ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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星屑サンセット

――――ヴァレリー大尉の自室――――

 

 

 椅子に腰掛けて窓を見つめて分かる事は、今宵は満月らしいということである。いつも彼を惑わせる月影は今夜は一段と強く彼を誘惑している。室内灯のついた彼の部屋では、まだカーテンは閉められる事は無い。

 

「月影はまだ確かなもので、月光はまだ薄明かりの様」

 

 静寂が部屋を包む。どうやら今回は、ペリーヌは現れないようだ。

 

「ふむ、やはり偶然だったのか」

 

 男は一人納得する。どうやらペリーヌの固有魔法に、オペラ「魔弾の射手」を探知する能力は無いようだ。

 

 飛行停止処分の一日目ではあったが、なかなかに充実した清掃活動を送れたものだ、と男は回想する。エーリカの部屋の掃除から始まり、廊下や物置の清掃までは行えたのだ。あとはハンガーや基地の周囲のゴミ拾い、居住空間の整備でもすれば優に二週間をすごせる。たまにはこういうのも良いものだ、と自らを納得させるように呟くと、男はモーゼルを手に持ち、机に運ぶ。そして長い銃身を捻って外し、ブラシを挿入して火薬のカスを取り除く。銃身からポロポロと火薬のカスが落ち、机上にばら撒かれる。一通り除き終わった彼は続いて薬室をはじめとしたありとあらゆる機構を丹念に調べ始める。室内灯で照らされた銃は鈍く輝く。

 

 結果、問題は無し。男は息を吐いて、銃身を再び銃に取り付ける。命中精度を犠牲に火薬の推進力を高めることに特化したこの銃は、取りまわしの悪さと整備の不便さに目を瞑れば高水準の兵器である。加えて、専用弾である二種類の銃弾がそれをさらに揺るぎないものへと押し上げている。通常弾では効果の薄いネウロイには装甲を剥ぎ取ることに特化した爆裂徹甲焼夷弾を用い、動きは遅いが脅威となるネウロイには破壊力重視の対ネウロイ専用フレシェット弾丸を用いる。

 

 その弾丸の構造上風やその他要因の影響を受けやすいが、破壊力だけを見ればそれはボーイズライフルにも匹敵する代物にも成り果てる。もっとも、遠距離では命中精度が著しく犠牲になるという点に眼を瞑ることができれば、という条件付ではあるが。

 

 銃の整備を一段落させた男は、弾かれたように立ち上がる。

 

「久しぶりに風呂に入ろうか」

 

 気晴らしに、とでも考えたのだろう。全身をリラックスさせて湯に浸かるのは、大変体が安らぐのだ。何よりもシャワーでは落としきれない火薬の匂いを落とせるのは、彼にとってありがたいことなのだから。しかし、意気揚々と準備を始めたときに、男は先日の惨劇……誤ってウィッチの入浴時間に浴室に飛び込んだことを思い出す。もしまた同じ事があれば、今度こそは打ち首だろう。

 

 だが、断じて整備員用の浴場は使いたくないのだ。何せ屈強な男達が熱のこもった視線で体を見つめ、あまつさえ肩に腕を回すなどそれ自体が虐待ではないか。

 

「……遺書を書くべきか?」

 

 男は眉間に皺を寄せ、至極まじめな表情で部屋を歩き回る。サイドチェストに立てかけたモーゼルが、鈍く光を返した。

 

 

――――浴場前――――

 

 

「私だ。ヴァレリーだ」

 

 男は一枚の紙切れを持ち、ピンクの暖簾の前で前と同じようなやり取りを行う。もっとも、電灯が付いていないため、おそらくは誰もいないのだろう。だが、もしも誰かいたならば、問答無用で処罰されてもおかしくは無い。だから彼は、最新の注意を払っているのだ。

 

 幸いと言うべきか、浴場の内部からは何の応答も無い。男はすばやく脱衣所に入り込み、コートを脱ぐとスペースを確保する。脱衣籠は、カラだ。

 

「今度は失敗しないとも。ああそうだとも、私は失敗から成功を学ぶのだ」

 

 浴場への扉に「ヴァレリー大尉が入っています」という文字がブリタニア語で書かれた紙切れを貼り付け、男はふふんと鼻を鳴らす。それにしてもこの男、ひどく得意げである。

 

 男はすっかりと衣服を脱ぎ捨て、タオルで腰周りを覆い隠すと浴場への扉を開ける。基地のライトと月、そして星の明かりで照らされているためにそれほど暗くは無いが、夜闇にぼんやりと浮かび上がる光景は、幻想的なものであった。

 

「ああ、正解だった。やはりこの浴場はすばらしい」

 

 男は出来る限り見晴らしの良いところを陣取り、湯に浸かる。まるで自らが夜空に溶けたようなその光景は、吸い込まれそうな美しさである。

 

「今度は新月に来よう。ああそうだとも、きっと来てやるとも」

 

 準備を整えた私にもはや恐れる物は無い、と自信たっぷりに男が宣言した瞬間、浴場の扉が開かれた。

 

「(無理だな、やっぱり来れそうに無い。遺書を書いて置くべきだった)」

 

