ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

17 / 25
星の王子様

――――市街、書店――――

 

 

「うわぁ、いろんな本がありますね」

 

 宮藤は本棚を眺めて感嘆する。膨大な量の本は、見るだけでも人の心を惹きつけるものだ。

 

「各々欲しい本を見つけるとして、数分ほど自由時間をもらいたい」

 

「ええ、かまいませんよ。そう、一時間ほど自由時間にしましょう、お土産とかも買うために」

 

 リーネは時計を眺めながら言う。現在時刻は一時を少し回ったところだ。

 

「それじゃあ、一時間後にあの噴水の前に集合ね!」

 

 そういうと、ルッキーニは早々と書店から抜け出し、どこかへと走る。どうやら、彼女に書物は合わないらしい。

 

「ちょっ、ルッキーニちゃん!?」

 

 リーネはその様子を見かねたのか、ルッキーニを追う。嵐のような一時の後には、荷物を持った男と宮藤が残された。

 

「……せわしないな、彼女達は」

 

「そ、そうですね」

 

 沈黙の気配が漂う。思えば、彼は宮藤と二人きりで話した事は無かったのだから。

 

「そうだ、まだ君に直接感謝の言葉を伝えていなかったな。ありがとう軍曹殿、私達のガリアを開放してくれて」

 

 深々と頭を下げ、男は言う。その行動に、宮藤はうろたえた。

 

「へっ!? い、いえ、そんな。お礼を言われるような事なんて……」

 

「謙遜しなくて良い、君たちはそれだけの事をしてくれた」

 

 ゆっくりと男は頭を上げ、そしてふっと穏やかな笑みを浮かべる。

 

「君は彼女達を追わなくて良いのか?」

 

「んー、私も本を買いたいですから。ご一緒させていただきます」

 

 宮藤も穏やかな笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。

 

「くく、そうか。ならば手早く買い揃えようか。ついでにロマーニャも観光したい」

 

「あ、それは同感です」

 

 ふっと穏やかな笑みを浮かべ、二人は本棚の間を練り歩き、そして男は一冊の本を手に取った。

 

「ああ、やはりあった」

 

 男は愛しそうに本を見つめる。男の背後から、宮藤が背伸びをして本の表紙を見つめた。

 

「星の王子様?」

 

「ああ。児童文学だが、我々が読んでも学ぶ事は多い。バオバブの木の『根』を掘り起こさなかったばかりに壊滅した星の例えは、皮肉が効いている」

 

 くつくつと喉を鳴らしながら男は言う。宮藤にはまだ、その意味が分からないようだ。

 

「ちなみに、君はどんな本を探しているんだ?」

 

「あ、私はファッション雑誌を」

 

「やはり君達の年頃はそういう本が好かれるのか」

 

 ふむ、と男は顎に手を当て、考えをめぐらせる。どうやら、今度は男が理解できないようだ。そうする間に宮藤は歩き出し、雑誌コーナーへと向かう。目当ての本が見つかったのか、宮藤は笑みを浮かべると一冊の雑誌を手に取った。

 

「わぁ、やっぱりあった」

 

 宮藤は満面の笑みで雑誌を手に取ると、しげしげと表紙を眺める。男は宮藤が雑誌を堪能している間に本棚の間を歩き回り、面白そうな本をいくつか持ち上げると、丁寧に、いたわるように包み込んでからその隣の「フューチャーウェポン」と「世界の航空歩兵」を続いて手に取り、宮藤に話しかけるためにわずかに背中を丸める。

 

「第一作戦目標はクリアだ。続いて副次任務に取り掛かる」

 

 くつ、と喉を鳴らし、笑みを浮かべて男は言う。こんな大仰な言い回しは、彼なりのジョークのようだ。だが宮藤は怪訝そうに眉をひそめるだけだ。たまらず、男は残念そうな表情を浮かべた。

 

