ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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ヴェアヴォルフ

――――501基地、執務室――――

 

 

「転属兵? ずいぶんと早い補充だな。それにこの容姿は……」

 

「上層部が私達の事が嫌いなのは前から分かっていたけれど、これほどまでに嫌われているとは思わなかったわ」

 

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは大きく溜息を吐く。その原因はつい先ほど送られてきたたった数枚の書類であった。

 

 顔写真が貼り付けられたその書類には転属兵の詳細が記されている。

 

 ミーナに向かい合う眼帯をつけた女性、坂本美緒は興味深げに書類を見つめる。写真に写された顔は紛れもなく男性のものである。

 

 「ヴァレリー・オデール」大尉、ガリア生まれの18歳。その戦歴はそうそうたるもので、1941年にカールスラントの撤退戦を経験してからその体でアフリカの空を飛び続けたらしい。

 

 奇妙なことに、ビフレスト作戦は1940年に決行されたはずなのに、経歴では1941年になっている。

 

 公式撃墜数は125機。だがそれ以上に、備考欄にびっしりと埋め尽くされている文字がこの男の異常性を物語っていた。

 

「……士官学校での素行は極めて悪く、命令を無視して敵中に単機突撃を仕掛ける事は日常茶飯事、銃身が焼け付くまで攻撃を止める事はない。処罰回数は学年トップの18回」

 

 ミーナはその文を読み上げるとこめかみを押さえる。とんでもない兵士がやって来たものだ、とでも考えているのだろう。

 

「ともあれ、何か問題が起これば我々で対処するさ。少しでも戦力になれば何でも良いじゃないか」

 

 坂本の言葉にミーナは不服そうだったが、眼を閉じて軽く息を吐くと頷いた。坂本は踵を返すと扉を開け、部屋を後にした。

 

 

――――滑走路――――

 

 

 轟音と共に輸送機のハッチが開かれ、内部が露になる。さまざまな物資の詰まっているであろう木箱に腰掛けていた男は、ミーナと坂本の視線に気付くとゆっくりと立ち上がる。

 

 色あせた金色の短髪が風で揺れ、カールスラント軍アフリカ方面隊熱帯仕様のダークグリーンのロングコートをまとった男は大股に2人のもとへと歩きだす。

 

 身長差は優に頭1つ分以上あるだろうが、佐官の2人は凛とした表情で歩み寄る男の瞳を見つめていた。

 

 空気を切り裂く音さえ聞こえそうな鋭い敬礼が男から繰り出され、低い声が言葉を紡いだ。

 

「本日より第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズに配属されるヴァレリー・オデール大尉です」

 

「ええ、書類に眼を通させてもらったわ。私はミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。こちらは――」

 

「坂本美緒少佐だ。今までの戦場ではずいぶんと無茶をしてきたようだが、ここではそうはさせないぞ?」

 

 坂本の言葉に、男はくすりとも笑みを浮かべずにゆっくりと首を横に振った。顔には若干の後悔の色と、悲しみがにじんでいる。

 

 男の行動に坂本とミーナはわずかに疑問を浮かべたようだが、その疑問を露にする事はなかった。

 

「ん……それでは顔合わせでもしようか。私は大尉を案内するから、ミーナは全員をブリーフィングルームに集めて欲しい」

 

「了解したわ」

 

 ミーナは基地の内部へ歩き出す。その背を見つめた後で、坂本はゆっくりと一歩を踏み出した。

 

「どうだ、この基地は綺麗だろう?」

 

「ええ。正直、ここが基地だとは信じられません」

 

 唐突に振られた話題に、男は抑揚のない返事をする。

 

「ここは良い場所だぞ。補給はあるし、景観も良い。戦時中でなければゆっくりと休みたい場所だ」

 

 坂本の何気ない呟きに、男は目を伏せ、一拍おいてから言葉を紡ぐ。

 

「私はいつかこの世界から、ネウロイを蹴りだします。そのための障害は何であろうと、誰であろうと、排除します」

 

 狂気をも秘めた言葉に、たまらず坂下は足を止めて振り返った。

 

「たとえそれが自分を滅ぼすことだとしても、私は奴らを落とします。落とさねばなりません。落とすべきなのです」

 

 凍て付くような瞳が坂本を捉える。一体この男がどうしてこんな言葉が吐けるのか、坂本は想像すらできない。

 

「……あまり、褒められた言葉ではないな」

 

 坂本は小さくそれだけを呟くと、ブリーフィングルームへ歩き出す。男もその後ろに付き従い、ゆっくりと足を踏み出した。

 

