マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第四十一話:召喚と事後処理

 

 問題が起きた当日に保護者召喚である。学園側も手が早いが、仕事で忙しいはずの父が即学園に訪れたことも驚きであるが。とはいえ、もしかすれば呼び出しがあるかもしれないと事前に伝えてはいたから、ある程度融通が利くように動いてくれていてくれたのだろう。

 

 「父さん」

 

 「ああ、樹。――まさか本当にこうなるなんてね」

 

 オーダーメイドのスーツに身を包んだ長身の父が用意された部屋へと入って来る。困ったような顔を浮かべている父に申し訳なさが沸き上がる。

 

 「仕事の邪魔してゴメンなさい。でも、ありがとう」

 

 父は社長であるが現場を捨てていないので客先との都合もあっただろうに。

 

 「確かに仕事も大事だけれど可愛い娘の為だよ。それにお兄ちゃんとお姉ちゃんに仕事は押し付けてきたから平気さ」

 

 忙しい父の代わりを務めるのは大変だろうし、家に帰ったら兄と姉にも感謝しなければならないなあ。家族経営なのでこういう所には融通が利くけれど母も心配しているだろうし、この後の事よりも家に帰ってからの方がひと騒ぎ在りそうな気がする。なにせ私に甘い家族なのだから、もしかすれば今か今かと帰りを待っている可能性まであるし、リリアンという特殊な環境について母と姉から教えて貰って、色々と考えていたし。

 そしてその隣で蚊帳の外状態だった父と兄は不思議そうな顔をしていた。花寺出身の彼らには、リリアン特有……というよりも女が蔓延る状態での同性同士の微妙な駆け引きやグループ毎のヒエラルキー、のようなものが理解し辛かったようで。

 

 「それで、どうなったんだい?」

 

 保護者である父には真実を全て語るべきなのだろうし、学園側の動きも知ってもらう必要があるかと考えて今日起こったことをありのままに話す。思案顔で私の言葉を聞いている父の表情は険しい。弁護士なんて硬い職業を生業としている為なのか、頭の中で色々と思い描くことがあるのだろうし、これから子羊ちゃん側の保護者の対応次第で出方を変えなきゃならないので、正直どうなるのか分からない。

 良家の子女が通う学園なので保護者がモンペ……モンスターペアレンツでなければいいと願うばかりなのだが、こればかりは賭けだろうなあ。薔薇さまたちに乗せられたことに怒るか、はたまた簡単に乗ってしまったことに怒るのか。

 

 父は学校行事だといつも外している弁護士バッチをここぞとばかりに付けたままなので、今回はその威光を存分に使うようだ。目敏い人なら気付いて敵に回すと厄介だと考えるだろう。これで親同士の場外乱闘が起こる可能性が低くなるのならいいけれど。

 

 「お待たせしました、どうぞこちらへ」

 

 さらにまた別室へと案内されて部屋へと入ると、そこには子羊ちゃんたちの保護者がそろい踏みしていた。なんだか空気がどんよりしているのだけれど、大丈夫だろうか……。

 父と私が席につくと、子羊ちゃんたちの親が一斉に立ち上がる。

 

 「この度は申し訳ありませんでした」

 

 そう言って奇麗に揃って頭を下げられたのだった。これには父と私も驚いて、顔を見合わせる。その回復が早かったのは父の方で、相手方に向き直りどうか頭を上げて欲しいと願い出ると、父の落ち着いた声色に安堵したのか少し表情に柔らかさが戻って。

 学園側が音頭を取りながら、今回の話し合いが始まった訳である。――同じ話をまたする羽目になるけれど、それぞれの考え方やら意見があるし、学園側も処分の納め処を探っているだろうから、面倒だと言って話さない方が不味くなる。それぞれの思惑が交錯する中、一通り話を終えて。とにもかくにも最初から最後まで平和の一言だった。親同士だからなのか、始終落ち着いた様子で理論的に話し合えていたし、口を出すなと言い含められていたのか子羊ちゃんたちは大人しく口を挟むことはなかったし。

 

 ――ふう。

 

 一番の難関であろう保護者を交えた話し合いは、無事終了して。あとは学園側が下す処分と子羊ちゃんたちが今後生徒たちからどういった目で見られるか、が残るだけ。部屋を出て帰路につく父と並んで廊下を歩く。外はもう真っ暗で夕飯の時刻はとうに過ぎていて。

 

 「さて、帰ろうか」

 

 「うん。――ありがとう、父さん」

 

 「なに、偶には父親としての威厳を見せないとね。けど珍しいなあ。こんな問題、今まで起こさなかったのに」

 

 思春期みたいなものは既に枯れていて湧きだすものがない状態の私だから、問題なんて起こる訳はない。仮になにか問題を吹っ掛けられたとしても、避けるか流すかすればいいだけ。

 

