マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

43 / 61
第四十三話:全校集会と不言影行

 ――週明け。

 

 社会人だろうと学生であろうと、週明けの月曜日というものは憂鬱である。休日の時間からぽんと背を押されて一歩踏み出せば、そこは社会という名の戦場で。

 制服やスーツの戦闘服を身に纏った人たちがバスや電車という名の兵員輸送車に乗り込み、各々の戦場へと旅立つ。なーんて大袈裟に考えてみたものの、結局はいつもの日常だ。鞄を手に取り『いってきます』と家族に伝えて家を出て、バスに乗り学園前まで外の景色を眺めて辿り着くと、大きな背の門を潜り銀杏並木を通り抜けて校舎へと入って自分の教室へと歩いていく。

 

 「ごきげんよう」

 

 もう慣れてしまった挨拶を適当に済ませて、席へと座りクラスメイトと雑談を交わしながら、今日は全校集会の為に体育館へとぼちぼちと移動をして。学年とクラスごとに整列して始まるまでの時間の独特な喧騒に埋もれ、早く始まって早く終わらないかなあとぼんやりと壇上を眺めていると、教師がマイク調整をする音が響いて、学園長の有難いお言葉から始まり山百合会へと変わる。

 先週末に起きた『薔薇さま全員生徒指導室へ召喚』という前代未聞の事件が起きているからか、壇上下にいる生徒たちが小さく呟きあっていて結構騒がしい。いつもはみんな静かに薔薇さま方の話を聞いているというのに、何かあればこうである。分かりやすいなあと苦笑いを零しながら、壇上へと上がる三人を見ながらさて彼女たちは一体何を語るのか。軽く内容は知ってはいるものの、伝え方次第で受け取り方は変わるものだし、受け手側の心情も考えて言わないと難しいだろうから。

 

 『みなさん、ごきげんよう。――本日は山百合会からいくつかのお願いがあります』

 

 そんな挨拶から始まりざわついていた平場の生徒たちの視線が一斉に壇上へと向けられたのだった。拡声器から広がる蓉子さまの良く通る声は聞く人たちの心へと入っていく。今回の騒動の謝罪と顛末に、ずっと山百合会が抱えていた生徒たちからの崇拝による弊害を訴え、そして薔薇の館へと赴いて欲しいと願ったのだった。

 はて、周りの反応はどんなものかと見渡してみると、蓉子さまの言葉に感動している人たちが大多数で。ぼーっと話を聞いていた私の方が異端者である。山百合会をただの生徒会としてしか見ていない私と、長年憧れの対象として見てきた人たちとでは温度差があるのは仕方ないとは思えるけれど、それにしたって彼女たちの人気ぶりが凄いというか。まあ、これで山百合会神聖視が軟化されるのならば、協力した甲斐はあったのだろう。話を切った蓉子さまに答えるように、割れんばかりの拍手が湧きおこると一礼して三人の薔薇さまたちは壇上から降りるのだった。

 

 『――次に、委員会と各部活からのお知らせになります』

 

 薔薇さま感動の演説の後に普通に喋らなくてはならない委員会や部活動の人たちはさぞやり辛いだろうなと、苦笑が零れ。淡々と進む委員会からの報告とお知らせはつつがなく終わり、次に部活動からの報告となる。今日は珍しく多くの部活の代表者が壇上へと上がり、薙刀部部長と放送部部長が二人そろって演台へと進む。

 

 『みなさん、ごきげんよう。今日は部活動とは関係のない話となりますが、さきほどの薔薇さま方と関連のあるものとなりますので聞いて頂けると幸いです』

 

 真面目な生徒が多いこの学園で、題目と違うことをやるというのは珍しい。とはいえ『山百合会と関係がある』と宣言したことから、いつもは聞き流している多くの生徒が耳を傾けているのだった。

 

 エスカレーター式の学園で長い時間を共に過ごし、彼女たち薔薇さまをずっと見ていた。同じ薔薇さまだというのに、自分たちが一年生の時に憧れていた薔薇さまたちに向けていた感情とは別のもので、同じ時間を過ごしていたことで特段、彼女たちに特別な思いを向けることはなかったこと。

 そして進級する度に彼女たちに向けられる期待や憧れの視線が強くなっていることを感じながら、級友としてただ見ているだけだったこと。少し風向きが変わったのはある人物が薔薇の館へと赴くようになってから、だということ。そしてその人物は下級生だというのに、自分たちにも影響を与えたこと。他、その下級生がやらかしたこと色々。

