相手方がこちらへと急いで頭を下げに来たり、パーティーの為に化粧直しを行ったりと時間は直ぐに過ぎていく。
柏木さんから誘われてパーティー会場へと向かう私はきょろきょろとおのぼりさん丸出しで歩いている。会場に近づくにつれてかっちりとスーツを着込んでいる人にインフォーマルな服装の女性が目立つようになる。明らかにパーティーの為にめかし込んでいるようだった。取り合えず柏木さんがいった通り、今着ている服でも問題はなさそうだと安心しながら、受付を済ませて会場に一歩足を踏み入れる。
――別世界が広がっていた、という訳でもなく。
天井からぶら下がるシャンデリアや凝っている壁紙に装飾品は明らかに値段が高そうであるが、会場の外で見たとおり略装で訪れていること。そして年配の人が思っていたよりも少なく、若い人の姿が多いこと。これでこの会場にいる人たちが燕尾服やイブニングドレス姿の人であれば本当に別世界で場違い感が半端なかっただろうけれど。今回私は柏木さんからイレギュラーとして誘われた招待客であることから、周囲を見回せる壁際へと移動し。そして一番大事な美味しいものに即座にありつける位置をぶんどったのだった。
ぼーっと見ながら様子を窺っていると、男女ペアでいる組と仲の良い人たちでグループになっていたりとさまざまである。おそらく男女のペアは夫婦か婚約を交わしている人たちだろう。こんな場所で一夜のアバンチュールなど求める人も稀有だろうし、流石に目立ちすぎる。
そんな上流階級の人ばかりの会場でどんな会話をしているのかは謎だけれども、経済のことを聞いても小難しいことは分からないし、その手のものは専門の人に任せるべきだと一人納得していると、会場が鎮まり数瞬後には来場者の視線が一点へ集まっていた。すわ何事かと私もみんなが向けた視線の先に変えると、祥子さまと柏木さんの姿があった。しっかりとエスコートをしているあたり、公式の場ではちゃんと婚約者として振舞っているようで、学園祭でのあの敬遠っぷりが不思議である。
二人ともそれをおくびにも出さず隠し通し笑みを浮かべているのだからプロだよなあと感心しつつ、彼女たちの周囲から受ける視線は羨ましさや妬ましさに嫉妬。若い時分からこんなものに晒されなければならないなんてと同情するが、多大な資本や企業を支配している人々の一族、それも頂点に立つ家に生まれた者の宿命だろうし、そんな家に生まれたからには責任も生じてしまう。
私には出来ない生き方だなと一人納得していると、コンパニオンの人たちが来場客に飲み物を配っていく。例外なく私の下にも訪れたので『ノンアルコールのものを』と申し出ると『少々お待ちください』と黙礼され近くにいた人を呼び寄せ『どうぞ』とシルバートレーをすっと差し出され。無難なものでいいかとオレンジジュースを手に取り、礼を伝えると静かに私の下を去った直ぐ、壇上に男性が立つと照明が少しだけ落とされ、設置されているスピーカーからハウリング音が鳴り。
『みなさん、この度はお集まりいただき有難うございます』
良く通る低い声は、耳へと心地よく入ってくる。目を細めて壇上に立つ男性をまじまじと観察していると、どことなく祥子さまに似ているような……。柏木さんが小笠原主催だと言っていたので、祥子さまの父君なのだろうなとアタリを付けながら、話に耳を傾ける。
今回のパーティーは小笠原グループの関係者や取引先の、次代を担う人たちの集まりらしい。なるほど、若い人たちが多いのはその為だったのかと納得し、ところどころに年配の人たちがいるのは見守り役といったところか。どうやら交友を広げたり、フリーの人ならば結婚相手を見つけるための場としての意味合いが強そうだった。生活水準は同じレベルだろうからお金の価値観の違い等の問題が少ないだろうし、教養も高水準で身に付けられているだろうからそういう部分でも差というものが出にくい。
『次代を担う君たちに乾杯!』
