マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第四十二話:これからと処分

 過激派、まあようするにウチのクラスのトップの子とその友人である二人は始業開始直前に教室へとようやくやって来たのだった。みせしめのつもりである程度人目につく場所で取り囲んだことが裏目に出てしまった結果、取り囲む側であった彼女たちが取り囲まれる側へと回ったのは皮肉なのかも。

 気まずそうに視線を浴びながら無言で教室へと入り、席について授業の準備を始めると予鈴が鳴り、我がクラス担当教諭の有難いお言葉から一日が始まる。そうこうしているうちに一限目の休み時間が訪れると、我慢が出来なくなったのか私の下を訪れて昨日起こったことを聞き出すクラスメイトが現れ始めて。

 しばらく経てば学園側は処分を下さなければならなくだろうからと、知らない学園生に囲まれたこと、祥子さまに発見され、そうして学園側に発覚したことだけは伝えると満足したのか私の下を去っていく。何度も同じ話をしなくても、彼女たちから私の話は広まっていくだろう。そうしてまた二限目、三限目と過ぎていきお昼休みが訪れると、最大の衝撃が学園内を駆け抜ける。

 

 「ど、どうして薔薇さま方が生徒指導室にっ!?」

 

 「薔薇さま方がどうしてっ?」

 

 我が一年藤組の教室内は堂々巡りの『どうして』がそこかしこから聞こえてくる。先程、校内放送から流れた教諭の声にみんなが驚き慌てふためいているのだ。

 この学園はお嬢様学校と呼ばれ、お淑やかで気品ある人が大半だし、生徒会ならばさらにそこから篩を掛けたメンツである。成績優秀、品行方正、眉目秀麗なのだから。三薔薇さまが一斉に呼び出されることなどないし、そもそも一人だけでも呼ばれたことはない。過去を遡ればあるのかもしれないが、そんなことは稀だろう。だからこそ今のクラスの状況は理解できるけれど、流石に気になって生徒指導室まで野次馬しにいくのはどうなのだろうと、首を傾げてしまうが。

  

 「樹さんは気にならないのですか?」

 

 「ぅん……っ、なにが?」

 

 最近はめっきり寒くなってきたので教室でお弁当を食べることが多くなってきて、今日も寒いので自席で包みを開いて食していたのだけれど、いいんちょが珍しく声を掛けてきたので、咀嚼途中で飲み込んだおかずが微妙に喉に残る違和感が。

 

 「薔薇さまたちが何故生徒指導室に呼ばれたのか、です」

 

 「ああ。あの人たちが退学になるようなことをする訳がないでしょう。だから大丈夫だよ。――多分」

 

 違和感を打ち消そうと持参していたお茶を手に取り、ずずずと啜る。温かいお茶にしておいてよかったと、迷っていた朝の自分に感謝しながら、流し込むと違和感がどうにか消えて。

 

 「多分、は余計かと……」

 

 「いやいや、絶対なんてことはないから一応は保険掛けておかないとね」

 

 「薔薇さまのことを信頼しているのだな、と感心した私の感動を返してください」

 

 何故彼女たちが生活指導室へと呼ばれたのかは、本当に謎である。昨日の出来事の聞き取り調査の延長かもしれないし、はたまたお叱りを受けているのか。とはいえ酷いことにはならないだろうと踏んでいるので、クラスで慌てふためいている子たちよりも、私は悠長に持参したお弁当を食べていたのだけれど。

 

 「はは、無理。というか、いいんちょも心配なの、あの人たちのこと」

 

 「それは、もちろんです。学園の為にとずっと働いてくれた人たちなのですし、やはり憧れていますから」

 

 いいんちょの心配は分かるけれど、それ主に蓉子さまのような気がするのだけれども、言わぬが花なのだろうか。江利子さまと聖さまは、最低限の仕事しかしていないような気もするし、むしろ蓉子さまに『仕事しなさい』と怒られているのが常のような。もし私を捕まえてからサボり癖が付いたのならば抗議しなければならないし、むしろそれなら私は必要ないのだしそろそろ解放を要求しようと決める。

 

 一応二人の名誉の為に言っておくが決めるときは決める人なので、二人にしか出来ないとなればきっちりと仕事はこなしてる。ただ普段の雑用をサボる癖があるのだ、あの二人。そして最近はよく私に押し付けるのだから、解せぬ。

 

 「そっか」

 

