ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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折れた剣

――――Remember――――

 

 

「ここからは一つしかもっていけないよ」

 

「一つは君のウィッチとしての才能、もう一つは彼女の残骸、そしてもう一つは、彼女」

 

「君は何を選ぶんだい? もちろん、何も選ばなくても良い。そうすれば、楽だよ?」

 

「ああ、それはありえないし、私は君に従うつもりも無い」

 

「私は私の意思を持つ。誰にも強制されるものか」

 

「私が選ぶのは、全部だ。ウィッチとしての才能も、中佐の残骸も、ペリーヌも、全部、持って行く」

 

「つくづく君は救えないね」

 

「ああ、そうだとも、私に救いなんてないよ。無論、君にも」

 

 

――――And the soldiers twisted a crown of thorns――――

 

 

 赤い奔流と青い奔流がぶつかり、干渉が起こる。どうやら男の固有魔法は、巨大なシールドとしても機能出来るようだ。

 

 だが、その効果時間はわずかに半秒、ネウロイの攻撃を防ぐ方法では使えないだろう。

 

 男は歯を食いしばり、必死に魔法を展開する。一瞬が永遠にも思える緊張感の中で、男は言葉を呟いた。

 

「『私の心は震えるばかり』」

 

 ペリーヌが何かを叫ぼうと口を開く。青白い奔流は徐々に赤を浄化して行く。腕が悲鳴を上げる。

 

「『ああ、狩人の生き様はこんなもの』」

 

 ペリーヌの口から声が漏れる。赤い光は消え去ってしまった。痛みが腕から肺を伝う。

 

「『やがて日の光も失うだろう』」

 

 ネウロイの前面装甲を青白い光が包む。ネウロイが悲鳴を上げる。当に限界を超えたのか、気管からごぼごぼという音が漏れる。

 

「『運命は貴様を駆り立てた』」

 

 パキン、というコアが砕ける音が空に響く。口の中に血の味が満ちる。ネウロイの断末魔が空気を揺らす。

 

「『Hier bin ich(我ここに在り)!!』」

 

 魔法が解ける。血の筋が空へと上る。視界が暗転する。

 

 

――――医務室――――

 

 

 男が眼を開けて感じたのは、暗さであった。ひどい全身の痛みを覚える彼が真っ先に疑ったのは失明であったが、どうやらその心配は無いらしい。

 

 薄暗がりに眼が順応すると。男はカーテンを開ける。空が白みつつある。幸いにも四肢はくっついている。

 

 男は窓から外を眺める。海面からゆっくりと、白い光が顔を出す。

 

「やはり私の記憶の中の光景は、いつもこれだ。この光景が、私の原動力だった」

 

 ノルマンディが堕ちたときも、カプチェンコ中佐が落ちたときも、この光景だった、と呟くと、男は歩き出す。

 

 基地の裏手の、ペリーヌの花壇へ。なぜか彼はその場所が恋しくなった。

 

「運命は『貴様』を駆り立てた、か」

 

 オペラの魔弾の射手と唯一異なる台詞である。本来は、運命に駆り立てられたのは「私」なのだから。

 

「私はザミエルか。らしくない改変をしたものだ」

 

 くつくつと喉を鳴らし、男は笑う。喉の奥から粘性の液体がこみ上げる。男はたまらず吐き出すと、どす

黒い血が大地を染めた。

 

 不思議と味はない。味覚が麻痺しているのだろうか。それとも、あまりにも味わいすぎて慣れてしまったのか。

 

「一体私は何日眠っていたのだろうな」

 

 男の呟きは、靴音と共に薄暗い基地に溶けていった。

 

 

――――花壇――――

 

 

 芳香が鼻を付く。朝露に濡れた花は、頭を垂らしたままだ。もう数時間もすれば、その顔をもたげてくれるのだろうか。

 

 男は花壇の縁に腰を下ろし、愛おしげにハーブを見つめる。青々としたそのハーブは、ペリーヌの今までの結晶なのだろう。

 

 男はふと、先の戦いを思い出した。そういえば、まだデブリーフィングを終えていない。もちろん、自らが意識を失っている間に済ませたのだろうが、それでも中佐からの処罰は受けなくてはいけないだろう。

 

 各方面の部隊はどこも突破されていないだろうか、自分達は務めを全う出来ただろうか、それだけが、彼の心配であった。

 

 シールドを張れないというウィッチとして最大の弱点の隠蔽は、はたしてどのような処分が下るのだろうか。

 

 男は息を吐くと、立ち上がって歩みを進める。すると、建物の影から一人の少女が飛び出してきた。

 

 頭二つほど低い身長の少女は、彼が良く知っている、そして、もっと良く知りたいと願う少女であった。

 

「ペリーヌ?」

 

「馬鹿」

 

 涙を隠そうともせずに、やっとその言葉を呟く彼女は、男の胸の当たりに抱き付いて涙を流す。嗚咽を垂れ流すその様は、普段の彼女からは想像さえできない。

 

「大尉が、遠くに行ってしまいそうで、待つ間辛かったんですわよ?」

 

「私はどこにも行かないよ、すぐに帰って来るさ」

 

 男はペリーヌの頭を撫でてやりながら、優しい声で言葉を紡ぐ。

 

「まったく、貴方のせいで涙が止まりませんわ」

 

「では、止まるまでこうしていると良い」

 

 ペリーヌは男の瞳を見つめる。男のペリーヌの瞳を見つめる。

 

「この程度では、満足できませんの」

 

「そうか、ならば君が満足するようにすれば良い」

 