長くもなく短くもないスピーチを済ませ、早々に乾杯の音が鳴り響き少しした後それぞれ自由に歓談タイムへと流れると、おもむろに顔見知りや取引先であろう人たちと挨拶を交わしている。私はやることもないし壁の花になるくらいならば美味しいものを物色しようと、グラス片手にケータリングサービスへと移動する。
セルフ方式ではなく給仕する人が配置されているので、いろいろとめぼしいものを告げ取り分けて貰い誰も居ない近くのテーブルを一つ陣取って黙々と箸を進めること一時間弱。気になっているものは粗方食べ終えてしまったしすることもないので帰っていいかなあと、遠い目で会場内を見つめながらお皿に残ったものをゆっくりと咀嚼をしていたその時だった。
「そこの貴女、先程から見ていれば健啖なのは良いことだけれど、少しは周りの方と会話をなされたほうがよろしいのではなくて?」
降りかかるはずもない声に驚きつつも一体何事だとろうと考えが浮かぶと同時、どこかで聞き覚えのある声に視線を向けると壁際に立った祥子さまの姿。
「小笠原センパイ、こんばんは」
おそらくリリアン出身者もいるであろうこの会場内でも、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいので『さま』を付けずに呼ぶと、私を下から上までマジマジと見つめる祥子さま。
「貴女……樹さん?」
「はい」
気付かれていなかったのかと微妙な心境になりながら、彼女の言葉に短く答えて苦笑いをし。確かに馬子にも衣裳という言葉がぴったりと合い、リリアンの制服姿とめかし込んでいる今の姿だと天と地ほどの差があるのだから、私だと認識できなくても仕方のないことではあるが。
「どうして貴女がこの会場にいらっしゃるのかしら?」
リリアン生としての矜持を説かれた後に祥子さまから疑問を投げかけられる。どうやら私がこの場に入ることが可能になった原因である張本人から聞いていないようだ。彼らしいともいえるが、パートナーである祥子さまに黙っているのはどうなのだろう。
「柏木さんとこのホテルで偶然出会ったのですが、その流れでパーティーに誘って頂いたんです」
「優さんが? ――……そう」
視線を私から外し手を顎に当てて少し考える仕草を見せてしばらく後、祥子さまはこの場を離れる気はないらしく私の隣に居座り、何故かパーティー会場での振舞い方講座が始まっていた。良い所のお嬢さまとしての気概や振舞い方の中でみせる魅力や相手に対する心理的効果。聞いていると楽しいけれど、その世界に足を突っ込む気はないので無駄に終わりそうだったが、これを仕込まれ実行している祥子さまは存外化け物なのかも。
いや、うん、まあ……日本どころか世界にまで名を響かせる財閥グループの一人娘なのだから、幼少期からその在り方を教育されるのは当然。けれど、小さな肩に乗る重圧はとんでもない重さで、よく押しつぶされないものだと感心する。私なら逃げ出しても可笑しくはない。そしてそんな彼女のパートナーである柏木さんは、ここから少し離れた場所で知らない男性たちと談笑している。
「柏木さんと一緒にいなくても良いんですか?」
「ええ、いいのよ。もう既に必要な挨拶回りは済ませてしまったし、あとはお互いに別れて楽しもうと仰ったのは優さんだもの」
はあと短い溜息を吐き柏木さんが居る方へと視線を向ける祥子さまにつられて私もそちらへと顔を向ける。身振り手振りで会話を交わしている柏木さんの姿が見えるが、話している内容までは分からない。ただの一般人には想像が出来ないであろう、政財界ならではの駆け引きやら取引があるのだろうし、その辺りに首を突っ込む気はないので静観するだけ。
この場で目立つような行動をすると目を付けられそうだし、と柏木さんの方に視線を向けたままそんなことを考えていると彼とばっちりと目が合うとパチンとウインクを飛ばしてきた。その行動は祥子さまの死角になっており、確実に柏木さんの茶目っ気というよりもなにか確信めいたものがあるような気がする。
「どうかして、樹さん」
「……なんでもありません」
ふう、と彼女に気付かれないように溜息を吐いて周囲を見渡すと女性陣から刺さる視線に気づき、柏木さんの意図にも気付いてしまった。
――私、虫よけじゃね?