 照れ笑いのような顔をしたいいんちょにそう言葉を返すと、聞きたいことは聞いたのか自席へと戻り五限目の授業の準備を始めた彼女の後ろ姿を見ていると、視線を感じてそちらを向くとトップの子ともうふたりが青ざめた顔をしながらこちらを見ている。ああ、これは『私たちの所為で薔薇さまがっ!?』とかなんとか考えて不安にでもなっているのだろう。流石にこのまま放置するのは寝覚めが悪いので、彼女たちの下へと行くと驚いた顔をされる。

 昨日の今日だから驚きは仕方ないとはいえ、そこまで構えなくてもいいじゃないのだろうか。別に取って喰う訳でもないのだし。ぼりぼりと後ろ手で頭を掻きながら、薔薇さまたちが召喚された理由の予測を彼女たちに話すと少し落ち着いた様子を見せ、昨日の事の謝罪を受ける。以前に生きていた過去に上級生に囲まれてボコられたという経験がある所為か、あの位可愛いものである。それを伝えるわけにもいかないので誤魔化しながら、今後も良い関係を築きたいと伝えると涙目になっていた。これ以上迂闊なことを言って彼女たちに泣かれると、きついものがあるので言いたい事だけ言ってその場を離れると、クラスメイトに呼び止められ廊下を指差しているのでそっちに向くと。

 

 これまた心配そうにしている三人組が廊下から私を見ていたのだった。

 

 「ごきげんよう」

 

 「い、樹さん、薔薇さまがっ! 薔薇さまたちがっ!」

 

 「とりあえず落ち着こう、祐巳さん」

 

 ずいっと顔を近づけて目を丸くしながら訴える祐巳さんの肩を軽く撫でて、少し離れてもらう。その後ろに控えていた由乃さんと志摩子さんも心配そうな表情をありありと見せてくれているのだから、この三人があの人たちへと向ける思いは大きいのだろう。昨日、彼女たちも教諭たちから聞き取りを受けただろうが、得られる情報は少ないと判断されて早々に開放されていたから、この行動も理解できなくはない。

 

 「ど、どうすれば……」

 

 「この様子だと学園中騒がしそうだし、放課後にあの三人から説明あるんじゃないかな?」

 

 もうすぐ昼休みも終わってしまう時間だから、今から薔薇の館へと赴いても無駄であろう。それならきっちりと時間のある放課後の方が適切だし、この騒ぎの説明もしないまま仕事を始める薔薇さまたちでもないだろうし。

 

 「生徒指導室に行こうってみんなを誘ったのだけれど、樹さんはどうする?」

 

 「私が行くと余計に騒ぎになりそうだから、止めておくよ」

 

 祐巳さんに変わって由乃さんがこの場に来た理由を教えてくれたのだった。お誘いは有難いけれど、私はある意味で渦中の人間だから、行けば余計に騒ぎになりそうなので止めておいた方がいいのでゆっくりと首を左右に振った。

 

 「なら、放課後薔薇の館に?」

 

 「そのつもりだよ。一応昨日薔薇さまたちと少し話したけれど、まだ全部聞けたわけじゃないからね。その辺りはキチンと聞いておかないと」

 

 昨日、車の中で事のあらましだけは聞いておいたけれど、まだ聞けていない事もあるし詰めておかないといけないこともあるから、元々そのつもりではあったので、志摩子さんの言葉にそう答える。

 

 「時間そろそろ無くなるから、行くなら急いだほうがいいよ」

 

 「ごめんね、樹さんっ! それじゃあ行ってくるからっ!」

 

 「うん、お願い」

 

 急ぎ足で生徒指導室へと向かう三人の背を見送る。若さ故にまだ見えないものもあるのだろう。でも人を思う気持ちは本物で。

 少し羨ましいと眺めつつ、この時の三人について行かなかったことを後悔する私が誕生するのは、もうすこし先の話。

 

 ◇

 

 ――放課後。

 

 昼の騒がしさは少しマシになったとはいえ、周囲はあの三人が生徒指導室へと呼ばれたことの話題でまだ持ちきりだった。勘のいい人たちは、薔薇さまたちが連日私を迎えに来てそのまま薔薇の館へと連行されていることと、それに耐えきれなくなった人が行動を起こしたことを繋げることが出来たようで。単純ではあるけれど、少しずつ噂の質の変化が見られていたのだった。とはいえ、朝から私に刺さる視線が痛いことに変わりがないのだけれども。

 

 「ごきげんよう」

 