 

 ――聞いていると顔から火が吹きそう……。

 

 特別なことをした覚えは全くないのに褒め称えられている状況は既に聞いてはいられない領域に達したので、現実逃避を決め込んで耳を塞いだ私だった。『ある人物』って私じゃないかと盛大に心の中で叫びながら、だんだんと周囲の生徒たちから向けれる視線を感じつつ、壇上に立つ人たちの目的は一体何だろうか。ただ褒めたたえる為ならば、こんな場を使ってすることでもないしただの羞恥プレイにしかならない。

 

 『私たち各部活動の長である全員は、山百合会に鵜久森樹さんを新たな仲間として加わることを希望します』

 

 薙刀部部長は放送部部長へと視線を移し。

 

 『そして薔薇さま方や先生方、なによりも生徒のみなさんに認めてもらいたいのです』

 

 私の意思は、と問いたくなるけれどどうやらそんなものは塵芥レベルで存在していないようだ。上級生からのお願いを下級生が断れるはずもないし、空気を読まず中指なんて立てようものなら品がないと怒られるだろうし。山百合会の手伝いでさえ注目されていたというのに、山百合会メンバーに加わろうものならば更に注目されそうなのだけれど。いままでの行動でまさかこんなことが起こるだなんて考えてもいなかったし、特別なことをした覚えなんてないのだけれども。

 言いたいことは言い終えたのか良い笑顔をしている部活動の部長たちにはあとで文句を言いに行くとして、周囲の生徒は唖然としているのでこりゃ芽は息吹くことはないと楽観視しておこう。そもそも保守的な学園だし、こういうことには厳しい目を向けられる筈であるし、教諭や山百合会のメンバーも許す訳がないだろうし。

 

 『――割り込み失礼いたします。山百合会としても彼女を迎え入れることに何の問題はありません。あとはみなさんと先生方の許可さえ頂ければと存じます』

 

 司会進行用のマイクをぶんどって江利子さまの声が体育館に響く。その横には良い笑顔で聖さまがこっちを見ているし、蓉子さまは困ったような呆れたような苦笑いである。教諭陣は江利子さまの突然の行動に驚いているけれど、止める気は無いらしい。先生方、と言われてしまった手前結論を出さなければならないようで、こそこそと何かやり取りをしているようだった。

 突如、キイと響いたハウリングの音に目を細めると、今度はこの学園を纏める学園長の咳払いが聞こえて。

 

 『生徒の自主性を重んじる学園としては、今回のみなさんの行動を尊重いたしましょう。しかし、貴女たちの勝手だけで決められるものではありません』

 

 ようするに薔薇さまと部長陣だけの声だけでは足りないので、署名活動なりで私を新たな生徒会役員として迎え入れることを学園側に証明しろという訳だ。そして、その条件は生徒の過半数を超えること。役職名やらなんやらは後で決めればいいだろうということに落ち着き。

 

 『とはいえ鵜久森さん自身の答えをまず聞かねばならないでしょうね。――こちらへいらっしゃい、鵜久森さん』

 

 笑みを深めてこちらに視線を向ける学園長。まさか私が『山百合会神聖視を長年放置した学園にも責任がある』と言ったことを根に持っているのだろうか。いい大人だしそんなことはないと願いたいが、なにか思う事はあったのかもしれない。この状況でそれを聞く学園長には、不服申し立てたいところであるけれど、この流れで断ることなどできやしない。

 というか署名活動は部活動の長と山百合会が中心になるだろう。そうなってしまえば、署名活動が失敗することはまずありえない。なら、なるべく重要なポジションに就かないようにするしかないのかと、後ろ手で頭を掻いて呼ばれた学園長の下へと歩むと、マイクを向けられる。どうやら挨拶をしろという事らしい。

 

 『私を存じない方が多いでしょうし念の為名乗ります。――一年の鵜久森樹です。二学期初めから山百合会のお手伝いとして薔薇の館に出入りをし始め、その過程で生徒会のみなさんや部活や委員会の方とも接する機会を頂きました』

 

