ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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一心不乱の大清掃を

――――エーリカとバルクホルンの部屋――――

 

 

「なんともはや……」

 

 男は口を小刻みに動かすと、やっとそれだけの言葉を発する。眼前に広がるのは、おびただしい量の「物」であった。同室であるバルクホルンとの領土の境界はジークフリート線によって仕切られているらしいが、もはやその防衛線は侵食され、瓦解するのも時間の問題となっている。思わず拍手したくなるような見事な物量攻めだ。

 

 彼がこの光景を目の当たりにしている事の発端は食事の時間にまでさかのぼる。二日ぶりの食事の時間で真っ先に男が口にしたのは、料理ではなく謝罪の言葉であった。彼は彼が想像できうる限り丁寧に謝罪と感謝を繰り返し、飛行停止処分が下った事、その間清掃命令を下された事をすっかりと話したのだ。

 

 そこで眼を光らせたのがエーリカであった。彼女は男が食事を終えると同時に男の手を引き、バルクホルンの静止も聞かずに一気に部屋へ連れ込んだのだ。バルクホルンはさすがに申し訳ないと思ったのだろうか、それとも単に自室を見られるのが嫌だったのか、必死にカールスラント軍人論を振りかざして拒否していたが、男がその口から気にしていない由を伝えると、言葉を飲み込んだのだ。

 

 そして、状況は現在に至る。

 

「なんともはや……」

 

 もう一度、男は呟く。大切な事は大切な事なのだが、そんなものは眼前に広がる光景に比べれば些細な事だ。

 

「どこから手を付けたら良いものか……ああ、君達は片付くまでくつろいでいると良い。五時間以内には終わらせる」

 

「お前を一人にしたら何をされるか分からん。私も監視としてこの部屋にいるぞ」

 

「じゃあ私はちょっと外に――」

 

「お前も残るんだハルトマン! そもそもこの醜態はお前が作り出したものだろう!!」

 

 二人のやり取りに、男は薄く笑みを浮かべる。そして、吐き出す息に乗せるように言葉を紡いだ。

 

「私は心底信用されてはいないらしい」

 

「いや、これはトゥルーデなりの心配って言うか気使いだし。まったく、素直じゃないんだから」

 

「ハールートーマーーン!!」

 

 やれやれ、と言った様子でエーリカは大げさに肩をすくめると、わずかに顔を赤らめたバルクホルンはエーリカの肩を掴むとぶんぶんと揺さぶる。くく、という笑い声が、わずかに男の口から漏れる。はっとしたようにバルクホルンが男のほうを向くと、男は溶けるように笑みを消し、立てたコートの襟を折り、口元を露出させた。

 

「ゴミ掃除をしようか」

 

 男の背後からゆらゆらとオーラが立ち上る。そのオーラは、男がネウロイに向けて突撃するときのそれに似ていた。どう考えても無駄遣いです。本当にありがとうございました。

 

 

――――  ――――  ――――

 

 

 開け放たれた窓から爽やかな風が吹き込む。掃除の開始から早くも三時間、部屋の様子はというと……。

 

「おー、お菓子みっけ」

 

「捨てろ」

 

「捨てたほうが良い」

 

「えー」

 

 現在作戦に遅延あり、即時修正の必要がある、と言ったところだろう。この部屋の掃除の最中に見つかるものは、三つに分けられる。

 

 正真正銘のゴミ、ハルトマン曰くまだ使える物、そして、まだ使うもの、この三つである。

 

 男が手に持った開封済みの菓子類を容赦なくゴミ袋に叩き込めば、エーリカはブーイングを行い、それをバルクホルンがたしなめる。そしてその最中にも男は作戦を遂行せんと行動するのだが、本の類を見つけると彼はそれを読み進めてしまう悪い癖があるようだ。どうも彼は、一つの事を始めたらすぐに集中して、周りが見えなくなるタイプのようである。

 

 そんなことがあるのだから、掃除は進むはずは無い。まだ敵軍の半分も駆逐していないのだ。

 

「はぁ……先ずは行動方針を決定しよう」

 

 バルクホルンはそう提案する。考えて見れば、この決定をしていなかった。もちろん、掃除でこんな事を決める事がおかしいのだが。

 

「飲食物は即時廃棄、本類その他備品は保持。その他物資に付いてはハルトマンの判断に任せる」

 

「了解」

 

「じゃあ私はそこで仕分け作業を――」

 

「貴様はそれでもカールスラント軍人かぁぁぁぁ!!」

 

 既に見飽きたやり取りには突っ込む事はなく、男は行動を開始する。目に付いた菓子類、酒、飲み物、その他明らかにゴミであろうものを手当たり次第に掴み、ゴミ袋へと叩きこむ。

 