 

――――ブリーフィングルーム――――

 

 

 ブリーフィングルームは静まり返っていた。先ほどミーナから新しいウィッチの配属の報を聞いた時は誰も彼も笑みを浮かべていたのだが、そのウィッチが男性であると告げられた途端に笑みは溶け落ち、小さな囁き声が部屋を埋めはじめたのだ。

 

 そしてその声もやがて止まり、部屋の中は通夜のような陰鬱な雰囲気が支配していた。

 

 新入りの宮藤は何か言葉を紡ごうとしているようだが、掛けるべき言葉が見つからないのだろう。それはミーナも同じようで、焦点の合わない瞳を転属兵の資料に落としていた。

 

 ブリーフィングルームの扉が突然開かれると、皆は一様にその方向を見遣る。その反応に、坂本は驚いたように瞳を張り、そして笑みを浮かべた。

 

「どうしたんだ、そんなに静まりかえって。これから新しい仲間が来るというのに、ずいぶんと辛気臭いじゃないか」

 

 坂本は凛とした表情で前を見つめ、男に前方の壇を指し示す。男はその指示の通りに壇上へ歩き出した。

 

 通路を大股に歩く間にも視線は貫かんばかりに男を射抜いていたが、男は慣れたように壇上に上ると踵を返し、前方を見つめる。

 

「ミーナから連絡があったと思うが、今日から501に加わるヴァレリー・オデール大尉だ。大尉、自己紹介を頼めるか?」

 

 坂本はなんともなしにそれだけを呟く。ミーナは心底安心したように、大きく息を吐いた。

 

「……ご紹介に預かった、ヴァレリー・オデールだ。年齢は……先日18歳になった。出身はガリアだが、ガリアの空を飛んだ事はまだ一度もない。カールスラントの撤退戦を支援してからアフリカの空を飛んでいた。あぁそれと、階級については気にする必要はない。話し掛けやすいように呼んでくれれば良い」

 

 低いが良く通る声でそれだけを呟くと、男はミーナを見つめて頷く。すると、ハルトマンが大きく手を上げた。

 

「ねー、質問。ヴァレリー

ってもしかして、『ヴェアヴォルフ』?」

 

 ハルトマンの言葉に、ミーナとバルクホルンは驚いたように男を見つめる。カールスラント語で「人狼」を意味するその言葉は、どうやら彼女らの興味を得たようだ。

 

「あぁ、カールスラントではそう呼ばれていた」

 

「どうしてそんな物騒な渾名なんだ?」

 

 バルクホルンが問うと、男は口元を吊り上げて真っ白な犬歯を露出させる。目じりをゆがませない、口元だけを吊り上げる笑みだ。

 

 まるで狼のようだ、と誰かが呟いた。

 

「ガリアが焼かれてから、私は復讐に燃えている。敵の攻撃に突っ込んで無茶苦茶に銃弾を打ち出し、固有魔法で敵を撃ち落とす様が由来らしい」

 

「ふん、戦争狂か」

 

 バルクホルンが憎らしげに言うと、男はようやく乾いた笑いをこぼす。

 

「私は戦火が、そして戦渦が欲しいのだ。欧州をひっくり返しても足りないくらいの戦禍が欲しいのだ」

 

「なんだと!?」

 

 バルクホルンが立ち上がり、ペリーヌは鋭い目つきで男を睨む。妹が戦禍に飲まれたバルクホルンとすべてを失ったペリーヌにとって、今の言葉は耐えがたいほどのものだったのだろう。

 

「バルクホルン大尉、クロステルマン中尉、オデール大尉、その辺にしておきなさい」

 

 ぴしゃりとミーナが言うと、バルクホルンとオデールは一度だけ眼を合わせると視線をそらした。

 

「……さて、それじゃあ今度は私達が自己紹介をする番ね。私達はさっき自己紹介をしたから……シャーリーさん、お願いできるかしら?」

 

 ミーナが温和な笑みを浮かべながら言う。と、エイラとルッキーニとひそひそ話を交わしていた豊満なボディの女性、シャーリーは驚いたように瞳を丸くし、そしてふっと穏やかな笑みを浮かべると立ち上がり、男のもとへと歩きだす。

 

「私はシャーロット・イェーガー。階級は大尉。リベリオンの出身で、この部隊一のナイスバディ。グラマラス・シャーリーとは私のことさ!」

 

 物怖じした様子は無く、シャーリーは温和な笑みを浮かべて右手を差し出す。男は無表情でその右手を握ると、シャーリーと硬く握手を交わした。

 

