冬だというのに小春日和の良い天気なのだけれど、日が沈む時間が早くなっているから直ぐに冷え込んでくるだろうなあ、と教室の窓からカラッと晴れている空を見上げる。
『聞いて欲しいことがあるから、申し訳ないのだけれど明日薔薇の館へ来て頂戴ね』
昨日、山百合会の仕事が全て終わると紅薔薇さまがそう口にして、その横には黄薔薇さまと白薔薇さま。いつもの様に薔薇さま方は落ち着いた雰囲気で笑みを携えているのだけれど、どこか……何かいつもと違う気がするのは、私の気の所為だろうか。どこか感じた違和感を抱えたまま一晩が過ぎて、朝が来て、お昼が過ぎて、ようやく放課後。さて薔薇の館に向かおうと、奇麗な姿勢で自席に座っている志摩子さんの下へ行き声を掛けた。
「志摩子さん」
「祐巳さん?」
「薔薇の館に一緒に行こうと思って声を掛けてみたんだけれど……どうかな?」
「ええ、そうね。――行きましょうか、祐巳さん」
私が声を掛けなければ志摩子さんは一人で行ってしまうつもりだったのだろうか。志摩子さんらしいといえば志摩子さんらしいのだけれど、出来ることならもっと距離を詰めたいし仲良くなりたい。別の教室に居るはずの由乃さんともせっかく知り合えたのだから、みんなでこれから三年間一緒の時間を沢山過ごしたい。
そして、お手伝いとして薔薇の館に招かれている樹さんとも。
彼女は学園祭が終ったある時期から山百合会から離れようとしていたのを、最近は薔薇さまたち自らが引き留めている。樹さんがお手伝いを断るようになって私たち一年生三人は落ち込んでいた。
特に樹さんと仲の良かった由乃さんは、目に見えて寂しそうだったのだ。仕事をこなしながら楽しそうに本やテレビの話をしていたし、二人で話していたかと思えば樹さんは急に話題を私や志摩子さんに振って巻き込んで、笑う。そんな彼女の小さな気遣いが心地よく、いつのまにか薔薇の館に彼女が居ることが当たり前になっていた。本来なら居ないはずの人だから、頼りにしたりするのは駄目だと分かっていながら。
「何の話なんだろうね?」
「……樹さんのことではないかしら?」
教室から廊下に出て志摩子さんと並んで歩く。祥子さまの妹となってからあまり仲良くない一年生や顔も知らない上級生たちから『ごきげんよう』と声を掛けられるようになった。最初こそ驚いたものの、数日経ってしまえば案外慣れてしまうもので。志摩子さんと言葉を交わしながら、掛けられた声に『ごきげんよう』と笑顔で返すのも、慣れつつあった。
「えっ、どうして樹さんの話に……」
「樹さんも言っていたけれど妹候補としての席がなくなったのだから、彼女が薔薇の館に訪れる理由が消えてしまったでしょう」
「でも薔薇さまたちがここの所毎日樹さんを引っ張ってきてるけれど……」
「おそらくその辺りも関係あるのかもしれないわね。理由もなくお姉さま方がそんな行動を取るだなんて思えないもの」
「……」
「そんな顔をしないで祐巳さん。大丈夫、きっと悪いことにはならないだろうから」
一体私がどんな顔をしていたのかは自覚がないので分からないけれど、私の横に並ぶ志摩子さんはふんわりと笑う。そんな志摩子さんの顔を見て少し荒立っていた心がようやく落ち着きを取り戻した。
「祐巳さん、志摩子さん」
「あ、由乃さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
クラスが違う為にこうして会う事は余りないのだけれど、今日は偶然だったのか薔薇の館に向かう途中で由乃さんに声を掛けられて足を一度止める。目的の場所は同じなので、何も言わないまま三人一緒に歩きだすと由乃さんがふと声を出した。
「ねえ、最近の薔薇さま達の行動、変じゃないかしら?」
「変って?」
何か薔薇さま達にあっただろうか。お三方ともいつも通り過ごしているように見えるし、特段変わったことはないと思うのだけれど。山百合会だと私は一番の新参者だし、由乃さんには何か違うものが見えているのだろうか。
