マリア様はみてるだけ   作:行雲流水

60 / 61
第六十話:憧憬と正月と豪邸

 ――目に映る光景は憧れ……なのだろうか。

 

 偶然なんてそうそう起こるものではないけれど、まさかこんな所であの子に会うだなんて。それも、何故か助けられる形で。とはいえあの子らしいといえば、らしいのか。ガラの悪い男二人に囲まれて逃げるに逃げられなく困り果てていた私たち三人を、周囲の人たちは知らぬ存ぜぬを決め込んでいたというのに、渦中に飛び込んで助けてくれたのだから。

 

 学園での雰囲気とは違うあの子の姿に驚いたが、それでも直ぐに彼女であると気が付いた。息抜きに喫茶店でも行こうと外に出て一緒にいた蓉子と江利子も、驚いていたが。とはいえ困っていたのは本当だし、すごくいいタイミングで助けられたのは有難いこと。彼女も間に割り込んで難が去れば、連れの子たちとまた遊びに繰り出すつもりだったのだろうに。

 あの子の連れの子の一人――学園祭の劇の最中に見かけた小柄な子――が江利子に対して敵愾心を見せたのは、不味かった。江利子が興味を引かれるのは目に見えていたし、これからの予定を聞き出してあろうことか一緒について行くと言い出したのだから。

 全く、どういうつもりなのだろうと横に立つ友人を見ながら、私も一緒について行くのはやぶさかでもない、と思えてしまうのだから不思議なもので。私も悪友とついて行くことを告げると、どうしたものかというような顔で蓉子へと視線を向けて助けを求めると、蓉子もそれが分かってしまったのか首を縦に振らざるを得なくなっていた。

 

 カラオケに行くとは聞いていたものの、カラオケ店に足を踏み入れたのは人生において何度あったか。あの子たちは随分と手慣れた様子でカウンターで手続きを済ませ、部屋へと入り各々ソファーへと座っておもむろに過ごしていた。慣れない場所に戸惑う私たち三人に苦笑を浮かべながらあの子はさりげなくフォローを入れるあたり、目敏い。そうして受話器を取ってみんなの分の飲み物とつまめるものを注文しながら、トップバッターを切ったのは学園祭で見かけた子で。

 あの子を一緒に引っ張り込んで前に出て歌いながら、私たちへとまた視線を向けて牽制してくる小柄な子。どうやらあの子を私たちに取られたように感じて、牽制しているのだろう。江利子が不敵な笑みを浮かべて、何か良からぬことを考えているようだけれどどうなることやら。まるで令を奪い合っている由乃ちゃんと江利子の構図と同じなのだから、やれやれと笑うしかない。

 

 「ごめん、ちょっとトイレ」

 

 ほどなくして部屋から出ていくあの子。いつも『お手洗い』と言っている子なのに、リリアンではないことに気が抜けているのだろか。いてらーと軽く見送る彼女の友人たちは、素知らぬ顔で歌本を見ながら次は何を入れるのかと話し込んでいた。

 

 「ねえ、樹ちゃんは中学生の頃ってどんな感じの子だったの?」

 

 曲と曲の間、少し静かになった部屋に江利子の通る声が響くと、本を見ていたみんなが一斉に顔を上げた。それぞれ顔を見回し、考えがまとまったのか誰かが口を開く。

 

 「鵜久森、ですか。あえていうなら――オカン」

 

 その言葉に一同納得して頷く友人たちに、流石にうら若き女子高生にその言葉はないんじゃあないかなあと半笑いになってしまう。隣で小さく吹いた江利子となんとなく察していたのか蓉子が苦笑いを浮かべ。リリアンでは私たちに目を付けられたことで、彼女は苦労を背負い込んでいるような気がするのだけれども。

 友人たちがいうには彼女が中学一年生の頃あまり目立つ存在ではなく一人で過ごしていることが多かったが、馴染めないクラスメイトをこっそりとみんなの輪の中へと加わるように促し、それが終わればまた一人で過ごしていたようだ。それを見つけた学園祭で見た子がクラスの中心へと引っ張りこんだ、と。そういえば以前に彼女の口からその話は聞いたなと思い出す。

