マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第四話:薔薇の館と住人

 私の前に立つ志摩子さんが会議室と印字されたプレートが掲げられた扉を開ければ蝶番が軋む音。古い割には手入れをが行き届いているのか、はっきりと聞こえるものの不快さはない。

 

 「ごきげんよう。樹さんをお連れしました」

 

 志摩子さんの言葉の後には幾人かの『ごきげんよう』の声。部屋の中へと踏み入り『失礼します』と志摩子さんの後に続く。

 

 「志摩子、ご苦労様。悪いわね、私たちの我が儘に付き合わせて」

 

 部屋の真ん中に置かれたしっかりとした木で作られた長机の真ん中に、その声を上げた人物は座していた。紅薔薇さまと呼ばれる彼女との直接的なファーストコンタクトは編入生説明会で声を掛けられ、次は夏休みの終わり頃に関わっている。顎のラインで切りそろえられた奇麗な黒髪は窓から差し込む光に照らされて奇麗な輪を描き、奇麗な微笑みを携えて最上級生としての貫禄が滲み出ていた。昼休み中の付け焼刃で覚えた知識を引っ張り出すと『水野蓉子』さま。彼女たちからの受け売りだけれど、容姿や頭脳もさることながら、困っている生徒が居ると見逃せないらしく気さくに声を掛けてくれるのが魅力なのだとか。真面目な生徒たちからの支持が厚く、薔薇さまの称号を頂いているだけあって、教師陣やシスターからの信頼も厚い……らしい。

 

 「ごきげんよう、樹さん。昨日は私たちの仕事を手伝っていただいて感謝しているわ」

 

 紅薔薇さまの右隣に座っていたのは黄薔薇さま。昨日と同じようなアンニュイな表情ではあるものの、今日は目に生気が宿っている気がする。セーラーカラーの襟の延長線上にあるタイの結び方は、学園一美しい形と定評があるのが黄薔薇さま、こと『鳥居江利子』さま。左隣に座っている先輩同様に奇麗な笑みを浮かべながら、私を迎え入れてくれるけれど何を考えているのやら。ファンの子たちからすれば何を考えているのか分からないのも魅力的だそうで。苦言を呈すつもりなら笑うはずなんてないから、読めない表情に苦笑いをしそうになるけれど必死にこらえる。

 

 「余所見をして志摩子さんとぶつかって迷惑を掛けたのは私の方ですから、気になさらないでください」

 

 本当に。昨日で終わっている話を蒸し返されても困るというよりも、そのくらいで感謝される覚えはないのだし。

 

 「どうぞお掛けになって」

 

 「はい、失礼します」

 

 部屋の入口で突っ立ったままとは流石にならず、席を勧められ。その場所は蓉子さまの正面だった。横に居たはずの志摩子さんは、流し台へといつの間にか立っておりその横には黄薔薇のつぼみの妹である『島津由乃』さんも一緒に並び何か作業をしている。テーブルの両脇には紅と黄のつぼみが静かに座している。昼休みのクラスメイトの受け売り通りのイケメン――女性には失礼な言葉かもしれないが――と美女だった。

 

 「ごめんなさいね、白薔薇さまがまだ来ていないから、お茶でも飲みながらもう少しまって頂戴」

 

 蓉子さまが仕方なさそうな顔をしながら、流し台へと視線を向けた。その先にはお盆に人数分の麦茶を乗せた志摩子さんと由乃さんが。『おかまいなく』と言う暇もないまま、まるで打ち合わせでも行っていたかのような流れに、私は身を任せるしかなく。

 

 「どうぞ」

 

 にっこりと静かに笑う由乃さん。机にコップを直置きすることなくコースターを使用する辺り、学生ぽさが余りないなと感じてしまうのは貧乏性故なのか。

 

 「ありがとうございます」

 

 どうやら早く済ませて家に帰ることは叶わないようだ。薔薇さまの一人である白薔薇さまが来てないので、話を進められないのだろう。携帯で簡単に連絡を取れる時代じゃないから、こういう所はじれったさを感じる。今は携帯よりもポケベルが普及しているはずなんだけれど、持っている人の数は少ないし、そもそも学園には持ち込み禁止の物だった。白薔薇さまの現在位置が知れない以上ここで待つしかないのだけれど、一体どれほどの時間を待てばいいのか。『遅れる』と蓉子さまの言葉から推測するに集合時間は決まっていたのだろうから、そんなに遅くはならないと願いたい。

