マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第四十六話:黄薔薇革命とヒロインたち

 もう少し早い時間に顔を上げれば、明けの明星がたったひとつだけ薄暗い空に浮かんでいるのだけれど、太陽の光が差し掛かり始める手前の時間だと、もう消えてしまっている。吐く息が白い、そんな朝。

 今日から由乃さんが手術の為の検査入院で学園に来ない。由乃さんのことだから『令ちゃんと姉妹(スール)を解消する』と言った手前、必ずやり遂げていることだろう。弱い自分を克服したいと願い、お互いにもたれ掛っていた状況を解消しなげればと決意した由乃さんの意思は尊重したい。令さまも彼女の意図を知ればきっと納得することだろうし。

 バスの窓から覗く流れる街を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えて小さく溜息を吐く。学園を休みがちな由乃さんが居ないことはよくあるけれど、事前に休んでいることを知っているとどうにも落ち着かない。手術が成功するかどうかも心配だし、気掛かりである。リリアン女学園前と銘打たれた停留所を降りて、正門を抜け銀杏並木を歩いて抜けるとマリア像が見えてくる。

 

 ――どうか無事に手術が成功しますように。

 

 柄にもなく信じていないマリア像に手を合わせもせずそんな願いを込めながら教室を目指すと、今日はいつもよりざわついており落ち着きがない。何かあったのだろうかと考えてはみたものの思いつかないし、取り合えず授業の準備を始めなければと己の席へと座ると、クラスメイトが忙しない声で最新のリリアンかわら版を手渡してくれた。

 

 『黄薔薇革命』

 

 見出しに大きく踊る文字が目に付く。もちろん印刷の色も黄色に使われていた写真は由乃さんと令さまのツーショット写真で。目線を移せば見出しに踊る文字の意味をようやく理解できたのだった。

 

 「樹さんは知っていらして?」

 

 「ううん、今初めて知ったけど」

 

 事前に知っていたので嘘を吐くことになるけれど、私の周りに居る人たちがソレを知れば騒ぎ立ててしまうだろう。由乃さんが大袈裟にしたくないと言っていたのだし、ここは黙っておくしかない。少しの罪悪感が湧きつつも、首を何度かふって否定する。

 

 「由乃さんって優しい方よね。黄薔薇のつぼみを慮って姉妹関係を解消するだなんて……素敵」

 

 祐巳さんの言葉を借りると由乃さんの初期イメージは、家ではフリルのついたエプロンを付けてクッキーを焼いたり編み物をしていたりと、女の子そのままという感じだったらしい。実際、付き合いが深くなればその印象はガラリと変わる。体が弱い所為で無理は出来ないものの随分とこざっぱりとした性格をしているし、無茶を言ったり鋭い突っ込みが入ったりと話していると楽しい子である。

 表面上しか知らないと今回の由乃さんの行動は、今私の目の前に立つクラスメイトのような感想を持ってしまうのだろう。かわら版を流し読みしながらクラスメイトの言葉を聞きつつ、由乃さんの気持ちや決意を知っている身としては、『素敵』だなんて感想を抱いている周囲の反応には歯がゆい思いが湧いてしまう。リリアンかわら版と由乃さんと令さまに対する勘違いが、時間が経つにつれて影響を与えてしまうのは必然……だったのだろうか。

 

 翌朝。

 

 「なに、この状況」

 

 一年藤組の教室へと足を踏み入れると辛気臭い空気が流れていて、思わずぼそりと声が漏れてしまった。とはいえこれは私個人の感想で、周りは悲しみに暮れているように見える。

 集まっている一部のクラスメイトたちの中心には机に座り両手で顔を覆い、泣いている子。その子を取り囲む人たちも何やら泣いている子に励ましの声を必死に掛けている模様。それ以外のクラスメイトはその光景を遠目から眺めている。その中の一人であったいいんちょに私は近寄り小声で声を掛けた。

 

 「いいんちょ、なに、この状況?」

 

 さきほど一人ぼやいた言葉を窓際に居たいいんちょにそのまま言い放つと、困ったような顔をして私を見る彼女の口が開く。

 

 「ごきげんよう、樹さん。――おそらくですが、由乃さんの真似事ですね」

 

 「真似事って……どうしてまた……」

 

 「かわら版に触発されて自分たちの姉妹関係に疑問を持った一年生が、彼女のような行動を起こした方が数人居るそうです」

 

 いいんちょの視線を追うと友人たちに囲まれて泣いている子へと向けられていて。ふうと長い息を吐きながら、後ろ手で頭をがりがりと掻きながら壁にもたれ掛る私。

 

 「なるほど。……そうする意味が理解できないけれどね。――ま、独り身の私には一生理解は出来るはずがないか」

 

