マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第四十四話:先輩と後輩と託されたもの

 ――真っ白、絶句、言葉にならない。

 

 朝の全校集会が終わってからというもの、私の周囲は騒がしい。そりゃそうだ、私が山百合会の一員となるように仕向けられていたのだから。

 いつの間に、とも思うが恐らくどこかの段階で仕込んでいたのだろう。最上級生が動くのだから、署名活動も成功するだろうし逃げ場もないうえに全校生徒の前で優等生を演じた手前もある。無難に取り繕い過ぎたかもしれないが、あの場で山百合会の一員になんぞなりたくない、と言ってしまえばあの場に居た人たちの顰蹙を買い、この先の学園生活がお先真っ暗となってしまうし。

 

 「樹さん、大丈夫?」

 

 「アア、ウン、ダイジョウブダヨ」

 

 教室の自席で某特務機関のグラサン親父の様に机に両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持って口元を隠したままずっと座っているといいんちょに声を掛けられて。

 特に理由もない理不尽が私を襲ったが故に、ぞんざいな答えで返していたらいつの間にか午前の授業は全て終わり、昼休みに突入していたのだった。さて健康極まりない身体なので、こういうことがあってもお腹だけは減る訳である。

 外で食べるには今日は騒がしすぎるし、寒いので教室で食べるかと一度上げたお尻を椅子へと落として持参していた弁当を開いて二口三口と食べ進めていると、少し騒がしくなってくる教室内。何事かと咀嚼しながら顔を上げれば、そこには薙刀部部長と放送部部長の姿があり、手にはノートを携えていた。どうやら署名活動はもう始まっているようで、各教室を回っているようだった。

 

 「ごきげんよう、樹ちゃん」

 

 「ごきげんよう、先輩方。行動、早すぎやしませんか?」

 

 藤組内を粗方周り終わったようで、最後に私の下へとやって来た先輩二人はにっこりと笑顔を携えて。そして昼休みに教室に残っていたクラスメイトたちは殆どが先輩が持っていたノートに署名をしていたのだった。

 

 「あら、鉄は熱いうちに打て――だなんて言うでしょう。それにあまり時間を置くと貴女が逃げ出しそうだから、囲い込めるうちに囲い込んでおかないと」

 

 「例えば、どう逃げるんです?」

 

 逃げ道はあるといえばあるのだ。学園内での自身の評判を地に落とすのが一番手っ取り早い方法なのだけれど、それと共にいろいろと失うものが大きすぎるから出来ずにいるけれど。

 

 「それに答えると貴女はその方法を取るでしょうに。――だから教えてあげない」

 

 「なんだ、引っ掛かってくれませんでしたか。残念」

 

 何かいい方法でも口が滑ってくれればよかったのだが、流石に気付いたのか教えて貰えず。にっこりと笑っている二人に、私は苦笑を返すのだった。

 

 「そうね、残念。ああ、そうそう、少し貴女とお話ししたいことがあるのだけれど、放課後お時間あるかしら?」

 

 「あまり遅くならないのなら大丈夫ですよ」

 

 「ええ、そう時間は取らせないから放課後に部室棟まで来ていただいてもよろしくて?」

 

 「了解です」

 

 はて、何か先輩たちと話すようなことはあったかと記憶を探ってみるけれど、見つかる訳もなく。山百合会のお手伝いとして書類関係でお使いに出て親しくなったのだけれど、改まって話すようなことはないのだが。放課後になれば分かるかと、記憶を探ることも考えることも止めて去っていく先輩たちの背を見送りながら、途中で止まっていた箸をまた動かすのだった。

 

 ――なんだかんだで放課後。

 

 署名したよとか、薔薇さまになるのかしらとか、これでようやく山百合会の一員になるのね、なんて声を掛けられるようになり。騒がしさの質が少し変わりつつあるような気がする夕方。視線を受けながら部室棟へと赴くと、どうやら薙刀部の部長は外で待っていたらしく、私の姿を見つけると手を振っておいでおいでと手招きしていたので、足早に彼女の下へと向かう。

 

 「すみません、お待たせして」

 

