マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第三十八話:黄薔薇さまの策とお嬢さま喧嘩殺法

 薙刀部部長と放送部部長が薔薇の館を去った後、少し換気をしようと窓を開けてもらえば冴えた空気が入り込んで、淀んでいたものを一掃する。

 あまり長く換気をすると体が冷えてしまうだろうと、早々に閉めて貰った。空気の入れ替えが目的というよりも頭を少しすっきりさせたいという思いがあったからだ。しかしまあ江利子も大胆なことを言ったものである。何も策が浮かばない己の不甲斐なさに無力感を感じつつも、やはり同じ薔薇さまなんてものを担っている仲間は頼りになる。

 

 「それで、あんな啖呵を切っていたけれど江利子はどうするつもりなのかしら?」

 

 「ああ、そうね。――どうしようかしら……?」

 

 「……江利子、アンタって奴はっ」

 

 先程まで好戦的な顔をしていたというのに、今では普段通りのアンニュイな顔をしているのだが、江利子の言葉に期待した私が悪いのだろうか。聖が隣に座っているからか、毒づいた言葉を小声で言い放つが、おそらく私と江利子以外には届いていないだろう。

 他の子たちも気の抜けた台詞に肩を落としたり、間の抜けた顔をしている。先程まで黄薔薇さまとしての株が急上昇していたというのに、今では底まで乱降下だ。呆れて頭が痛くなり手のひらで額を押さえて、溜息を吐く。少し前に吐き出した溜息は無茶振りな言葉に驚かされてのことだったが、今のものは江利子の考えなしの発言による振り回されてしまった己への戒めの為だ。

 

 「江利子はさっき彼女たちに言われた通り、指を咥えたまま見ているだけなのかしら?」

 

 「まさか。一番最初にあの子に目を付けたのはわたくしなのだから、突然現れた方に横からかっ攫わられるだなんて。――……ありえないわね」

 

 「でも何も考えてはいないのでしょう?」

 

 にやりと江利子は笑っているが方策もなにもなければ動きようがないのだし、下手に動いてしまえばそのツケが全部樹ちゃんへと降りかかる可能性が高い。というか全てを彼女へと背負わせてしまう。私たちに憧れを抱くのはそれぞれの自由だし、咎める気もないけれど己の行動次第でどう周囲に影響するのかを考えて欲しいものだけれど、無理……なのだろう。そして、私の横に悠然と座っている江利子にも。

 

 「そうね、でも……遠慮なんてする必要はないのだし、そもそも樹ちゃんならしかめっ面しながら適当にあしらってくれるでしょうし。くすぶっているのなら、火を付けて完全に燃やし切れば後には何も残らないもの」

 

 「江利子、それって全部樹ちゃんに丸投げじゃないの。――しかも火を付けてどうするのよ。どう延焼するのか予想がつかないじゃない」

 

 江利子の割りと乱暴な物言いに、私たち三年生以外の子たちが驚いた顔を見せる。確かに樹ちゃんなら耐えられるかもしれないが、それを利用して周囲を煽るのはどうなのだろう。しかも、自分たちがやらかしたツケを下級生に全て任せるつもりらしい。ただ樹ちゃんであればどんな重荷であろうと耐えきりそうだと思えてしまうあたり、彼女に毒されているのだろうか。

 

 「良い機会よ。――くだらないものなんて全て燃えてしまえばいいじゃない、蓉子」

 

 「良くないわよっ! 貴女が何を考えているのかは知らないけれど、あの子は今後のことを見据えて行動してくれているのよ。それを私たち自らが壊すようなことをしてどうするのっ!」

 

 そんな暴言が良く吐けたものだ。樹ちゃんは三年である私たちの進路が狭まらないようにと配慮して動いているというのに、その思いをぶち壊すようなことをしてどうするのだろうか。そしてその後始末は誰がやるというのだろう。面倒なことが嫌いな江利子や聖が動くはずはないし、その尻拭いも当然私へと降り注ぐわけである。

 