 「ああ、まあ、うん。――色々と思う所がありまして……何だろう、上手くは言えないけれど、夢とか理想とか願いとか聞くと老婆心が湧くというか……」

 

 自分の心が枯れているだけに、そういう眩しいものを見たり聞いたりするとどうにかならないものか、と考えてしまうのだ。今回の一件の切っ掛けもある人のある言葉が切っ掛けだったし。

 聞いていなければ、あの三人が日替わりで迎えに来ていたのを『迷惑だ』と伝えて断ってただろうし、こんなことにもなっていなかっただろう。近寄らなければ噂は鎮静化して、自然消滅するものだった。別に山百合会へと出向かなくても、友人付き合いは出来るので何も問題はなかったのだけれど、この学園だと彼女たちと距離が近しいと難癖を付けられそうな気もするが。

 

 「誰かの為に動くことは悪いことじゃないさ。でも今回は少し騒動を大きくし過ぎたかもしれないなあ」

 

 「山百合会に関わることだから、必然的にそうなったんだよね。というかただの自治組織だっていうのに、いちいち動向を注視されすぎてるんだよね、生徒会の人たちって。息が詰まりそうだよ」

 

 肩をすくめておどけて言う私に、父も苦笑いを浮かべる。

 歴代の薔薇さまたちが容姿端麗、文武両道だなんていうトンデモ設定が神格化に拍車を掛けていた訳だけれど。あと姉妹制度も助長させているような。姉の思いを妹が連綿と継いでいく、みたいな美談が語られるのだから。それが山百合会となると更に盛り上がる。噂好きな女子の間なら尚更。

 

 「女性社会は独特だよねえ――おや、あの子は確か、水野さんだったかな……その横の二人は誰だろう」

 

 長い廊下の少し先で、三人が揃ってこちらを見ている。薔薇の館に教諭たちが乱入してからかなり時間が経っているというのに、どうやらこんな時間まで残っていたようだ。

 

 「あ、うん。水野センパイで合ってるよ。紅薔薇さまだって知ってるよね?」

 

 「体育祭の時に挨拶をしてくれたから覚えているよ」

 

 「横に居る二人は残りの薔薇さまで、黄薔薇さまと白薔薇さま。鳥居センパイと佐藤センパイだね」

 

 「ふむ」

 

 リリアン以外の人に流石に様付けを使うのは恥ずかしいので、名字付けで『センパイ』と呼ばせて貰ったのだけれど、違和感が走ることに驚きを感じて慣れは怖いと思い知る。父が履いている来客用のスリッパの音と私の足音が廊下に鳴り響いて、三人に近づいていく。

 

 「この度はご迷惑を掛け、本当に申し訳ありませんでした」

 

 ばっと三人とも頭を下げる。父はその姿を見てぎょっとし鼻柱を片手で押さえながら、もう片方の手を出して軽く振る。流石に生徒から頭を下げられるなんて考えていなかったのか、頭を抱えているようで。

 

 「ああ、もう頭を上げてくれないかい。それに君たちが謝罪をする必要もないだろうに」

 

 父の言葉に頭を上げる三人の顔色は余りよろしくない。

 

 「いえ、ですがお嬢さまを巻き込んでしまいましたから、その責任は果たすべきかと」

 

 「娘から話は聞いたよ。君たちの考えに乗ったのはウチのお嬢さまだから、あまり重く捉えないでくれる方が有難いんだけれどね。それに学園内で起きたことなのだから、親があまり出しゃばり過ぎるのもね」

 

 父が場の空気を和ませたいのか、私の頭をわしわしと大きな手で乱暴に撫でる。ああ、乱れる、乱れるからという抗議は心の中だけに留めて、状況を父に任せるしかなく。

 

 「しかし……」

 

 「それに問題はまだ残っているのだろう? これから苦労しなければならないのは君たちだよ。――右往左往して迷って悩んで馬鹿をやるのも今のうちだ。若者らしく頑張りなさい」

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 「さあ、もう遅いんだ。君たちも帰らないと親御さんが心配するだろうから、行こう」

 

 その言葉にこの場に居る全員が頷いて歩き始める。前を歩くのは父と私でその後ろに薔薇さま三人が歩いている。そうして校門と裏門へと分かれ道に差し掛かり、江利子さまが『家族が迎えに来てくれているから』といって別れたのだった。そうして校門に辿り着き車で来ていた父に、深くはない時間帯ではないけれどリリアンの制服を着こんだ未成年が夜道を歩くのは危ないので、最寄り駅まで二人を乗せて送ることを頼み込むと蓉子さまと聖さまは辞退しようとしたが、私がほぼ無理矢理に乗せ。

 

 「済みません、ありがとうござました。――樹ちゃん、また明日」

 

 「はい。それじゃあ、失礼します」

 

 そんな短いやり取りを終え、人ごみの中へと消えていく二人の背中を見守りながら考える。明日は今日の出来事で学園中持ち切りだろうな、と遠い目になり。黄昏ていた私を置いて、父が深い溜息を一つ零す。

