大人数で集まっているというのに、全然狭さを感じない小笠原邸。お手洗いを借りると来客専用だし、個室も三つほど並んでいたりと格の違いを見せつけられている――訳ではないのだろうけれども、どうしても住む世界が違うなと思わずにはいられない。邸を訪れてから数時間、久しぶりに会うからなのか話が弾んでしまうのは女の子ならではということなのだろうか。
「樹さんは冬休みは何をしていたの?」
揃って遊ぶにも限界があり中だるみし始めると各々好きに過ごし始める。とはいえやることはお喋りくらいしかないので、他愛のない雑談がこうして繰り広げられている訳なのだけれども。
「ん、取り合えず貰った課題を終わらせてあとは家でゴロゴロしながら、中学の時の友達と遊んだくらいかなあ。由乃さんは?」
年末年始はお決まりの親戚付き合いで祖父母の家へと顔見世に行っていた。こてりと首を傾げて私へと質問を投げた由乃さんは何故か不満顔である。
「私も似たようなものだけれど……――樹さんと遊ぶ約束なんて交わしていないものねっ!」
ぷいと顔を背けた由乃さんを隣に居た志摩子さんがその姿を見て小さく笑う。私は私で参ったなあと頭をぽりぽり掻きながら、見事に不貞腐れている由乃さんを見ながら苦笑いをしつつ、年相応の反応に可愛いなあなんて考えて。
「じゃあ、どこかで時間取って遊ぼうよ。志摩子さんはどう?」
「へ」
志摩子さんが抜けた声を出すなんて随分と珍しい。驚いて『きゃ』と可愛らしく悲鳴を上げている所は聞いたことがあるのだけれども。しかもその姿も声も似あっているのだから、やはり美人は徳であると凡庸な私は一人納得していた。自分に話が飛んでくると思っていなかったのか、目を真ん丸にしたまま固まっているのだけれど大丈夫なのだろうか。横に居る由乃さんが私の言葉を聞いて普段の調子を取り戻し、私の顔を見て志摩子さんの方へと視線を移した。
「いいわね。山百合会の一年生勢揃いなんて、素敵じゃない」
二学期からいろいろとあり忙しかったから、山百合会の一年生ズが学園外で遊ぶことなんてなかったのだから。祐巳さんは今この場には居ないが、戻って話をすれば彼女ならば快諾してくれそうである。志摩子さんの返事を聞かないまま話が盛り上がっているのだけれど、大丈夫だろうか。気になって視線を向けると目を細めて笑ってくれたので大丈夫だろう。無理ならば無理だと言える子だと思い出し、この辺りの心配は必要はないかと安堵した。
「聖と祐巳ちゃん、遅いわね」
祐巳さんが聖さまに耳打ちをしながらどこかへと消えてしばらく。友人の家で勝手にどこかに行くのならばトイレくらいであろうと、なにも気にしていなかったのだけれど戻ってくるのが遅い。
「祥子がお茶を淹れにいったから、そっちへ寄り道でもしているんじゃないかしら」
「そうかもしれないわね。もう少し待ってみましょうか」
勝手に人様の家の中を徘徊するのは不味いから、探すという選択は取れず苦笑をしながら蓉子さまと江利子さまが結論付けた。そういえば柏木さんもこの部屋から居なくなっているのだけれど、何処に行ったのやら。彼の場合勝手知ったる小笠原邸だろうから、この広い屋敷を気ままにフラフラしているのは目に見えている。女所帯の中に一人ぽつんと居る祐巳さんの弟さんが少し気の毒だけれど、あと少しすれば戻ってくるだろう。
由乃さんのヒートアップした会話もひと段落して落ち着きを見せていた。兎にも角にも祐巳さんが戻ってこないと話にならないわねと決断を彼女が出したので、一年生たちで遊びに行く約束は取り合えず中断したのである。
嬉しそうに笑っている由乃さんの姿をみていると、これは本気で冬休み後半のどこかで出掛けることになりそうだ。お嬢さまってどういう所で遊ぶのか謎だけれど、以前三年生たちに会ったのはごく普通の街の雑踏の片隅。中学時代の友人たちとあまり変わりはないのだろうなと視線を部屋の中をさ迷わせ、周りを見渡す。何故か祐巳さんの弟さんと目が合い、お互い小さく頭を下げる。丁度話も切り上がったので彼と話すのも悪くはないと、手持無沙汰で暇そうにしている彼の下へと近づく。
「えっと、祐巳さんの弟さん……でいいんですよね?」
相変わらず初対面の相手だと話の進め方が下手で、もっと上手な方法はないものかと考えるものの、良い方法が浮かばないのだから仕方ない。