「あの人たちが樹さんを直接迎えに行っているのって周りを焚きつけているようなものじゃない。あれじゃあ樹さんがいつか誰かに責められてもおかしくない状況だわ」
「……このまま続けばいつかはそうなってしまうでしょうね」
「そ、そんなあ……」
「――でも、あの人たちが何も考えていない筈はないのよね」
「お姉さまたちのことだから何か意図があって、だと思うのだけれど」
「だ、大丈夫だよね? 黄薔薇さまは『手放す気はない』って言っていたんだし……」
「今から分かるんじゃないかしら?」
雑談も早々にして切り上げて、薔薇の館へとスカートのプリーツを乱さないように足早に歩く私たち。ぎしぎしと鳴る階段を上ってビスケットの扉を開けば、そこには既に薔薇さまたち三人が揃っていたのだった。
「ごきげんよう、さあ座って」
にっこりと笑って私たちに声を掛けた紅薔薇さま。先に薔薇さまたちが揃っているのは滅多にないことなので驚いていると、白薔薇さまが『また百面相してる』と笑う。取り合えずお茶でも淹れないとと思い、紅薔薇さまの言葉を断り一年生組が流し台へ向かおうとすると、黄薔薇さまに仕事を奪われてしまった。
由乃さんがそのことに目を丸くして驚いているのだから、よほど珍しいことなのだろう。祥子さまと令さまが居ないことを不思議に思いきょろきょろと周りを見回していると、そのことについても纏めて話すからと言われてしまい。お茶が入るまでの暫くの間、取り留めのないお喋りが交わされて本題へと蓉子さまが薔薇さまを代表して喋り始めたのだった。
「祥子や令が今ここに居ない理由は先に話しておいたことと、立場が上である上級生が居ると意見を言い出し辛いでしょうから」
「い、いえっ! そんなことは、決してっ」
「でも、私たちや祥子や令の意見で決めてしまう事も多いでしょう。まあ、短期間では難しいことなのかもしれないけれど、少しづつでも改善していきたいと最近思い始めてね」
このことを考え始めたのは本当に最近らしい。山百合会に手伝いとして招いた樹さんの言動を見てだそうだ。確かに樹さんは薔薇さまや祥子さま令さまに緊張も何もしていない自然体で接していると思える。
敬語をきちんと使っているけれど、仕事終わりのタイミングに疲れたと言って背伸びをしたり、肩を揉んでみたりと、上級生がいてもお構いなしで。私だと上級生の方々が目の前に居ると、そういうことは出来ないし、伝統に倣ってリリアンの生徒としてお淑やかに礼儀よくと教えられてきたのだから。
薔薇さま曰く、きちんと節度があれば、もう少し肩の力を抜いてしまっても良いのではないか、と。そうしてもう一つ。多分これが今日の本題だったのだろう。
――学園生による山百合会神聖視。
薔薇さまに憧れを抱いて山百合会を神聖視して薔薇の館に近づけない……近寄らないのは、生徒会として本末転倒ではないのか。
周囲に影響されなかった樹さんは、山百合会の手伝いとして短期間で自然と馴染んでいたこと。樹さんが出来たのならば、純粋培養組であるずっとリリアンに通っている生徒たちにも可能だろうと。いつからか連綿と紡がれてしまった山百合会という生徒たちの憧れを、多少なりとも壊すには好い機会なのではないのか、と。
「え、えええっ!!」
「良い反応ね、祐巳ちゃん」
私の驚いた声に、紅薔薇さまがにっこりと笑ってそんな声を上げて。白薔薇さまも黄薔薇さまも横で笑っているし、由乃さんと志摩子さんまで笑ってる。うう、単純に驚いてしまっただけなのだけれど……恥ずかしい。
「す、すみません……」
リリアンの生徒らしくない失態をやらかしてしまい、膝に両手を揃えておいてしゅんとなる私に、そういうところもいずれはどうにかしたいとも薔薇さまは仰った。謝らなくても良い場面だったし謝る必要もないことなのだから、何か疑問があるのなら質問をしていいし聞けばいいそうだ。確かに今の話を樹さんが聞いていれば『どうして』とか『目的は』とか、納得がいくまで薔薇さまたちに突っ込んで話し合いをしていたに違いない。