 

 「うぐちゃんってリリアンではどう過ごしているんです?」

 

 聞いてもあまり自分の事は喋ってくれないから、と口をへの字に曲げて小柄な子が質問を返してくると、江利子が面白おかしく今まで彼女の身に降りかかったことを話す。女子校が珍しいのか、リリアンが珍しいのか。江利子の話に喰いついてくる彼女の友人たちは、私たちを色眼鏡で見ることはない。ただの上級生として見てくれているし、あの子の知り合いということもあるのだろう。知り合ったばかりという緊張感はあるが、リリアンでのように憧れのものを見るような視線はないのだから、いくぶんか気は楽だ。

 

 「え、うぐちゃんって生徒会役員だったの……」

 

 「二学期の後半から、ね」

 

 「リリアンって珍しいんですね。生徒会役員って四月の時点で決まってるのに」

 

 そういわれるとそうなのか。とはいえ人手不足ならば途中加入もあり得るだろうし、そうおかしなものでもない気もするのだが。

 

 「それで鵜久森って生徒会では何の役職に?」

 

 彼の言葉ににたりと笑った江利子を見て、まだ戻ってこないあの子に被害が甚大になる前に早く帰ってこいと願わずにはいられない。

 

 「青薔薇さま(ロサ・ノヴァーリス)っていうのだけれど」

 

 「は?」

 

 「え?」

 

 「ん?」

 

 「なんだ、それ」

 

 「何語?」

 

 もっともな反応なのだろうか。生徒会と呼ばず山百合会と称していることは珍しいと理解はしているけれど。江利子が彼女彼らに説明すると、口々に『似合わない』と笑い始める友人たち。腹を抱えて突っ伏して堪えている子が居たり、涙目になりながら笑い続けていたその時、あの子が戻って来る。

 

 「よ、青薔薇さま」

 

 「青薔薇さま、おかえり」

 

 迎える友人たちの言葉に、私たち三人に視線を向けて珍しく険しい視線を送ると扉を閉めてその場にしゃがみ込み頭を抱えて暫く経ったのちゆらりと立ち上がり。

 顔を真っ赤に染めながら、意趣返しとばかりに『ただいま戻りました。紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)』と私たち三人にしっかりと視線を向けて、いつもより低く大きい声であの子が唸る。長ったらしくて役職名なんて舌を噛むと豪語しているのに、こういう時だけきっちりと言えてしまえるのだから、山百合会で仕事をある程度こなしていた頃には言えていたのかもしれない。

 

 そうしてカラオケが終わるまで青薔薇さまと中学の頃の友人たちに呼ばれ続けていた彼女に少しばかりの同情を覚えながら、時間が来た為に部屋を出て会計を済ませ解散の時間がやって来た。立ち止まり雑談を交わしながらこれからの予定を告げると『分かりました』と返事をくれ。

 

 「少し早いですが、良いお年を」

 

 そんな言葉と共に友人たちと一緒に雑踏へと消える背中を見つめて。腕を組まれて笑いあう彼女。二学期唐突に山百合会へと足を踏み入れて、あまりリリアン生らしくないあの子の姿に随分と救われたような気がする。もちろんあの子だけではなく、今横にいる二人や山百合会に居る子たちにもだ。

 つい最近、栞のことが噂で流れてしまったが祐巳ちゃんや由乃ちゃんが色々と動いてくれたことは知っている。あの子も一緒に居たそうだが、どうやら二人のお守り役に徹したようで。以前、お見合いを受けると聞いた時、無理矢理に婚姻させられたらどうするのか聞かれていたことがあったが、あの子の答えに困惑する私がいた。

 もし学園を卒業するまで待っていたら、なにか違った未来があったのかも知れないと考えるようにもなっていた。でもそれはもう終わったことで、ある程度自分の中で決着はついているのだから考えても詮無いことで。

 

 区切りを付ける為には、あの噂は私にとって良いタイミングだったのだろう。祐巳ちゃんと由乃ちゃんに去年の出来事を話したことで、心の整理が少しばかり出来たような気もするし。あの子が言ったようにまた、これから四年後以降に酒を酌み交わしながら、笑って語れることがくる日もあるのかもしれないと思えるのだから。