同い年であることは理解しているけれど、祐巳さんがリリアン女学園に通っているのならその弟である彼は花寺に通っていても可笑しくはない。というか柏木さんと知り合いならば確実に花寺学院に通っているであろうと、敬語で喋りかけたのだ。
「ああ、はい。姉がいつもお世話になっています。福沢祐麒です」
男子高校生だというのに落ち着いた雰囲気で挨拶をしてくれた。玄関で顔合わせはしたもののキチンと名乗った訳ではないので、彼の方から名乗ってくれたことに感謝しながら私も名乗りながら、リリアンの生徒会で祐巳さんにお世話になっていると返すと微妙な顔になった彼。
「そうだ。不躾で申し訳ないんですが、どう呼べばいいですか?」
「好きに呼んで頂いて大丈夫ですよ。福沢でも祐麒でもどちらでも大丈夫ですので」
柏木さんも紳士な所をよく見るけれど彼もまた良い所のお坊ちゃんの為なのか、随分と丁寧な口調と声色でしっかりと喋る人だった。中学時代の男友達とは違い随分と落ち着いているなと感心しつつ、口を開く。
「じゃあ、福沢くん、でも良いですか? 私も鵜久森でも樹でも好きに呼んでくださると有難いです」
こういう時はリリアン独自のルールって便利であろう。同級生には『さん』上級生相手には『さま』とつけて呼ぶことを強制されるから選択肢がないんだものね。
そういえば花寺もこうしたルールは存在するのだろうか。とはいえ私は花寺の学院生という訳でもないのだし、いずれ聞ければいいくらいの話である。同級生であることを知っているので取り合えずこのまどろっこしい敬語を取っ払ってしまいたいのだけれど、ぐっと我慢をしてる状態なのだけれども、社交の基本は笑顔である。
「それじゃあ、鵜久森さんで」
「さん付けで呼んでくれる男友達がいないので、なんだか新鮮です」
私から『福沢くん』と呼んでしまったために彼の選ぶ幅が少なくなってしまった事には申し訳なさを覚えてしまうが、みんな『鵜久森』だもんなあ。さん付けで呼んでくれる男子なんてほぼ皆無である。
少し照れくささを覚えつつも話し相手である福沢くんには笑みを向けながら話をする。第一印象って大事だし、山百合会のみんなのような顔のアドバンテージは低いので凡顔の私には繕うことが大事なのである。美人に生まれたかったなあと、ひっそりと心の中で嘆きつつ彼と何度かやり取りを交わすと、ようやく祥子さまが戻って来たのだった。
「お茶をお持ちいたしました」
不機嫌を少し携えた彼女に遅れること少し、柏木さんが満面の笑みを浮かべながらやって来る。おそらく彼が祥子さまに何かしたのだろうと、想像がついてしまうくらいには彼の性格を把握しているつもりである。
私の隣に居る福沢くんもなにかに気が付いた様で、小さくため息を吐いていた。そんな二人に遅れること数分、今度は祐巳さんと聖さまが一緒に戻ってきて、手にはどこかで購入していたたこ焼きが。電子レンジでも借りたのだろう、少し湯気がたつソレは良い匂いをこの部屋に充満させつつあった。
「あら、珍しいわね」
「出店があったから、ついね」
どうやらコンビニで購入したものではなく、おそらく神社か寺で初もうで客相手に商をしていた店から購入したようだ。物珍しそうに数名がたこ焼きをみつめて目を輝かせているのだけれど、粉物の割には値段が高いしタコがまともに入っていなかったりとあまり良いイメージがない。
ないのだけれども、どうしてだか買ってしまうのはお祭りゆえの高揚感からなのか。聖さまが『つい』と言っていたことも理解できてしまうのだから、不思議なものだ。わいわいと騒ぎつつ出されたものを食しながら、またお喋りに興じ。
そんなことをしていれば、明日予定のある人たちは家へと帰路へ着く準備をいそいそと始めていた。それを見た私も荷物を取って、鞄の紐を肩へと掛ける。
「樹ちゃん、君はこっち」
「ん、みんな帰るんじゃないんですか?」
聖さまに何故か首根っこを掴まれて、何故か帰ろうとしているみんなから離されてしまう。蓉子さまから伝えられた時は『祥子の家にみんなが集まる』だったけれど、聖さまから電話で予定を告げられた時は『一泊二日の泊りね』と事情が変わっていたから一応お泊りセットは持参していたものの。
「泊りだって伝えていたでしょう」
