ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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青空のナミダ

――  ――  ――

 

 燃える、燃える。

 

 ノルマンディが燃える。

 

 見知った人物が赤い奔流に飲み込まれて蒸発し、見知った建物が赤い奔流に飲まれて噴き飛ぶ。

 

 まるで魔女の釜の底のような光景。

 

 これは私の罪なのだろうか。

 

 たった一人生き延びてしまった、「生きてしまった」私に対する罰なのだろうか。

 

 これからの人生で、幾度と無くこの光景を思い出すことが罰なのだろうか。

 

 否、そんなはずは無い。生きることが罪であるならば、そもそもそれは「罪にはなりえない」。

 

 なぜなら、死人に意思は無いのだから。

 

 だからこそ私は私の意思を求める。生者である証明のために、私はストライカーユニット一つ分のスペースを必死に守り続ける。

 

 私はこの光景を彼岸の彼方に追いやるために、今日も飛ぶ。

 

 私はまだ、生きている。 

 

 

――  ――  ――

 

 

 起床のラッパが基地に響く中、のろのろと男はコートを羽織る。数秒ほど前に眼を覚ました男は、日の光を存分に浴びて行動の準備を整えていた。

 

 就寝の際にはコートを脱ぐため、朝起きたときは上半身は裸である。寝ぼけてそのまま外に出た時など、眼も当てられない。

 

 男はダークグリーンのコートに袖を通し、襟を立てる。そして口元を覆い、ボタンを留める。

 

 くすんだ金色の髪は本日も重力に従う意思は見せない。

 

 サイドチェストに立てかけられているモーゼルを腰に差し、男は扉を開ける。大きな歩幅で歩きながら、男は食堂へ向かう。

 

「(今日は飛べるだろうか)」

 

 男は考えをめぐらせる。彼にとっては、それだけが重要なことなのだから。

 

 ちくりと、胸の奥が痛む。今までならばこの事を考えている時が至高の時間だったのだが、もう一つの存在が彼の心を征服しつつあった。

 

「(ペリーヌは、怪我をしないだろうか)」

 

 ペリーヌ・クロステルマンの存在は、彼にとっては望外の存在らしい。彼の過去を知るものがこの事を知ったなら、きっと唖然とするだろう。彼は戦闘の事以外、興味を示さなかったのだから。

 

 食堂へとたどり着いた男は扉を開ける。バルクホルンとハルトマン、そしてサーニャはまだ到着してはいないようだ。

 

「おはよう、ヴァレリー大尉」

 

「おはようございます、中佐。皆も、おはよう」

 

 低い声で挨拶を返し、もはや定位置となったペリーヌの隣の席へ腰掛ける。頭一つ分飛びぬけているさまは、いつみても滑稽なものである。

 

「ヴァレリー大尉は、『少佐』とはどこで知り合ったのかしら?」

 

 ミーナは他意の無い表情でそうたずねる男も別段隠そうとはしていないのだろう、普段通りの口ぶりで言葉を紡ぐ。

 

「カールスラント戦線でお会いしました。私の固有魔法にいち早く目をつけて下さった人です」

 

 食堂の扉が開かれ、バルクホルンに引きずられるようにハルトマン、そして、その後からサーニャが部屋に入る。全員集合だ。

 

 全員が手を合わせ、食事は始まる。

 

「そういえば、ペリーヌ、基地でハーブを育てていると言っていたな?」

 

「ええ、基地の一角に花壇を借りて、そこで育てています。よろしければ、ご覧になりますか?」

 

「ああ、ありがたい」

 

 二人は短くそれだけの言葉を交わす。彼らの向かいに座る宮藤とリーネは、ひそひそと声を潜めて会話をしている。

 

「ねえ、なんかヴァレリー大尉とペリーヌさんって、良い雰囲気だよね」

 

「うん、同じガリアの生まれ同士、気が合うんじゃないかな?」

 