 

 いつか私も、あの子のように友人たちと何のしがらみもなく笑いあえる日が来るのだろうかと、どこか羨ましく思いながら帰路へとつくのだった。

 

 ◇

 

 偶然に街中で出会った蓉子さまたち一行と約束した小笠原家訪問。家族にその話をすると、少し前のお礼と絶対に粗相のないようにと念を押されてしまった。

 取り合えず詳しい予定は決まっていないし、今から考えても仕方ないし山百合会のメンツが来ると言うのならば、そう心配はないだろう。祥子さまの御両親に出会えたならば、お礼を伝えるぐらいである。そういえば詳しい予定は後で連絡をすると言っていたけれど、一体いつになるのやら。リビングのテレビを眺めながら、暇だなあとボヤいていると電話の音が鳴り響く。ソファーから立ち上がって固定電話が設置されている場所へと移動して、受話器を取る。

 

 「はい、もしもし」

 

 本当は家名を名乗るべきなのかもしれないが、防犯上我が家では名乗らないことになっている。携帯電話が普及しはじめたりナンバーディスプレイ機能なんてものが出来る頃には、受話器を取って名乗るのは廃れているだろう。平和な時代だよねえと思いつつ耳を澄ませると聴き慣れた声が。

 

 『やっほー樹ちゃん、元気にしてるかな?』

 

 「ええ、元気ですよ。センパイこそ、受験勉強大変なんじゃあないですか?」

 

 『うわ、そこは現実に引き戻さないで欲しかったよ』

 

 よよよ、とわざとらしく受話器の向こうで声を出しているけれど、聖さまの場合ほとんど冗談だろう。この時期本来ならば大変でゼミとか参加していそうなものだけれど、大丈夫なのだろうか。

 

 『ま、それは置いといて。――予定決まったから電話かけたんだけれど、今大丈夫?』

 

 軽い調子で小笠原邸訪問の日程を伝えられて、その日に向かって準備をゆっくりと進め。

 

 ――当日。

 

 家を出て約束の場所まで徒歩とバスを使って目指す。

 

 「祐巳さん」

 

 「あ、樹さん。ごきげんよう」

 

 「ごきげんよう。それと、明けましておめでとうございます」

 

 待ち合わせ場所のコンビニ前で見知った姿を見つけて名を呼び軽く手を振りながら頭を下げて、久しぶりに会った祐巳さんに挨拶をすると慌てた様子で彼女も挨拶を返してくれ。どうやら彼女も聖さまから連絡があったようで、祐巳さんの場合昨日知ったそうだ。前もってきっちりと行事ごとの予定は立てている山百合会だというのに、随分と急な話である。年明け前に知っていた私と違い大慌てで準備を進めたようで、昨夜は大変だったそうだ。久方ぶりにあったためかコンビニ前で盛り上がる二人。

 

 「うぎゃっ!」

 

 「それじゃまるで怪獣の子供だよ」

 

 ぬっと伸びた手が視界に入った瞬間に祐巳さんの声が響くと、その背の後ろには聖さまが。

 

 「白薔薇さまっ!」

 

 いつもの癖なのか聖さまの事を山百合会の役職で呼んでしまうのは、祐巳さんの癖なのだろうか。私の場合恥ずかしさが勝って呼べないのだけれど、慣れとか癖は怖いものだ。私の方にも顔を向けて気楽に『やっほー』と挨拶をくれたので、こちらも学園方式ではなく軽く『ども』と返しておいた。

 

 「じゃ、さっそく行きますか」

 

 「あ、でもだって、まだ誰も……」

 

 腕時計を見ながら祐巳さんが疑問を投げかけると、聖さまがしてやったりというような顔で笑う。

 

 「私、他に誰か来るなんて言った?」

 

 「は?」

 

 「ふふふ。騙されたわね、祐巳ちゃん。――さ、行こうか」

 