確かに聞いてはいたけれどみんなが帰るのならば、私も帰るべきだろうと判断したのだけれどソレは許されないらしい。泊まる予定で来ているのだから何ら問題はないのだけれど、今度からは聖さまの言葉を鵜呑みにしない方が良いなあと、遠い目になりながら心に誓う私であった。
「そろそろお暇しましょうか。――柏木さん、祐麒くんと二人で女性のボディーガードよろしくね」
この小笠原邸に侵入を試みる不届き者なんて居ないような気もするけれど、万が一の可能性も確かに捨てきれないのか。江利子さまのその言葉に柏木さんが答えようと口を開く。
「はい、承りました」
この上なく胡散臭そうと思ってしまうのは、彼のお茶目を直接体験しているからだろうか。学園祭で祥子さま相手にやらかしていたけれど、私は被害を被っていなかったので山百合会のメンバーよりも彼に対する感情はそう悪いものでもなかったのに。
あのホテルでの一件以来、優しいんだか面白がって行動を起こしているのかどちらなのか判断が付かない。両方の可能性も捨てきれないので、判断に困る人だよなあと二人のやり取りを見ていると、祐巳さんが福沢くんの方へと顔を向けて驚いた顔をしている。彼が泊まることを知らなかったのだろう。ただ柏木さんに言いくるめられたことだけは安易に光景が浮かんでしまうので、彼もある意味被害者のような。苦労するねえと同情心を向けるけれど、私も似たようなものかもしれないとハッとして項垂れる。
「祥子、今日はどうもありがとう」
「また寄らせてね」
社交辞令なのか本心なのかどうか分からない言葉を蓉子さまと江利子さまが告げて、エントランスホールを出る。この大きなお屋敷に安易にまた寄らせて欲しいだなんて口が裂けても言えないんだけれど、やはり住む世界が違うのかリリアンに通うお嬢様たちは違うらしい。慣れているという事もあるのだろうけれど、私が慣れることって訪れるのかどうかは謎。
「お正月早々、お集まりいただきましてありがとうございました。また是非お寄りください」
祥子さまの〆の挨拶で、帰宅組のみんながタクシーへと乗り込む。どうやら由乃さんと令さまは明日から箱根、江利子さまは家族と海外旅行、蓉子さまは受験対策で冬期講習、志摩子さんは何も言っていなかったがおそらく家の手伝いがあるのだろう。山百合会の仕事を家の手伝いがあるからと断っていたことが何度もあるのだから。山百合会全員で小笠原邸に泊まるとなるともてなす方は大変だろうし、ある意味適切な人数ではあるのだろうか。
「祐巳さん良いわね。今日はお姉さまの家にお泊りでしょう」
「う、うん」
由乃さんが祐巳さんへと顔を向けて語り掛けると、自信がなさそうに返事をした祐巳さん。まあ聖さまやら柏木さんやら福沢くんに私と邪魔者がいるからしかたないよねえと、一人勝手に納得して頷くとタクシーが発進していった。
「明日、何か用事があるの?」
「へ、い、いいえ、ないです。何もありません」
「だったら、そんなにソワソワしていないでゆっくりなさい」
要するに泊まっていけという事だろうと二人のやり取りをみているとそういうことだったようだ。
祐巳さんは祥子さまとの姉妹関係を不安視していることが時々あるけれど、祥子さまの方がべた惚れなのだから必要はないと伝えているのに、本人からすれば俯瞰してみることは難しいらしく悩みの種のようだ。先程まできょろきょろと周囲を見ていた祐巳さんは、安心した顔をしてにっこりと祥子さまの言葉に頷く。
「もちろん樹さんもね」
「すみません、お世話になります」
祥子さまなりの気遣いなのだろう。祐巳さんとの話を終えると私の方にも遠慮はいらないと言わんばかりにそう伝えてくれたのだった。
◇
そうして祥子さまの家に泊まることが決定的になったその日の夜。
この大きな屋敷の住人の私室へと案内され、置かれている調度品やらベッドの高級さに気安に触れることが出来ないな、とかお手伝いさんが沢山いることを知ったりと小笠原の凄さを遠い目になりながら実感したりと、いろいろとあった。夜も更けてしばらく、あと少しで就寝という前にお風呂に入って身綺麗にしてしまおうと、この家の主から告げられて連れられた先で。
「広い……」
「うわ、すごい」
お客様用だから気楽に使えばいいと言い残して祥子さまはさっさと去っていったのだけれども、残された凡人代表の二人が大きい風呂を覗いて感嘆の声を上げていた。
「これ、一人で入るの寂しくない……?」
