マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

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第五十二話:戻った彼女と騒動の顛末と見合い話

 山百合会メンバーで『勉強会』を開くこと数度。分からないところを上級生組に教わろうという目的が主題だったのだが、実はもう一つやりたいことがあった。遅れて試験を受けることになるであろう由乃さんに、快気祝いとして要点をまとめたノートを渡したかったのだ。快気祝いの内容がそれってどうよとも考えたが、学生の身分だしそれも悪くはないかと一人納得し。

 一年生である祐巳さんや志摩子さんを巻き込み、ついでに二年生と三年生にも協力してもらい昼休みの合間を縫ってようやく完成したのだ。クラスは違えど、受けるテストは一緒である。役に立てば良いのだけれど、どうなることやら。張ったヤマが外れることもあるだろうし、当たることもあるだろう。

 

 そうして令さまから『明日、由乃が学園へ復帰するよ』と柔らかな笑顔で告げられ。

 

 翌日の朝、始業前に一年松組へと赴くと窓際の席には、由乃さんの姿。入院中は何度か顔を見にお見舞いに行ったが、学園で会うのは本当久しぶりだった。久しぶりなのだからクラスメイトとの挨拶もあるだろうし、忙しい朝を過ごしているかもしれないと考えたが、やはり気になるので藤組から松組へといそいそと歩いてきた訳だ。

 

 「由乃さん」

 

 相も変わらず松組の人が分からないので、ずかずかと教室へと私は入っていく。教室に居た生徒が私に向かってごきげんよう青薔薇さまと挨拶をくれるので、返していると少しばかり由乃さんの下へと辿り着くのが遅くなる。

 

 「樹さん、ごきげんよう。学園で会うのは久しぶりね」

 

 「ごきげんよう。そうだねえ、病院で会ってはいたけれど時間とか気にしちゃうから、話もゆっくりできなかったしね」

 

 「そうね。でも、きっとこれから沢山できるもの」

 

 「だね。……あっ、そうだ」

 

 由乃さんの言葉通りだろう。時間は有限ではあるが、どう有効に使うかは己次第である。小さく首を傾げた由乃さんを見て口を開く。兎にも角にも。

 

 「おかえりなさい」

 

 「……――ただいま」

 

 照れくさそうにして笑う由乃さんに自然と口角が上がるのを感じ。いろいろと心配を掛けてごめんなさいと小さく頭を下げる由乃さんに、大丈夫だし平気だよと右手を左右に揺らしながら言葉を返し。

 雑談を交わしつつ頭の隅で考える。少しばかりの気掛かりは、黄薔薇革命がどう終結するかである。試合に勝ったとはいえ令さまと由乃さんは姉妹には戻っていないし、二人に影響されて別れを告げた人たちも何ら変わることはなく。

 

 「由乃さんっ!!」

 

 声に振り返ると、満面の笑顔と揺れるツインテールを引っ提げてこちらへと駆け寄る祐巳さんといつもと変わらぬ雰囲気で柔らかく微笑んでゆっくりと進む志摩子さん。『よかったあ』と安堵の溜息の後にはちきれんばかりの笑顔を浮かべる祐巳さん。病院でも会っていたとはいえ、それは『非日常』であろう。戻ってきた『日常』をようやく味わえるのだから、喜びもひとしおなのだろう。喜びを体全てを使って表現する祐巳さんを、由乃さんと志摩子さんが目を細めながら見つめ。ああ、ようやくこれで山百合会メンバーがようやく全員揃い、騒がしい日々が戻ってくるだろうと、私もその輪の中へと加わるのだった。

 

 昼休み、薔薇の館。

 

 一年生三人で持参したお弁当を食べ終えると、遅れて由乃さんと令さまがやって来た。二人並んでいるのを見るのは久しぶりだなと感慨深く眺めながら、一年生しか居なかったために令さまを差し置いてそそくさと席へと着きお弁当を広げ始める由乃さん。

 そんな由乃さんをやれやれといった様子で見守りながら令さまも席へと着いて、お弁当に手を付け始めたのだった。テスト対策にと由乃さんに渡したノートをぱらぱらとめくりながらテスト範囲を確認しながら雑談を交わすこと暫く。

