私が青薔薇としていいんちょたちを無理矢理に薔薇の館へと引き込んで手伝って貰ったことが、いろいろと波及して私の下に『お手伝い』アピールをする一年生が増えたことに困惑すること数日。そんな子たちを適当に『機会があれば、いずれ』と躱しながら、何処でお弁当を食べようかと学園内をウロウロと彷徨っていた時だった。たまたま通りかかった剣道場。そこには制服姿で竹刀を素振りしている令さまの姿が。
――うわっ……大丈夫かなあ。
必死の形相で竹刀を振っているものの、そこから伝わる雰囲気はがむしゃらに振り下ろしているだけのように見える。剣道について詳しくはないが、身が入っていないという表現が一番手っ取り早いだろうか。
どうしたものか、と考えながら暫く覗き見を続けていると視界の端に祐巳さんの姿が見え、何かを考えている雰囲気を醸しながら一つ頷いて令さまに声を掛けていた。あまり出歯亀をするのはよろしくないだろうと、視線を外して剣道場を去る。祐巳さんの性格を考えるに、見かねて令さまに声を掛けたに違いない。由乃さんの気持ちを十分理解している祐巳さんだし、令さまと由乃さんの関係を一番心配しているのも彼女だから任せてしまっても大丈夫だ。
黄薔薇革命の余韻も収まらぬ学園内と、江利子さまが熱で休んでいる真っ最中に、由乃さんの手術と令さまの試合当日の土曜日がやってきたのだった。
由乃さんが来られない代わりに令さまの試合をみんなで観戦しようと、黄薔薇ファミリー以外の山百合会メンバーが薔薇の館に集まっている。江利子さまは熱を出し学園をしばらく休んでいるので来られない。ある意味、お家騒動中だというのに間が悪いというか、なんというか。
あの人ならば由乃さんと令さまの関係を理解した上で、プラスにもマイナスにもなりそうなことを仕出かしそうだけれど。ま、居ない人に期待しても仕方がないし、体調不良というのならばきっちり治して、早く学園に復帰して欲しいのだ。いつも居るはずの人が居ないというのは、少し物寂しさを感じるのだし。
紅と白の姉妹同士で雑談に興じている中、私はひとり窓際で外を眺めながら、期末試験が近いなあと憂鬱な気分に陥るのだった。
「さて、そろそろ時間だし行きましょうか」
腕時計を覗き見た蓉子さまが第一声を放つと、雑談に興じていたメンバーがこくりと頷いて席を立つ。
「あ、すみません。野暮用で一度家に戻りたいので途中で別れますね」
ひとり先に家に帰ってそれから試合会場へと足を向けることも出来たのだけれど、家族に事情を話した折に車で会場まで運んで貰える約束を交わしていた。それならば、そうそうみんなに遅れることはないし、下手をすればバスよりも早く会場に着くことも可能になるだろうと、薔薇の館でのんびりとしていたのだった。
「あら、大丈夫なの?」
「大したことではないので平気です。荷物を取りに行きたいだけですし、後からみんなに合流するので」
「わかったわ」
少し首を傾げつつも理由は問われず、ぞろぞろと揃って歩き出し私は最後尾を行く。
「あ、そうだ樹ちゃん。お昼ご飯はどうする?」
階段を降りる途中、振り返る聖さまに声を掛けられた。おそらくみんなはお弁当を持参しているか、どこかで購入するのだろう。会場が大きいと、移動販売で出店していることもある。寄り道禁止の校則があるけれど、こういう事情がある場合学園側は目を瞑ってくれる。
「家で済ませてから行きます」
「そっか、了解」
にっと笑って聖さまは前を向く。一同階段を降り薔薇の館を出て、校門を目指す。学園内で憧れの山百合会メンバーが校門を目指して歩く、という光景はそうそうないらしく周囲からの視線を感じる。時折『ごきげんよう、みなさま』と声を掛けられて、こちらも返事を返すのだけれど、蓉子さまと聖さま、祥子さま辺りの反応が面白い。三年生と思われる人たちは落ち着いているし、おそらく二年生であろう人たちも落ち着いている。そして一年生は通り過ぎたあとに、一緒に歩いていた学友ときゃっきゃと騒いでいるのだ。