 聖さまの言葉をそのままを飲むよりは、この待ち合わせ場所に私たち以外は来ないと理解した方が良さそうだ。祐巳さんは聖さまの言葉にまんまと騙されて鵜呑みにしているようだけれど。こっちこっち、と気楽に歩きながら導かれたのは路上パーキング。初心者マークを張り付けたからし色のフォルク〇ワーゲン、ニュー〇ートルの鍵穴に鍵を差し込んで開錠して、乗ってと促される。

 祐巳さんが助手席に乗りシートベルトを締め、私は後部座席へと乗り込む。この時代はまだ後部座席でのシートベルト着用は義務化はされていないので、そのままである。聖さまがコンビニで買ってきたのか、たこ焼きの入ったビニール袋がちょこんと置かれてソースのいい匂いが香って来る。

 

 「い、一体だれが運転を? ――ま、まさかあ……」

 

 運転席に乗り込む聖さまをみつつも、現実逃避したいのか祐巳さんが声を掛けると黙ったまま鍵を差し込むとセルを廻す音が響く。一応免許は取ったようだし、そう心配することもないだろうと一人ごちた瞬間。

 

 「しゅぱーっつ!」

 

 威勢のいい声が狭い車内に響くと同時、この車種ってこんなにいい音してたっけ、それともどこか弄っているのだろうかと首を傾げると、ぐっと後部座席へと体が押される感覚と共に車が発進したのだった。

 

 「い、一体いつから乗ってるんですか!?」

 

 「ん、何時からって……あえていうなら今日から!」

 

 エアバックも着いているから大丈夫とかのたまう聖さまに、降ろしてくださいと叫ぶ祐巳さん。前は楽しそうだねえと、身に迫った危険に現実逃避しながら大通りを進み、住宅街へと踏み入れる。随分と長い塀に沿い走る事しばらく、大きな門が目の前に聳え立っていた。

 

 「白薔薇さま、ここは一体どこですか?」

 

 祐巳さんは知らされていないのか、この場所が一体どこなのか分らないようで。なら彼女の疑問には黙っていた方が賢明だろう。私がバラすと聖さまが拗ねそうだし。

 

 「どこって表札あるでしょ」

 

 前を向いたまま指を指す聖さまに倣って顔を横に向けると、どどんと構えて『小笠原』と書かれた表札に祐巳さんが驚きを見せていた。なるほど祐巳さんに伝えていなかったのはこの為かと納得しつつ、門を抜けて車を走らせるのだけれど家が見えない。というか家の敷地内に森があるのだ。

 ウチの家も大きいと思っていたのだけれど、さらに上の本物である金持ちの凄さを垣間見ながら、駐車場へ車を止めるのだけれどバック駐車に手間取る聖さまを微笑ましく眺める。車の運転も慣れが大きいので経験がモノを言うのだ。

 

 「そんなに笑わなくてもいいじゃない」

 

 「いや、苦手なものあるんだなあ、と」

 

 車を降りながらそりゃひとつやふたつくらいありますとも、と言いながら三人で小笠原邸の玄関を目指す。ほけーと見上げるのだけれど、一体いつの時代のものなのなのだろうか。とりあえず一般家庭では持て余すであろう造りであることだけは理解できる。メンテナンス費用とか大変そうだなあと考えている私と、自分の姉の凄さを身にしみて感じているのか屋敷を眺めている祐巳さんに、聖さまは慣れた様子で先を進む。

 

 「いらっしゃいませ。みなさまお待ちかねでいらっしゃいます」

 

 「お世話さまです」

 

 男性執事さんが玄関前で迎えてくれ聖さまが代表して挨拶をしてくれた後、中へと入る。

 

 「あ」

 

 「あ」

 

 「ん?」

 

 前を歩く二人が上げた声に何事だろうと声が漏れて、二人の視線の先にある階段上を見ると柏木さんと柏木さんの手を肩に置かれてきょとんとした顔を浮かべている男の子。どこかで見たことがあるようなと思いつつ、その謎は直ぐに氷解することとなる。

 

 「祐麒」

 

 「祐巳」

 

 「それに……」

 

 「柏木さん、やはり来てましたか」

 

 呆けた声を出す祐巳さんの後にすぐ、いつもよりも低めの声を出す聖さま。そんな聖さまをみて余裕の笑みを浮かべている柏木さんも大概である。

 