 外から来た人間でリリアン独特のルールやしきたりに驚かされること多数。そして外から来た人間としてこの学園で感じた違和感をはっきりと伝えて、長年純粋培養で育ってきたであろう人たちの精神を煽る。こうして選ばれることは名誉で光栄なことであるけれども、特段何かに優れていたりするわけでもなく、何処にでもいるような普遍的な人間で山百合会で役職を担うような柄でもないこと。

 

 『正直私がこの学園の生徒会役員を務まるのかは甚だ疑問です。結果がどうなるのかはこの後にしか分かりませんが、もし選ばれたのならば微力ながらこの学園の一員として努力していく所存です』

 

 ぶっちゃけこの場で断れば、私のこれからの学園生活が暗いものになってしまう。上級生や薔薇さまの善意を断ったと後ろ指を指されるだろうし、薔薇の館にも出入りが出来なくなるだろうし。いつの間に私が逃げられないように囲い込まれていたのだろうか。そういえば少し前に静さまと話した時に『最近、少し周りが騒がしいけれど貴女は気付いているのかしら?』と問われたあの時には既に動き出していたのかもしれない。知っていたのなら教えて欲しかったと静さまを恨みそうになるけれど、あの人のことだから面白がって何も言わなかったのだろう。

 

 「貴女もなかなかに忙しいわね」

 

 まばらに響く拍手を聞きながら拡声器から離れると、私の横に居た学園長が苦笑いを浮かべながら声を掛けてきた。そもそも学園長が一蹴して認めなければこんな面倒な話にはならなかったのだから、憎まれ口くらいきいても構わないだろう。

 

 「いや、そう思うなら助けてください学園長」

 

 「あら、山百合会の一員になることはやぶさかではないのでしょう。なら必要ないのではなくて?」

 

 「逃げられないように仕組まれてますよね、今回の事って……」

 

 最低、薔薇さまと薙刀部部長と放送部部長はこの件に噛んでいるに違いない。どこまで共謀していたのかまでは知らないが、流れが自然すぎる気もするし。

 

 「さあ、どうなのかしら。けれど新しい風が吹こうとしているのだから、この学園を見守る者としては生徒を応援したいのだけれどね」

 

 にこにこと微笑みを絶やさぬ学園長の下を去り、元居た列へと戻るとクラスメイトやら周りから凄い視線を感じて、溜息が勝手に出る。各部活の部長陣には善意百パーセントで外道を実行されたなあ、と遠い目になる私だった。そして、自分の預かり知らぬところで動いていたことを後から知るのだった。

 

 ◇

 

 ――彼女の驚いている顔は見物だった。

 

 とはいえ直ぐに面倒そうなしかめっ面をしていたけれども。確かに彼女からすれば面倒以外のなにものでもないのだろう。山百合会に固執している様子は見られなかったし、そんなものがなくとも彼女は用事があれば薔薇の館に訪れるだろうし、学園内ならばいつでも私たちに声を掛けるだろう。ただ無役のままそういうことをすれば、また彼女が周囲から良く思われないことは分かり切っていたのだから。

 

 今、壇上で良い顔をしている薙刀部の部長と放送部の部長には感謝しなくては。

 

 樹ちゃんを部活動へ引き込むと宣言したのは、どうやら私たちに発破を掛ける為の言葉だったようで、陰では樹ちゃんが山百合会の役員となれるように動いてくれていたのだから。二人は取り合えず各部活動と委員会の皆にその旨を伝え協力を募り、山百合会経由で職員会議の議題に上げてもらうようにと奔走していた。

 それが露見すると『あら残念、バレてしまったのね』と苦笑いをしながら、私たちがこれまで学園の為にと働いてきたのだから、偶には私たちにも恩を返させて欲しいと言われ、共謀することにした。もちろん、樹ちゃん本人には秘密にしておくことを約束して。

 

 薔薇さまという役職上あまり無茶なことは出来なかったし、なにかやろうとしても蓉子に止められていただろう。今回の一件で樹ちゃんを毎度教室へ迎えに行くことも蓉子は余り良い顔をしなかったのだから。薔薇の館に生徒が訪れるようにしたいと蓉子は願いながらも、これまでに築き上げた伝統やルールで動けずいたのだ。真面目な蓉子らしいとはいえ、上手くいけばその願いが叶うかもしれないのに。おそらく樹ちゃんを犠牲にするような行動には反対だったのだろうが、もう遅いのだ。彼女の存在を知ってしまったのだから。

 

 「逃さないわよ、樹ちゃん」

 