 これだけをみれば、彼がエクスキャリバー、人狼とまで言われた男であるとは、誰も考えまい。せめて良く出来たお手伝い青年だろうか。

 

 目に付いたゴミをまるで親の敵であるかのように片付け、目に付いた本をまるで恋人であるかのように抱えあげて清掃された床へと置く。顔は真剣そのものだ。この調子で行けば、おそらくはあと二時間で何とか終わるだろう。

 

 

――――  ――――  ――――

 

 

「いやー、強敵だったねー」

 

「何をさも手伝った風に言っているんだ!!」

 

 掃除の開始からきっかり五時間後、なんと言う事でしょう、床も見えなかったエーリカの領土が、まるでバルクホルンの部屋のように整理整頓がなされているではありませんか。ベッドの上に散らばっていたさまざまなゴミは撤去され、その中に埋もれていた貴重な書物は皆本棚に収納されているではありませんか!

 

 男はふうと一つ息を吐くと、両手に持ったゴミ袋を担ぎ上げる。そして二人のやり取りを尻目に、器用にもドアを開けた。

 

「ヴァレリー大尉!」

 

 ドアの音に反応したのか、突然バルクホルンが叫ぶ。わずかに驚いたようだが、男は彼女に向き直る。

 

「貴官の働きに感謝する」

 

「うわあ、デレたよ」

 

 わずかに顔を赤らめてそう呟くバルクホルンに、ハルトマンは茶々を入れる。必死に反論を行うバルクホルンに対して、男はゴミ袋をおろすと、ゆっくりと敬礼を作る。

 

「ダンケシェーン、フロイライン」

 

 皮肉な笑みを浮かべながら、男はカールスラント語でそう応える。二度に渡って「お嬢さん」扱いされた事が気に食わないのか、バルクホルンは怒りの矛先を男へ向けたようだった。

 

「何がフロイラインだ馬鹿者!!」

 

 男はくつくつと笑う。なるほどカールスラント軍人らしい堅物かと思っていたが、彼女はからかえばからかうほど面白いのだから。

 

「そういえば、ハルトマン中尉、あの蔵書はすべて君の物なのか?」

 

 男は整頓された本へ軽く視線を向けながら問う。無頓着な彼女らしくないような本――たとえるなら医学書の類は、到底彼女が読めるとは思ってはいないのだから。

 

 だが、エーリカはその言葉に肯定を行う。それは男を驚かせるには充分な言葉であった。

 

「失礼だなー。私だってやるときはやるんだよ」

 

「君はどちらかと言えば将来は研究職の方が良いかもしれない。微生物系の」

 

 あわよくば新種が発見できるだろう、と男はぼそぼそと言葉を付けたすと、思いついたように眼を見開く。そうなのだ、彼女はトップエースなのだ。公式スコアは優に自らの倍に達し、僚機を一度も脱落させずに今までの戦場を飛び抜けてきた、天才なのである。

 

「……いや、やはり君は医者になったほうがいいのかも知れない」

 

 助手は胃潰瘍になる事は確実だろうが、きっと彼女が医者になれば、大勢の人間が救えるだろうという、漠然とした確信が男にはあった。

 

「なんだよー、言いたい事があるならいえよー」

 

 わざとらしく頬を膨らませ、エーリカは言う。男は息を吸い込み、言葉を紡いだ。

 

「君なら、救えるだろうと思っただけさ」

 

 その言葉にほんの少しだけエーリカは戸惑ったようだが、すぐに無邪気な笑みを浮かべる。黒い悪魔と呼ばれる少女からは想像さえもできない笑みである。

 

「ありがとね、ヴァレリー。そうだ、私が医者になったら助手にしてあげるよ」

 

「否、それは遠慮しよう」

 

 男の顔はさっと青色に染まり、その様子を見ていたバルクホルンはたまらずに噴出した。どうやら、彼女には男の顔が青ざめた理由が分かったらしい。

 

 彼もまだ、胃潰瘍を作りたくは無いのだから。

 

「そ、それでは、私はこれにて失礼する。ハルトマン中尉、少しは自分で片付けるようにしてくれ。頼むから」

 

「気が向いたらねー」

 

 なんとも頭の痛くなる声を聞かなかった事にしながら、男はゴミ捨て場へ歩き出す。

 

 両手一杯に持ったゴミ袋は確かに重かったはずだが、男の足取りは軽いものである。

 

 薄く笑みを浮かべながら、男は歩き出す。いつもは襟によって隠されている口元には、わずかに笑い皺が刻まれている。

 

「(そうだ、これが終わったら廊下と物置も手を出して置こう。そうすれば、きっと有意義な一日を過ごせるはずだ)」

 

 まだ一日は始まったばかり、彼の戦闘への欲求を抑えられるのは、今は清掃だけのようだ。

 

 ゴミ袋ふれあい、ががさがさと音を立てた。

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