 「僕はさっちゃんといとこ同士だからね」

 

 「でも、なんで祐麒が?」

 

 「僕もよく分からないんだよ。ゲームセンターで成り行きで」

 

 どうやら柏木さんと彼は賭けをしたようで、その結果で小笠原邸へとやって来たようだ。突然の出来事に困惑しているようだけれど、それでも取り乱していない辺りは肝が太いと思うのだけれど。祐巳さんに知り合いなのかと聞くと『弟だよ』と返事が返ってくる。マジマジと見てみるとよく似ている。どうやら以前話していた同学年の弟さんのようだ。

 

 「いらっしゃい。白薔薇さま、祐巳、樹さん」

 

 和服姿で迎えてくれる祥子さまの横には、同じく和服姿のどことなく祥子さまに似ていて柔らかくした感じの女性が。

 

 「あ、あけましておめでとうございますっ」

 

 「おめでとう」

 

 「いらっしゃい。お客さまが増えて嬉しいわ」

 

 その言葉に聖さまが返事をし、私も失礼のないように初対面の挨拶と前回のお詫びの品についてなるべく横に居る人たちに気付かれないようにぼかしながら礼を伝え。

 私の名前を聞いて『ああ、この子だったのね』と小さく笑みを浮かべると、目敏く聖さまが『何かあった?』と小声で聞かれ『少しだけ』と答えると『あとで話を聞かせてね』と微笑まれた。その言葉にげんなりしつつ、祥子さまが小母さまに祐巳さんを紹介して祐巳さんも挨拶をする。

 

 「あら可愛い。さすが祥子さん見る目があるわね」

 

 体全体で喜んでいる祐巳さんを他所にハイソな人って自分の子供に『さん』付けするんだねえと驚きつつ、別室へと案内されると私たち以外の山百合会全員がその部屋に揃っていたのだった。制服ではなく私服姿のみんなに違和感を覚えつつ、この異様な華やかさはなんなのだろう。みんな顔良いからなあと遠い目をしながら各々新年のあいさつを交わしたあと、何故か全員でトランプゲームに興じることとなったのだった。

 

 「あがり」

 

 「あら柏木さんが止めていたのね」

 

 「祐巳ちゃん覚えておきな、七並べに強い男は性格悪いからね」

 

 「だったらダウトが得意な女は嘘つきを証明しているものじゃないかい?」

 

 今は七並べをやっていたのだけれど、柏木さんがあの手この手で勝っている。頭いい人はトランプも強いのかと感心していたのだけれど、二人の言い分はどっちもどっちである。

 

 「アンタはいちいち一言多いんだよ」

 

 「褒められたと思っておくよ」

 

 やはりお互いさまだよなあと思いつつ、江利子さまが呆れた声をあげそれにつられて蓉子さまが微笑んだ。

 

 「あ、そうだ樹ちゃん。さっきの小母さまの話だけれど、何かあったの?」

 

 「その話をこのタイミングで持ち出しますか……」

 

 ひとしきりトランプで遊んだあと、忘れていたと思っていたのに聖さまは話をほじくり返す気が満々のようだ。

 

 「だってその方が面白そうだし」

 

 「黙秘権を行使します」

 

 「えー! つまんなーい! いいじゃない、話聞かせてよ」

 

 喰いつく人が確実に居るから騒がないで欲しいなあという願いは虚しく届かない。

 

 「聖、どうしたの?」

 

 やはりいの一番に江利子さまが喰いついたかと、頭をがっくりと落とすと先程の事を説明する聖さま。そうして周りで聞いていた人たちも、話に惹かれたようで聞き耳を立てている。初対面だというのに祥子さまのお母さまが私の事を知っているのは、リリアンで青薔薇を担っているからか、それとも別の何かで知っていたかということしかない。

 面白そうだから早く話せと言わんばかりの顔をしている江利子さまと聖さまに、止めるつもりもないし祥子さまのお母さまが何故私という存在を知っていたのか姉として気になっているであろう蓉子さま。そして興味津々でこちらに視線を向けている由乃さんに、無理に聞くのは……でも止められないしと考えていそうな祐巳さんと志摩子さんと令さま。祥子さまと柏木さんは知っているから問題はない。一番目を白黒させているのは祐巳さんの弟さんである。