 

 ことりと鳴る音に思考が中断され目を向ければ、クッキーまで用意されていた。市販の奇麗に成形されたものではなく、少々いびつだから手作りなのだろう。上級生からの呼び出しだというのに、まるで客人をもてなす準備の良さに片眉が勝手に上がる。これだと茶話会のようなんだけれど、一体なぜ私を呼び出したのか。

 

 「これは私たちが個人的に持ち込んだものだから、ね?」

 

 「経費で落ちる訳がないですからねぇ」

 

 落ちたらこの学園の事務員さんは何をやっているのかと問い詰めなければならないだろうに。肩をすくめてしまったのを見たのか、蓉子さまからフォローが入ると同時に返す言葉で反射的に口にしてしまった。江利子さまが少し吹いて、他の人も呆れたような驚いたような顔をしているから、やらかしてしまった。それを誤魔化すようにお茶を口に流し込む。

 

 「悪い、遅れた」

 

 少し乱暴に開かれた扉から聞こえた声。おそらく白薔薇さまだろう。色素の薄い髪は段を入れたセミロングヘアで、エキゾチックで掘りの深い美貌の持ち主で下級生からの人気も絶大――これもまた受け売りだけれども。挨拶代わりに頭を軽く下げた私を一瞥して乱雑に椅子に腰かけた。

 

 「遅刻よ、白薔薇さま」

 

 「下級生に捕まってたのよ、仕方ないじゃない」

 

 反省する様子が欠片もない聖さまにはあと溜息を吐いて、これ以上の追求は無意味だと蓉子さまは判断したようだ。真っ直ぐこちらを見据えるものだから、つい姿勢を正した。

 

 「さて、始めましょう」

 

 ――こうして時間は元へと返る訳であるが。

 

 三人の薔薇さまとつぼみの二人。そしてつぼみの妹に未来の妹候補が勢ぞろいしている部屋。ぶっちゃけてしまうと場違い感が半端ない。ここに居る人たち皆、顔の偏差値が良すぎて引いている私が居るのだけれども。例えるなら、サルーキやボルゾイとか毛並みの良い大型の洋犬に囲まれたちんちくりんの豆柴――または珍獣。そんな感じだろう。

 

 「回りくどいのも面倒だから単刀直入に言いましょうか。――山百合会を手伝って貰えないかしら、鵜久森樹さん」

 

 「……はあ」

 

 てっきり普段の素行が悪いと〆られるのかと思いきや。身構えていたのでついつい気の抜けた声が出てしまう。

 

 「あら、気のない返事」

 

 蓉子さまがどうやらこの話の主導権を握り、江利子さまはその補佐だろうか声の抜けた私の返事に面白そうに笑ってる。聖さまは我関せずの雰囲気を醸し出しているし、二年生以下は口を出すつもりはない様子。独断で話を進めている訳はないだろうし、私以外は内容を知っているのだろう。――なら相手が単刀直入といったのだから、私もはっきりと疑問を口にした方がいいだろう。

 

 「ご気分を害されたなら申し訳ありません。ただ単純に何故私なのかという疑問と、面識のない一生徒よりも仲の良い方やクラスメイトに助っ人に入ってもらう方が気が楽で手っ取り早くありませんか?」

 

 そう、こんなお茶会じみたことをしなくても。

 薔薇さまは最上級生で受験もあるだろうから、手早く仕事を済ませて家へと帰り進学の為の準備やらで忙しいだろうに。引退するにはまだ少し早い時期だろうけれど、人生の岐路なのだからもっと気を使ってもいいようなもの。推薦入試でも受けるのならば、まだ余裕があるかもしれないが。

 

 「それでもいいのだけれど、丁度暇そうな一年生が昨日みつかったものだから」

 

 「あと単純に、もうすぐ体育祭で人手が足りていないの。部活動をしている子たちは出し物の準備もあるし、手の空いている人って限られてくるでしょう?」

 

 鴨がネギと鍋とついでにコンロを背負って迷い込んできた、と言わんばかり。疑問形で言葉を返されても困るし、なんだか強制性を感じるのは三年生故のオーラだろうか。嗚呼、マジでちんちくりんの豆柴の気分だと嘆きながら、ふと別の疑問が浮上する。

 