「宜しく、イェーガー大尉」

 

「つれないなぁ。シャーリーで良いよ」

 

 シャーリーの言葉に、男は感心したように眼を見開く。彼自身、これほどまでに早く部隊に順応出来た事は今まで無いのだから。

 

 シャーリーの挨拶に空気が弛緩したのか、次のルッキーニの挨拶は多少の遠慮を含んだ様子だったが、何の問題も無く済み、何人かの自己紹介の後で気まずそうに一人の少女が言葉を発した。

 

「……ペリーヌ・クロステルマン。パ・ド・カレー出身で、階級は中尉ですわ」

 

 ペリーヌの名を聞いた男は、わずかに驚愕を浮かべる。真っ直ぐにペリーヌの金色の瞳を見つめると、咳払いを1つ落として言葉を紡ぐ。

 

「青の一番、クロステルマン中尉か。お会い出来て光栄に思う」

 

「社交辞令は結構ですわ」

 

 ぴしゃりとペリーヌが言う。彼女も、先ほどの男の言動――戦渦が欲しいという言葉が癇に障ったのだろう。

 

 なんとも気まずい空気の中で、リーネが声を震わせながら自己紹介を行うために立ち上がった。

 

 そして、リーネに次いで宮藤が自己紹介を終える。自己紹介中も何人かは不信感を向きだしにしていたが、男は慣れているのか特段の反応は示さなかった。

 

 サーニャに質問を行った際はエイラが威圧していたが、彼がその理由を知る由は無い。

 

「それでは、坂本少佐、オデール大尉を部屋に案内してください。他の人は解散。くれぐれも羽目を外し過ぎないように」

 

 資料をまとめながらミーナが宣言すると、坂本に連れられて男が部屋から歩み出る。扉が閉じられると、ひそひそとした声がブリーフィングルームを飛び交った。ペリーヌとバルクホルンは憎悪を込めて、扉を見つめていた。

 

「……どうだ、順応できそうか?」

 

「……私は兵士です。兵士はただ戦うだけの嵐であれば、炸薬であれば良い」

 

 異常なほどに戦闘にこだわる男に、たまらず坂本は溜息を吐いた。

 

「あいつらも悪い奴ではない。緊張していたんだろう。私も男のウィッチというものを見た事はあまり無いから」

 

「……出来るだけ早く部隊に溶け込めるようには努力します」

 

「おぉ、頼もしいな」

 

 快活な笑いが廊下に溶け、坂本が扉の前で立ち止まる。

 

「ここがオデール大尉の部屋だ。基本的に基地の中を歩くのは自由だが……その……」

 

「分かっています。他の隊員には緊張を与えません」

 

 男の言葉に、坂本は悲しげに眼を伏せる。彼女としては、分け隔てなく扱いたいのだがそうも行かないのだろう。

 

「それでは、貴官の働きに期待している。」

 

 坂本が言うと、男は敬礼を行う。坂本も軽く敬礼を行うと、どこかへと歩き出していった。

 

 一人残された男は部屋の扉をあけ、部屋を見渡す。ベッドとサイドチェストしかないその部屋だが、彼にとっては上等すぎる部屋であった。

 

 部屋に足を踏み入れて扉を閉め、男はコートの胸ポケットから白いかけらを取り出した。

 

 サンゴのかけらのようにも見えるそれは、太陽を受けてまばゆく輝く。

 

「……」

 

 不意に男の顔がゆがむ。今にも泣きだしそうな顔で、男はいつまでもそのかけらを見つめていた。

 

 

――――数時間後、オデール大尉の部屋――――

 

 

 とんとんという軽いノックの音が響き、男は白いかけらから眼を上げた。一体どれほどの時間がたったのか、彼には分からない。

 

 開いている、と短く返答を行い、そして白いかけらを再び胸ポケットにしまった。同時に扉が開かれ、意外な事にペリーヌが姿を現した。

 

 もっとも、ペリーヌは坂本の指示としてやってきたため、彼女自身は男の事を毛嫌いしているはずである。

 

「夕食の時間ですわ」

 

「面倒をかけた」

 

 ペリーヌが威嚇するように男を睨み付ける。男は小さくため息を吐くと、コートをゆっくりと撫で付けながらペリーヌのもとへとむかう。頭二つ分ほどの身長差があるペリーヌの金色の瞳をみつめた。

 

「あなたのような方が兵士だなんて、到底信じられませんわ。亡くしたものがないからあんな言葉を吐けますのね」

 