もし私が最上級生となったとき青薔薇の称号を維持していれば、こうなってしまうのだろうか。こういう注目を浴びるのは面倒だなあと遠い目になりながらバスへと乗り込み、家近くのバス停で下車して足早に家を目指す。
「ただいま」
「おかえりなさい、樹ちゃん。用意は出来てるから手を洗ってからお昼ご飯にしましょうね」
玄関へと足を踏み入れ、いつものように声を上げると母がリビングの扉を開けてひょっこりと顔を出し、笑顔で迎え入れてくれる。玄関の隅には父にお願いして用意してもらった四角く黒い鞄が。
無条件で貸してくれたことに感謝をしながら、昨晩いろいろとレクチャーを受けたのだけれども、ちゃんと出来るかどうか少々心配である。その黒い鞄を横目に洗面所で手を洗いリビングへと入ると、母の言葉通りすでに昼ご飯の用意は済んでおり。手伝うことはないかと、椅子に座り手を合わせて母が作ってくれた料理を口へと運ぶ。やはり自分で作ったモノよりも、誰かが作ってくれたものの方が美味しい。母と軽く雑談をしていると玄関から『ただいま』と声がして暫く。
「おかえり、兄さん」
「おかえりなさい」
「ただいま。――樹は制服のまま行くのか?」
「うん。一緒に観戦する人が制服だから、私服だと逆に目立つだろうし」
仕事を抜け出してきた兄が苦笑いしスーツのネクタイを緩めながら椅子へと座り、手を合わせてご飯をかき込み始める。有難いことに、一度家に戻ることを伝えると『会場まで車で送る』と兄が申し出てくれたのだった。仕事を中断させて悪いないと思いつつも、リリアンの制服だと目立つし注目を浴びるからこれ幸いにとばかりにお願いしたのだ。
早々に食事を終えた兄と一緒に荷物を抱えて家を出て車に乗り込み、流れる街並みを眺めていれば、会場へと辿り着く。礼を兄に伝えると、あまり遅くなるようなら迎えに行くから連絡をと伝えられ別れたのだった。
◇
試合会場となる武道館では、応援に来ている学生たちや保護者の姿が行き交っている。私も主道場を目指しエントランスホールへと入り歩を進めながら、別れたみんながどこかにいないかときょろきょろと視線を動かしていた。
「あれ?」
ふと見知った姿が視界に映り、声を上げると相手も私に気付いた様で。
「ん? 鵜久森じゃん。夏休み以来だな」
「うん、久しぶり。あれ、また背伸びてる?」
にぃと笑い、おそらく部活仲間であろう人たちの輪の中から抜けずけずけと近づく道着を着込んだ少年は、中学時代の友人の一人だった。
どうやら成長期のようで、以前に会った夏休みの時よりも視線の位置が高くなっているし、幾分か声が低くなっている気も。短い髪に濃い顔立ちに目つきが悪いので、初対面だと尻込みするかもしれないが、気のいい奴である。
「ああ、まだ伸びてるな。感が狂うから、そろそろ止まって欲しい。つか、鵜久森は変わんねーな。髪が少し伸びたくらいか」
私の成長はもう止まっているので、変わった所は彼が言った通り髪が伸びたくらいである。少し羨ましいと苦笑しながら目の前の友人と対面したのだった。
「だね。――話は変わるんだけれど、リリアンって剣道強いんだっけ?」
道着を着込んでいることから分かるが、彼も今日の試合に出場するのだ。剣道の特待生としてとスポーツに力を入れている私立校へと進んだのだから、都内の剣道事情には詳しい。
「お前……自分が通ってる学校だろうに。しかも応援に来たんだろーが。なんで知らねえんだよ……」
大袈裟に溜息を吐き呆れながらも彼は都内の女子剣道部事情をつらつらと語ってくれる。状況が状況だったので山百合会のメンツに聞くのも憚られたし、興味がさっぱりと向かなかったという事もある。
「へえ。そんなカンジなんだねえ」
「興味ないことにはとことん関心がないつーのに、その荷物……相変わらず誰かの面倒をみるのに駆け回ってるのか」