この広い浴槽にぽつんと一人で入り、蛇口が数個設置されている洗い場で体と頭を洗うのか。家のお風呂ならば一人で入るくらいのスペースしかないので気にはならないけれど、複数人で入ることを想定して設計されているのは目に見えて分かる。
「へ?」
「ということで祐巳さん、一緒に入ろうよ」
「う、うん。いいけれど」
少し驚きつつも、直ぐに同じ結論に至ったのか笑みを浮かべながら返事をくれた祐巳さんに、んじゃあ用意しようかと振り返ると聖さまの姿が。
「君たち、私を置いて入るだなんて酷いんじゃないかな?」
腕を組んで意地の悪い笑みを浮かべながらそんなことを言い放つ聖さま。一応上級生だし気を使うこともあるだろうからと、何も言わなかったのだけれど、どうやら彼女はソレがお気に召さなかった様子で。そういうことなら何も問題はないだろうと、声を掛ける。
「じゃあ、聖さまも一緒に入りましょう」
「う、うぇええええ!」
私の言葉にツインテールを揺らしながらすごい勢いで驚く祐巳さん。
「なに、祐巳ちゃんは私と一緒に入るのが嫌なの?」
「い、嫌というか、恥ずかしいというか……」
「じゃあいいじゃない。さ、準備しよー」
にっと口を広げて笑い祐巳さんと私の肩を抱き荷物を置いている場所まで進む。そうして寝間着やら下着やらを用意してもう一度戻り、脱衣所で服を脱ぐ。祐巳さんの場合は誰かと入るのが嫌というよりも、薔薇さまである聖さまと一緒に入ることが気恥ずかしいのであろう。そういうことならば止める必要はないのだし、直ぐに慣れると聖さまの行動を止めるようなことはしなかった。全裸になって風呂場へと進もうと足の方向を変える。
「い、樹さん、大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃあないかも……」
眼鏡を外して服を脱ぎ去ったのだけれども、近視ゆえにモザイクの世界となり果て感覚が掴めない。一向に進もうとしない私を不思議に思ったのか、服を脱いだ祐巳さんらしき姿が振り返って私を見ると手を差し伸べてくれたので、私も右手を出して掴む。
「ありがとう、助かるよ」
「そんなに視力悪いの?」
「うん。ほぼ見えてない」
「あー、そういえば学園祭の準備の時、君の眼鏡かけてみたけれど凄くキツかったもんねえ」
聖さまもいつの間にか準備できていたようで私の隣に立って、左腕を取ってくれた。
「両手に華ですねえ」
リリアンの生徒が見ればかなり羨ましい状況なのだけれど、残念ながら視界不良の為になにを見てもモザイクが掛かっている状態である。
「なにそれ。――あ、足元気を付けなよ」
ガラガラと引き戸を開ける音が響くと同時に聖さまの声が聞こえ、一歩足を踏み出す。
「うおっ」
ずるっと踏み出した足が前へと滑るけれど、どうにか踏みとどまって事なきを得る。足をおっぴろげている私に驚いた二人を他所に体幹強くて良かったと安堵しつつ体勢を元へと戻すのだけれど、私が足を滑らすことを予想していたのか聖さまの体が随分と密着していた。
「言わんこっちゃない」
「だ、大丈夫、樹さん?」
二人とも心配してくれているのだろうけれど、私の視界は相変わらずモザイク世界。慣れている場所ならば間取りを覚え感覚で動けるので問題はないのだけれど、こうして見知らぬ場所になるとこういうことが起こりやすい。
「すみません、ありがとうございます」
呆れてるんだろうなあと苦笑いをしつつ掛け湯をして浴槽へと浸かる。小さな温泉宿ほどの広さのこの場所、堪能しなければ勿体ないとゆっくりと肩まで沈めて目を閉じる。
「ふいー。気持ちいい」
「おじさんみたいだよ、樹さん……」
私の格好は銭湯へとやってきた中年オヤジそのものである。頭にタオルを乗せているし、胡坐を組んで座っているのだから。二人がどんな顔をしているのか全く分からないし、気楽なモノである。
「いいのいいの。せっかくの贅沢なんだから楽しまないと」
「うーん。樹さんのその前向きな所、見習いたい」
恐らく私の横で百面相をしていそうな祐巳さんと、彼女の言葉を聞きくつくつと笑っている聖さま。まあ時間が経てばいろんなことを経験して、ある程度の物事には動じずになるのだけれど、祐巳さんが私と同じようになるのは少々おすすめしかねるなあと苦笑い。
「樹ちゃん、お腹周り凄くない? というかさっき腕持った時に思ったんだけれど、鍛えてるの?」
