マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第五十一話:唯一の楽しみと試験間近

 一日の学園生活の中で一番の楽しみと言えば、やはり昼食である。食い意地が張っている身としては特に。

 

 朝、お弁当を作ろうと台所へと入り、視線の先にあった炊飯器。いつもと何かが違う違和感に襲われ凝視していれば、スイッチが入っていないことに気が付き、ふたを開けると光り輝く銀シャリではなく、水を張ったままの硬く冷たい米が鎮座していた。早炊き機能もついていないものなので流石に間に合わないと後悔の念に苛まれるがこればかりは仕方ないと諦め、起きてきた家族みんなに平謝りをして家を出たのだった。

 そうして訪れた昼休み。いつもは寄り付かない売店前。リリアン女学園という良家の子女が通うこの学校で、おおよそ見ることはない目の前の光景に溜息を吐く。急げと言わんばかりに人だかりが出来た一群にめまいを覚え。我先にと行く子たちを横目で見ながら、この様子ではいいものは残っていないだろうと落胆する。まさか食べることが好きで空腹嫌いの私が、うっかりミスを犯してしまうなど。

 とはいえ数日間まともに食事をとっていないなんて事態には陥っていないのだからマシな方だし、予定外に外に出て昼食をとらなければいけないことになった父と兄と姉の方が大変だろう。

 

 「はあ」

 

 眺めていても仕方ないと、最後尾に並ぶべく足を一歩踏み出そうとしたその時だった。

 

 「あれ、珍しいね。樹ちゃんがこんなところに居るだなんて」

 

 声を掛けられて振り返ると、そこには小銭入れを掲げて軽く笑っている聖さまの姿があった。

 

 「ごきげんよう、聖さま」

 

 「はい、ごきげんよー。眼帯、とれたんだねえ」

 

 からからと笑っていた顔から眼を細めて穏やかな顔に彼女はなる。そこまで酷い状態ではなく、切っただけに留まっていたので眼帯は一日で取ってよいと眼科医から言われていたので、念の為に寝ている間は付けたままで、朝外したのだ。

 

 「その節はご心配をお掛けしました」

 

 令さまの交流戦の日に私のものもらいに気が付いた彼女には、その日以降何かと気にかけて貰っていた。私が目薬をさすことが好きではなく苦手としていることを知った彼女。昼休みに持っていた市販の目薬をどこからともなく取り出して『上を向いて』と言い放ち、嫌だと逃げる私を強制的に椅子に座らせてから注し『目、ぱちぱちさせちゃ駄目だよー』と何気に正しい点眼の仕方を教えてくれたりと。

 しかめっ面で目薬からどうにか逃れようとしていた私を見た蓉子さまが『楽しそうね』と笑みを浮かべ、放課後に同じことをされ。周囲はうらやましそうに見ているか、呆れているかのどちらかだったが。

 

 私の言葉を聞き『良かった』と零し頭を軽く撫でられ。

 

 「――それで、どうしたの?」

 

 確かに私はこの時間、この場所には寄り付かない。この場所のこの時間は生徒が沢山いることを知っているし、用事はないのだから。少しばかり説明するのにどうしたものかと考えたが、彼女であるならば包み隠さず喋っても笑って済ませてくれるかと事の顛末を話し、そしてここに居る生徒たちの気迫に押されていたと述べると意外だと言わんばかりの顔になる。

 だが考えて欲しい。昼休みに飢えた少女たちが美味しいものにありつこうと、闘志を燃やしているのだ。そこに慣れない人間が唐突に挑んでも負けてしまうのは明白だし、横入りでもしようものなら恨みを買いかねない。

 

 「あはは、空腹嫌いの樹ちゃんが。でもお弁当を自分で作ってたのは意外だなあ」

 

 炊飯器のスイッチを入れ忘れた理由は色々とある。ものもらいを切ったことに、休むべき時に試験が近いからと無茶をしたこと。人様よりも食い意地が張っているのは自覚しているし、空腹にも耐えられる自信はないので気を使っているのだが、本当に偶然が重なったのだ。

 

 「当番制にしてるので毎日作ってませんし、片手間レベルで済ませてますから」

 

 母と交代でお昼に食べるお弁当を作っていることは、トップの子たちにしか伝えてなかったかもしれないと今更ながらに思い出す。

 