「完全に取り払うことは無理でしょうし時間もかかるでしょうね。けれどなにもしなければ今の状況のまま何も変わらない。――その手始めに樹ちゃんを正式に山百合会のお手伝いに引き込みたいと考えているのよ」
「そういう理由で連日、樹さんの下に薔薇さま方が直接お迎えに行ってるんですね」
「ええ。それもあるのだけれど、先に言った壊したいという事にも繋がってくるわね……ああ、あと暫く正式なお手伝いのことは樹ちゃんには内緒でお願い」
薔薇さま方が入れ代わり立ち代わりで樹さんの下へと訪れていたのは、きちんと目的があったようだ。ただその目的はリリアンの生徒たちからの山百合会に向けた憧れを、緩和させることに繋がるとは一体どういうことなのだろうか。薔薇さまたちの考えがイマイチ掴めない私は、紅薔薇さまが語る話に耳を傾けていることしか出来ず、やはり三年生であり薔薇さまたちは一筋縄ではいかない人たちだ。私の姉である祥子さまを簡単にあしらえるのだもの。以前から思ってはいたものの、二年分の年齢差は大きいものだと思い知る。
「私たちが樹ちゃんの下へ何度も足を向けているのは、山百合会に過剰な憧れを持っている人たちへ向けてなのよ。大多数の子たちは樹ちゃんがココに訪れることを疑問に思っていても、見ているだけでしょう」
「え、ええ。私もそうでしたから……」
高等部からの編入してきた樹さんが薔薇の館へお手伝いに招かれたことには驚いたし、正直羨ましかった。どういった経緯で誘われるようになったのか周りの人たちは知らないし、同じお手伝いとして山百合会に出入りしていた志摩子さんに直接聞く勇気もなかった。ただ漠然と白薔薇さまと紅薔薇のつぼみ、どちらかの妹候補だと周囲は騒いでいて、私も同じようにみんなと噂をしていたのだ。
「本当はこんなことをするべきじゃないし、下手をすれば先生たちから非難されるかもしれないわ。でも私たちは樹ちゃんと出会ってしまったから、欲が出ちゃって」
困ったような顔で笑う紅薔薇さまの肩に手を置いて黄薔薇さまが代わって言葉を継いで。
「最初はあんな面白い子を手放すつもりはない、それだけだったのだけれど、ね。――どうすれば学園のみんなにただの生徒として私たちを見てもらえるかって、色々と考えたのだけれど、直接喋る機会を設けるしかないってなったのよ。特に過激派の子たちにはね」
『過激派』……おそらく薔薇さまたちをかなり崇拝している人たちが極一部に居るから、その人たちのことを指しているのだろう。黄薔薇さまがそんな言い方をするのは珍しいけれど、もしかすれば今回の件でなにか思うことがあったのかも。
「名案なんて中々浮かばなくて樹ちゃんの考えが一番現実的だったんだよね。まあ、学園を騒がせることになるだろうから色々と腹を括るしかないんだけれど。ま、悪くはないはずだよ」
黄薔薇さまの言葉に補足する白薔薇さま。いったい腹を括らなければならないようなことになってしまうのか心配になってきたのだけれど。でも薔薇さまや樹さんが考えたのならきっと悪いことにはならない筈だ。
みなさまはこの学園の為にとこれまで薔薇さまを担ってきたのだし、樹さんだって確りした人で薔薇さまたちと対等に渡り合える人なのだから、並大抵のことで挫けたりはしないだろう。ただ心配なのは白薔薇さまの『腹を括る』という言葉が一体何に対してのものなのだろう。
「お姉さま方は一体何をなさるおつもりなのですか?」
問いかけた志摩子さんの言葉に紅薔薇さまが口を開こうとした瞬間。
――ドン。
一階の扉が乱暴に開かれた音がここまで届いて、複数人の階段を上る足音が響いてくる。
「失礼します。――紅薔薇さま、黄薔薇さま、白薔薇さまはいらっしゃいますか?」
「い、樹さん?」
「なっ」
「……っ」
いったい何事かと目を向ける私たち一年生三人の目には、扉の入口に立つ樹さんと、その樹さんに手を引かれて強張った顔をしている知らない生徒。そしてその更に後ろには祥子さまの姿とそしてまた見知らぬ生徒が数人。あまり見ない少し息を上げている祥子さまの姿を今日も綺麗だあと見惚れそうになりながら、急に訪れた非日常に目を白黒させる私が居たのだった。