 この二人にはまだ恋心は早いのだろうか。あくまでこの二人の間では、ペリーヌとヴァレリー大尉は「仲良し」なのだ。

 

 きっと部隊の中には、この二人の関係にうすうす気付いている者もいるのだろう。

 

 ゆったりと、食事の時間は過ぎて行く。だが、エイラとルッキーニは互いに視線を交換し合い、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

――基地の一角、ペリーヌの花壇――

 

 

 基地の裏側にはひっそりと、だが視界に入れば確実に目を引くような彩が、あった。

 

 青々とした葉を広げ、色鮮やかな花弁を風に揺らすその様は、今が戦争中だとは思えないような平和の気運を与えてくれる。

 

「これが、私が丹精込めて育てたハーブ園ですわ」

 

 ハーブ園と言うにはあまりにも小さいその場所だが、その場所に存在しているものは、ハーブ園に存在しているものよりも幾分上等であるように思える。

 

 ペリーヌの優しさが、この植物達を育んだおかげだろうか。

 

「……綺麗だ、とても」

 

「もっともっと綺麗になりますわ。いずれはガリアも、こんな光景が広がる場所になりますもの」

 

 ペリーヌは男の顔を見上げ、そう言葉を紡ぐ。男はわずかにおだやかに笑みを浮かべると、口を開く。

 

「ああ、そうだな。この戦争が終わったら、ガリアに帰るよ。そして、君達を手伝いたい」

 

「ふふ、期待していますわ」

 

 二人を穏やかな雰囲気が包む。基地の影から三つの人影が覗いていることなど、知る由も無い。

 

「何だ何だ、良い雰囲気じゃないか」

 

「ペリーヌとヴァレリーが笑ってるー、珍しー」

 

「声までは聞こえないのが残念ダナ」

 

 ルッキーニとシャーリー、そしてエイラの三人である。人の恋路を邪魔する奴は馬にけられて死ぬ、という扶桑のことわざは、彼女らには通用しないらしい。

 

「それにしても、ペリーヌとヴァレリーって最初に見た感じ相性悪そうだったよね」

 

「だよなあ。ああいう堅物はペリーヌは苦手そうだし。ヴァレリーの方は良く分からないけどな」

 

「どっちにしろ、これからアイツに問い詰める必要があるナ」

 

 ニシシ、と笑みを浮かべながら、エイラはタロットカードを引く。

 

 引いたカードは恋人の正位置、その結果に、エイラは渋い顔で愚痴を紡ぐ。

 

「ゾッコンかよ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、三人は二人を見つめる。

 

「……一つ、お尋ねしてよろしいですか?」

 

 ペリーヌは男に背を向けると花壇に向けて膝を折り、言葉を紡ぐ。さわやかな風が一筋彼女の髪をなでる。風は、隠れている三人の下に言葉を運んだようだ。

 

「ああ、かまわない」

 

 男の金髪も、わずかに揺れる。だが、重力に従おうとはしないようだ。

 

「……アネット・カプチェンコ中佐とは、どのような人だったのでしょうか」

 

 男は目を見開いて口をパクパクと動かすが、ペリーヌは続けて言葉を紡ぐ。

 

「醜い事に、彼女に嫉妬してしまいましたの。だって、大尉は彼女の事を話しているときに、とてもうれしそうな表情をしていたんですもの」

 

 くるりとペリーヌは振り返り、男の瞳を見つめる。金色の瞳と黒い瞳が交差する。

 

「中佐は……中佐は……すばらしい人だった」

 

 その言葉に、ペリーヌはむっとしたような表情を作る。

 

「彼女は『金色の啄木鳥』と呼ばれたエースで、男のウィッチである私に差別無く接してくださった。エースとしての戦い方はもちろん、彼女は部隊を引率して各員の長所を最大限まで引き出すやりかたをしていた」

 

 ぽつぽつと、男は言葉を吐き出す。表情は見る見る和らぎ、あっという間に幼い少年の笑みを作る。

 

