恐らく気ままにお喋りでもしていたのだろう。山百合会のメンバーは薔薇の館の二階の一室でそれぞれの指定席に座っており、その前にはティーカップが鎮座している。素っ頓狂な顔をしている一年生組には申し訳ないが、仕事をしていないのなら好都合だし薔薇さま三人はすでに揃っているのだから。
「彼女たちが薔薇さま方に話があるそうなので、聞いて頂けると有難いのですが、構いませんか?」
楽しく話していただろう一年生組には悪いけれど、割り込ませてもらう。
「あら、そうなの。今みんなで一息ついていたところだから、一緒にお茶でも飲みながら話しましょうか。少し手狭になるけれど、それは我慢して頂戴」
蓉子さまががみんなを代表して私の言葉に答えてくれたのだけれど、あまり悠長にしている暇はない。祥子さまが現場を見てしまったが為に、ある一つの懸念事項が生まれている。せめてそれが可能性として咲く前に、ある程度薔薇さまたちと所謂過激派の彼女たちとの話し合いを始めて欲しい。
「いえ、お姉さま、そのような必要はございませんわ。この方々は樹さんを取り囲み責め立てていらしたの。そのような方々に客人としての扱いなんて必要などありませんでしょう」
「それが事実だとすれば問題があるけれど、今の彼女たちの様子だと落ち着いてもらわなきゃ話もできなさそうだもの。あとは樹ちゃん次第かしらね」
「ですがっ!!」
「祥子、申し訳ないのだけれど今は樹ちゃんに聞いているの。状況を詳しく理解している訳ではないし、後から話を聞きたいからその時まで待っていてもらえないかしら」
「……――分かりましたわ、お姉さま」
無理矢理薔薇の館に連れてこられ、薔薇さまと直接対談という過激派の子たちが考えてもいなかったであろうことが起きてしまった為に、彼女たちは顔面蒼白で狼狽えしている。苦笑を浮かべながら言った蓉子さまに、連れてきた子たちが抗う事は無理そうなので、視線を向けられているし急いていることを伝えてもかまいやしないだろう。
「心遣いは感謝しますが、少し急いでいるのでこのまま始めてもらっても良いですか?」
祥子さまがバラしてしまったので、彼女たちの愚行は即座にバレてしまった訳だけれど。喋る手間が省けたので正直有難い。蓉子さまと数日前にこの展開は予測済みであるからして、ざっくりとした対策も立てていたのだけれど上手く回るのだろうか。穏便に済ませたい、と伝えてはいるが目の前の三年生たちが何を考えたかまでは知らないし。苦笑いをしながら私がそう伝えると、薔薇さまたち三人はひとつ頷いてそれならばと、座っていた全員が立ち上がるのだった。
「さて。いきなり大勢が訪れたものだから驚いてしまったけれど、話とは一体何かしら?」
にっこりと笑う蓉子さまに続いて、江利子さまと聖さまも微笑みを浮かべる。彼女たち三人からすれば話しやすくするための状況演出なのだろうけれど、薔薇さまに憧れている人たちから見れば今回は悪手だろう。なまじ破壊力のある笑顔でそんなことを問われれば、度胸がある人にしか答えられなくなる。
「あ……っ、あのっ……そのっ」
ああ、こりゃ駄目かなあ。既に連れてきた彼女たちはいっぱいいっぱいのようで、目に涙を貯めこみしどろもどろで言葉を発せる状態ではないようだ。祥子さま一人だけでも手いっぱいだった彼女たちに、薔薇さま三人と令さま以外の薔薇の館の住人を相手取ることは無理のようで。どちらが悪者なのか分からない状況に、助け船を出すしかなく。ボリボリと片手で頭を掻いて、小さく手を上げたのだった。
「はい」
「どうしたの、樹ちゃん」
彼女たちは『アイドルはう〇こしない』と夢を見ている人たちと同じなのだ。そんなものは五歳……は早すぎるか、せめて十歳くらいで捨て去って欲しいものだけれど。エスカレーター式の学園で人間関係が拗れることもなく、ここまで生きてきたのだから仕方ない。この経験値の低さは社会に出た時に苦労するだろうから、今回のことを糧にして欲しいものだ。
「話が進みそうもないので代弁しますが、彼女たちは私が薔薇の館に出入りして山百合会の人たちと接することが目障りなんだそうです」
「あら」
「まあ」
「へえ」
困ったような顔を三人とも浮かべたけれど、私を直接三人が一年藤組の教室へ訪れることによって起こる弊害は予測済みだろうに。どういう意味合いで短く言葉を発したのかイマイチ意図を掴めないまま押し進む。
「なっ、何を言っているのですか、貴女という人はっ!!!」
