちではなくって?」

 

 賞品にされた樹ちゃんがいないこの場では無用な争いのように思えるのだが、けれどまあ。――あとでこの話を樹ちゃんに聞かせれば、どんな反応を見せてくれるのやら、とほくそ笑んでいる私も江利子と同類なのだろう。

 




 6223字

 簡単にルールやらを変えられるなら、蓉子さまの望み通りに薔薇の館には一般生徒が出入りできたと思うのん(小声 あと薙刀部部長と放送部部長は予定では山百合会に協力するという形だったのに、火に油を投げ込んで出て行ってしまった……なんで?w そしてやはりオリ主は珍獣扱いなのである。ドンマイ。

 余談:来年がヤヴァイ!!!

 マブラヴオルタのアニメ化に喜んでいたら、まさかの2021年10月放送予定……。え、最低でも三年くらい掛かるはずでは? そしてあまりの速さに驚いていたら、まさかのセスタスのアニメ化。しかも放送予定日が2021年4月。え、平成じゃないですよね、今令和だよね? 何故今更と首を傾げつつ、私はむせび泣きながら来年の二つの時期は、なにがなんでも見るという使命を背負ってしまった。そして最新刊はやく出て。私はコミックス派。

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