 

 「それで私が休んでいた間、何があったのかしら?」

 

 にっこりと笑い私たち一年組に問うてくる由乃さんを見ながら、なんだか似たような台詞を誰かに言われたなとしばし考え山百合会頂点の一角を担う人の顔が即浮かび。本当の姉妹という訳ではないのに、どうしてこうも似てくるのかと不思議に思うが、紅三人を一言で表すなら真面目だし、白二人は独特の雰囲気を持つ人たちだ。どこだかに接点はあるのだなと感心しつつ由乃さんの疑問に答えないままだったので、祐巳さんへと矛先が向き圧に負けてしまった彼女はしどろもどろで答え、横で微笑んでいる志摩子さんと苦笑いを浮かべ黙って見ているだけの令さま。

 

 「令ちゃんの試合が見れなかったのは残念だけれど、仕方ないわよね」

 

 「あ、令さまの試合なら樹さんがビデオを撮ってるよ。由乃さん」

 

 祐巳さんの方に視線を向けて言葉を交わしていたというのに、その文言を聞くなり首をぐりんと回してこちらを向く由乃さん。首が取れそうな勢いだったのだけれど、大丈夫かなと心配になりつつこれまた既視感に襲われる。もともと由乃さんが見られないであろう試合を念のためにと撮っておいたのだが、どうやら令さまの家族はあの試合を撮影していなかったか、そもそも観に来ていなかったのだろう。

 

 そうして江利子さまの時と同様にするすると私の家で鑑賞会をしようという話で盛り上がる中、薔薇の館に蓉子さまが姿を現す。

 試験まで昼休みの時間を利用して勉強会をしようと決め、実行された日から毎日こうして短い時間でも顔を出しているのだから本当に律義な人だ。ごきげんようと挨拶を交わし由乃さんが退院したことをねぎらうと、始めましょうかとにこやかに笑い試験範囲で分からない部分を質問し。

 

 突然に始まった勉強会に目を白黒させながらも、素直に蓉子さまへと質問を出す由乃さんを横目で見ると何故だかぷいっと顔を反らされ。昼休みが終わる前に教室へと向かう中、どうして顔を反らしたのか直接由乃さんに聞いてみる。

 

 「そんなことをしていたなんて聞いてない」

 

 どうやら勉強会をしていたことを耳にしていなかったことに不満を覚えたようで。むくれ顔の由乃さんに、それならばまた開催すればいいとなだめすかしてそれぞれの教室へと向かったのだった。

 

 ◇

 

 ざわざわと騒がしい一年藤組の教室は、すでに放課後を迎えている。今日は山百合会の仕事もないし試験も近いから、そそくさと家に戻って勉強に励もうと帰り支度を始めた時だった。

 

 「樹さんっ! これを見てっ!!」

 

 リリアン生らしからぬ勢いで教室へと入ってきたクラスメイトが私の下へと駆け寄り、一枚の紙きれを差し出す。少し息を切らしながらこちらを見る彼女の言葉を無碍にする必要性は感じず、素直に手に取り覗き込んだ。

 そこには『黄薔薇のつぼみ姉妹復活』と大きく見出しを打たれたリリアンかわら版が。なるほど由乃さんが昼休みに遅れて薔薇の館に訪れた理由はこれかと納得し、昼休みから放課後までのこの短い時間で記事を書き上げた新聞部の執念にも驚かされ。ばっちりとマリア像の前で令さまに頭を下げるものとロザリオを授受する場面を撮られているあたり、由乃さんが新聞部と交渉でもしたのだろう。

 

 「やるねえ」

 

 と口笛を吹いて笑う私を懐疑そうに見つめるクラスメイト。何が、と問われたので『由乃さんの手のひらの上でみんなが転がされた所かな』と答えると首を傾げていたが。

 