 ぼそりと零した言葉がどうやらいいんちょには聞こえたようで、苦笑いをしている。由乃さんが今回の行動に至った理由を知っているし、幼い頃からずっと過ごしてきたお互いの信頼があるからこその行動だというのに。上辺だけを見て判断して、悲しみに浸っている姿はどうにも滑稽に見えて仕方がない。影響されるのは自由だし勝手だけれど、姉妹を解消された上級生たちの気持ちを考えると軽率過ぎる。

 

 「どうするんですか、青薔薇さま(ロサ・ノヴァーリス)

 

 慣れないからその呼称を使わないで欲しいと伝えていたのだけれど、普段私が『いいんちょ』と呼んでいる所為もあるのだろう、少し皮肉が入ったような声色でいいんちょが生徒会の役職で呼ぶ。

 

 「どうもこうも、何もしない……いや、むしろ出来ないかな。人の気持ちに行動制限なんてするもんじゃないしね」

 

 影響された人を説得するのは難しいだろうし、そもそも止める理由もないのだし。とはいえ姉妹を解消する生徒が増えると、その責任が由乃さんと令さまに行きかねない。一番の原因は美談として書き上げた新聞部だろうけれども。

 ただの一生徒ならば許される行動が生徒会員として役職を持っているが故に、生徒の模範となるような行動をとらなければならないのがアダとなってしまっている。由乃さんの決意も知らない学園側からすれば、騒ぎの元凶となってしまった二人に『お咎めなし』とはならないだろう。

 

 「え?」

 

 「ありがと、いいんちょ」

 

 固まっているいいんちょの下を片手を上げて去り自席へと戻る。さて、どうしたものかと考えるがどうしようもないし、影響されて動いたのならばその責任は自身で取るべきである。なら私は動く必要もない、というよりもいいんちょに言ったように人の気持ちや考えに行動制限なんてかけるものではない。しかし悲劇のヒロインを演じられる一年生は悦に浸れるだろうけれど、姉妹を破棄されてしまった上級生は一体どうなっているのだろう。

 令さまは由乃さんのことで頭も心もいっぱいいっぱいだろうし、祥子さまがこの状況を認めるはずもない。話を聞くならばあの人が適任だろうと、ある人物を思い浮かべる。彼女に会うには昼休みが一番都合が良いだろうと、ある場所へと足を向けた。

 

 「ごきげんよう」

 

 「ごきげんよう、青薔薇さま」

 

 私の声に返事を返しながら奇麗な微笑みを浮かべカウンターに座す図書委員である彼女、静さまの下へと向かったのは、ご飯もきっちりと食べ終えた昼休み。少しザワついている図書室は、雑談を交わすには丁度良い。

 

 「その呼び方は止してください。私には不相応ですよ」

 

 「あら、どうして。とても似合っているし、素敵じゃない」

 

 「私的には庶務とか雑用係で良かったんですけれどね。学園側やみんなの意思で便宜上付けられたものですし」

 

 「そうだったのね。――でも、貴女が行動を起こして得たものだもの。誇っても良いのではなくて?」

 

 「私が動いたというよりも、周りの人たちが動いてくれたという方が正解でしょうね。――というか静さま、三年生の部長陣やらが動いてたの知ってましたよね?」

 

 以前にその素振りを見せた時があったから、三年生たちが陰で動いていたことを知っていたハズである。口止めされていて言えなかったのかもしれないが、今なら突っ込んでも許されるだろう。

 

 「ええ、もちろん。仮にあの状況に貴女が耐えられないとしたら、ウチの部長には苦言くらいは呈していたかもしれないわ」

 

 ストレートに図太いと言われているような気もしなくもないけれど、今更のことだし状況は変えられない。兎にも角にも今は二年生の状況である。

 

 「いやいや、止めましょうよ、ソコは。――ところで話は変わりますが、かわら版は読みました?」

 

 「ええ。クラスメイトに姉妹を解消された人が居たからそれで知ったのだけれど、どうかして?」

 

 静さまは私の言葉を聞いて目を伏せ表情に陰りがでるけれど、一瞬だった。直ぐに元に戻り声色も変わらず、何もないように装ったような気もする。

 

 「いや、今回の黄薔薇革命に影響された一年生と姉妹を結んでいた上級生たちってどうなっているのか気になりまして」

 

 令さまと祥子さまには聞くに聞けないし丁度いい人が静さまだったことを伝えると、目を丸くして驚き直ぐに小さく笑みを零すと、今回のことについて語ってくれたのだった。どうやら令さまはショックの余り昨日は欠席したようで、学園には登校していなかったと。そして今日は幽鬼のように学園内を徘徊して、そこらに居た生徒を捕まえて事細かに姉妹を解消した状況を語っているそうだ。あれ、新聞部も悪いけれど令さまも事態に拍車を掛けているようで、頭を抱えてしまう私。