呆れ顔で私が下げる荷物を見る目の前の少年は、また大袈裟に溜息を吐くのだった。おそらく荷物の中身に当たりをつけたのだろう。中学生の頃、クラスメイトや同級生たちのいろいろな思春期特有の悩み相談を受けたり、男女の仲を取り持ったりと、なんやかんやで世話をして回っていた。
「そんなつもりはないんだけれどね」
「鵜久森はそう思っても、周りはお前に頼るからなあ。――損、すんなよ?」
損をするなと言われても、損をしているつもりなんてないのだけれど。前世なんてものがある所為なのか、面倒事に巻き込まれたりしているけれど。ただ見ていられないというのもあるのだ。小さなことや言葉足らずですれ違って、それで終わりだなんて時もあるのだ。どうにかできる状況ならば、どうにかしたいと思ってしまうのだから。
肩をすくめてその言葉を誤魔化した私を見て後ろ手で頭をガリガリと掻きながら彼は正面を捉えると、私との視線を躱して目を見開く。
「うお」
「ん?」
微かに聞こえた『すっげー美人』と漏れた声に反応して後ろを振り向くと、見知った二人の姿が。こちらを興味深げに眺めていた友人の部活仲間が、ざわつき始めたのだった。
「こんな所に居たのね」
「探したよー」
私が振り向いたことによって、蓉子さまが微笑み聖さまが無邪気な笑顔を浮かべてひらひらと手を振りながら歩いてくる。
そういえば会場で合流すると伝えただけで、待ち合わせ時間や場所を決めていなかったと記憶を掘り返す。どうやらそのことで二人はわざわざ私を探していたようだ。申し訳ないことをしたなと思い小さく頭を下げると、いつもの様に聖さまが私の肩に腕を廻し体重を掛けてくるのかと思いきや、くいっと自分の体の方へ私を引き寄せ、何故か蓉子さまが一歩前に出る。
「こちらの方は?」
視線だけを寄こして私に問う蓉子さま。何かを警戒しているような、いつもよりも固い声色だった。
「中学の時の友人です」
「ども」
私が敬語で喋っていることに何かを感じたのか、友人が頭を軽く下げた。お嬢さま独特の雰囲気に気圧されたのかどうかはわからないけれど、友人はいつもの鳴りを潜めさせて。
「そうだったの。もしかしてお邪魔だったかしら?」
私の言葉を聞いた二人は警戒を解いた。目の前の友人は、二人のあまりの美人具合に耳まで真っ赤にしている。思春期真っただ中の男の子だから、この反応は仕方ない。あからさまに鼻の下を伸ばさないだけマシだろう。ギャラリーに徹している彼の部活仲間はあから様に鼻の下を伸ばしているのだから。
「いえ、平気です。そろそろ試合が始まるでしょうし、あまりゆっくりしていられないですしね」
「ああ、そうだな。――俺も試合があるので、これで」
「ごめんなさいね、せっかくの再会だったのに。試合、頑張ってね」
「有難うございます」
それでは失礼します、と深く頭を下げた友人は部活仲間と共に控室の方へと歩いていく。
「後で応援に行くから、ちゃんと残っててよ」
女子よりも男子の方が競技人口は多いから、おそらく良い所まで進むであろう彼の試合を眺めようと、背を向けた友人に聞こえるようにと声を掛ければ『おう』とこちらを振り返りもせず握りこぶしを肩の上あたりまで上げ、返事をくれたのだった。
本当は冬休みのことも伝えたかったが、学園祭に呼んだ子から十中八九の確率で電話で連絡がくるだろう。肩に回された聖さまの腕は外れることはないまま、三人でメインホールへと歩を進め始める。
「仲いいんだね、樹ちゃんと」
「どうなんでしょう、仲いいんですかねえ?」
先程の彼との仲は普通の筈だ。他にも時折一緒に遊ぶ男子は居るのだし、その人たちも彼と同様に接してるのだけれども、女子だけの学園に長く通う彼女たちはそう見えてしまうらしい。私を不思議そうに見ている聖さまと、苦笑を浮かべている蓉子さまの間に挟まれ歩いていると、リリアンの制服が物珍しいのか会場に訪れている人たちの視線が刺さる。
「ほら、リリアンって女の子だけでしょ。だから男子と喋る機会なんて滅多にないから、距離感とか測りかねるって言えばいいのかな」