 「いいのよ、気にしないで。貴女をここへと呼んだのは私たちなのだし」

 

 私たち、という言葉に何か引っかかるものを覚えて首を傾げると、その姿を見た部長さんが笑う。

 

 「というか、そうそうたるメンバーですねえ。一体なんなんですか、この状況」

 

 各部活動の長、ようするに三年生のお姉さま方が揃っており、にっこりと笑って私を取り囲んでいるのだ。とはいえ全員知っているし、それなりに仲は良いつもりなので過激派の子たちのようにはならないと確信しているので落ち着いていられるのだけれど。

 

 「その辺りは後で理由は理解できるわ。――それで、本題なのだけれど……今回はいろいろと樹ちゃんに背負わせてしまって、ごめんなさい」

 

 その言葉と同時、この場にいた全員が一斉に頭を下げる。とはいえ人目もあるから軽く、ではあったけれども。

 

 「へ」

 

 今日の一件はてっきり劇場型の愉快犯だと思い込んでいたし、まさか頭を下げられるとは思ってもいなかったので間抜けな声が口から漏れた。

 

 「樹ちゃん、紅薔薇さま……蓉子さんから山百合会の現状をどうにかしたいって聞いたことはないかしら?」

 

 「ああ確か、みんなから向けられている憧れの視線を軽くして薔薇の館に赴いて欲しい、でしたっけ」

 

 「そう、それね。でも蓉子さんって凄く真面目でしょう? 大きく動くことや何か変えることはできなかったみたいなのよ。そんな彼女の姿を見ていたし、知っていたけれど何もできなかったから」

 

 一瞬だけ目を細めて遠い何かを見ているような、困ったような……何かを後悔しているような雰囲気を醸し出していて。薙刀部の部長は蓉子さまとどうやら仲が良いらしい。かねてからの願いを知っていることもさることながら、こうして実際に動いて行動を起こしているのだから。

 

 「祐巳さん然り、樹ちゃん然り、今年の一年生には期待をせざるを得ないわね。だからこうして江利子さんと聖さんと私たちは共謀して貴女を山百合会の一員にと願うことが出来たんだもの」

 

 やはり手を組んでいたのかと納得しながら彼女の言葉を聞いていると、江利子さまと聖さまも目の前の先輩たちも蓉子さまの願いの為にと動いたようだ。江利子さまは私を手に入れる為に動いた理由の方が大きいかも知れないと、苦笑している薙刀部部長には笑うしかなかったし、江利子さまなら動いた理由はそうなのかもしれないと納得できる部分もあるのだから笑える。

 この学園で過ごしてきた長い時間の中、神聖視されている山百合会を普通の生徒会として見て欲しいと願ったのは蓉子さまだけではなく、彼女たち各部活動の部長陣も願っていたそう。薔薇さまとしての義務や責任もあるから、そうそうに培ってきた長年のイメージなんてものは崩せない。だから私のような変わり者を入れれば、変わるのではないかと考えたそうだ。薔薇の館で暗い雰囲気を醸し出して私以外の全員が集まっていた時は、何事なのかと思ったそうだが。元々考えていたこともあり、それをきっかけにして薔薇さま二人と部長陣と各委員会の長と結託し、今回の一件となったそうで。

 

 「薔薇さまなんて、いろいろと窮屈そうで大変でしょう。だから樹ちゃんみたいな子は貴重なのよ。それに紅薔薇のつぼみの妹にも期待しているの」

 

 祐巳さん独特の取っ付きやすそうな雰囲気は山百合会にとって貴重な存在になるだろうと。部長の代を次へと譲った先輩数名がそんなことを零していた。

 私がお手伝いとして去ったあとに、各部活を歩いて回るのはすごく大変だから手抜き方法を伝授しながら祐巳さんと挨拶回りに行っていたのが功を奏したのかは分からないけれど。ひとつひとつの部室を訪ねるのは手間だし、それならある程度時間を合わせて一斉に集合してもらう方が手っ取り早かっただけで、大したことは何一つしていないのだけれども。あんな手抜き方法を考えるのは私くらいなものだと言われ、微妙な心境になる。