 「勿論、それは理解しているわ。でもね紅薔薇さま、中途半端に手を出すくらいなら樹ちゃんを山百合会から奇麗に切り離すか、取り込んでしまうのか決めておいた方が良いのだし、そもそもわたくしは彼女を手放す気はなくてよ?」

 

 唐突に敬称へと切り替えた江利子の意図は何だったのだろう。個人的な感情ではなく、生徒会のお手伝いとして今後も招きたいという意思表示なのだろうけれども。

 

 「……黄薔薇さまの意見はそれだけかしら?」

 

 はあとありありと溜息を吐いて、心に溜まったものを息と一緒に吐き出すが、この後のことを考えると頭が痛い。面白いことや珍しいことに興味を引く江利子がどう動くのか、全く予想ができないし止める術も見当たらない。

 

 「いえ。少し時間をおいて派手に動こうと考えているから紅薔薇さまや白薔薇さまには協力して欲しいのよ」

 

 「ん、私も?」

 

 今の今まで黙っていた聖がきょとんとした顔で江利子の顔を見上げるのだが、何を考えていたのやら。

 

 「一体どうするおつもりなの、黄薔薇さま」

 

 「やることはいつもと変わらないかしら――私たちが一年藤組に直接出向くのよ。ただそれだけね」

 

 その行動の結果、一部の子たちが荒れてしまうのが目に見えているのだけれど。そしてその矛先が樹ちゃんに向いてしまうのも考えなくてもわかってしまう。ただ樹ちゃんの行動が少し読みづらい。あの子がそういう手合いの子たちにどういう態度を取るのかが予想ができないのだ。退学になるような無茶はしないだろうけれど、最悪取っ組み合いの喧嘩くらいに発展してしまうのではないかという不安はある。物事に火を付けるのは江利子と聖で、私はその火消しに追われる。――頭を抱えてしまうが、ある意味でいつもの事だと悟ってしまったのは過ごした時間故だ。

 

 「薙刀部と放送部の件は?」

 

 「それこそ、樹ちゃんの自由ね。部活動に入りたければ入部すれば良いだけなのだし、彼女を止める権利なんて持っていないのだからそんな無粋な真似はしないわ」

 

 「貴女、さっきは取られるつもりはないって言っていたじゃない」

 

 「売り言葉に買い言葉、ね。――ああ、言ってみたかっただけかもしれないわ。あんなことを言われるだなんて滅多にないんだもの」

 

 「それはそうかもしれないけれど……はあ」

 

 振り回されることは確定したようなものだけれど、どうにも納得がいかずため息が漏れ。

 

 「どうしたの、蓉子」

 

 「いえ、江利子に振り回されることに嫌気がさしただけよ」

 

 「ああ、ゴメン蓉子。今回、私も江利子に乗っかるから」

 

 「貴女まで何を言い出すの、聖」

 

 もう一人問題児が居たことを失念していた私は、江利子でさえ頭が痛いというのに更に火を注ぐことになってしまい、樹ちゃんには申し訳ない気持ちで一杯になるのだった。

 

 ◇

 

 ――平和だなあ。

 

 聖さまが突然現れ、人気のないところまで連れ出されてから数日。実に平和な日々を送っている。朝、登校してそのまま教室へ向かい、授業が始まって昼が訪れ最大の楽しみである食事が始まり、睡魔と闘いながら午後が過ぎていく。

 放課後はすぐさま直帰するか、図書室へ赴いて食指が向く本を探すかのどちらかで。心配していた過激派――面倒だからこう名付けた――の人たちも鳴りを潜めているようだから、このまま時間が過ぎれば自然消滅しそうな勢いである。ふんふんと鼻を鳴らしながら、今日は図書室へ返却するものがあるからと長い廊下を歩いて、見慣れた扉の前で立ち止まる。さてあの人は今日は当番であればいいなと願い、引き戸の取ってに手を掛けて図書室へと入るのだった。

 

 「ごきげんよう、静さま」

 

 カウンターへと目を向けると、目的の人はなにやら図書委員としての作業をごそごそとしている様子で。邪魔をしてしまうのは悪いと思いつつ、借りた本を返さなければならないしと声を掛けて。

 

 「あら、残念。結局バレてしまったのね。――ごきげんよう、樹さん」

 