 

 「大丈夫かなあ……」

 

 「あまり平気とは言えないでしょうね」

 

 姉妹を一方的に解消された上級生は『何故』と頭を悩ませているし、周囲の人たちもどう対処していいのか悩ましい状況だそうだ。それに加えてまだ姉妹を解消した人たちは少ないけれど、時間が経つにつれ増える可能性もあること。姉妹解消をした人たちが増える程、由乃さんの行動が問題視されることに、眩暈を覚える。不味い状況だし、これ以上増えるのも困りものである。

 

 「静さま、ありがとうございました」

 

 「いえ、構わないのだけれど、貴女どうするつもりなの、この状況」

 

 「どうもしませんよ。今回は傍観者に徹します」

 

 根回しは済ませておくつもりではあるが。上級生の状況を説明してもらったことには感謝を述べて、静さまの下を去り廊下を歩いていると、きょろきょろと周囲を見渡しながら歩く祐巳さんの姿が見えた。

 

 「祐巳さん」

 

 「あ、樹さん」

 

 「どうしたの、随分と周りを気にしてるけれど」

 

 「えっと、令さまを探してて」

 

 「令さま? また何で?」

 

 どうやら令さまは未だにふらふらとしながら適当な人を捕まえて陥った事態の状況を拡散しているようだった。こりゃ重症だなと苦笑が漏れるが、幼い頃からずっと一緒だった由乃さんが自立しようと望んでいるのだから、令さまにも踏ん張って欲しいのだが。祐巳さんは令さまが心配で探しているのだけれど、未だ見つからず。取り合えず、周りには気を付けてと伝えると祐巳さんと別れる。

 

 「い、樹さんっ! どこに?」

 

 「んー、良い所?」

 

 といっても職員室だけれど。由乃さんが入院していることを松組の担任は知っているだろうけれど、その真意までは知らないだろうから遠回しにでも伝えておかないと。

 

 「一緒に令さま探してよー!」

 

 「ごめん、昼休みに捕まらなきゃ、放課後は手伝うよ。そんじゃあ、ごきげんよう」

 

 『樹さん、酷いよぅー!』と廊下で零す祐巳さんの声を無視して職員室を目指して出入り口までたどり着く。こういうことがある時は顔が知られているのは便利だし、勝手知ったる職員室となっているので『失礼します』と声を上げて入ると注目もされないのである。やれやれ、この数か月で出入りをし過ぎたかと苦笑を零しながら、一年生の担任が集まっている机のエリアまで進むと松組の担任が何か作業をしながら、こちらへと顔を向けにっこりと笑ってくれた。

 

 「先生、ごきげんよう」

 

 「ごきげんよう、鵜久森さん。ああ、それとも青薔薇さまと呼んだ方が良いのかしら?」

 

 「勘弁してくださいよ。普通で構いません」

 

 「あら、そう。一年生で薔薇さまだなんて快挙なのに」

 

 「私の力じゃありませんよ。――ところで松組の由乃さんが休んでますよね」

 

 「ええ、そうね」

 

 私の言葉に笑っていた顔が真顔になる。察しが良いのか、これから話すことに大体の見当がついているのだろう。それなら話が早いと、今回学園内で起こっている事態と由乃さんが今回手術に踏み切った理由を伝える。大袈裟にしたくないと言っていた由乃さんには申し訳ないけれど、騒動が収まった際に大人側が理由を知っているか知っていないかで処分が変わる可能性がある。

 こんなことになるだなんて由乃さんも想像していなかっただろうし、担任には『手術を受けるので休みます』程度にしか伝えていないハズ。知っていたならば骨折り損のくたびれ儲けとなってしまうけれど、何もしないよりはいいだろう。

 

 「そんな事情もあったのね……。鵜久森さんの言いたいことは分かったけれど、大したことは出来ないかもしれないわよ」

 

 「構いません。先生方に由乃さんの行動の理由を知っていて欲しかっただけですし、収拾がつかなくなった時の為の保険ですしね」

 

 「あら、鵜久森さんったら、私を利用したの?」

 

 「ええ」

 

 「全く、大したものね」

 

 「褒められてはいませんよね、ソレ」

 

 憎まれ口をお互いに叩いているけれど、流石に由乃さんの真意を知れば自分が受け持つクラスの生徒は守ってくれるだろう。あまり長居をするのは仕事の邪魔になるだろうと、言いたい事だけ伝えて松組の担任に別れを告げて職員室を出る。さてあとは令さまの姉である江利子さまがどうにかするだろうと、アタリを付けながら昼からの授業を受ける為に教室へと戻るのだった。

 

 

 




 5392字

 モチベが下がっているのもさることながら、原神が面白くてこっちがおざなりになってます。真に申し訳ありません┏○))ペコ 週一更新は死守したい所です(汗

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