 男が半ばあきらめたように体中の力を抜いた瞬間、背後から声が投げかけられる。

 

「ごきげんよう、大尉」

 

 良く知ったその声に、男の体はたちまち緊張する。顔は見る見る朱に染まるが、暗闇のためにそれは分からないだろう。男は背後を見ずに、言葉を紡ぐ。

 

「……なぜ、君が、ここに?」

 

「脱衣所の電気が付きっぱなしだったので、中を見て見たら張り紙があったんですもの。気になってご一緒させていただきましたわ」

 

「私が入っている、と書いておいたはずだが」

 

「あら、私ガリア語以外は苦手でして。今度からはガリア語で書いてくださいまし」

 

 その声の主は、ペリーヌであった。

 

 何てことだ、と男は小さく呟く。連合軍の軍人が、ましてやリーネと親交のある彼女が、ブリタニア語が理解できないわけは無い。嵌められたか、と男は考える。

 

「(ここから飛べば下は海か。何とか……いや、服は脱衣所だ。そこまで全裸というのは……)」

 

 男が思考の渦をぐるぐると回す間にも、水音が響く。ペリーヌは、浴槽へ進入しているのだ。

 

「まあ、月が綺麗ですわね」

 

 ペリーヌは男のすぐ脇に並ぶと、岩に体を預ける。眼鏡は湯気で曇っているが、彼女ははずそうとはしない。タオルで全身を覆っているあたり、まだ良心的と言える。

 

「君は一体何のつもり――」

 

「大尉も楽になさいな。くたびれるだけですわよ」

 

 ぐうの音も出せず、男は恐る恐ると言った様子でペリーヌと同じように岩に背を預ける。今まで女性ばかりの環境だったとはいえ、彼と一緒にシャワーを浴びるような物好きな女性はそうそういなかったのだから。

 

「……君は、一体、何のつもりなんだ?」

 

 極力ペリーヌを視界に入れないように、男はたどたどしく言葉を紡ぐ。だが、悲しいかな男の性、ちらちらと視線はペリーヌを向く。

 

「あら、お風呂に入るための理由は一つしかないでしょう?」

 

 沈黙が二人を包む。男は顔を朱に染め、話題を模索しているようだが、まだ始めの言葉を探せてはいない。

 

「大尉は、二週間ずっと清掃活動をするんでしたわよね?」

 

「ああ。自室禁固よりは幾分か軽いが、私にとってはどちらも変わらん」

 

 男は慎重に言葉を返す。もしも話し手の方をむいてしまえば、一体どうなるか分かった物ではない。

 

「本当に貴方は、空を飛ぶのが好きなんですわね」

 

「ネウロイを倒せるのならば、私は何でもするとも」

 

 男の瞳が一瞬だけ危険な色を帯びるが、瞬きと共にその色は夜闇に溶ける。

 

「……散々私に心配させたのですから、これくらいの仕返しは許されるはずですわよね?」

 

 悪戯っぽい声で、ペリーヌは言う。その言葉に、男は苦い笑いを浮かべる。

 

「今のこの時間は君の仕返しと言うわけか」

 

「ご名答、これくらいは耐えてくださいな」

 

 ふむ、と男は一つ頷き、そして空を見上げる。

 

「こんな夜に空を飛べたら、それはどんなにか素晴らしい事だと思う」

 

「あら、貴方はナイトウィッチに憧れていますの?」

 

「たまにはいいなと思っただけだ。そもそも、私は夜に敵を判断するだけの能力は無い」

 

「貴方の固有魔法は、持久戦向けではありませんわよね」

 

「だが、攻撃能力だけを見ればそれなりのものだと自負している」

 

 ふふん、と鼻を鳴らし、男は目を閉じる。彼には珍しい、自慢の様子だ。

 

「攻撃能力だけを見れば、私のトネールも負けていませんわよ? それにレイピアを媒介にすれば、さらに高威力になりますもの」

 

 その言葉に、男は自らの固有魔法の応用に頭をめぐらせる。モーゼルの銃身から半径3mの光線を放つなんて、あまりにもバカげている。銃身がすっかりと消えるのが眼に見えているではないか。

 

「君にはかなわないな」

 

「当然ですわ!」

 

 ふふん、と小さな胸を張り、心底得意げにペリーヌは言う。ペリーヌの眼鏡が曇る。

 

「のぼせそうだ、私は先に失礼しよう」

 

 男は慎重に立ち上がり、脱衣所へと歩き出す。腰周りの防御は、堅牢なものだ。

 

 男が脱衣所にすっかりと入り込んでから、ペリーヌは顔をリンゴのように真っ赤に染める。それは夜闇の中でも分かるほどに濃い朱色であった。

 

「(私ってばなんという大胆な事を……)」

 

 つい一分ほど前には、隣に男がいたのだ、それも、全裸の。勢いとわずかな悪戯心に流されてこのような事をしたのが、彼女は心底恥ずかしかった。

 

 そしてペリーヌは、口元を湯船に沈めて泡を生む。眼鏡は水滴が飛び散っていた。

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