 何時までも名前が分からないのも何だし、いつまでもそのネタで引っ張られるのはどうかと思い、いいんちょやクラスメイトに聞いてみるとすぐにわかった。どうやら学園内では有名な人らしく、合唱部のエースで曰く『歌姫』だなんて呼ばれているそうだ。ま、山百合会の人たちと負けず劣らずの美人さんだし、頭のキレも良いようだから、姉候補として目を付けられて騒がれるのは理解できる。ようやく名無しの先輩から名前をつけてきちんと呼べるようになったことにほくそ笑む。少し気恥ずかしさはあるが、周りの人たちもそう呼んでいるのだから、私の羞恥心さえ捨てればいいだけの話だ。

 

 苦笑いをしながら返却を頼むと笑顔で本を受け取る静さまが、まじまじと私の顔を見つめる。

 

 「そうだ、樹さん」

 

 「はい?」

 

 返却手続きを行いながら、彼女が声を掛けてきた。いつも落ち着いた表情を見せている静さまなのだけれど、今日の目の前のその人は随分と楽しそうである。

 

 「最近、少し周りが騒がしいけれど貴女は気付いているのかしら?」

 

 「へ? いえ、至って平和なんですが、何か騒ぎ立てるようなことってありましたっけ?」

 

 平穏な日々が訪れそうな気配を見せているので、これ以上何かに巻き込まれるのは御免こうむりたい。この学園は基本、品の良いお嬢さまたちの集まりなので、イベント事がない限り至って平和である。不良が暴れたり、仲の良い人たちが小さなことで諍いが起こり殴り合いの喧嘩に発展したりだなんてないし。いじめも今のところ見たことがないので、精神的に大人の集まりだよなあと思える。

 

 「――なら、そういうことにしておきましょうか。学園祭から今日まで随分と平和だものね」

 

 「ん?」

 

 随分と含みを持たせた言い方に首を傾げる私だけれど、おそらく静さまは答える気なんてないのだろう。

 

 「ね」

 

 片肘を付いた手に頬を乗せて満面の笑みを見せる上級生にそれ以上の追求など出来る訳もなく、溜息を吐いた私に『さ、後が詰まっているわ』と言って私を追い払うあたり、本当図太い人だよと心の中で愚痴るのであった。

 

 ――彼女の耳に入れば、後が怖い。

 

 迫真の微笑みを携えた彼女が私の前に立ちはだかる姿が簡単に思い浮かぶと、ぶるっと震えるながら本の森の中へと消えるしかないのだった。

 

 ――平和、平和だあ。

 

 さらに数日が過ぎて平和だと和みながら自分の席で窓の外の景色をぼんやりと眺めていた、その時だった。きゃあと上がった黄色い悲鳴に以前の私ならば、すわ何事かと振り向いたものだが、慣れは怖い。

 山百合会の関係者が来たのだろうと外を眺めたままな辺り、やはり慣れは怖いものだと思い知る。このまま逃避を続けていたいものだが、向こうを向かなければクラスメイトを引っ捕まえて私を呼び寄せるのだから、諦めて廊下側を向くと薔薇さま三人が揃って優雅に立っていた。

 

 「……」

 

 受け入れたくない現実に、ついと廊下側に向けた視線を窓へと戻す。三人が揃って呼びに来たことなんてないから、一体何があったというのだ。というよりも薔薇さまたちの使者である一年生組や二年生たちをすっ飛ばしてここを訪れたのなら、なにか直接的に用があった場合だけだったから、嫌な予感しか湧かない。

 

 「樹さん、行かなくていいの?」

 

 「嫌だ。行きたくない……」

 

 純真な心配から声を掛けてくれるクラスメイトには悪いが、唸りながら頭を抱えて机に突っ伏す。こんなことをすれば江利子さま辺りが喜ぶだけだと理解しているが、やらずにはいられない。心の平穏を返してと願い始めると、無慈悲にも私の肩に手を置く人物が。

 

 「愉快なことをしているわね貴女」

 

 「そうっスね」

 