「今は軽くですけれど、前は腹筋割れてましたからねえ」
鍛えていない同年代の女子よりは、お腹の筋肉はそれなりに付いている。大分落ちてしまったし以前の様にシックスパックではないけれど、縦に筋が入るくらいには。
「へえ」
おもむろに体を洗おうと浴槽から立ち上がった時だった。聖さまが私に声を掛けると、それに答えながら蛇口へと進んでおぼろげな視界を頼りに、どうにかシャワーノズルを手に取ると背後に気配を感じ。
「おお、硬い。――興味があるなら、祐巳ちゃんも触ってみる?」
うにうにといつの間にか聖さまの手が私の腹へと伸びて、筋肉の感触を確かめている。遠慮のない言い方と触り方に彼女らしいなと苦笑いしつつ、横には祐巳さんの姿が。
「へっ!?」
「樹ちゃんなら、怒ったり嫌がったりしないから平気だよ」
聖さまが言える台詞じゃあないような、と疑問符を頭に浮かべているとちょこんと祐巳さんの指先が伸びてきて私の腹の中心からそれた所を何度か軽く押し込んでいる。
「おお」
筋肉の感触が珍しいのか感嘆の声を上げながら、未だ私の腹を触り続ける二人に湯冷めするから体と頭洗いましょうよと促して、ようやくお風呂を済ませて三人一緒にあがる。タオルドライをしながら他愛のないことを話しながら、寝間着に着替えると祐巳さんが『私だけパジャマ……』と唸っていたのだけれど、Tシャツとスウェット姿の聖さまと私がラフすぎるだけだ。
「祐巳ちゃん何をきょろきょろしてるの?」
お風呂場から布団が敷かれた客室へと入り、だらだらと三人で祥子さまが来るのを待っていた。お風呂で借りた石鹸とシャンプーも良いもので、良い匂いが鼻腔をくすぐっている。
「だって、ここにも小さなお部屋があって旅館みたいですよ」
これだけの豪邸だから来客用に部屋がいくつあってもなんらおかしくはないけれど、一般家庭ではありえない規模。先ほど祥子さまの部屋を覗いていた時は普通にしていたけれど、どうやら凄すぎていろんなものがぶっ飛んでいたらしい。
「祐麒たちはもう寝たかな?」
「あー。無事だといいねえ、祐麒くん」
なんだか不穏なセリフを吐く聖さまに、考えすぎじゃないかなあとあまり想像したくない光景を目に浮かべてしまう。
「へっ、無事って?」
聖さまの言葉が理解できなかったのかオウム返しをした祐巳さんと同時、襖が開く音が聞こえると何故か紙とペンを持った祥子さまがやって来た。
「お姉さまっ!」
はへーと感心していると、祐巳さんも気付いたのか喜んだのも束の間、手に持っているものに気が付いて不思議そうに見ている。そんな祐巳さんに笑みを向けながら祥子さまは聖さまの方へと向かい畳の上に正座した祥子さま。その所作は見惚れる程奇麗で、流石お嬢さまといえる。
「白薔薇さま、お宅では『なかきよ』おやりになりますか?」
その質問と共に紙を手渡し、その後に私と祐巳さんにも配る祥子さま。
「なかきよ?」
「おまじないなのよ――」
『長き夜の』が書かれた七福神の宝船の絵を枕の下に置き、歌を三回読み上げて寝ると、よい初夢を見られるという室町時代から伝わる回文和歌だそうで。そんな風習があったんだねえと感心しながら、祥子さまの手本に倣い枕の下へと紙を入れる。
「電気どうする?」
「茶色にしましょう!」
聖さまの言葉に元気よく答えた祐巳さん。以前のわたしは豆電球と呼んでいたけれど、それぞれの家庭で呼び方は独特のようだ。ぶっと吹いた聖さまとくすくすと笑う祥子さまに、顔を赤くさせている祐巳さん。ひとしきり笑い布団の中へと体を入れて『おやすみなさい』と声を掛け合いそそくさと目を閉じる。
祥子さまが最後に部屋の明かりを落として布団へと入る音が聞こえてしばらく、祐巳さんと祥子さまが何かを喋っているけれど姉妹のやり取りを邪魔するのは無粋だよなあと、意識を手放すのだった。
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お風呂回は桃色成分を強めに出したかったのですが、オリ主は視力が悪いのを忘れてた。テヘッ。あと手を繋ぎたかっただけっていうね。
あと今思い出して、夏休みに蓉子さまをナンパから助けてたのをすっかり忘れてた。どこかしらで話として入れないと……。ああんでも次はもう三学期で三年生登校頻度下がるぅ!