薔薇さまには言葉を発することが出来なかったというのに、途端に私が相手となれば声は出るようだ。その言葉は保身の為なのか、それとも事実とは違うことを私が発言して間違った情報を薔薇さまに渡したからなのか。どちらにせよ、彼女たちと蓉子さまたちが会話を交わさないことには始まらない。目くばせをして蓉子さまたちに視線を向けると、気が付いてくれたのか一つ頷き。
「今のことが事実かどうかは別として、薔薇の館はいつでも開かれているのだから、貴女たちも来たければ遠慮なくいらっしゃいな」
「そうね。リリアンの高等部の生徒なら、ここに来る資格はあるでしょうし」
「そもそも今までが異常だったんじゃないかな。山百合会のメンバーだけが入れる――みたいな風潮もあったしね」
少し無理矢理な展開かもしれないが、事実を話してしまえば事態がややこしくなりかねないから、こうでもするしかない。今の言葉で少しでも溜飲が下がればいいし、ここを訪ねる生徒が増えれば手伝いの人が増えるだろうから、お役御免の可能性も出てくる。こりゃビンタを貰ったことは内緒にしておくしかないか。そもそも過激派の子たちを不用意に追い込んだのは薔薇さまたちで、私も巻き込まれた立場ではあるが理解しながらここに来ることを止めなかったのだし。
「え、え? あ、あのっ」
「山百合会は生徒会なのだから、役職を持っていない人が訪れても構わないでしょう。それに今まで近寄り難い雰囲気があったというのなら――」
蓉子さまの言葉は最後まで発せられず、階下から響いた扉の開く音に中断されて。ドタドタと軋む階段を上り、ここまでの短い廊下を複数人が歩いてくることだけは、一瞬で理解でき。
「祥子っ、先生連れてきたよっ! どこに消えたのかと思えばこんな所に居るだなんて」
突然の令さまの登場とその後ろには教諭たちが複数人。
「令、遅いじゃないのっ!」
蓉子さまはこめかみを抑え、江利子さまは掴みどころのない表情のまま、聖さまは苦笑である。一年生三人は事態についていけないのか、祐巳さんは面白おかしい顔をしているし、由乃さんは渋い顔、志摩子さんはこの状況を観察しているようにもみえる。過激派の子たちは教諭陣に露見したことで涙目に拍車が掛って、今にも落涙しそうなのだけれど。大丈夫かなあと心配になりながらも、大人たちの介入で事態はちとややこしいことになるのは目に見えていた。
「これでも急いだんだよ。あそこには既に居なかったし、周りに居た子たちに声を掛けてようやく追いついたんだから」
なるほど。祥子さま自身が職員室まで走るよりも令さまが走り抜けた方が早いし、取り囲まれた現場を無理矢理止めるなら令さまよりも祥子さまの方が適任だろう。令さまは優しいところがあるし、相手の話を聞いて止められない可能性も出てきそうだもの。祥子さまはドライな所があるので、駄目なものは駄目と切り捨てられるので、ああいう現場がどちらが適任かと問われれば祥子さま一択だ。
「一体どうしたのですか、この状況は」
「説明をしてもらおうか」
状況が状況だっただけに男性教諭も腰を上げたようだ。この学園でキャットファイトに興じる猛者がいるとは思えないが、念のためだったのだろう。話が纏まりかけていただけに残念な結果になってしまった。生徒の自主性を重んじる風潮なので、問題がある程度解決したのちに事後報告という形を望んでいたのだが。
今にも泣きだしそうな生徒数人と泰然としている生徒数人であれば、事情を知らない人たちから見れば後者が悪者に見えるだろうから、教諭陣の視線が痛い。個別に話を聞くということになり、それぞれ別の場所へと連れていかれ、聞き取り調査という名目で一対一の話し合いが始まったのだった。
◇
「――貴女も大変ねえ」
まるで他人事のように言い放ったのは、誰であろうこの学園の長である人。シスター服に身を包んだ皺の深い女性はしみじみと目を細めて私を見ている。ちなみに聞き取りを行った教諭数人も同室しているが、話に割り込む気はないらしい。
「否定が出来ませんね」
取り合えず教諭陣からの聞き取りも終了し、おそらく聞き取りをした話の整合性を確認したのちに学園長へと報告がいったのだろう。その話を聞いた学園長がこうして私と対峙している訳なのだが。何を考えているのか読めない表情に苦笑いが零れてしまう。
「さて今回の一件なのだけれど、鵜久森さんを取り囲んだ生徒が悪いとはいえ煽るようなことをした水野さんをはじめとした鳥居さん、佐藤さんとそれを容認した貴女にも責任の一端はあるでしょう。一応、何かが起こると生徒会顧問の先生から聞いてはいましたが、まさかこんなことを起こすだなんて」
蓉子さまたちは生徒会顧問に先に話を通していたようだ。どうやら暈してはいたようだが、生徒の自主性を重んじる学園側は何か起こってからではないと手が出せなかったのだろう。