◇
――ちょっと避け損ねた。
平手打ちの威力を削ぐために流そうとしたものの、どうにも考えごとをしていたので奇麗に打ち消すことは出来なかったようで少しだけ頬が痛い。
さてこの状況をどうしたものかと思案顔で考える。とはいえ主導権を目の前の彼女たちが握っている手前何もできないから、これはもうしばらく押し問答を続けるしかないのだろうと、諦めて溜息を吐く。彼女たちの腹の虫が治まるのならいくらでも引っ叩いてくれればいいのだけれど、やりすぎると露見してしまうのでこれも難しい所。ある意味八方塞がりで、取れる手段が少ない。
「気は済みましたか?」
一発なら偶然とか腹立ち紛れでついつい手を出してしまったで済ませられるハズなのでこれ以上は勘弁して欲しいし、誰かに見つかってしまえば一対多で私を取り囲んでいる彼女たちの立場も危ない。
前に一度平手打ちを貰った時に状況次第でまたこういう事が起こるだろうと、家族には報告と相談は済んでいるのだけれど、父からはお前は絶対に手を出すなと厳命されている。フルコンタクトの空手の経験者が素人相手に先に手を出せば大問題だし、先に手を出されて後から手を出したとしても過剰防衛になる。そんな状況であれば私を守りたくても守れないし、言い訳もできない、と。
「気は済んだか、ですって!? 済む訳がないじゃないっ。貴女今まで何度薔薇さま方にご迷惑を掛けていると思っているのかしら? 二学期から突然現れて山百合会の役員でもないのに薔薇の館に出入りしてっ!!」
「それは手伝いとして招かれていたからであって、勝手に薔薇の館に出入りしたつもりはありませんよ」
あそこに出入りする理由は学園の生徒目線で見ると薔薇さまやつぼみの妹候補としてだから、だろう。それ以外は忙しい時に簡易的に招かれるヘルプ要員だし、彼女の主張も分からなくもないが。
「一番忙しいはずの学園祭が終わっても出入りする理由は何っ?」
「それも手伝いとして呼ばれていただけです。個人的な理由であの場に行った覚えもないですし」
「っ、……薔薇さま方がお手伝いの子の下に直接訪ねるのは異例でしてよ。それがどういうことなのか貴女は理解していないようだから教えて差し上げましょう。――はっきりいって目障りなの、薔薇さま方の周りをチョロチョロするのはお止めなさい」
うわ、ぶっちゃけちゃったよこの人と驚きを隠せない私。もう少し交渉してみるとか粘ってみるとかの攻防があってもよかったものの、口喧嘩もあまりしないだろうしこんなものなのだろうか。薔薇さまの周りをチョロチョロとしているつもりもないし、むしろ振り回されているのは私なのだけれど。彼女たちにはどうも私が薔薇さまたちに付きまとっているように見えるらしい。今まで妹でもないのに下級生が、しかも役職持ちでもない奴がそういうことをした前例がないのだろう。遠くから憧れの存在を見て夢に浸っていたというのに、突然羽虫が現れればそりゃ五月蠅くて夢も冷める。
恐らく彼女たちは薔薇さま方に直接訴えるという選択は出来ないので、こうして半ば脅しのような行為をしなければならないのだろう。ただ申し訳ないのだが、そんな彼女の願いは叶えられないのである。
「だからその手の話は薔薇さま方にお願いします、とさっきから言っているじゃないですか。不平や不満があるのなら本人たちに直訴した方が手っ取り早いですよ。私が必要ないと判断されたなら、もうあそこには呼ばれないでしょうしね」
「貴女、本当に口が回るわね」
「このくらいなら誰だって論じられます」
こめかみの血管が浮き出そうな顔をしながらトップの子のお姉さまが悪態をつくが、私も同レベルで口をきいているので構いやしないだろう。周りの人たちは黙っているけれど、私に対する不平はないのだろうか。普通なら寄って集って罵詈雑言の嵐になりそうなものだけれど、悪いことをしているという自覚でもあるのか黙ったままである。
