ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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vol de nuit

――――昼過ぎの基地、談話室――――

 

 

「ただいま戻りましたー。あ、坂本さん、ペリーヌさん」

 

 小さな包みを一つずつ持った少女の三人組が談話室へと足を踏み入れる。談話室には、今は坂本とペリーヌしかいない。他の面々は各々の自由時間を過ごしているのだろうか。

 

「おお、おかえり。結構長くかかったが、何か問題でもあったのか?」

 

 坂本がルッキーニを鋭い目つきで見つめながら尋ねる。ルッキーニの迷子事件は、まだ皆の記憶に新しい。

 

「んーん、ちょっとロマーニャ観光して来たの。ヴァレリーが良いっていうからさ」

 

 努めて慎重に、ルッキーニは話す。下手な事を言ったのであれば、また懲罰を受けてしまうのだろう。

 

「ほう、ヴァレリーがよくそんな許可を出したものだな。うん? そういえばヴァレリーは?」

 

「ヴァレリー大尉は車を車庫にしまって、他の荷物を運んでくるそうです。私達は一足先にこれらを公共スペースに置いてくれ、と」

 

 リーネは丁寧に本の包装を解きながらそう言う。それにつられるように、宮藤とルッキーニも包装を解く。ルッキーニが紙を破るびりびりという音が部屋に響く。

 

「ファッション雑誌に……ああ、これは大尉が購入なさったものですわね?」

 

 呆れたようにため息を付きながら、ペリーヌは言う。無理も無い、フューチャーウェポンなんて雑誌を購入するのは、ペリーヌからしたらバルクホルンかヴァレリーの二人しかいないのだから。

 

「それと、これは小説です。ヴァレリー大尉が選んだもので、児童文学だけど私達が読んでも学ぶ事は多い、って」

 

 宮藤がそう言いながら「星の王子様」を取り出すと、ペリーヌは一つ息を落とした。

 

「あら、私でしたらもっと高尚な文学作品をお持ちしますけれど」

 

 ふふん、と鼻を鳴らし、さも得意げにペリーヌは言う。男に本のセンスで勝った事がうれしかったのだろうか。

 

「私はあんまり本の事は分からないですね。ペリーヌさんだったら、どんな本を買いますか?」

 

 他意の無い宮藤のその言葉に、ペリーヌはわずかに考え込み、そして結論を導いた。

 

「そうですわね……私でしたら、『失われた時を求めて』。それに、同じくサンテグジュペリの作品だとしたら『夜間飛行』ですわね。諸外国の文学にはあまり詳しくは無いですけれど、強いて言うのであれば『罪と罰』かしら」

 

 宮藤が聞いたことも無いような本の題名がつらつらと述べられる中、リーネは軽く頷いて言葉を紡ぐ。

 

「失われた時を求めては長すぎますよ。無難に『レ・ミゼラブル』や『ユリシーズ』がいいと思いますけど」

 

「リーネさん、それも大概の長編小説ですわよ……」

 

 二人の少女が文学についての語りを交わす中、ふと宮藤は思い出したように言葉を紡ぐ。

 

「あれ? 夜間飛行って確か――」

 

 宮藤が言葉を切り出し始めたときに、談話室の扉が開かれ、男が姿を現す。さまざまな荷物を抱えた彼ではあるが、まるで重さを感じてはいないようだ。

 

「さすがに少女にこれを持って行かせるのは気が引けるからね。君達好みの小説があるかは分からないが、読んでおいて損は無い本だ」

 

 そういうと男は荷物をソファに置き、一際大きい紙袋を丁寧に開封する。

 

 中から現れたのは『失われた時を求めて』、『罪と罰』、『ユリシーズ』の三冊である。どれも一巻だけだが、鈍器として活用出来そうな代物だ。

 

 その本のタイトルを見つめた少女達は目を丸くして顔を見合わせる。坂本は、朗らかに笑った。

 

「はっはっは、噂をすればなんとやら、ペリーヌとヴァレリーはやはり気が合うな!」

 

 わけが分からない、といった様子の男を見かねてか、リーネが解説を行う。

 

「さっきペリーヌさんが、ヴァレリー大尉が買ってきた題名の本が欲しいと言ってたんですよ」

 

「そうは言っていませんでしょう!? ま、まあ、貴方にしては良いセンスですわ。もっとも、星の王子様はいただけませんけれど」

 

 ペリーヌにとって大切な事なのか、先ほどの言葉を繰り返して彼女は言う。男はそれに対して言葉は紡がず、ただふっと、柔らかな笑みを浮かべるだけだ。

 