そう、祥子さまに群がる女性陣を避ける為の盾……になれるのかどうかは謎であるが、おそらく柏木さんが私をこのパーティーに誘った意図はそれくらいしかない。祥子さまに嫌われているというのに、彼も難儀な性格をしている。彼女が彼の思惑に気付いているのかどうかは分からないが、美味しいものにありつけた分くらいは柏木さんに返すべきかと一人納得して、祥子さまへと視線を向ける。
「あまり不躾に人を見るものではないと言いたいのだけれど、何かしら?」
それは祥子さまとどうにか関係を持ちたいとギラギラとした視線を送ってくる女性陣へお願いしますと、言いたい気持ちをぐっとこらえて。
「彼女たちのお相手をしなくてもよろしいので?」
「……必要ないわ。あの方たちが見ているものはわたくしではなく『小笠原』だもの」
肩にかかった髪を煩わしそうに後ろへと振り払い、祥子さまに熱視線を送る彼女たちの家柄を語ってくれた。曰く成り上がりといわれる家の次代を担う子たちだそうで、小笠原の威光に縋りたいだけなのだと。柏木さんに群がっている年若い男性たちも似たような存在だそうで、談笑しながら良い雰囲気を漂わせているが彼の弱みを握ろうと躍起になっているそうだ。
「うへえ」
どうにも馴染めない世界だとつい言葉に出てしまう。
「情けない声を出さないで頂戴」
呆れた顔をしつつもどこか笑っているような顔をする彼女は、今の状況をどう考えているのだろう。とはいえ小笠原主催のパーティーだし、妙なことを考える人は少なそうだけれど。小笠原に嫌われるイコール爪弾きにされるだろうから。今日はこのまま祥子さまの話相手をこなしていれば、ミッションは達成だろうなあとぼんやりと会場を眺めていた私は甘かった。
「ごきげんよう、祥子さま」
「――ごきげんよう」
見知らぬ少女がこちらへとやって来て、祥子さまと対面する。ちなみに私は彼女の視界に一度も入っていない、というよりも入ってはいるがこちらを見ようとしていないというべきか。
あからさまに見下されているよなあと呆れつつも、見知らぬ彼女からすれば私はどこの馬の骨とも知れない人間で、小笠原のご令嬢に取り入っていると判断されても仕方ない。というかリリアン以外でリアルに『さま』付けする人を初めて見たので、驚きである。
「私たちともお話いたしませんか?」
その言葉の後に私たちを窺っていた他の子数名がこちらへと来る。その姿をみた祥子さまのこめかみがぴくりと動いたのだが、相手は気付いているのだろうか。案外、沸点が低い彼女を刺激しているのだけれども、それに気付いていないほうが幸せだろうと手を合わせて対応は祥子さまに丸投げし、静観を決め込むことにして再度料理を盛られたお皿を手に取ると祥子さまにぎろりと睨まれた。
「本日はお誘いいただき光栄ですわ。まさか小笠原家主催のパーティーに呼ばれるだなんて思っていませんでしたもの、ねえ皆さん」
「当家がご招待した方たちは将来ご活躍が確約されている方々と聞いております。わたくしもみなさまに恥じぬよう精進しなければなりませんわね」
などと笑顔を浮かべながら社交辞令を交わし、しばらくすると経済の話まで始まってしまった。こうなってしまえばど素人である私には、横で聞いていても訳が分からない話。聞いていても仕方ないなあと祥子さまに目で止められていた食べることを再開すると、すぐさま私に気が付いた目の前の子たちがここぞとばかりに私に視線を向けて口を開いた。
「祥子さま、失礼ですが見慣れないお隣の方はどちらさまなのでしょう?」
失礼とは言っているものの全然失礼だとは思っていない不躾な視線を向けながら、いろいろな感情を含めた視線を向けて祥子さまに問う彼女。
「わたくしと彼女は学友ですの」
「へ」
まさか私のことを『学友』と呼んで貰えるとは思っておらず、間抜けな声が出ると黙っておきなさいとばかりに祥子さまにまた睨まれた。
「では、リリアンの?」
「ええ。下級生ではありますが、生徒会役員として日々を共にしております」
「まさかお噂で聞いた新しく新設されたという薔薇さまが彼女なのでしょうか?」
学園内の出来事が外の人にも漏れていることに驚いて、きょとんとなりながらコンパニオンの人から喉を潤すためにグラスを受け取る。
「そうですわね。――樹さんご挨拶を」
「このような格好で申し訳ございません。リリアン女学園高等部、山百合会にて青薔薇を拝命しました鵜久森樹と申します。――本日はご厚意でこの場に参加させて頂き光栄の極みです」
貴族ではないのでカーテシーなんてことはしないが、深々と頭を下げる。このような格好でと断ったのはミネラルウォーターが入ったグラスを持ったままだからだ。