 いつも取り繕っている言葉を放棄して乱れてしまったのは、聞こえてきた愉快そうな声が原因であることは間違いない。ゆっくりと首を捻り見上げるとそこには江利子さまがにっこりと笑っていて。嗚呼、また珍獣扱いが始まるのかとゲンナリするのだが、その様子を見ていた彼女が更に笑みを深めたのは言うまでもない。

 

 「ごきげんよう、樹ちゃん。――行きましょうか」

 

 問答無用で脇に手を入れられて、ひょいと立ち上がらされた私。行くしかないのかと諦めて溜息を吐いていると、なんでか腰に手を廻され廊下へと導かれる。

 

 「やっほ、樹ちゃん。さ、行こうか」

 

 「はあ」

 

 聖さまが随分と陽気に声を掛けて肩に腕を乗せる。なんだこの状況と思い、振り返って後ろを付いてくる蓉子さまに視線で問いかけると『諦めて頂戴』という妙な視線を感じ取ってしまった。ああ、これは暴走した二人に付き合わされているだけなのだろうなと、苦笑いをして前を見据える。距離が近いなあと嘆きつつ、一体、二人はどういうつもりで何処へ私を連れて行こうとしているのか。というよりも薔薇の館なのだろう。彼女たちの居場所はそこが適しているのだから。

 

 「さ、入って」

 

 予想通りに薔薇の館へと連行された私は部屋の中に居た意外な人物に驚く。いや彼女もここの住人なのだから居ても不思議ではないのだが、彼女の他に誰も居ないという状況が私の首を傾げさせたのだ。

 

 「……由乃さん?」

 

 「ごきげんよう、樹さん」

 

 ごきげんよう、と言葉を返し私の両脇に居る二人に何事かと顔を向けると、二人でゆっくり話しなさいなと言ってお茶だけ用意をして薔薇さま三人は出て行ってしまった。せっかくのお膳立てだから良い機会だろうとゆっくりと椅子に腰を落とすと、どうしていいのか分からない顔を浮かべた由乃さんが。これは話始めるきっかけは自分が作るしかないのだろうと、一口紅茶を含む。

 

 「熱っ!」

 

 いつもより熱い紅茶に吹き出しそうになるのを我慢して口元を手で押さえる。何度かせき込んで気管に入りそうになるのをどうにか阻止し。

 

 「だ、大丈夫っ?」

 

 「ああ、うん、平気……。これ淹れたのって江利子さまだよね……」

 

 「え、ええ」

 

 「――あの人はっ……!」

 

 畜生という小声が自然と漏れると、驚いたのか由乃さんが笑っていた。もしかして江利子さま私が猫舌なのを見越して熱いものを淹れたのかと感心するが、あの人の場合気遣いよりも『面白さ』が先行する人である。ある程度それも含められていたかもしれないが、絶対に私がこうなることを予測して楽しんでいるはずだ。敵わないなあと目を細めつつ、由乃さんがゆっくりと最近のことを語り始めたのだった。

 

 曰く私が薔薇の館へと来なくなったのが寂しく、離れていってしまうのではないかという不安。そこから自分の感情が上手く処理できず私を無視するようになってしまったと。

 

 そういう経験もなくもないので理解は出来るし、私は由乃さんから離れるつもりなどない。周囲に影響がない程度で友人づきあいを続ける方法何ていくらでもあるのだし、そもそも三年生たちは由乃さんのことが心配でこうして場を設けてくれたのだ。離れてしまうなんてありえないだろうと若干の舌の痛みを我慢しながら口にすると、由乃さんは驚いた様子を一瞬だけ見せた後、奇麗に笑ったのだった。

 

 ◇

 

 薔薇さま三人が一年藤組の前に唐突に現れてからというもの、入れ代わり立ち代わりで連日彼女たち三人の誰かが私を連行しに訪れる。クラスメイトは憧れの薔薇さまが近くで見れるし、声を掛けられる偶然を狙っているらしく嬉しそうな顔をしている人たちが殆どである。一部、不平そうな顔をしている人がいるものの、薔薇さまが居る手前何もできないらしい。こりゃあ爆発するのももうすぐだろうなと苦笑いをしていると、今日は聖さまがお迎えらしくずかずかと教室へと入ってきて私の席の前に立つ。