 「でも自分で作ってる子なんて少ないんじゃない? 一応、こんな学園だから一通りはできるけれど。――って、悠長に話している場合じゃなかった。進もうか、樹ちゃん」

 

 学生の本分は勉学であるし、親の庇護下にあるなら母親が大抵の場合作るだろう。私は、母が朝に弱いことと毎日作ってもらう事には気が引けるから、妥協案であるが。話しながら列に並ぶと彼女の存在に気が付いた子たちが『ごきげんよう、白薔薇さま』と挨拶をし律義に答える。少し違うことは時折『青薔薇さま、ごきげんよう』と私にも声を掛けられるようになったことだろうか。こういうことに慣れてはいないのでお弁当を忘れてしまうことを回避したかったのだが。

 

 「センパイ」

 

 「んー?」

 

 「役職名で呼ばれることに慣れるのって、どのくらいの時間が掛かりました?」

 

 本当に世間話程度、のものである。少し前までならばこんなことを聞いても答えてくれそうにないが、今ならば大丈夫という確信がある。私が彼女のことを知らない時期に触れてしまう可能性もあるが、頭の回転の早い人なのだから触れられたくないことは言わないだろうし。

 

 「面白い質問だねえ」

 

 「面白い、ですか?」

 

 「うん、だって誰もそんなこと聞いてこないんだもの」

 

 薔薇さまにそんなことを聞くのは確かに私くらいのものかと、聖さまの言葉に納得する。そもそも薔薇さまである彼女たちにくだらない質問を飛ばす生徒なんて皆無なのだから、こんなことを聞いてしまう私が無遠慮なのかもしれない。

 

 「――まあ君は突然薔薇さまになったから、慣れないのも仕方ない。私、というか私たちの場合だね。長く学園に通っていたこともあるからその言葉自体には慣れていたし、薔薇さまである姉を持った時点である程度の覚悟みたいなものは出来ていたから」

 

 薔薇さまになるには選挙があるとはいえ、ほぼ確定で薔薇さまの妹がなるそうだ。それに姉を持った時点で『つぼみ』もしくは『つぼみの妹』として未来の薔薇さまという目で見られていただろうし。

 なるほどと聖さまの言葉に納得するが、こうも安易に青薔薇の座についてしまったことを周囲はどう思うのか。署名活動で過半数を得たのだから、在校生の中の六割以上からは認められているのだろう。残りの四割弱が新設された『青薔薇』をどう思っているのかは謎のままだ。好ましく感じるのか疎ましく思うのかは、これから取るであろう私の行動にも影響されるわけで。面倒だと遠い目になりつつ、なるようになると安易に考える自分もいる。

 

 「満足できたかな?」

 

 「どうでしょう。そもそも周囲を固めて山百合会へと招き入れたのは、聖さまをはじめとした三年生ですし……」

 

 恨みがましい目で彼女を見るが『いやーあれは傑作だった』とどこ吹く風で笑う聖さまは気楽なものである。私も一枚噛んでいたのだから仕方ない部分もあるが、薔薇さまになるとは聞いていなかったので青天の霹靂であった。

 電撃の事態に驚きもあったが薔薇の館で過ごすことにも慣れ始めた今は、まあいいかと思えるようになってきた。灰汁の強い人たちではあるが、私を仲間と認めてくれこうして会話も出来るのだから。元気になった由乃さんが戻ってくれば、騒がしくなることだろうと目を細める。

 

 「ま、そんなわけだから今回は私がお昼をおごってあげよう」

 

 「マジですかっ!?」

 

 首を勢いよく聖さまの方へと回し、彼女を見つめる。都合が悪くなってきた話を流されたような気もしないが、それよりも売店は何が残っているのかが問題である。

 

 「分かりやすいね、樹ちゃん」

 

 聖さまがくくっと笑うが仕方ない。貧乏時代を経験した為に、おごりと聞けば無条件で喜ぶ癖がついているのだから、私の口元が緩むのは聖さまがその言葉を発した時点で決定しているのだ。