 勝手知ったる薔薇の館の扉を開けて階段を上り、短い廊下を進んでいつもの部屋の扉に手を掛けて開け、いつもの様に挨拶をすれば。

 

 「ごきげんよう」

 

 そう声が部屋の中から返ってくれば、いつものメンツは既に集まっていたようで。アポイントなんてものは取っていないけれど、一年生組から薔薇さまたちに私が来ることは伝わっていたのだろう。特段、何の変りもなく迎え入れてくれてお茶がいつの間にか用意されると、蓉子さまが一度全員を見渡して軽く目を瞑る。

 

 「今回は私たちの我が儘で、学園中を騒がせてごめんなさいね」

 

 事の顛末をとつとつと語り始めたのだった。以前から変えたいと思っていた、生徒たちからの山百合会特別視は私という存在が居たことでその気持ちが大きくなったこと。そしてその為の布石に必要な過程として私の精神面が強く、いわゆる『過激派』と呼ばれる人たちからの圧力があっても耐えられるという確信が、三人が行動に至った最大の理由だそうだ。

 

 「ま、生徒指導室でたっぷり絞られたけれどね」

 

 茶目っ気たっぷりの明るい声色で答えたのは聖さまで。聖さまの二つ隣りに座る江利子さまがその言葉にうんうんと頷いていた。

 

 「生徒指導室になんて初めて入ったから、どんなことがあるのかと思えばお説教、だものね。ふふ、良い体験ができたわ。これも樹ちゃんのお陰よ」

 

 楽しそうに笑う江利子さまを横目で呆れ顔をしているのは蓉子さま。二人の軽さに頭を抱えているようだ。実質代表者として動かなければならないのは紅薔薇さまである彼女なのだし、仕方ないのだけれども。というか、江利子さまは生徒指導室に召喚されたことすら楽しんでいたのか。私よりも肝が太いと思うのだけれど、どうなのだろう。

 

 「はあ。――でも、貴女のお陰でいろいろと事態はいい方向に動きそうなのよ」

 

 「私、何かしましたっけ?」

 

 前に話したのは薔薇さまたちの行動の先に起こることだけであって、それに対しての対処法しか考えていなかったのだけれども。しかも出した答えは『耐える』という至極単純なもので。そこから何か得られるようなこともないし、特段変わったようなこともない。事件が起きて学園内はその噂で持ち切りだし、昼の一件で更に騒がしい状態になっているのだから、むしろ悪い方向へと進んでいる気もする。

 

 「貴女、学園長に啖呵を切ったでしょう?」

 

 「……そんな覚えは全くありませんよ」

 

 はて、何か学園長に胸のすくような鋭く歯切れのよい口調で話したことなんてないのだけれど。あるとすれば、嫌味を零して遠回しに保険を掛けておいただけなのだが。

 

 「"山百合会神聖視を長らく放置した学園にも責任がある"って学園長に言ったのでしょう? まさか、そんなことを考えていたなんて」

 

 苦笑いをしながら語る蓉子さまに、薔薇さま以外の人たちがぎょっとした顔をする。祐巳さんは『ええっ!!』と声が漏れてしまい、慌てて両手で口を塞いで。その姿を見た祥子さまが呆れた視線を祐巳さんへと向けると、張本人は縮こまっていて、最近よく見る光景だったりする。

 

 「樹ちゃんがどういう意図をもって言ったのかまでは分からないけれど、言った事だけは先生方に事実として突き刺さっているものね」

 

 「ただの保身の為ですよ。深い意味はありませんから」

 

 江利子さまが片肘を付いて面白そうに語り、それにすぐさま反論しておいた。アレの狙いは今回の件は学園側に責任の一端があると大人側に認識させて、処罰の軽減を狙っただけで深い意味はあまりなかったのだけれど。

 

 「でも、外から来た君の言葉は結構重かったみたいだよ。学園長をはじめとした先生たちに現状をどう思うのかって、お説教と一緒に聞かれたしね」

 

 どうやら薔薇さまたちの処分はお昼休みの『お説教』で終わりのようだ。そしてなにか動き出している様子なのだけれど、目の前の三人が語る様子は見られない。蓉子さまの言葉を信じるのならば事態の改善、なのだから山百合会神聖視問題が緩和することになるのだろう。どういう手段をもって良い方向へと進むのかは謎であるが。 

 

 この後の彼女たちの話は今騒ぎになっている噂の鎮静化の為に、次週にある全校集会の時に今回のいきさつを説明すること。全生徒に問いかけというかたちで山百合会神聖視問題も、単純な方法だけれど普通の生徒会として見て欲しいこと、薔薇の館へ気楽に赴いて欲しいと訴えるそうだ。