しかしまあ、リリアンでの出来事が外の人にまで知れ渡っているとは驚きだ。流石良家の子女が通う学園、その動向は外の人間にも筒抜けのようで、名乗った後彼女たちは私を舐めるような視線で品定めし、名乗った家名に心当たりがなかったのか、勝ち誇った悪い顔をしているのだけれどこの先が不安である。
「初めまして、樹さん。……――」
祥子さまに一番真っ先に喋りかけた人がにっこりと笑い自己紹介をし、父親が担う家業を説明してくれるのだけれども、ヤバいくらいに興味は湧かず右から左である。手に持ったグラスはそのまま私の喉を潤すことはないまま、同じ位置に固定されたまま。話が長いなあと他所事を考えながら目を細めると、どんどん雲行きが怪しくなってくる。
「鵜久森、という名を耳にしませんが貴女のお父さまはどのようなお仕事を?」
私がどんな家の人間で、どのくらいの位置にいるのか測りかねているのだろう彼女たちは家族のことを聞いてきた。
「父は弁護士を生業とさせて頂いております」
「そうでしたの。――そのような家業を担っていらっしゃるのですね」
父の職業が明らかになった途端、あからさまにマウントを取ったというような顔をする彼女。そして私の横で静かに機嫌が急降下している祥子さま。
「今日のパーティーは未来の財界を担う方たちが集まり、将来をどのように切り開いていくのかお話をしているのに貴女のような者がいるだなんて」
はっと鼻で笑われ。確かに彼女の言う通り財界になんてこれっぽっちも私の存在は知れ渡ってないのだから、それで合っているけれども一応は柏木さんから招待状は頂いているので正式な参加者である。祥子さま頼むからキレないでと祈りつつ、まだ続く彼女の口上にいかんせん私もイライラしてきた。どうやらこの騒ぎを周りの人たちは認識し始めたようで、どんどんと視線がこちらに集まってくるのが分かる。
「貴女はこの場に相応しくないのではなくて?」
ようやく言いたかったことを言えたであろう彼女は勝ち誇った笑みを浮かべ。
「っ!」
祥子さまがぐっと息をのみ言葉を吐き出そうとした瞬間に私はある行動に出る。
「なっ!」
「何をしているのっ!」
一口も飲まなかったグラスを自分の頭の上に掲げて逆さまにすれば、当然中身は己に降りかかる訳で。その様子をみていた周りの人たちはぎょっとし、更に注目を集める。
「どこの馬の骨とも分からない輩は、この場から失礼させて頂きます。――ご歓談中お騒がせし申し訳ございませんでした」
彼女たちとの口喧嘩に乗る必要は全くないし、私の家族を遠回しに馬鹿にされる発言は許せるものではない。本当は殴りかかってキャットファイトに応じたい所だけれども、祥子さまがいるし誘ってくれた柏木さんの手前もある。騒ぎを起こしてしまった事を詫びて、しんと静まる会場から去る私はしてやったりという顔をしながら張り付く髪を片手で直し。取り合えずこの格好では帰れないからと化粧室に寄ると、祥子さまが呆れた顔をしてやってきた。
「貴女、何をしているの……」
「いやあ、流石にああ言われてしまうと。――まあ、あの勝ち誇った顔を驚きに変えられたので私の勝ちですね」
あの場で暴言を吐けば、祥子さまや柏木さんに迷惑が掛かってしまうし、付き合っている友人の質も疑われてしまう。けれども、なにもしないままあの場を去れば彼女たちに負けてしまったことになるし、それは癪なのでああいう行動に出たのだ。
「全く、無茶をして」
肩を落として安堵する祥子さまに、笑みを浮かべて問題はないと伝えると、ハンカチを差し出され。
「ワインやジュースを被った訳ではありませんし、大丈夫ですよ。それよりも柏木さんに謝らないと」
誘ってもらったし、美味しいものも食べられた。まあ虫よけにと放り込まれたのだろうけれど、興味はあったし覗けたことは経験だろうから。
「優さんならば問題はないわ。貴女が去ったあとであの場を上手く納めていたのだもの」
「そうですか。――祥子さまは?」
「あの子たちにはほとほと呆れていたの。だから少しだけスッキリしたかしら」
「そりゃよかった」
とはいえ心配事はある。祐巳さんだ。祥子さまの妹としてみられるだろうし、高校生活はまだ続く。こういう場にでてもおかしくはない上に確実にこういうことに晒される。このことが切っ掛けで、少しでも祥子さまが祐巳さんのことを気にかけてくれるのならば、今日、こんな目に合った甲斐があるものだと、ホテルを後にしたのだった。
ちなみに後日、小笠原家と柏木家の両家から詫びの品が届いて、ウチの家族が右へ左への大騒ぎを起こすのだった。
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ちょっと大袈裟だったかもしれないと思いつつ投げ。もう少しスマートに行きたかったのですが、おつむが足りない作者はコレが限界です。