 わーいわーいと喜ぶ私を横目に、残念な子を見るような顔をしたままの彼女から『嫌いなものはある?』という質問を投げられ『食べられるものならなんでも食べます』と答えると『それは重畳』だなどと随分と女子高生らしくない言葉を発し。ふむ、と聖さまが一つ頷いてようやく私たちの番が回ってくるとお店の人にいくつかの商品名を伝え、会計を済ませ。そうして売店を少し離れた所で立ち止まり袋からサンドイッチを一つ取り出し、残りを全て私の方へと差し出した。

 

 「いや、流石にそれは……」

 

 「食べることが好きな樹ちゃんならこれくらい平気でしょ」

 

 「確かに大丈夫ですが……――聖さま、少なすぎやしませんか?」

 

 袋の中には聖さまが選んだサンドイッチとパンとおにぎりが入ったままだ。彼女の線の細さにサンドイッチ一袋でも足りるのかと納得しそうになるが、夕食まで持つのだろうかと心配にもなる。

 

 「私はこれだけあれば十分だから。さ、行こうか」

 

 腰に手を廻され無理矢理に方向転換されて歩き出す。どうやら行先は薔薇の館。冷え込みがきつくなり始めている今、外で食事をとるのは少々耐えがたいし、周囲の視線も気にしてのことだろう。そうして歩いている間あーだこーだと押し問答が続くので『いつか何かで返します』と結論を述べると、聖さまは何かに思い至ったようで『それならひとつお願いがあるんだけれど』と少し真剣みを帯びた瞳で言葉を告げる。

 

 「樹ちゃんの作ったお弁当が食べてみたい」

 

 「そんなことでいいんですか?」

 

 「そんなことじゃあないでしょう。手間だってかかるし、荷物も増えるんだし」

 

 と言いながら『誰かが作ったものって興味あるし』と付け加え。作るお弁当が一つ増えた所で、手間はほとんど変わりない。同じものを詰めていくだけだから、時間が掛かる訳でもない。聖さまのいう通り荷物は増えてしまうが、たかだかお弁当一個分である。それならば約束は早く履行した方が得策だろうと、聖さまの分のお弁当を明日に持ってきても大丈夫なのか確認すると了承の意を告げられ。

 本来は母が作るべき日の明日。当番を代わってもらうことを告げれば理由を聞かれるのは当然だ。白薔薇さまに自分が作ったお弁当を食べてもらうことになったと母が知れば、テンションが爆上がりしそうだなあと遠い目になる。それでもまあ、目の前にいる三年の先輩が年相応の顔をして笑って喜んでいるのだから、そのくらいのことは苦でもないと彼女と一緒に笑うのだった。

 

 そうして聖さまと一緒に訪れた薔薇の館。お茶くらいは私が淹れるべきであろうと、そそくさと流し台に立って準備をしていると『コーヒーでお願い』と後ろから声が聞こえ。

 その声に答えて鼻歌交じりで聖さまと自分の分のお茶を淹れて席へと座る。どうやら食べるのを待っていたようで、一緒に手を合わせることになった。袋から取り出した『マスタードタラモサラダサンド』とこの上なく微妙なネーミングのサンドイッチが机の上に鎮座する。大丈夫なのだろうかと心配になるが、食わず嫌いは良くないし食さないまま決めつけるのも愚行だろう。包みを開けながら鼻腔をくすぐる匂いにこれはいけそうかなと安堵するが、味がアレならば口直しが必要だろうとパンとおにぎりは後回しである。

 

 「味、どうだった?」

 

 「可もなく不可もなく、ですかねえ。好みがはっきりと別れそうな味というか、なんというか」

 

 「そっかあ。なかなか同じ味覚の人がいないんだよねえ、美味しいのに」

 

 サンドイッチを平らげた私にその味を聞く聖さまは愚痴を吐きつつ、一口自分の分のサンドイッチを頬張る。

 なかなか見ないサンドイッチの具だ。商品名の字面だけみるとゲテモノの味を想像してしまうが、それなりに味はマトモではある。ただ人を選ぶ気もするが。

 

 「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせると、既に終えた聖さまが『どういたしまして』と言いコーヒーを飲み干した。腕時計で時間を確認すると、もうすぐ予鈴が鳴るタイミングだった。やはりお弁当を持参しておいた方が昼休みの時間を有意義に使える。食事を手早く済ませて、読書やら次の授業の予習やらに励むことが出来るのだから。

 

 「そろそろ戻ろうか」

 

 「はい」

 