溜め込んで爆発するなら今のうちに全てを吐き出しておいて欲しい。個別に呼び出しをくらいその都度同じようなことを何度も言われるのは面倒極まりないのだし。この状況を生み出したあの三人には言いたいことは山ほどあるが。
――とはいえ、少し前に彼女から聞いたある話を叶えてみたい、という気持が私にはある訳で。
となれば、今のこの展開を利用するしかないじゃないか。目の前の人たちには悪いし、都合のいい道具として利用するのだから申し訳ないのだけれど、私に手を出した手前我慢して欲しい。目の前の彼女たちを煽り倒してどうにか薔薇さまたちの下へ向かわせるように仕向けるかと、息を肺に溜め込んだ瞬間。
「貴女たち何をしているのっ!!」
意外な人物の背中が私の視界を覆ったのだった。顔は見えないけれど、髪の長さと声からして祥子さまであることは間違いない。この展開は不味いなあと、私の心が焦り始める。
「紅薔薇のつぼみっ……」
どうしてこの場にというような顔をしているけれど、今私たちが居る場所は時折人が通る場所である。もちろん目立ちはしないけれども、長居をすれば必ず誰かの眼に留まるから、きっとみせしめも兼ねていたのだろう。薔薇さまや教諭陣にバレた時、どうするつもりだったのだろうかと不思議であるが、考えなしの行動か露見しても大丈夫な自信があったのか。おそらく前者の気もするが、時すでに遅しであろう。
「大勢が一人を取り囲むだなんて……そんな情けない真似をして一体どうするおつもりだったのかしら?」
この状況をどうやらきっちりと把握しているようだった。真面目な祥子さまならば、教諭たちにこの状況を報告するだろうし、どうにか薔薇さまたちの前に彼女たちを連れていくという事は無理になる。
「え、え、あのっ、それは」
祥子さまの言葉に私に平手打ちをくれた人はしどろもどろになりながら答えようとするが、言葉にならない。あ、これは不味い。祥子さまがマジ切れする可能性が高くなった。正当性のない行動の上に、答えられないことに苛立ちを覚え始めているようで、手を握りしめている。流石にこれだと望んでいる展開には持ち込めないし、祥子さまには悪いけれど割り込ませてもらおう。
「祥子さま、すみません。他の人たちをお願いします」
平手打ちをくれた人の片手と一番身近に居た誰かの片手を手に取って、足早に歩き始める。まあ祥子さまに私の意図が通じているかどうかは分からないけれど、どうにでもなるし、こうも騒げば明日には噂として広まってしまうだろう。こうなってしまえば腹を括るしかないし、あの人たちも腹を括るつもりだと言ったのだから。
あとは上手く立ち回れるかどうかが問題だなと苦笑いを浮かべながら、後ろから声を上げている祥子さまの声を一切無視し、抵抗している二人分の力を感じつつ薔薇の館を目指し辿り着き、一旦右手を離すと古い扉を思いっきり開く。どうやら逃げる意思はもうなさそうで、再度右手で片手を取る。祥子さまはどうやらあの人数を引き連れて後ろに着いてきてくれているようだ。そのうち追いつくだろうと床が抜けそうな階段を上りきり、いつもの部屋の前。
さて、取り囲まれた時の対処法として薔薇さまと話し合うことは相談済みだったのだが、この行動は苦し紛れの行き当たりばったり。それでも頭の回転の早いあの三人ならば上手く咀嚼してくれるだろう。あとは誰かひとりでもこの先の部屋に薔薇さまが居れば良いのだが。ふう、と呼気を吐き扉を開き、声を上げる。
「失礼します。――紅薔薇さま、黄薔薇さま、白薔薇さまはいらっしゃいますか?」
「い、樹さん?」
「なっ」
「……っ」
私の言葉に目を真ん丸にひん剥いている祐巳さん、由乃さん、志摩子さんが椅子から振り返り、その奥にいつものように薔薇さまたちが三人座していたのだった。
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うーん。上手く丸め込めるか自信がなくなりこの先を展開することにためらいを感じてきたのですが、話を進めないことには始まらないし取り合えず投げます。