 

 「さー、今日もキリキリ歩くよ、樹ちゃん」

 

 「なんだか楽しそうですね、聖さま」

 

 はいはい行こうね、と軽い調子でのたまい私を立たせて腕を取る。今日は肩に手を乗せる気分ではないらしく、腕に腕を絡めている。

 

 「楽しいかどうかは別として、取られるわけにはいかないしねえ」

 

 「取られる……なんの話ですか?」

 

 「樹ちゃんは知らなくても良い話、かな。――まあ、いずれは分かるんじゃない?」

 

 「……」

 

 「そんな嫌そうな顔しなくても」

 

 くつくつと笑いながら歩を進める。しかめっ面になった私を見て苦笑いをするその人は、随分と気楽な調子で言ってくれるものだ。

 

 「面倒ごとが起こりそうな予感しか湧かないんですが」

 

 「おお、鋭いねえ。頑張れ、樹ちゃん」

 

 「また他人事じゃあないですか」

 

 起こりうる面倒ごとを考えると『登校拒否してもいいですか』と叫びたくなるのだけれど、両親に学費を――しかも私立だから高い――出してもらっているのだからそんなことは出来るはずもない。溜息を零すと更に苦笑いを深めて私の頭を乱雑に撫でる聖さまは、何を考えているのやら。

 そうこうやり取りを交わしているうちに薔薇の館へと辿り着くと、簡単な仕事ばかりなので直ぐに終了してしまい、用事がある人たちはさっさと部屋を出ていく。帰ろうとした私に少し話があるからと、最後に残っていた蓉子さまが声を掛けてきたのだった。

 

 「――ごめんなさいね。江利子や聖が無茶をして」

 

 「ああ、もう慣れました。私が玩具にされているのは理解していますし、なんだかんだ言ってここの人たちと過ごすのは悪くないですしね」

 

 珍獣にみられているのは重々承知だし扱いが悪いという訳でもない。からかっている節はあるけれど、新しく祥子さまの妹となった祐巳さんにも私にもみんな優しいのだから。

 

 「そう言ってもらえると助かるわ。……編入生の貴女がここまで馴染むだなんて思ってもいなかったのだけれどね」

 

 「ですね。私も最初にここに訪れた時、場違い感が半端なかったですから」

 

 「あら、そうなの? 随分と堂々としていたけれど」

 

 「それは、まあ、面識のない人たちにあれだけ取り囲まれれば、何をされるのかって予防線は張りますよ」

 

 「まって樹ちゃん。私たち生徒会役員だしそれなりに顔を知られているはずなのだけれど、どうすればそういう思考になるのかしら?」

 

 「顔くらいは見たことがありますしクラスメイトから予備知識は授かりましたが、いやあ、新手のカツアゲかと」

 

 冗談だけれども。

 

 「失礼ねえ」

 

 くすくすと小さく笑い紅茶を一口含んで飲み込み、蓉子さまが真剣な顔をして、最近の学園、というよりも山百合会を取り囲む生徒たちの事情を話し始めた。少し誤魔化している所もあるのだろうけれど、江利子さまの企み――企みというほどでもない策――やら薙刀部部長や放送部部長のこと。そして一番の問題である山百合会を崇拝し過剰な理想を求める一部の生徒。

 

 「面倒ですねえ」

 

 「ええ、そうね。でも申し訳ないのだけれど貴女に期待している部分はあるのよ。何か変えてくれるのではないかって」

 

 「まさか、私は一生徒に過ぎません。だから動かすなら蓉子さまたちでしょう」

 

 「嬉しい言葉だけれど、しがらみに縛られることもあるから、なかなか……ね」

 

 眉尻を下げて珍しく物悲しい雰囲気を見せる蓉子さま。しがらみとは一体何を指しているのか、『なかなか』という言葉に何が含まれているのか。少し先に起こるであろう展望を蓉子さまと話して、今日は解散となったのだった。

 

 ――さらに数日。

 