 そうして席を立ち薔薇の館を後にし昇降口に辿り着くと、明日楽しみにしてるよと聖さまは言い残して別れたのだった。

 

 ◇

 

 ――翌日。

 

 昨日の約束を果たす為、薔薇の館へと昼休みに赴くと既に先客がいたので、いつものように入室時には『ごきげんよう』とお決まりの挨拶をかわす。どうやら最近の冷え込みに耐えきれず、外で食事をとることを諦めたようだ。自分が在籍している教室で食べるのも、注目を集めてしまうのだし。

 志摩子さんと祐巳さん、そして蓉子さまと江利子さまが自席に座って各々のお弁当を広げ食べている。祥子さまと令さまは何処で食べているのやら。四限目の授業が少しばかり遅くなったので、急いできたのだけれど今日ここで食べることになった原因を作った聖さまの姿はなく。待っていればそのうちに来るだろうと、お茶を淹れて自分の席へと座ってお弁当を二個置けば、当然視線は集まる訳である。

 

 「どうしたの、お弁当を二個もだなんて」

 

 「まさか一つじゃ足りないから、二つ作って持ってきたのかしら?」

 

 こういうことにいの一番に反応するのは最上級生である蓉子さまと江利子さまだ。お弁当を二つ持ち込んだことに対して、蓉子さまは少し呆れながら江利子さまは私が二つ分のお弁当を食べきれるのか興味深々といった顔で問いかけてくる。彼女たちがいなければ、祐巳さんが驚いた顔をしながら同じような質問を投げたことだろう。

 

 「一つは私の分じゃありませんよ」

 

 食い意地は張っているが食べる量は人並みだと自負しているので片眉を上げて笑うと、不思議そうな顔をする面々。答えを出さなくても、そのうちに件の人が来るだろうと教えるつもりはないまま、お弁当の包みを開ける。

 

 「それって」

 

 「どういうことかしら?」

 

 二人の言葉に答えないまま箸を進める私に慌てる祐巳さん。志摩子さんはその横で苦笑している。祐巳さんが慌てふためいている姿に、少し可哀そうになってきたので仕方がないと口を開こうとした瞬間だった。

 

 「ごきげんよー」

 

 誰かが階段を上がってくる音が聞こえて暫く、茶色の扉が蝶番の音を勢いよく鳴らしたと同時、聖さまの声も聞こえ。

 

 「ごきげんよう、聖」

 

 蓉子さまの声を筆頭に遅れて各々が挨拶をし、何も言わなかった江利子さまが聖さまを凝視している。

 

 「お昼を食べに来たのでしょうに、なんで貴女は手ぶら……ああ、そういうことだったのね」

 

 昼休み前半の時間帯に薔薇の館を訪れるときは、大抵聖さまは売店のナイロン袋を掲げている。それを持っていない事と私がお弁当を二つ持ってきたことに納得がいったようだ。江利子さまに遅れて蓉子さまが『ああ、なるほど』と一つ頷き、祐巳さんがきょろきょろと周囲を見渡し、彼女の様子に気付いた志摩子さんが小さく微笑んでいた。

 

 「どうぞ」

 

 「ありがとう。――いやあ、忘れられてたらどうしようかと思ったよ」

 

 食べていた箸をおき、聖さまの分のお弁当を手渡すと、確りと受け取りへらりと笑う。ようやく祐巳さんが理解したようで『あ』と小さく声を漏らす。

 

 「流石にそんな畜生じみたことしませんよ。それにその時は購買に行くだけでしょう」

 

 「まあ、そりゃそうだけれど。結構楽しみにしてたのに、樹ちゃんならやりかねないかなーって」

 

 「お昼の楽しみを奪うことなんて出来ませんよ」

 

 聖さまと冗談を言い合いながら、包みを開けて箸を持つ聖さま。昨日、帰宅し事の発端を母に説明すると『まあ!』と嬉しそうに笑い、そのあと夕食まで時間があるからと買い物に付き合わされた。

 どうやら薔薇さまにお弁当を作るということが、母の琴線に触れたらしい。私も何か一品作って良いかしら、などとのたまい今朝は上機嫌で本当に一品作り上げ、嬉しそうにお弁当に詰めていた。なので普段のものより豪華だし、適当に詰めるつもりが母が細かく彩りやら配置に拘ったので、私が作ったもののわりにいつもより見た目が良い。