「アフリカでの私達の所属部隊は連合軍第18師団第5飛行隊、通称『ゴルト』。アフリカ北部、マルセイユ大尉達への補給および補助を目的としたアフリカ東部戦線だった。攻撃はカールスラントの撤退作戦ほど苛烈ではなかったが、それなりにネウロイは襲来したものだ」

 

 心底うれしそうにそう話す男は、腰に差したモーゼルを撫でる。かち、という金属音が風に乗る。

 

「私はネウロイが出るたびに出撃し、その度にカプチェンコ中佐の二番機を勤めていた。戦闘方法は敵に突っ込んで銃身が焼け付くまで撃ちまくって固有魔法で制圧する、『ヴェアヴォルフ』の戦い方だった」

 

 男は不意に険しい顔を作ると、空を見上げる。

 

「敵につっこんでモーゼルを掃射する、普段なら、何も問題は無かった。それで、おしまいだった」

 

 男はコートの中に手を突っ込み、白いかけらを取り出す。彼女の残骸を、彼女の残り香を。

 

「連日の出撃と部品の発注の遅延によって、交換すべき部品を交換せずに出撃した彼女のストライカーは空中で煙を噴いて、爆発した」

 

 カプチェンコ中佐の肋骨は白く輝く。周囲には、ただ風によって揺れる葉のすれる音が響くだけだ。

 

「彼女からもっとも距離が近かったのは私だ。だが、それでも遠すぎた。呆然としているうちに彼女は地面に向かって、そして――逝ってしまった」

 

 ペリーヌは息を呑む。

 

「想像できるか? 彼女の『残骸』の中で、唯一完全に残っていたのがこの肋骨だった。たったこの一本だけだったんだ」

 

 男は今にも泣きそうな声で言う。ペリーヌは、その光景を想像する事ができない。

 

「不調機で上がった彼女には文句が言えない。それはウィッチが自分で責任を負うしかないのだろう。だが……私があんな飛び方をしなければ、彼女を救えたんじゃないのか? たとえ彼女が二度と飛べなくなったとしても、いや、せめて『人間の形のまま』葬儀してやることはできたんじゃないのか?」

 

 冷たい風が吹きぬける。今度は葉のすれる音すらしない。

 

「これは戒めだ。この肋骨は、『ヴェアヴォルフ』の息の根を止める事の出来る『銀の弾丸』だ。私は死ななくてはいけない。ネウロイを殺しつくして、殺されなくてはならない。中佐のように」

 

「やめて!!」

 

 涙声で、ペリーヌは叫ぶ。嗚咽をこらえるその様は、普段のプライド高い彼女からは想像すらできないものである。

 

「貴方は死なせません! 私が守ります! だから! だから……そんなに悲しい顔をしないでくださいまし……」

 

 ペリーヌは柔らかな草に膝をつくと、目元の涙をぬぐいながら、肩を震わせる。

 

 そうだ。彼女も英雄やウィッチなどと言われているが、一人の少女なのだ。

 

 男は肋骨をコートの内側にしまうと、柔らかな草に膝を落とす。

 

 そして、彼女の細い身体を、柔らかに抱いた。

 

「ああ、ありがとう、ペリーヌ。ありがとう。愛しい人よ」

 

 その光景を覗いていた三人は、バツが悪そうに誰ともなく目をあわせ、こそこそとその場所から離れる。

 

 その眼には罪悪感がありありと浮かぶ。

 

「ねえ、ヴァレリー大尉」

 

 眼を真っ赤に泣き腫らしたまま、ペリーヌは男を呼ぶ。

 

「もう少しだけ、こうしていてくださいますか?」

 

「望むままに」

 

 ペリーヌも腕を回し、男を抱く。嗚咽の音がすっかり止んで、涙の跡が乾いても、二人は抱きあっている。

 

 花壇のハーブは照れくさそうに、頭を傾けていた。

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