「あー、確かに。ですが今回の薔薇さまたちの行動は、過去から現在までに築き上げてきた伝統――ある意味、悪習のようなものが原因ではありませんか?」
「あら、それはどうして?」
「山百合会が生徒間で神聖視されているのは学園長をはじめとした教諭の方々にも周知の事実、ですよね?」
「ええ、そうね」
「ならば、ただの生徒会を持ち上げるようなことを何年もそのまま放置して、薔薇さまたちがアイドル視されていることを黙認していた学園側にも責任がありませんか?」
山百合会が生徒たちの憧れで薔薇の館には近寄り難かった、ということは母や姉の言葉で何十年も以前からそうであったのは知っている。
「――あら」
「なっ!」
「おいっ、何を言っているっ!」
笑みを始終浮かべていた学園長は更に皺を深め。そのほかの教諭たちはまさか自分たちも巻き込まれるとは思ってもいなかったのか、私を責めるような声が。それを黙ったまま片手で遮ったのは学園長で、話を続けなさいという強い意志を受け取る。
「薔薇さまのような特別な存在が学園の価値を高めるのは理解していますが、あまりにも持ち上げられすぎています。例えば、新聞部でその行動が逐一取り上げられている辺り、一般的な学校ではまずありえないことですから」
新聞部の人には完全なとばっちりだけれど、許して欲しい。時折薔薇さまの後を付けて、なにかネタを漁っていたことは知っていたし、自分もその被害にはあっているのだ。娯楽の少ない学園内で、新聞部がゴシップ記者紛いのことをしているのも理解は出来なくもないし、山百合会という絶好のネタが転がっているのだから好奇心が湧くのは仕方ないともいえるけれど。
「良家の子女が通う学園ですから、なにか問題が起こっても先生たちに露見しなかったということもあるのでしょうし」
「結局、貴女は何が言いたいのかしら?」
ほとんど脅しのような言葉である。そして学園長は私が言いたいことを正しく受け取ってくれたようで。
「今回の騒動を起こした薔薇さまたちとそれに巻き込まれた哀れな子羊たちに温情を。大事な時期になる三年生に不祥事なんて痛いですし進学にも関わってくるでしょうから。そして煽られて乗ってしまっただけの彼女たちにも同様に、なるべく穏便に済ませて欲しいんです」
「鵜久森さん自身のことがごっそりと抜け落ちているけれど、貴女の処遇になにか望みは?」
「薔薇さまたちの思惑に乗ってしまって見事にそれに釣られた人たちに巻き込まれただけなので、私はそう酷いものにはならないだろうと」
手を出された事を学園側が知っている――私はこの件についてどうせ露見するだろうと学園側に話していない――のかどうかはしらないけれど、出来ても口頭注意くらいじゃないかなあ。というかこの後の学園生たちの盛り上がり方にもよるが。多分、新聞部あたりが放火しようと企むだろうけれど、遠回しに釘をさしておいたから薔薇さまが止めるか学園側が止めるか、どちらかだろう。
「貴女、全てを見越して行動していたの?」
「まさか。そんなことは神様くらいにしかできないでしょう。私は矮小な人間の一人にしか過ぎませんよ」
私がしたことやったことといえば、家族や蓉子さまに相談をしたくらいだ。
「高等部の生徒にあるまじき言葉ね。――全く、こんな生徒が学園にいるだなんて」
「編入させなければ良かったですか?」
「いいえ、むしろ期待しているのかしらね。鵜久森さんに毒された人たちが動いているんだもの」
せめて影響された、くらいにしておいてください。毒された、だと私が悪いみたいじゃないですか、という抗議の言葉は飲み込んで。
「なんにせよ、加害者である彼女たちの御両親と被害者である貴女の御両親を交えて話し合いをしなければならないでしょうね。なにせ実害があったのですから」
あ、やはりバレてたか。おそらく真面目な祥子さまがいったのだろう。タイミング的に見ていてもおかしくはないし、令さまを職員室まで走らせた事実が物語っている。子羊ちゃんたちが話したかどうかは分からない。保身に走っているかもしれないし、反省しているのかもしれないし。ああ、これから一番面倒なことが始まるなあと遠い目をするのだった。
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明日11/15は日曜日で最低保証ラインの投稿日と作者の心の中で勝手に位置付けているのですが、十四時からyoutubeで夏〇先生の句会ライブ配信があるので、微妙な所。それまでに書き上げられるように頑張りますが、投稿がない可能性が高いです。申し訳なく。
※この話は悩みました。納得できなければ消して修正する可能性もあります。