 

 「前に見た時より、随分と気合が入ってない?」

 

 「私が作ったお弁当を三年生の先輩に渡すことになったって母に伝えたら『ようやく貴女にもお姉さまが!!』って言って喜び勇んでたので」

 

 事情をきちんと話し薔薇さまに渡すことを知ると、更に喜んでいたが。母の学生時代、薔薇さまというものにとんでもない憧れを寄せていたらしい。自分自身ではなく娘ではあるが、我がことのように喜んでいた母の気持ちを無碍にはできなかったので、気合の入ったものになっただけである。

 

 「樹ちゃんにお姉さま……」

 

 「あまり想像がつかないわね」

 

 「そうね。――でも、どうして聖にお弁当を作ることになったの?」

 

 割と酷いことを言われているような気もするが、姉なんて持つ気はないので聖さまと江利子さまの言葉に反論することはしなかったが、蓉子さまの疑問には答えるべきかと考えていると先を越されて答えた人がいた。誰であろう聖さまなのだけれど、随分とその答えは大袈裟に表現されているような。事実なので構いやしないが、私がドジっ子属性を持っていたと思われるように語るのは止めて欲しい。

 

 「なるほど。ねえ、樹ちゃん私も貴女が作ったお弁当を食べてみたいのだけれど、いいかしら?」

 

 食事を終えた江利子さまが片肘を付いた手に顎を乗せて、にんまりと笑う。お弁当を一つ余分にこさえることくらい構わないけれど、彼女にはそんなに魅力的に映ったのだろうか。

 

 「はあ? 江利子は何言ってるの。今回は私の正当報酬だから諦めなよ」

 

 正当報酬とは随分と大袈裟な。会話のやり取りの中の流れでたまたまそうなっただけなのだけれど。今の言葉は牽制というよりも聖さまが江利子さまにじゃれついているだけなのだろう。

 

 「あら、何故聖が口出ししてくるのかしら。私が答えを求めているのは樹ちゃんによ」

 

 「む」

 

 正論を言われて押し黙る聖さま。そんな二人を見てやれやれと溜息を吐いた蓉子さまが、こちらへと視線を向ける。どうやら、どちらでもかまわないから答えをだせということだろう。江利子さまの性格を考えるに、断ればしつこくまた同じことを言われ続けるだろう。なら、こんな簡単なことをややこしくするくらいならばOKを出してしまう方が面倒がない。

 が、タダで渡すのもなんだかなあと思った瞬間、そういえば以前に交わした約束を果たしていないと、にんまりと微笑む。

 

 「条件付き賛成ですかね」

 

 彼女の興味を引くようにと少し回りくどい言い方で答えると、江利子さまは目を細め、蓉子さまと聖さまは自ら喰いつかれに行ったとばかりの呆れ顔を私に向ける。

 

 「ふふ、なにを言われるのかしら?」

 

 「前に勉強を教えて貰うのを約束しましたよね。試験も近いですし教えて頂けると、お弁当の中身に多少色が付くかもしれません」

 

 人助けをし、リリアンかわら版に載せる為にと新聞部に追いかけられていた頃、同じくネタにされることが山百合会にあったが為に私が犠牲になったともいえるあの件である。黄薔薇である江利子さまは関係ない気もするが。ちなみに『試験』という言葉で祐巳さんがびくりと肩を揺らして、顔をしかめている。由乃さんの事でいろいろと駆け回っていたから、勉強の方がおざなりになっていたのかとアタリを付けた。

 

 「貴女、まだそんなことを覚えていたのね。それにあの時の私は蓉子の横で邪魔をするって言っただけで、教えるだなんて一言も言っていないのだけれど」

 

 「確かに。でも気が向く可能性だってあるじゃないですか」

 

 「……――まあ、いいでしょう。どんなお弁当になるのか楽しみね」

 

 深い溜息を吐きながらこちらに面倒そうな顔を向けつつも、興味の方が勝った江利子さま。これは気合をいれなければと腹を括る。――とはいえ。

 

 「あまり期待しないでくださいよ。今日のとそうそう変わらないのが関の山です」

 

 学生が作るものなのだからあまり期待しないでもらいたいと、釘をさしておくことも忘れない。

 

 「私も樹ちゃんの作るお弁当に興味があるのだけれど」

 