 

 「本当は自分たちでやるべきなのでしょうけれど、それは無理だったから。何か変わろうとしているあの場所に起爆剤として貴女に居て欲しいのよ」

 

 起爆剤、とはまた物騒な。私はお手伝いをしていただけで、それ以外のことは何もしていないし、するつもりもない。山百合会の一員となってもそれはブレることはないだろうし、無茶を言う目の前の人たちに苦笑が漏れる。それを鋭く汲み取ったのか私の目の前の人たちは、貴女は居るだけでいいのよと奇麗に笑い。

 

 「私たち三年生には時間があまり残されていないから、少し早い『遺言』のようなものね。それに江利子さんと聖さんは蓉子さんに関わることだから、絶対に言わないでしょうしね」

 

 「?」

 

 「あの二人、蓉子さん本人に知られるのは嫌うでしょうから必然、樹ちゃんにもこの話はいかないでしょう。だからきちんと話しておきたかったのよ」

 

 とまあ、今回裏側で動いていた経緯を知り、自分の図太さがまさかこんなことになって回り回ってくるとは思わなかったけれども。蓉子さまの願いを以前に聞いていた手前、目の前の先輩たちの気持ちを無碍にすることなど出来る訳もなく。ふうと深く長い息を吐いて、肺に新たに空気を取り込みなおし。

 

 「私がどこまで先輩たちの気持ちを汲み取れたのかは分かりませんが、取り合えず努力はしてみます。というか厄介ごとを持ち込んだのは先輩たちなんですから、協力はお願いしますね」

 

 「そこまで重くとらえなくてもいいわ。ずっと抱えてきた問題だから直ぐに変わるだなんて思っていないし、貴女なら居てくれるだけで雰囲気を変えてくれそうだものね」

 

 だから適度によろしくね、と私の頭をぐしゃぐしゃにしてくれやがった目の前の先輩の無茶振りには苦笑いしか出ないまま。言いたいことは言い終えたのか、それぞれの部室へと向かって人数が少なくなっていく。

 

 「貴女がこの学園に来てくれて本当によかったわ。――それじゃあ、ごきげんよう」

 

 「ええ、ごきげんよう」

 

 いつもの挨拶を交わして、別れたのだった。

 

 ◇

 

 突然の出来事に驚かされた全校集会から数日。署名は当日に過半数が集まり、生徒会としての承認を経て職員会議へと持ち込まれたらしい。その結果は言わずもがな。生徒会の一員として名乗ることを許されるのだった。そこから起こる問題は称号をどうするか、である。

 

 「どうなるのかしらね、樹さんの称号は」

 

 「そうね。お姉さまたちもここ何日か考えているようだけれど……周りの方たちは薔薇さまにという声が多いそうだから、その辺りも考慮しないとって悩んでいるみたいなのだけれど」

 

 薔薇の館、いつもの部屋。由乃さんと志摩子さんに呼ばれ、ここまで来た私は楽しそうに語っている二人の声を聞いていたのだった。どうやら新しく入るメンバーには新しい役職名を与えられるようで。大仰なものは勘弁して欲しいと願うけれど、派手な役職名が現存しているが為に今更『書記』や『会計』『庶務』なんて役職名は使えないのがアダとなり、こういう問題が発生するのだった。

 

 「樹さんは何か希望はないの?」

 

 「ん、名前に関しては特に」

 

 ぶっちゃけ本心を言えば恥ずかしいので止めて欲しいのだけれど、無理なことは承知。なら他の部分で妥協案を出すしかない。その為に、取り合えず名称に関しては口を出さないつもりである。

 

 「…………名前に関して」

 

 志摩子さんが小さく私の言葉をオウム返ししていたので意図に気付いたのかもしれないと苦笑していると、扉が開いてトレードマークであるツインテールを揺らしながら祐巳さんがやって来た。

 

 「図鑑借りてきたよっ!」

 

 「祐巳さん、ありがとう」

 