 新聞部の『黄薔薇革命』と銘打たれた号外が発行されたことは予定外だっただろうけれど、それが起因したことを由乃さんは祐巳さんや私が話したことで知っていた。なるべくことを大きくしたくはないと彼女は言っていたが、由乃さんの行動で影響された人たちが真似して姉妹破棄という暴挙に出たのは流石に予想外だったことだろう。それを逆手にとって新聞部を焚きつけた由乃さんの行動は、彼女に影響されてことに及んだ子たちと新聞部が救われている。

 

 憧れで由乃さんを真似した子たちの最近の動向は、大多数は後悔している様子だったしこの記事を切っ掛けにして元の鞘に戻るだろう。もし仮に姉妹復活の記事がなければ、姉妹破棄した人たちは暗澹たる気持ちのまま学園生活を送ることを余儀なくされていた。新聞部は破棄した人たちが姉妹のよりを戻したことにより学園側からのお咎めは無くなっただろうし。随分と由乃さんは愉快なことをしてくれると笑いが込み上げてくると共に、教師に根回しをしたことは余計なお世話だったかと溜息が一つ零れるのだった。

 

 「樹さん?」

 

 由乃さんが手のひらの上で誰かをころころさせている所のイメージがまったくつかなかったのか、クラスメイトは困惑した声を上げながら私の名を呼んだ。

 

 「ああ、ごめん。――良い所だねこの学園(ここ)は」

 

 私の言葉にきょとんとしたが、数舜後には微笑みに変わり。由乃さんごっこをしてしまった子たちを流されやすいと受け取るか、素直な子だと思うのかは人それぞれなのだろう。己の取った行動が周囲にどう影響するのかが予測できなかったのは若さ故。きっとこの経験が糧になり、いつか何かに役立つ時が来れば彼女たちにとって今回のことは貴重な経験となる。

 

 「ええ、そうね。リリアンは良い所だわ」

 

 私が高等部からの編入組と知っている彼女は少し考える素振りを見せながら、そう答えた。確かに良い所の子女が通う学園だからか、いろいろと窮屈な所もあったり生徒会が山百合会と呼称され持て囃されている部分もあるが。一般的な学校と同じで、この場所に集う人たちは何処にでも居る高校生と同じく、青春というものを謳歌しているのだから。受け取ったリリアンかわら版を彼女へと返し他のクラスメイトの下へと歩み行く背を見ながら『でもやっぱり住む世界が違うよなあ』と心の中で考えてしまうのはどうしても仕方のないことで。

 

 住む世界が違うと言っていたのに、その日の夜にはその世界に住む住人だったなあと思い知らされる出来事が降って湧いてくることを、この時の私は予想だにしていなかったのである。

 

 ◇

 

 夜、部屋から呼び出されリビングのソファーの指定席である真ん中に座ると、正面に父その横に母、両隣に兄と姉。何故か珍しく不機嫌な父に困ったような顔の母。両隣の兄姉はあからさまな溜息を吐き。

 

 「樹、一日だけ僕たちに時間をくれないかい?」

 

 開口一番、苦虫をかみつぶしたような顔で父が頭を下げてそう告げたのだった。一家の大黒柱たる父が娘である私に頭を下げる状況に、一体何があったのかと少し不安になる。

 

 「えっと……一日くらい時間を取るのは良いけれど、いきなりどうしたの?」

 

 流石に理由を聞かないと返事も出来ないと、父に問う。

 

 「済まないが、お見合いを受けてくれないか」

 

 「えっ?」

 

 はて、お見合いとは? と一瞬考えたがお見合いはお見合いである。昔ながらの考えでいうなれば親が決めた相手と結婚することであるが、今の時代恋愛結婚が一般的。私の両親も恋愛婚を推奨しているし、兄と姉には彼女彼氏が居るのだし。鵜久森家はそれなりに上流階級で、リリアンや花寺に通う為の財力もあるのだからお金に余力があるのは知っている。けれどもまさか見合い話が来るだなんて。リリアン高等部を卒業してそのまま結婚する子も稀に居るそうだが、まさか自分にも降りかかるとは。

 

 「それって断ることはできるの?」

 

 問題はこの一点だけだった。断れない見合い話を持ち込まれても困るし、そもそも私は結婚をする気は今の時点でないのだし。

 