「……違う」

 

 獣の唸り声のような声で、男は否定を口にする。ペリーヌは驚いたように男を見つめた。

 

「私は多くのものを亡くしてきたから、あまりにも多くを亡くしすぎたから狂ってしまったんだ」

 

「何を亡くしたというんですの? あなたのような人間が、何を亡くしたというんですの!?」

 

 頭二つ分の身長差を気にする様子はなく、ペリーヌは激高したように男の胸ぐらをつかんだ。男は気にする様子はなく、冷たく言葉を吐く。

 

「守るべき国を、親しい友を、愛する家族を、そして私自身を」

 

 その言葉に、ペリーヌの手は震える。ペリーヌがなくしたものを、彼もまた失っていたのだから。

 

「1940年の6月にガリアが落ちて、1941年の10月までカールスラントで戦って、それからアフリカで戦って。いろいろなものをなくしたよ」

 

 ペリーヌは言葉を紡ぐことが出来ない。きっと彼は、生まれながらの狂人ではないはずだ。戦争が彼を、変えてしまったのだ。

 

 胸ぐらから手を離したペリーヌは、大股に食堂へ歩きだす。

 

 言葉はもう、紡がれない。

 

 

――――食堂――――

 

 

 ペリーヌが食堂の扉を開けると、視線が男につき刺さった。だが男はもはや慣れたようで、視線の中を通り抜けて末席へと腰掛ける。何とも気まずい事に、ペリーヌの隣の席だ。

 

「全員揃ったわね。さあ、冷めないうちにいただきましょう」

 

 道中での二人の問答を知らないミーナが朗らかに言うと、合掌と共に食事が始まった。

 

 男の前に座る宮藤は目を伏せている。その様子に一瞬男は戸惑ったようだが、ふむ、と一人うなづくと言葉を紡ぐ。

 

「君が作ったのか?」

 

「え? あ、はい。私とリーネちゃんで。本当なら納豆も出したかったんですけど――」

 

「驚いたな。料理人が作ったのかと思った」

 

 その言葉に、宮藤とリーネは互いに顔を見合わせ、笑みを浮かべる。ほんのわずかに、男の眉間の皺が和らいだ――気がした。

 

「それと、私は納豆を食える部類だ。苦手なものは無いから、食事に関しては気にすることは無い」

 

 その言葉に、男の隣に座るペリーヌは怪訝そうな顔を浮かべる。

 

「よ、よく食べられますわね。あんな腐った豆を……」

 

「クロステルマン中尉は納豆が苦手か? どの国にも外国からは理解されない食べ物があると言うことだ。祖国のエスカルゴも理解されなかったな」

 

 そして男は食事を進めてゆく。

 

「……そういえば、オデール大尉の武装がまだ到着していないようだけど」

 

 ミーナが言葉を投げると、男はゆっくりと首を振る。

 

「否、到着しています。モーゼル・シュネルフォイヤーが2丁と、サーベルが二振り」

 

「拳銃じゃないか。そんな貧弱な火力でネウロイと渡り合えるのか?」

 

 続いてバルクホルンが問う。そんな言葉に、男はバルクホルンの瞳を見つめた。

 

「ただのモーゼルではない。それに、弾薬には気を使っている」

 

「ほう、せいぜい失望させてくれるな」

 

 険悪な雰囲気のまま、2人の大尉は食事をすすめる。もう一人の大尉のシャーリーは大きくため息を吐いた。

 

「まったく、2人とも同じ感じの雰囲気なのにどうしてこんなに仲が悪いのか」

 

「何を言うリベリアン! 私がこんな奴と同じだと!?」

 

 バルクホルンが声を荒げると、シャーリーとルッキーニと、数人が笑う。男は無表情に食事を進めている。

 

「なぁヴァレリー、お前はどう思うんだ?」

 

 にやにやと笑みを浮かべるシャーリーに目をむけ、男は少しだけ息を吸い込んだ。

 

「『フロイライン』と私は違う」

 

「フ、フロッ……!!」

 

 その言葉にエーリカと、あろう事かミーナが笑い、バルクホルンは顔を真っ赤に染めた。カールスラントの言葉で「お嬢さん」を意味する単語は、想像以上に破壊力が大きいようだ。

 

 にぎやかなまま食事の時間は過ぎてゆく。どうやら男は、思ったよりも早く501に溶け込めそうだ。

 

 必死になって言葉の訂正を求めるバルクホルンを尻目に、男はゆっくりと食事を進めた。

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