「そうそう、夜間飛行っていえば――」

 

「宮藤軍曹、君はナイトウィッチではないだろう?」

 

 嬉々として男の買った本について話そうとした宮藤だが、男の声によってそれはさえぎられる。ペリーヌはわずかに不審がったようだが、特段気にする事はなく言葉を聞き流す。宮藤も合点が行ったのか、口元を押さえると小さく頷いた。

 

「どれもこれも私の好みで選んだものだから、読みづらいかもしれないな」

 

 手に持った本を丁寧に丁寧に本棚へとしまいこみ、男は満足げに背筋を伸ばす。

 

 室内灯に向けて吐いた息が、ゆっくりと部屋に霧散していった。

 

 

 

――――ヴァレリー大尉の部屋――――

 

 

 男はせわしなく部屋を歩き回り、時折机の上の紙袋を整える。その様は、まるで楽しい事を今か今かと待ちわびる子供のようである。

 

 彼がこうも心を乱しているのは、偏にペリーヌのせいであろう。彼女との出会いから、彼はすっかり変わってしまったようだ。

 

 男はちらりと時計を見つめる。いつもペリーヌが部屋を訪ねる時間まで、あと数分。それが酷く長く感じられる。けっして訪れないような事ではないのに、不安が彼の心を包む。

 

 そして男はまた部屋を歩き回る。今度は、まるで帰宅する主人を待ちわびる犬のように、ゆっくりと。

 

 トントンという軽いノックの音が響くと、男は目を輝かせて音の方向を見る。そしてはやる足取りで扉の前まで歩み、ゆっくりと、努めて冷静に扉を開けた。

 

「君は時間丁度に来るのが上手いな」

 

「それはほめ言葉ですの?」

 

 くつくつと喉を鳴らしながら、するりとペリーヌは部屋へ歩み入る。そして、慣れ親しんだ慣習であるかのように椅子へとかけた。

 

「この前のワインのお返しを買ってきた。危うく軍曹にタネを暴かれるところだったがね」

 

 男は机の上の紙袋を指し示し、言う。ペリーヌは二三度瞬きを繰り返した後、呆れたように大きくため息を吐いた。

 

「こういうものは、直接手渡しをするものでは?」

 

「恥ずかしすぎてね。大目に見てもらいたい」

 

 再びため息を吐いたペリーヌは、丁寧に紙袋の封を開ける。紫色のリボンで纏められた本と香水に、ペリーヌはふっと笑みを浮かべた。

 

「貴方にしては、ずいぶんと洒落の効いたプレゼントですのね」

 

 穏やかに笑みを浮かべ、ペリーヌはリボンを解く。香水の瓶が室内灯の光を受けて輝く。

 

「でも、こちらの本は公共スペースに置いても良かったのではなくて?」

 

 悪戯っぽくペリーヌが言うと、男は顔を赤らめてそっぽを向く。

 

「……君だけの特別なものだ。他の誰にも知られたくは無いんだ」

 

 歪とも思えるような独占欲を秘めた言葉に、ペリーヌは小さく口を開けるとたちまち頬を紅潮させた。部屋の中では赤い顔の二人が互いに沈黙を共有している。

 

「そういえば……」

 

「ああ、そうだ……」

 

 同時に、赤い顔の二人が互いを見つめて言葉を切りだす。そんな様子に緊張の糸を切らしたのか、ペリーヌは肩を震わせて笑いをこらえている。

 

「ふふ、どうぞ、おっしゃってくださいな」

 

 くすくすと笑い声をもらすペリーヌに、男は咳払いを一つ落として言葉を切り出す。

 

「たいした事ではない。ただ今朝の君は――」

 

 耳を劈くような警報が響く。どうやら、襲撃の周期がずれていると言うのは本当のようだ。ペリーヌはすばやく表情を引き締めると、プレゼントを机上へ置いて立ち上がった。

 

「お話はまた後で」

 

「ああ、そうしよう」

 

 男は大股に扉へと歩み寄ると、素早く扉を開ける。

 

「土産話にご期待くださいまし」

 

 ペリーヌはウインクを投げながら、扉を抜けてブリーフィングルームへと駆ける。男はその後姿を見送った後で両腰にモーゼルを差し、ハンガーへと歩を進める。飛行禁止処分中の彼は、整備兵達の補佐に回るつもりなのだろう。

 

「夜間飛行、か」

 

 男はモーゼルを撫ぜる。なぜだか嫌な胸騒ぎを覚えた彼は、首を横に振ると大きく息を吸った。 

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