「荷物持ちは私がやろう。会計をしてくるから、君はここで待っていてくれ」

 

「じゃあお金を――」

 

 宮藤が財布を取り出そうとするが、男はそれをゆっくりと制止する。

 

「私も高給取りだ。レディに支払いをさせるのは紳士の勤めではない」

 

 ぶっきらぼうに、それでいてまっすぐにそれだけ呟くと、男は数冊の本を抱えて会計をするためにレジへと向かった。

 

 

――――ロマーニャ市街――――

 

 

 頭一つ飛びぬけている男と言うのはどこにいても目立つものだ。そして、その男が隣に童女を連れて歩いていたのならば、それはもはや犯罪の香りすらしてくる。

 

「身分証の提示をお願いします」

 

「ちょっ……ヴァレリーさん!? 何もやってないですよね?! 本当に何もやってないんですよね!?」

 

 警察官三人に囲まれる男が、そこにいた。周囲の人波はその空間を避けるように流れている。男は溜まらずにため息を吐き、そして免許証と古びたドッグタグを提示した。

 

 その瞬間、警察官の顔色が一様に驚愕を帯びる。無理も無い、目の前のロリコンまがいの人物が、そんな職業だとは到底思えないのだから。

 

「疑うのであれば軍部に確認してもらってもかまいませんが?」

 

「い、いえ、結構です、申し訳ございませんでした」

 

 警察官は狼狽しながら頭を下げる。男は宮藤に振り向くと、小さく頷いた。

 

「行こう、軍曹」

 

 ぴんと背筋を伸ばしたまま、男は警察を尻目に歩きはじめる。宮藤の事を階級で呼んだのは、彼らに対する精一杯の皮肉らしい。

 

 人波はまだ、彼の周囲に空間を生んでいる。

 

「やはりこの身長にこの面構えだとこういう事が多いな」

 

「あ、あはは……」

 

 苦笑いを浮かべて、宮藤は困惑しながら笑う。どうやら、人ゴミの中で目立つと言うのは彼も自覚している事らしい。

 

「さて、適当な土産を買わなくては。こればかりは君のセンスにも協力してもらわねばなるまい」

 

 ふっとかすかな笑みを浮かべ、男は言う。そして宮藤は、冗談気味な口調で言葉を紡いだ。

 

「ペリーヌさんへのですか?」

 

 その言葉に、男の笑みは溶け落ち、変わりにありありと驚愕を浮かべる。無理も無い、彼からしてみればまだ彼とペリーヌの関係はミーナしか知らないはずなのだから。

 

「な、ぜ、それを?」

 

 まるで酸欠にでも陥ったように、男はたどたどしく言葉を紡ぐ。それに対して、宮藤が導いたのは意外な言葉だった。

 

「だって、同じガリアの生まれ同士じゃないですか。それに、結構仲も良いみたいですから」

 

 にっこりと無邪気な笑みを浮かべ、宮藤は言う。おそらく彼女は、男とペリーヌの関係を恋人ではなく親友と錯覚したらしい。とはいえ、これは荒波を立てたくない彼にとっては喜ぶべき勘違いである。

 

「……ああ、そこそこ良好な関係を築かせてもらっている」

 

 強張った肩から力を抜き、男は努めて慎重に言葉を紡ぐ。宮藤は変わらぬ笑みを浮かべたまま、言葉を切り出す。

 

「だったら、私なんかに頼るべきじゃないですよ。ヴァレリーさんの選んだものが、ペリーヌさんにとって喜ばしい物になるはずなんですから」

 

 無垢な笑みを浮かべる少女に嘘を付いている事に、ちくりと男の胸が痛んだ。そして男は、決断を強いられる。事実を言うべきか、知らせぬべきか。

 

 まず、事実を言う事。これのデメリットは偏にペリーヌと自らが恥ずかしいというだけだ。メリットとしてもごくごく薄いが、この罪悪感は拭い去れる。

 