「そうね。花寺との交流で生徒会の人たちと話をすることはあるけれど、ああして会話を交わすことなんて滅多にないもの」
聖さまは幼稚舎からリリアンに在学しているそうだから、男子と喋る機会は余りないのだろう。蓉子さまは中等部からの編入なのだから、小学生の時にでも仲の良い男子とかいそうだけれど、どうなのだろうか。彼女の性格上、今と同様に小学生の時もクラスのまとめ役になって、いろいろとクラスメイトに掛け合っていそうなものだけれど、仲の良い男子は居なかったのかも知れない。
「リリアンは女子生徒だけですからねえ。共学にでもなれば変わるでしょうけど……人気校だからまだ先のことでしょうし」
「……リリアンが共学ねえ」
「あまり想像が出来ないわねえ……」
確かに女の園のイメージが強いから想像はし辛い。私の言葉に反応した二人は、微妙な顔をしていた。けれどこの先は少子高齢化社会と呼ばれ子供の数は確実に減るのだから、共学化も視野に入れていそうだけれど、リリアンの場合は花寺学院の存在があるから難しいかも。
それでも外の大学や社会人になれば、関わることになるから早いか遅いかだけの違いなのだし、顔面凶器みたいなイケメンの柏木さんと対等に会話を交わすことの出来る二人だから心配は必要ない気もするが。
「ところで樹ちゃん、目腫れてない?」
「ああ、よく分かりましたね」
ぐっと顔を寄せて聖さまが見つめる。彼女が言った通り、私の左目はものもらいによって少し腫れていて赤くなっている。目を細めたりすると少し違和感が走るくらいなのだけれど、痛いものは痛い。
その言葉を聞いた蓉子さままで私の顔をまじまじと見つめ覗き込むものだから、周囲の視線が刺さる。今日の試合は交流試合とはいえリリアンの生徒も多いから、目立つ二人にこんなことをされると注目を浴びてしまうのだ。
「あら本当。よく分かったわね、聖」
「ふふーん。よく見てるでしょ」
ドヤ顔を披露しながら蓉子さまに言葉を返す聖さま。その姿に呆れた顔をしながらも私に『酷くならないうちに病院に行きなさいね』と言い残す蓉子さま。そうこうしながら歩いていれば、直ぐにメインホールへと辿り着く。聖さまの疑問を煙に巻くと、一瞬だけきょとんとした顔をして直ぐに会場の客席をきょろきょろと見まわしていた。蓉子さまも同様にしているので、きっと山百合会のみんなを探しているのだろう。応援に来ている人たちが沢山いるから、今ここに居ないメンバーは席を確保してもらっていたのかも知れないと、二人に倣い私も客席を見回すと会場の片隅に蔦子さんと、新聞部部長の築山三奈子さまとその妹である山口真美さんの姿もあった。リリアンかわら版に載せるネタ探しも大変だなあと感心しながら、なるべく他の人に邪魔にならないようにしなければと、抱えた荷物を撫でながら見つけたみんなの下へと急ぐと、席に座っていた祐巳さんに『その鞄は?』と不思議そうに問われるのだった。
「ビデオカメラだよ」
そう答えていそいそと中身を取り出し、撮影の準備を始める。父から借りたこのビデオカメラの性能は最高級なので、素人でもそれなりのものが撮れる……はず。
「もしかして、由乃さんの為に?」
本当は由乃さんの手術の方にも顔をだそうと、祐巳さんと志摩子さんと私で相談していたのだけれど、由乃さんに『令ちゃんの試合を見届けて欲しい』と願われたので、最後まで観戦することになったのだ。
今頃、由乃さんは手術室へと入り麻酔をかけている頃だろうか。
「うん、そんなトコ」
手術で試合を見られない由乃さんが元気になり、今日の試合を見たいと言えば一緒に鑑賞しようと考えてのことだ。令さまの御両親が応援に来ていれば、もしかすれば無駄に終わるかもしれないが、その時はその時なのだしと割り切れば良いだけ。とはいえ今日の試合の結果次第なのだから、令さまには奮起してもらわねば。
「そっか」