 「ああ勿論だ。強制的にというならそもそもこの話は最初から話さないよ」

 

 その言葉に胸をなでおろすと苦笑いをしながら相手側の写真と釣書をすっと机の上に乗せた父。見ていいよと言われて取り合えず写真が収められた台紙を手に取り開ける。そこには三十代中ごろの爽やかに笑っているスーツを着込んだ男性が佇んでいた。年齢的には私よりも姉に話が行きそうなのだが、本当に見合い相手は私で良いのだろうか。心配になり姉の方を見てみると、奇麗な顔に青筋を浮かべて静かにプッツンしていた。あ、これは何か事情があるのだなと姉に向けていた視線をこっそりと戻して、また写真を見る。

 

 「すまないな、樹。相手方がどうしてもとしつこく迫られて断り切れなかったんだ」

 

 「珍しいね、父さんがそうなるなんて」

 

 本当に。家では家庭的で模範的な父であるが、仕事のことになると一切の遠慮や情を見せない人だと聞いているから、そういうことに陥る場面があまり想像できないのだけれど。

 父の話を聞くと、相手は同業者で父が若かりし頃に世話になった人だそうで、そんな人に頭を下げられては流石の父も断り切れなかったらしい。可愛い息子の結婚相手を必死に探している最中らしく、なかなか相手が決まらないのは甘やかされて育ったが為いろいろと問題がある模様。この話も姉に行かず私に来たことでうかがい知れる。年も二十近く離れているのだから姉に話を持ち掛ける方が自然なのだけれど。――彼氏持ちだからお見合いを受ける必要はないとはいえ、姉の彼氏に断ることを前提として事情を話しお見合いを受けることは可能だ。

 

 何とも言えない雰囲気に包まれた我が家のリビング。断ることが可能であるならば、大丈夫だろう。相手がどんな人かは釣書でしか知らないが、父と母も同席するのだし。――それに。

 

 「お見合いって、美味しいもの食べられるんだっけ?」

 

 「都内の有名ホテルで行う予定だから、下手なものは出ないと思うが……どうだろう、樹の口に合うかどうかは食べてみないとなあ」

 

 「そっか。うん、受けるだけなら大丈夫だよ」

 

 美味しいものが食べられるのならば、少々の面倒事には目を瞑ろう。どうやら相手方は父が世話になった人みたいだし。その息子の出来が悪かろうが、断る前提なのだから一度の食事をすればそれで済む話である。しかしまあ、私なんかがお見合いを受ける羽目になろうとは。前世では仕事と生活で手一杯だったから、結婚なんて一ミリも考えたことはなかったけれど。

 

 「ありがとう、重ね重ねすまないなあ……。仕事に子供を巻き込むつもりはなかったんだが」

 

 「仕方ないよ。そんな時もあるだろうし」

 

 緊張から解かれた父が力を抜きながら溜息を吐くので、そんな姿を初めて見る為に苦笑が零れる。母や兄に姉まで安堵の息を吐き。

 時代が進めば出会い系サイトや婚活パーティーなどが盛んになって来るだろうけれど、まだその手のものは少ないのだから。割とスペックの高い相手男性を本気で想ってくれる人が現れるのが理想だよなあと他所事を考えていた時。

 

 「終わったら美味いもんでも食いに行こうか。樹が行きたい所あれば連れて行ってやるぞ」

 

 「そうね。気晴らしにパーッと行きましょう」

 

 横に座っている兄と姉は私が食べることに割と執念を燃やしていることを熟知しているからか、そんなことを言い始めたので全国チェーン店であるとある回転寿司屋と答えると、微妙な顔をされ。

 だって仕方ないじゃないか。カウンターで食べるお寿司っていまだに緊張するし、値段を考えながら食べていると余りの額に胃に物が入らなくなるのだし、と庶民感丸出しの気持ちを吐露する羽目になるのだった。




 6012字

 食い意地張っていると話が進めやすい(笑 
 お見合いのことを調べようとすると最近の話題しか出てこないので、ちょっと無理があったかもしれません。ご了承を。
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