 

 「時間が掛かるでしょうし、もしかすれば何も変わらないかもしれないけれど……」

 

 「今回、焚きつけた責任もあるのだし、説明くらいはしておかないとね」

 

 「だね。これで簡単に変わるなんて思えないけど、やれることはやっておかないと」

 

 そんな三人の言葉に、私以外のみんなが少ししんみりとした様子を見せると、それを打ち消すように蓉子さまが話題を変える。どうやら来週の全校集会で話す内容をみんなで打ち合わせをするようで。

 滞りなく進む会議の様子をぼうっと眺める。今日ここに訪れたのは一つ聞きたいことがあったからなのだけれど、タイミングを逃したようで割り込む勇気もなく、時間だけが過ぎていき。打ち合わせがようやく終わり、今日はもう解散という雰囲気が流れ始めようやく本題が聞けるのだった。

 

 「蓉子さま」

 

 「何かしら?」

 

 「私を取り囲んだ人たちの処分ってどうなるのか、知りませんか?」

 

 決まらないのか、私が知らないだけなのか、私に知らせる気がないのか、どれかは分からないが。トップの子たちが登校していたが、上級生のこととなると情報を入手し辛く、今日学園に来ているのかどうか分からないし、渦中の最中見に行く訳にもいかないのだし。おそらく私が願い出た通り恩情があったはずなのだけれど、どうなっているのやら。

 

 「ごめんなさいね、私たちも知らないのよ。重いものにはならないだろう、くらいのことしか分からないわね」

 

 「そうですか、ありがとうございます」

 

 知らないものは仕方ないし、学園側も生徒には言わないだろう。とはいえ重い処分にはならないようで良かった。父にも、相手には未来があるのだからなるべく穏便に済ませて欲しいと伝えていたし、学園側にも言っておいたのだからそうなって貰わないと寝覚めが悪い。

 

 「樹さん、少し構わないかしら?」

 

 「はい、大丈夫ですよ」

 

 私を呼び止めたのは珍しく祥子さまだった。そしてその横には令さまが居るのだけれど、何事だろうか。こうして呼び止められることなんて滅多にないから身構えてしまうけれど、何という事はなく。

 

 「貴女を叩いた子なのだけれど、今日は学園に登校していないのよ」

 

 「私とクラスが同じだから、ね。たぶん、そういうことなんじゃないかな」

 

 ボリュームを抑えたその声は、おそらく周りに聞こえないようにとの配慮なのだろう。トップの子たちが登校しているのならば、おそらく『訓戒』とか『口頭注意』あたり。ただ実害があったので上級生であるその人には『謹慎』として処分したのだろう。『停学』ならば学園内に告知される為に、これも噂として流れて耳に入るだろうから、謹慎処分で確定ぽい。内申に記される『停学』を私は一番恐れていたのだけれど、どうやら回避したようだ。これならば欠席扱いだろうし、進学にも影響はないはず。急いているような気もするが、その辺りは学園側が下したことなので文句はないのだし。

 

 「祥子さま、令さま、教えて頂きありがとうございます」

 

 ふう、と胸を撫でおろす。

 

 「そういえば樹ちゃん。祥子から聞いたのだけれど、昨日お姉さまたちのこときちんと役職で呼んだそうじゃない」

 

 「え、ああ。あまり意味はなかったのですが、場の雰囲気で」

 

 耳聡く私たち三人の会話が聞こえていたのか、まだ薔薇の館に残っていたメンツが興味深そうにこちらを見始めた。

 

 「場の雰囲気、ではなく普段からきちんと呼ぶようにしなければならないのではなくて?」

 

 至極尤もなことだし、なんだかこれは呼んでみろという挑戦状を叩きつけられているような気がしたので、祥子さまの役職、紅薔薇のつぼみだよなと頭の片隅から情報を引っ張り出して、脳から口へと変換し。

 

 「え、ああ、あー……ロサ・キネンシス・アン・ぶーとん」

 

 「…………」

 

 しどろもどろの末の最後の発音は微妙になり、祥子さまがこめかみに青筋を立てているのが見えると、片手を額に当てて深々と溜息を吐き。

 

 「ぶっ!」

 

 周りにいた人が何人か吹き出して。他の人も声には出していないけれど、苦笑いか笑っているのだった。いや、長ったらしいし舌噛むよ、フランス語なんて。

 




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