 聖さまと江利子さま、そして私のやり取りを黙ってみていた蓉子さまが会話に加わる。

 

 「蓉子まで……」

 

 「珍しいわね」

 

 おや、という顔を浮かべて蓉子さまを見る。この流れからすると勉強を一緒に見て貰えるかもという打算が浮かぶ。

 

 「構いませんよ。もしかすればお弁当を交換という形になるかもしれませんが」

 

 あまり余分に作っていると親に不思議に思われるだろうし、妥協案でもある。興味を引いている顔をしている人が、この場には他にも居るのだし。

 

 「なるほど。その方が良いかもしれないわね」

 

 「あと勉強の方の面倒も見て頂けると助かるのですが」

 

 「貴女、本当にちゃっかりしてるわね」

 

 「そうでもなきゃ、ここで生きていけません」

 

 蓉子さまの苦笑交じりの声に、本音で答える。遠慮なんてしていれば、三人に流されるだけである。

 

 「ふう。分かったわ、聖、貴女もどう?」

 

 「ん、私? まあ暇つぶし程度でいいなら」

 

 まあいっかと言わんばかりに蓉子さまの声に軽い調子で答える聖さま。なんだかどんどん豪華になってきているし、教えてくれる人が増えるのならば教えて貰う人が増えても問題はない訳で。

 

 「あと祐巳さんや志摩子さんも一緒にどう?」

 

 その言葉に薔薇さま三人それぞれの反応を見せながら、祐巳さんと志摩子さんの方へと視線を向けた。

 

 「うえっ! 私もっ!?」

 

 トレードマークのツインテールを揺らした祐巳さんは、ありありと動揺している。まあ三年生に勉強を教わることを強いるなんて、滅多にないのだし。リリアン生らしからぬ私の言葉に、未だ答えを出せない彼女を見ながら言葉を考える。

 

 「うん。さっき試験って言葉に反応してたし、自信がないならいい機会なんじゃないかな?」

 

 「そうね。祐巳ちゃんも私たちでいいのなら教えるわ」

 

 山百合会のまとめ役である蓉子さまがそう言ったのならば、そうなるのだろう。未だ落ち着きを見せない祐巳さんを見て、更に爆弾を投下する。

 

 「あ、蓉子さま。祐巳さんがくるなら姉である祥子さまも誘いませんか?」

 

 「祥子をどうして?」

 

 「祐巳さんにもっと気合が入ります」

 

 私の言葉にぽんと一つ手を叩く蓉子さまは『そうね、祥子も誘いましょう』と述べた。その言葉に祐巳さんは目を白黒させているが、薔薇さまたちに教わるよりも祥子さまに教わる方が良いだろう。祐巳さんに対して呆れる祥子さまの姿が目に浮かぶが、何気にこの姉妹はそういう感じで成り立っているのだから心配はない。

 志摩子さんは成績優秀と聞いているし、真面目な気質だから必要ないかも知れないが、少々強引に誘わなければ余り輪の中に加わることはしないのだから、ほぼ無理矢理にである。

 

 「志摩子さんも一緒に試験対策しよう」

 

 そう言って、志摩子さんの右袖を掴んで聞いてみる。

 

 「ふふ、そうね」

 

 「みんなが居るなら私もかな。人に教えたことなんてないから役に立つかどうか分かんないけど」

 

 白薔薇ファミリーも参加することになり。

 

 「江利子さま、令さまも誘ってくださいよ。今回の事の迷惑料ってことで」

 

 「そうね。令も巻き込んでしまいましょうか」

 

 とまあ、手術から復帰を果たしていない由乃さん以外が勉強会に参加することになった訳である。山百合会の仕事もあれば家の都合もあるので、昼休みを利用しようということになり次の日から試験の日まで各々気が向いたときに参加という適当極まりない『お勉強会』が開かれるのだった。

 

 ――得をするのは祐巳さんと私くらいしかいないかもしれないが。

 

 そんな苦笑を浮かべながら、戻ってきた試験結果ににんまりしてお礼をそれぞれに伝えるのは少し後の話である。




 9441字

 話が進まない……由乃さんの快気祝いの話までは進めるつもりだったのに。
 あとどうしても聖さまの登場が多くなる。動かしやすいんですよね、聖さま。
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