 そして、知らせぬ事、このメリットは、羞恥に悶えずに済むということ。デメリットは、自らの心に罪悪感を住み付かせたままになること。

 

 両方の事柄を秤に乗せ、沈んだ選択を男は掴んだ。

 

「……すまない、軍曹。君に嘘を付いていた」

 

 心底申し訳なさそうに、男は言葉を紡ぐ。宮藤は困惑の表情を浮かべている。

 

「私は彼女と良好な関係を――異性として良好な関係を築かせてもらっているのだ」

 

 オブラートに何重にも包んだ言い回しだが、それでも男は気恥ずかしいようだ。そしてその言葉を聞いた宮藤は、驚愕の表情を浮かべる。

 

「へっ!? そ、それって、その……」

 

「ああ、まあ、そういう事だ。さて、では買い物に行こう」

 

 大股に男は歩き出す。背後で宮藤の声が聞こえるが、男は規格帽を目深にかぶると、人波を縫って前へと歩いた。

 

 

――――雑貨屋――――

 

 

 男は一つの商品に釘付けになっていた。素朴なガラスの瓶に入れられた香水である。ただの香水であれば彼は特段の反応を示さなかったはずだろうが、キャンペーンが彼の心を掴んでいた。

 

 その名も「夜間飛行キャンペーン」である。ガリア語で「夜間飛行」を意味する香水と、それと同じ題名の本のセットだ。そして奇しくも、その本の執筆者は「星の王子様」の著者と同じく、アントワネット・サン=テグジュペリなのだ。

 

 ずいぶんと面白い冗談になるだろうな、とでも考えたのか、男はかすかに笑みを浮かべる。男の背後からその商品を見つめた宮藤は、たどたどしい発音で題名を読み上げた。

 

「ボ、ボルデヌート?」

 

「残念、ヴォルドニュイだよ」

 

 男は「ご自由にお試しください」の札が付いた香水を試香紙に軽く吹きかけ、ゆっくりと匂いを吸い込む。そして、ふむ、と一つ声を落とすと、宮藤にも紙を差し出した。

 

「君も試してみるかい?」

 

「あ、いえ、私はいいです」

 

 おろおろとうろたえながら宮藤はやんわりと断る。生まれてこのかた香水など触れた事もない上に、ちらりと見えた商品の値段は彼女からしたらとてつもない大金なのだから。

 

「付き合わせてすまなかった、宮藤軍曹。だがこれからもう一踏ん張りだ。集合場所へ戻るぞ」

 

 彼はそのキャンペーンのセットを一つ掴み上げ、会計のためにレジへと向かう。両手に持った荷物がふれあい、がさがさと音を立てた。

 

 

――――待ち合わせ場所、噴水広場――――

 

 

「おっそーい!」

 

 不機嫌そうな表情でルッキーニは言う。男は懐中時計を取り出して時間を確認するが、まだほんの数秒余裕はあるはずだ。だがさすがに彼もルッキーニの扱い方を心得たのだろうか、規格帽を目深に被り直すと謝罪の言葉を紡いだ。

 

「すまない、以後気をつけよう」

 

「バツとして今度私の言う事聞いてよね!」

 

 なんとも横暴にも聞こえる言葉を聞き流しながら、男は空を見上げた。空を飛ばなくなってから、毎日が嫌に充実しているようにさえ思う。

 

「さて、では帰ろうか。忘れ物はないな?」

 

「えー、もうちょっと遊びたいー」

 

 駄々をこねるルッキーニにほんの少しだけ男は眉間に皺を寄せるが、ふっと穏やかな笑みを浮かべるとそれに許可を下した。

 

 驚愕の表情を浮かべる二人を尻目に、男は駆け出したルッキーニを追うために、それでいて少し歩幅を小さくして歩き出す。試み香の時に触れたヴォルドニュイの香りが、わずかに男の襟元に染み付いていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。