にっこりと笑った祐巳さんと私のやり取りを見ていたみんなの視線を感じながら、ビデオカメラをセットしていれば交流戦の一回戦が始まった。アリーナに八面設置された剣道場には各校の選手たちが所狭しと、自分たちの出番を緊張した面持ちで待っている。
まだ一回戦だからか、手に汗握る展開なんてものはなく、実力のある部とない部の差が顕著に表れていて。剣道を習った訳ではないので詳しくはないが、空手なんてものを齧っていた為なのか試合の流れを目はそれなりに追えていたから、勝敗が決まる場面がなんとなく分かってしまう。
回が進むにつれて客席もアリーナで観戦している部活の人たちも熱を増し。
負けてしまったチームの子たちは、泣いている人の肩を支えて更衣室へと戻り、勝った子たちは喜びに包まれ次の試合の為の準備をしている……なんて姿をチラホラ見るようになる。先程会った友人の言葉通り『リリアン剣道部は都内で強い方』と聞いた通り危なげなく勝ち進み決勝へと近づくにつれ黒星がつくようになってきたが、準決勝もきっちりと勝ったのだから実際に強いのだろう。
「それより祐巳。お姉さまとお呼びなさいと何度言えばわかるの?」
大将戦で勝敗が決まった直後だった。祐巳さんがいつものように『祥子さま』と呼ぶと、名を呼ばれた本人が若干拗ねたような雰囲気を見せながら祐巳さんを咎め、その横にいた蓉子さまが微笑ましい顔で二人を眺めてる。祐巳さんが祥子さまの妹の座に納まってからの祥子さまはいろんな表情を見せてくれるようになったと感じてる。少しの変化なのかもしれないが、祐巳さんを切っ掛けに大きな変化が祥子さまに起こるような気がするのだ。勿論、良い意味で。
「す、すみません。――これで決勝戦ですよねっ!?」
決勝の対戦相手である太仲女子も強いと聞いているので、実力差がどこまであるのか。
「強いわよ。決勝戦の相手――敵の太仲女子の大将は三段の実力者」
「令さまは?」
「二段よ」
「それってどっちが強いんですか?」
祐巳さんの言葉に微笑ましい笑みを浮かべたり、苦笑いをしたりと反応は人それぞれで。
「……貴女本当にモノを知らないのね」
祥子さまが深々と溜息を吐くが、興味がなければ段位なんて知らないだろう。自衛隊の階級だって『三佐』が少佐で『一佐』が大佐だもの。数が多い方が階級が高いのだろうと勘違いしていた昔が恥ずかしいが、知ろうとしなければ知らないままである。
今回の騒動で図書館へと赴き『剣道 初級編』という本を借りて読んでみたのだけれど、剣道の場合段位は型が重視され実践での試験ももちろんあるけれどそれも強い弱いで判断される訳ではないため、段位で強さがわかるかというとあくまで指標に過ぎないと。とはいえ二段の合格率は高いが、三段から難度が上がり地域によっては合格率が非常に低い所もあるそうだ。本を頼るのならば絶望的な差はないと信じたいが、祥子さまが言った通りに相手が実力者ならば令さまは苦戦するのかもしれない。
けれどその分、強敵を打ち破った時の何とも言えない感情は、次の高みへと繋がるのだから。そうして始まった決勝戦は白星二つに黒星二つ。最後の大将戦に全てを委ねられた令さまのプレッシャーは如何にと、アリーナを見つめる。
「勝てる、かな」
ぼそりと呟いた私の言葉に、こくりと頷く山百合会の面々。そしてアリーナで引き締めた表情で面を付ける令さまは、勝負師そのものだった。
嗚呼、これは諦めてなどいない顔だ。これまで一緒に戦ってきた部員の人たちの思いや、リリアンと対戦して負けた相手の思いも、そして何より由乃さんの気持ちを背負っている。
――だから、きっと。
静まり返ったアリーナで快音が響いたのは、それから暫くしてのことだった。
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次話更新は来週の日曜日(2021/04/11)の予定です。
この話で由乃さんの手術が終わっていたハズなのに、どうしても話が助長になってしまう(苦笑