 「同じような質問になりますが、それなら先輩方のファンの人たちでも良いのでは? 沢山いますし、やる気のない人間を選ぶよりも彼女たちなら喜んで手伝ってくれるでしょうし」

 

 校庭や校舎で人だかりが時折出来ており何事かと視線を向けると、その輪の真ん中には彼女たちが居るのだ。アイドルのように黄色い声に包まれているから、渦中の人たちがどんなやり取りをしているのか知らないけれど。さっきの『下級生に捕まった』という聖さまの言葉と今日の昼休みのクラスメイト三人を見ていると、山百合会の人たちから声が掛ればすっ飛んで来てくれると思うのだが。

 

 「今の言葉だと、樹さんはやる気はなくて手伝う気もない……と取れるのだけれど」

 

 「そう受け取れるのなら、それでも構いません」

 

 蓉子さまと江利子さまが顔を見合わせる。上級生に対して失礼な言葉かもしれないけれど、いきなり呼び出され余り面識のない人たちに囲まれているのだからお互い様だろう。

 

 「――ふぅ」

 

 「そうくるとは思わなかったわ」

 

 蓉子さまは困った顔で笑い、江利子さまは面白そうな顔で私を見る。生徒会を手伝うことに異議はないのだけれど、話の成り行き上そうなってしまっただけだ。何故、私を選んだのかはっきりとした答えは貰っていないし、答えをはぐらかしている理由は他にもあるのだ。

 

 「どうしても駄目かしら?」

 

 「いえ……どうしても、という訳ではありません。ただ山百合会を手伝うにあたって帰宅が遅くなることもあるでしょうし、その辺りは親の許可を得ないと何とも言えないんです」

 

 成績を落しては駄目と家族から告げられている手前、連日帰りが遅くなったりすると『山百合会』への印象が悪くなる。公衆電話を利用して迎えに来てもらうという方法もあるけれど、何か違う気もするし。

 何より親の庇護下に私はまだ居るのだから、あまり勝手をするわけにはいかない。仮に手伝うとしてどの程度の仕事を私に割り振られるのか分からない以上、保険をかけておいた方が安心だろう。もう高校生、まだ高校生なのだ。一度親に伝え意見を聞いて、それから返事をしても遅くはないだろう。

 

 「あまり遅くなるつもりはないのだけれど、確かにその通りね」

 

 「ええ、そうね。親御さんの許可も必要だろうし、返事は後日でもかまわないわ。よく相談してから返事を聞かせて頂戴」

 

 「すみません、そうして頂けると助かります」

 

 本当ならこの場で返事をした方が良いのだろう。話の流れでまどろっこしいことになってしまったけれど、家族にはどのみち話を通さなければならないし、『不可』と言われる可能性もあるのだから。了承しておいて後からごめんなさいと言わなければならない可能性を潰せたのだから、まあいいだろう。山百合会のメンバーには悪いことをしたかもしれないけれど、一応は納得してくれたのだ。後は家族に良い返事を貰えればいいだけだし、無理なら断るだけだし。

 

 「急かすようで申し訳ないのだけれど、返事は何時頃になりそうかしら?」

 

 「そう、ですね……早ければ明日、遅くても今週中には」

 

 父は時折仕事が遅くなり家に帰らないまま職場近くのホテルに泊まることが時々あるけれど、何日も帰らないということはないから返事は遅くならないだろう。母との会話で今日は帰ってくるはずだけれど、急用が入る可能性もあるから不確かなので長めに時間を取っておいたけれど。

 

 「ええ、それで構わないわ」

 

 「私たちも急かしてしまってごめんなさいね」

 

 「いえ、私も不躾なことを聞きましたから」

 

 その後は少し細々としたことを薔薇さまと打ち合わせをして、私は部屋から退出する。その途端に大きな溜息を一つ吐いて、帰路へ着くのだった。

 




 4667字

 ちょっと字数が少ないですが投げます。

 三薔薇さま以外が空気です。作者の力量だとこれが限界。オリ主の態度に祥子さまが苦言を呈しそうと考えていたのですが、脱線するし止めました。

 親の存在って大事ですよね。創作だと海外赴任で不在とかよくある設定ですが、マリみてだと保護者と同居してなきゃ駄目だし。保護者が居なければオリ主は即了承してましたw

 反省:もう少し会話の流れを自然にしたかったorz 乱暴だったなぁ。

 
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