 

 「娘と同世代の子に頭を下げられるだなんて、もう願い下げだよ。肝が冷えた……僕が悪者みたいじゃないか」

 

 「あはは。ごめんね、父さん」

 

 最後はほぼ愚痴のような自然に零れてしまった言葉のようで。あの場面を事情を知らない人が見ればそう見える可能性があるし、立場のある人があんなところを見られれば、上げ足を取られる可能性もあるので『肝が冷えた』という言葉は何らおかしくないのだけれど。あの時の学園内は事情を知っている教諭陣と部活動で遅くなる生徒くらいのもので、人目なんてほぼ無いに等しかったので、助かった部分もある。

 

 「さ、今度こそ帰ろう。僕は先生や保護者との話し合いよりも、これから母さんと姉さんを諫める方が難題だよ」

 

 「私も頑張るよ」

 

 そうして車で走ることいくらか。家へと辿り着いて車を降りてドアを閉めると玄関から母と姉が車へと駆け寄る。ああ、こりゃ相当心配させていたのだなあと申し訳なくなりながら、取り合えず遅いからご飯となり、そのあと家族会議という話し合いが始まるのだった。

 

 ◇

 

 少し気だるさが残る朝。今日も元気に登校しなければならないのだけれど、学園に辿り着いた後が正直面倒である。

 一年藤組の教室に入ればウキウキの顔をしながら取り囲まれるのは確定事項だろうし、教室に辿りつくまでにも視線の痛みでゲンナリしそうだ。

 

 「いってきます」

 

 まだ家に居る家族に声を掛けて、重い門扉を開いて外へと進む。少し肌寒い朝、はっきりと目を覚ますには丁度良かった。そうして毎日の繰り返しのような道のりを歩きバス停へと辿り着く。早朝の為にまだ人は少なく、バスに乗り込むと適当な席へと腰を下ろして。学園が近くなるにつれリリアンの制服を身に纏った生徒が多くなってくると、少しづつ騒がしくなるバスの中。『リリアン女学園前』のアナウンスが響くと生徒たちはおもむろに立ち上がって、バスを降りていく。その最後尾に並びバスを降りると、まばらながら校門の内へと生徒たちが歩いていく。

 銀杏臭漂う銀杏並木を歩き視線を感じつつ一年藤組の教室へと辿り着くと、不思議な空気が流れていた。取り囲まれるだろうからいろいろと言い訳を考えていたというのに、その気配はなく。遠くから眺めるだけに止まり、昨日私を取り囲んでいたトップの子とあと二人はまだ教室には来ていない。面倒が起こらないのなら、それはそれで楽だからいいかと頭を切り替えて席へ着いて、通学鞄から教科書や勉強道具を出して授業の用意を始めたのだった。

 

 「いいんちょ」

 

 リリアンにおける私の参謀役のいいんちょに現状確認の為に頼るのは言わずもがなで。そうして声を掛けてきた私に苦笑を見せるのも、いつものいいんちょで。

 

 「また大変なことに巻き込まれていますね」

 

 すでに情報が出回っているのか、いいんちょは何が起こったのか把握しているようだ。まあ私が取り囲まれたことと、その取り囲んだ人たちを薔薇の館へと連れて行ったことは誰かしらの目に留まっていただろうから、そのことについて噂が広まっているのは覚悟の上の行動だった。ただ爆速で噂が広まっているのは、この学園らしいというか。

 

 「今回は巻き込まれたというよりも、あの三人に乗っかった方だから愚痴るわけにはいかないかな」

 

 「おや、珍しいですね」

 

 「いろいろと面倒だから、いっそのこと変わってしまえば良いんじゃないって思っちゃって」

 

 「変化、ですか」

 

 「うん。今回のことで動いた人って山百合会に向ける憧れが強い人でしょう。それが少しでも緩和できればいいなーって」

 

 「そのことが緩和にどう繋がるんです?」

 

 「それは薔薇さまに丸投げになるかな。私が出来る範疇は超えているんだし、薔薇の館の住人のみなさまに頑張ってもらうしかないよ」

 

 まだ学園側からの処分の言い渡しはされていないし、今後あの人たちがどう行動するのかも知らないのだから手の出しようがないのだし。その辺りは頭のキレる人たちだし、学園側も問題を大きくしたくはないだろうから、上手いこと取りなしてくれるだろう。

 私が出来ることはこのクラス内で良い視線を向けられないであろうトップの子たちのフォローくらいだ。今回の件は薔薇さまが煽ったとしても、周りの生徒からあまり良いようには見られないだろうし、居心地も悪いだろうから。その辺りも薔薇さまたちには加味して欲しいので、後から相談するとしても、さてどうなるのやら。

 人の心は難しいねえと、いいんちょに言い話すと呆れた顔をしながら『貴女からそんな台詞が聞けるだなんて』と驚いた顔を見せるのだった。

 




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