 今日は誰も来ないので大人しく帰るかと通学鞄に荷物を詰め込んで席を立つ。少し時間を置いたので帰る生徒や部活に赴く生徒も数は減っており、いつもは騒がしい廊下も人はまばらだ。そうして昇降口に辿り着き自分の下駄箱に手を掛けて扉を開けると白い便箋が一枚。なんだろうと手を伸ばして、取り合えず封を切って中を確認すると『放課後、校舎裏にて』と短い字数で丁寧に書かれた古式ゆかしいお礼参りの書状であったのだった。

 これを無視すれば余計に相手の感情を荒げるだけだろうと、校門へと向かうはずだった足の方向を変えて校舎裏を目指す。時間指定もしていないので、何時までも待つつもりだったのだろうか。この辺り詰めが甘いなあと苦笑いを浮かべながら、指定された場所へたどり着くと七、八人固まった生徒の姿が見えた。相手を視認したイコール向こうも私を視認できるのだ。どうやら目敏く一人が私を見つけて周りの子たちに声を掛ける。

 

 「よく来てくださりましたわ、樹さん。もしかすれば逃げてしまわれるのかと思っておりましたが、その図々しさだけは褒めて差し上げましょう」

 

 ああ、この人は……。トップの子のお姉さまの言葉にゲンナリとするが、面倒なのでどうかコレ一回きりで片を付けたい所。残りの人たちも顔は知っているし、内三人はクラスメイトでトップの子とお友達である二人だ。にやにやと嫌な笑顔を浮かべ大仰な様を見せているけれど、親に迷惑を掛けたくないのでどうにか穏便に済ませたいのだけれど、目の前の彼女たちの出方次第で。

 

 「はあ、どうも」

 

 「低俗な貴女と長く時間を取るのも無駄でしょうし、手短に済ませてしまいますわ。――樹さん、これ以上薔薇の館に出入りするのは止めにして下さる?」

 

 トップの子のお姉さまを先頭にして、残りの人たちがうんうんと頷いている。がしがしと自分の頭を掻いて余計な思考を打ち消した。

 

 「それを止めたいのなら、薔薇さま方に直接言って下さい」

 

 止まるかどうかは別として、納得のいく答えくらいは出してくれるだろう、あの人たちなら。

 

 「そうね、貴女のような何も考えていない凡庸な人ならば直接あのお方たちに不躾なことを言えるでしょうが、私たちは分を弁えているの。この学園を統べるあのお方たちに私たちから先に言葉を交わすだなんて不躾な行為、許されるはずもなくってよ」

 

 いやいや、何時の時代のお貴族さまやねんと突っ込みを入れつつ、ついつい目の前の上級生にジト目を向けてしまった。いや心底ゲンナリしているから目のハイライトが消えているかもしれない。嗚呼、面倒だこんちくしょうと叫びたくなるのを我慢して、どうすれば回避できるのか考えてから口にする。

 

 「はあ……」

 

 考えるのだけれど時代錯誤の突拍子のない言葉に上手い返しが見つからず、ゲンナリしていたこともあり適当に返してしまった。火に油を注ぐだけだと理解はしているけれど、もう面倒だから火をくべてしまっても良いやと心の悪魔が囁き始めた、途端。

 

 ――ぱんっ!

 

 小気味よい乾いた音が校舎裏に響く。引っ叩かれた痛みを耐えつつ、キレるの早すぎないかなあと溜息を吐く。以前にも叩かれたけれど、これはお嬢さま的にアリな行動なのだろうか。今まで溜め込んでいたものが爆発したのかも知れないが、とにもかくにもありきたりな行動だなあと、少しズレた眼鏡を直しながら目の前の彼女を見据える私だった。

 




 8778字

 長くなったので一旦切りです。

 蓉子さま、苦労人属性を本人の意思とは関係なく絶賛発動中。何か仕出かすなら江利子さまが動いてくれるし、更に火を注ぐなら聖さま。ゼロからよくキャラを考えたものだなあと感服します。そして静かさま、山百合会の動向には目を向けている――主に聖さまでしょうが――筈なので、作者的には動かしやすい人です。

 オリ主、ちょいちょい腹黒さが浮き出ますね。
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