 静かに微笑む由乃さんとえへへと笑う祐巳さんにそんな二人を眺めながら微笑んでいる志摩子さん。これ図鑑を借りようと言い出したのは由乃さんのような気がするのだけれど、気の所為だろうか。祐巳さんが由乃さんを気遣って、一っ走りしてきたと言われれば納得が出来るし。まあ今口にすることでもないかと、あーだこーだと言いながら楽しそうに薔薇の図鑑を眺めている三人を目を細めながら眺める私だったのだ。

 

 「さあ、会議を始めましょうか」

 

 部屋で待つこと少し、ようやく来た三年生たちの一声で会議が始まるのだけれど、今日の内容を全く知らない私。江利子さまがこちらに視線を向けているので、私に関係があることなのかもしれないと理由付けが出来るくらいには、彼女たちのことを知っているつもりである。

 

 「まだ発表はされていないけれど、樹ちゃんが正式に山百合会の一員となるわ。それで先生方から新しい称号について考えて欲しいとお願いされたの」

 

 やはり決まったかと蓉子さまの言葉を聞きながら頭の片隅で考える。何気に短い時間でよくここまで詰められたものだと感心するし、生徒の署名で動く教諭陣も教諭陣である。

 

 「私たちは薔薇さまの称号が良いと思うのだけれど、みんなはどう思うかしら?」

 

 江利子さまが言い終えた後、周囲を見渡すと私に薔薇さまの称号を与えることに不満を覚える人は居ないらしく、反対意見はなかった。

 

 「それじゃあ、何か良い呼称がある人~」

 

 聖さまの軽い声に一番最初に反応したのは、由乃さんで。手を軽く上げてあてられるのを待っており、それを見た聖さまが『はい、由乃ちゃん』とこれまた軽い声で指名する。

 

 「青薔薇さまはどうでしょう? まだ呼び方は決められませんがブルーローズの花言葉は不可能、存在しないものですが、最近ようやく開発が進んできているようですし、つけられる予定の名前の意味が素敵なんです」

 

 由乃さん曰く、世界ではじめての青い薔薇の最有力はSU〇TORY blue rose Applause (サ〇トリー ブルー ローズ アプローズ)と名付けられる予定だそうで、アプローズの意味は、『拍手喝采』『称賛』。

 花言葉は『夢叶う』だそうだ。他にも開発中の青い薔薇の花はいくつかあるようで、幻の花を生み出そうと日々研鑽していると。言い終えると静かに由乃さんがこちらを向く。その笑顔の質は江利子さまの笑顔に似ている気がするのだけれど、きっと気のせいだと頭を振ると『はいっ!』と元気な声が聞こえてくる。

 

 「はい、祐巳ちゃん」

 

 「あ、えっと。本当にあるものではありませんし造語になってしまいますが『四番目の薔薇さま(ロサ・キャトル)』はどうでしょうか。三人の薔薇さまを支える、という意味合いで」

 

 へえ、と祐巳さんの言葉に感心したような声がいくつか漏れ、えへへと照れている祐巳さん。照れくさそうにこちらに向いて笑いかけてくれるのだけれど、果たして私に似合うのかどうかは謎である。そんなこんなで、いくつかの意見や声を拾い雑用を捌いて今日は解散となる。

 暫くはこの話題で持ち切りになりそうだなあと苦笑いをしながら、署名活動の成功の秘訣は三人の薔薇さまたちが生徒みんなに私の良さを、ここ最近吹聴して回っていたと聞き。更には生徒指導室へと呼び出しを喰らい、集まった生徒たちにあらかたのいきさつを話しこの先に起こる展開も伝え私には黙っているようにと緘口令を敷いており、事実を把握するのに時間が掛かった原因はコレかとゲンナリしたりと忙しい日々を送るのだった。

 




 6013字
 
 頂いた感想と意見から文章化しましたが問題があればご一報を。ロサ・カニーナの件だけはこの先の展開もあるので許して下さいまし。あと企業名は不味いと考え念の為に伏字にしておきました。ご了承をば。

 アンケートは接戦でした。ちょっと両方を両立させて採用することに……。次の話で上手く書ききれるといいのだけれども。
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