 女ばかりに囲まれて肩身が狭そうだけれど、大丈夫なのだろうか。

 

 「それで、樹ちゃん。どうして祥子のお母さまが貴女を知っていたのかしら?」

 

 「……リリアンで青薔薇を担っているからでは?」

 

 多分だけれど小母さまもリリアンに通っていそうである。良い所のお嬢さまだというのは立ち振る舞いから分かるし、(スール)の存在も知っていたのだから。

 

 「えー。それだけであんな事いうのかな?」

 

 「いいんじゃないかい、話しても」

 

 事情を知っている柏木さんはにやりと笑っているから嫌な予感しかしないけれど。自分で話してもこれは補足説明で柏木さんの合いの手が入りそうだなあと、遠い目になる。それならもういっそ柏木さんが話してくれればいいじゃないかと思うあたり、いろいろと何か大事なものを放棄しているような気もしてきたけれど、自分から喋るのはどうにも億劫である。

 一応、一年生ズにはお見合いとその後にパーティに誘われたのは軽く話しているものの、全てを喋った訳ではない。気が重いなあと悩んでいると、結局痺れを切らした柏木さんが語り始めたのである。

 

 「いやあ、迷惑な客を追い出せて良かったんだけれど、まさかリリアンに通う子があんなことをしようとするなんて」

 

 ぷぷっと笑っているけれど、その痛みを知っているであろう柏木さんは随分と余裕である。とりあえずお見合いの最中相手に壁際へと追いやられてキスを迫られたところまでは話してくれたのだけれど、周りは目が点状態である。まあ普通、断ることを前提で受けていてもこんな展開にはなるはずがないものねと、微妙な心境になってしまった。

 

 「もったいぶらずに話せよ、銀杏王子」

 

 柏木さん相手だと言葉が乱暴になる聖さまに『聞きたいかい?』と念を押す柏木さん。言わないで欲しいなあと願うものの、必ず聞き出すだろうなあと諦めモードである。

 

 「握りつぶそうとしていたからね、彼女」

 

 「あん?」

 

 「?」

 

 理解できなかったのか不思議な顔を見せる面々の中、一人祐巳さんの弟さんだけは青い顔をしていた。同性なのでその痛みが分かってしまったのか、申し訳なく思いつつ私の所為ではないと開き直る。

 

 「樹ちゃん、何をしようとしたの?」

 

 どこからともなく沸いた問いかけに、頭を悩ませる。

 

 「あー……えー……、まあ、その」

 

 ストレートに玉潰しを敢行しようとしたと伝えても良いものかと迷ってしまう私の視線が柏木さんの股間へと移ると気付いた人が約数名。

 

 「僕を見ないでくれるかな」

 

 「余計なことを言うからですよ」

 

 そうして報復を済ませたと思えば、柏木さんが報復返しとばかりにパーティーでの水かぶり事件もぶっちゃけられてしまい、一同から呆れた視線を向けられる。だって仕方ないじゃないか。穏便に済ます方法がアレしか思い浮かばなかったのだから。

 

 「というか柏木さん。思い出しましたが、あの詫びの品って柏木さんがチョイスしましたよね」

 

 「うん、僕が選んだよ。――どうだろう、気に入ってくれたかな?」

 

 「そうですね。日々ダイエットに勤しんでます」

 

 「それはよかった」

 

 にっこりと笑う柏木さんに嫌味で返しながら、お詫びの品が小笠原家と柏木家から届いたことを全員が知ると、小母さまが私の存在を知っていたことにようやく納得してくれた面々だった。




 8948字

 アニメのあの車っていい音させ過ぎじゃない?って疑問に思っています。あの車ってあんなにいい音がしたっけかと。ちなみにアニメ『逮捕しちゃうぞ』でのトゥディはスカイラインのエンジン音を使用していたようです。美幸が魔改造してたとはいえ、良い音すぎるw

 あとお風呂に辿り着かず。まあ冗長になって目標にしている所まで辿り着いていないのは恒例となっておりますので、ご容赦を。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。