 その言葉に、わずかにペリーヌは微笑んだ。

 

「鈍感」

 

「ああ、心が痛む」

 

 ペリーヌは瞳を閉じる。男はゆっくりと距離を詰める。

 

 やがて、二人の距離はゼロになった。

 

 ほんの一瞬、触れるだけのそれでも、ペリーヌはずっと良い、魅力的な笑みを浮かべた。

 

「鉄の味。血の味がしますわ」

 

「私は涙の味がしたよ」

 

 二人はまた距離を詰め、口付けを繰り返す。

 

「ファーストキスがレモンの味、というのは夢物語かしら」

 

「この世の中で一つくらい、涙の味がするファーストキスがあっても良いだろう」

 

 男のその言葉に、ペリーヌは驚いたような表情をつくる。

 

「あら、私のファーストキスは血の味でしたわ」

 

「それは残念。繰り返すうちに味が変わるかもしれないぞ?」

 

 ふっと柔らかな笑みを浮かべ、二人は目を閉じてまた口付けを繰り返す。

 

 何度も、何度も、何度も。

 

 まるで小鳥が啄ばむ様なその光景は、誰にも見られてはいないのだろう。

 

 ただ、花壇のハーブだけは、照れくさそうに頭を傾けたままであった。

 

 

――――  ――――  ――――

 

 

 二人は花壇の縁に腰掛ける。顔は合わせてはいない。

 

「そういえば、どうして君は私がここにいると?」

 

「勘ですわよ」

 

 二人は短く言葉を交わす。前回と同じように、風が髪を撫でる。

 

「私は何日眠っていた?」

 

「二日ですわ。本当に心配したんですから。宮藤さんには感謝なさい」

 

 ペリーヌは体を男へと預ける。男は少々動じたようだが、それでも冷静に、その状況を受け入れた。

 

「皆には、迷惑をかけた。ネウロイは撃退できたか?」

 

「ええ、大尉のおかげでロマーニャのネウロイは撃退、大尉を基地へ搬送した後に小休憩を挟んで各地に援軍に向かいましたの。私はガリアでしたわ」

 

 その言葉に、男はわずかに悔しそうに顔をゆがめる。

 

「ガリアの空は、まだ飛べないか」

 

「飛ぶ機会が無いことを祈りましょう」

 

 また風が吹きぬける。沈黙の気配がやってくる。

 

「……『やがて日の光も失うだろう、運命は貴様を駆り立てた』」

 

 ぴくりと、男は反応する。ペリーヌは薄い笑みを浮かべ、男を見つめた。

 

「運命が駆り立てたのは、『私』ではなかったかしら?」

 

「……それでは、私が墜ちてしまう」

 

「まあ。『我ここに在り』はザミエルの台詞でしょう?」

 

 男の顔は徐々に紅潮する。テンションが上がりすぎたとは言え、これではただの痛い男ではないか。

 

「良いじゃないか。私はネウロイが私を模倣するのが許せなかった。そんな奴に『魔弾の射手』をなぞらせればどんなにか素敵だろうと思っただけだ」

 

 男は立ち上がる。いつものダークグリーンのコートは、もはや彼の体の一部になっているようだ。

 

「私はそろそろ戻るよ。ミーナ中佐のところへ行かなくては」

 

「ああ、なるほど。では、私は自室に戻りますわ。大尉、まだ怪我は治っていないんですから、当分無理は禁止ですわよ」

 

「了解した。ありがとう」

 

 男はそれだけを言うと、きびすを返して歩き始める。その少し後ろから、ペリーヌは歩き出す。

 

 冷たい風が、また吹きぬける。

 

 

――――執務室――――

 

 

「ヴァレリー大尉、貴方には二週間の飛行停止を命令します。その間は基地内の清掃活動に就きなさい」

 

 その言葉に、男は心底悔しそうに唇を噛む。だが、ゆっくりと腕を上げると、敬礼を行う。背筋を伸ばした、誠実な敬礼である。

 

「了解しました、中佐」

 

 男はまっすぐにミーナの瞳を見つめる。ミーナはまだ、退室指示を出さない。

 

「……どうして貴方は、あんなに無茶な飛行をするの?」

 

 わずかに空気を弛緩させ、ミーナは問う。男はわずかに思考をした後、彼なりの回答を導いた。

 

「私は、ネウロイを落とすためなら何でもやります。爆弾を抱えて敵に突っ込もうが、敵を落とせるならば、何でも」

 

「貴方の事を心配している人も、大勢いるのよ?」

 

 男の脳裏に真っ先にペリーヌの顔が浮かぶ。そして、501の面々が次々と浮かんだ。

 

 思えば彼も、さまざまな人間に支えられ続けているのだ。

 

「……中佐は、私の恋にお気づきですか?」

 

 男はわずかに掠れた声でミーナに問う。顔にはわずかに、羞恥と不安が浮かんでいる。

 

「たぶん、ね。あの子を心配させてはだめよ? 退出してよろしい」

 

 ミーナはくす、と笑みを漏らし、そう言う。男もふっと笑みを浮かべ、さらに背筋を伸ばした。

 

「了解、中佐殿。本日より清掃任務に就きます」

 

 男は執務室を後にする。当分は飛行できないが、それでも彼の心は穏やかであった。

 

 おそらく、彼はまだ飛ぶのだろう。飛ばなくてはいけないのだろう。誰かと共に飛ぶ空を持つことは出来たのだ。

 

 それは彼にとって、望外の喜びであったはずだ。

 

 男は大股に歩みを進める。すっかりと空になった胃袋が、低い声で一つだけ鳴いた。

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