 学園長が生徒からの許可を取り付けよ、とのことだったので署名活動をすることになるだろう。

 

 「江利子、悪い顔してる……」

 

 「あら失礼ね、聖。貴女も樹ちゃんの姿を見て笑っていたじゃない」

 

 おそらくそれは成功して、現在頭を抱えているであろう彼女が山百合会の一員になることはほぼ決定事項で。

 

 「だって、樹ちゃん面白い反応してくれるんだもの。祐巳ちゃんといい、樹ちゃんといい、今年の二学期は楽しかったしね」

 

 一年生たちが並んでいる方を向き、目を細めながら随分と柔らかく笑う聖。本当、この一年でよくぞここまで変わったものだ。

 

 「――気楽なものね、二人とも」

 

 「蓉子」

 

 「ん?」

 

 「江利子と聖があの二人とこそこそ何かしてると思えば……狙っていたの今回のこと?」

 

 「この流れは偶然に過ぎないわね。けれど、各部長陣と委員会の人たちが動けば山百合会も動かざるを得ないでしょう。それから生徒みんなに許可を取ればほぼ確定事項になるわ」

 

 蓉子にこの話はあまりしていなかったのだ。真面目な蓉子ならば止めに入る可能性があったし、必要とあらば何が何でも阻止する力が彼女にはある。紅薔薇さまとしての発言なら部活や委員会の人たちも尻込みするだろうからと、聖と話してなるべく概要を知られないようにしていた。まあ、こそこそと動いていたことはバレていたようだが、確信が持てずそのまま時が過ぎ仕掛けが発動したのだけれど。

 

 「なにせ最上級生が動いちゃったから下級生は無碍にできないし、樹ちゃんも断らないだろうしね」

 

 「断れない、の間違いでしょう。聖」

 

 「そうだね。――そうなるけれど、このままよりはずっと良いはずでしょう?」

 

 「はあ。やらなければならないことが山積みね」

 

 深い溜息を吐いて遠い目をする蓉子。確かに樹ちゃんに用意すべき役職なんて真っ白の状態だし、こういうことを決めるのは蓉子が適任だろう。そもそもこういうことは丸投げする気でいたから、蓉子も私たちの行動を理解していて溜息なんてものを吐いたのだ。

 

 「ま、出来るだけ協力するから」

 

 「ええ、そうね。四人の薔薇さまというのも面白そうだし、樹ちゃんがその話を聞いてどんな顔をするのかも見物ね」

 

 「絶対嫌がるよね、ソレ」

 

 「ええ、だからそうするんじゃない」

 

 「――……貴女たち、いい加減にしなさいよ」

 

 「硬いわね、蓉子。楽しまなきゃ損よ」

 

 少し低くなった蓉子の声に笑いながら言葉を返すと、呆れた顔をして手を額に当てる。蓉子に迷惑を掛けてきたのはこれまでにも何度もあったし、これからも何度もあるのだろう。あははーと軽く笑う聖と呆れて何も言わない蓉子。性格も全く違うし考え方も同じではないけれど、この学園で過ごす時間だけは同じだから。

 鵜久森樹という一年生を山百合会へと迎えたことを後悔をしないように、これからもう少しだけ踏ん張らなければと、教室へと戻っていく生徒を見ながらこれからのことを考えるのだった。

 




 6262字

 オリ主には無役のまま薔薇の館に出入りをして欲しかったのですが、背後霊ちゃんの一件があるし、こうでもしないと収集がつきそうもないので役職を与えます。フランス語難しすぎてわからない……orz 何にしようかな……。最大の敵はフランス語だったっていう。あーようやく面倒な話が終わりそう。
 オリ主が気ままに薔薇の館に出入りすることを望んでいた方には申し訳なく。┏○))ペコ

 追記:作者ここまでノープラン。四薔薇化にするか薔薇さまよりも下位の役職を設けるかで悩んでます。どっちがいいですかね? アンケートを閉じるのは今回は早いと思います。次の話で決めないといけないのですし、黄薔薇革命の時間も迫ってるので。活動報告にも書いたので、言いたいことがあったのにぃ! という方はそちらにでも。

※2020/11/23 am9:42 〆ました。投票有難うございます。┏○))ペコ

オリ主の役職どうしましょ?

  • 四薔薇化
  • 薔薇さまより下位の役職
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。