ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました! 作:喜多見 健
――――廊下――――
「……おはよう、大尉」
「おはよう、『フロイライン』」
廊下で顔を合わせた二人は互いにあいさつを交わす。だが、「お嬢さん」扱いをされたバルクホルンのこめかみには青筋が立っている。
どうやら、お嬢さん扱いされるのが気に入らないようだ。
「なぜ貴様は私のことをフロイラインと呼ぶのだ!?」
バルクホルンがぷりぷりと怒りながらう問うと男はバルクホルンの目を見つめる。
「……貴女は私の姉に似ているから。そして、私は姉を『フロイライン(お嬢さん)』と呼んでいたから」
男の言葉にわずかにバルクホルンはうろたえる。そしてなぜか頬を紅潮させたまま、言葉を切りだした。
「あ、姉がいるのか。ふふ、まだまだ姉に甘えたりない年ごろというわけか?」
「姉はもういない。私の姉は1940年に父母と――ガリアと共に目の前で死んだ。瓦礫に挟まって焼かれて死んだ」
吐き捨てるように無表情のまま男が言うと、バルクホルンはたまらず息を詰まらせた。
「この世界ではあふれるほどにありふれた不幸だ。世界にこんな人間が何万人いる? 私だけが特別じゃない。私以上の不幸なんてあってはならない……!」
「……ヴァレリー大尉」
「喋りすぎた。忘れてくれ」
そういうと、男はバルクホルンの隣を通ってハンガーへと向かった。バルクホルンは何か言葉を紡ごうとしているようだが、その言葉が紡がれることはなかった。
――――ハンガー――――
轟音がハンガーに響く。どうやらシャーリーがストライカーの調整を行っているようだ。
シャーリーは男に気付くと手を振る。男はそれに応えるように小さく頭を下げる。いつもの険しい表情のままだ。
「ようヴァレリー! ストライカーの調整でもしに来たのか?」
「否、基地の探索をしていた」
「はは、この基地は広いからな。迷ったりしたら大変だ」
その言葉に特段の反応は見せず、男はハンガーを見渡す。梁の上で寝ているルッキーニを見つけた彼は、そんな奇妙な光景をシャーリーに訪ねる。
「あぁ、ルッキーニはああいう高いところで寝るのが好きなんだって。落ちたりしないって言ってるけど、どうしてあんなに器用に眠れるんだか」
「ルッキーニ少尉はいつもあんな場所で?」
「基地中に秘密基地を持ってるって言ってた。私もどこにあるかまでは分からないけどね」
静寂の気配が訪れる。シャーリーはストライカーの調整を再開した。
「……そういえば、あんたのストライカーは?」
「MB.157だ。試作機体で、ある程度は私専用にカスタマイズされている」
「へえ。最高速度はどのくらいなんだ?」
「およそ600。無理をすれば650までは出せる」
しばらく他愛もない質問の応酬が続く。いつのまにか男はハンガーの壁に寄りかかり、左の胸ポケットを探っていたが、思い出したようにその手を下げる。
「タバコでも吸うのか?」
「……いや。もう禁煙したよ」
男は今にも泣きそうな顔でそうつぶやく。
「なんでそんなに悲しい顔をするんだ?」
「……気にしないでくれ」
「そんな顔をしてるやつをほっとけないけど」
「……放っておいてくれ」
そういうと男は、大股に歩きだす。シャーリーは制止の言葉を投げるが、男には届かなかったようだ。あるいは、届いていても断ったのか。
「なんだよ、あいつ」
憤慨したようにシャーリーがつぶやくと、ルッキーニが梁から飛び降りた。険悪な雰囲気を察したのか、心配そうな声色だ。
「ウジュ……シャーリー? どうかしたの?」
「いや、なんでもないんだ、ルッキーニ」
シャーリーは笑みを浮かべてルッキーニを抱きながら言う。それはまさしく、母親のような包容力を持って。
――――ヴァレリーの自室――――
男はカーテンを閉め切ってベッドに腰掛け、胸ポケットから取り出した白いかけらを眺める。焦点の合わないその瞳が何を見つめているのかは、彼自身しか知らないだろう。
ほんの少しだけ、音もなく扉が開かれ、その隙間からルッキーニとシャーリーの瞳が男をとらえた。
「……何やってるんだ、あいつ」
「ウジュ……何だろう、あの白いの」
ひそひそと二人が言葉を交わすと、男は大きく息を吐き、小さく小さく言葉を紡ぐ。
「……カプチェンコ大尉」
そうしてまた、男は泣きそうな顔で白いかけらを見つめ続ける。
とんとんという軽いノックの音が響き、たまらず男は目を上げて音の主を見やる。
白いかけらを見つめたシャーリーとルッキーニを視界にとらえた瞬間、男は顔をゆがませて白いかけらを胸ポケットに乱暴にしまった。羞恥とも驚愕とも異なるその顔は、きっと憤怒だったのだろうか。
「……何か用か?」
「こんなに良い天気の日にどうしてカーテンを閉め切っているんだか。何か相談事があるなら聞いてあげるけど?」
男の隣、ベッドに腰掛けたシャーリーは男の瞳を見つめながら言う。ルッキーニがカーテンを開けるが、男は無表情のままだ。日光は差別なく部屋を照らす。
「……」
「おいおい、だんまりってことはないだろ? 申し訳ないけど聞かせてもらったよ。誰なんだ? 『カプチェンコ大尉』って」
その言葉に、男は目を見開いて荒い呼吸を一つだけ落とす。男の冷や汗が額を伝った。
「……彼女は……カプチェンコ大尉は……」
後悔の念を含ませながら、男はたどたどしく言葉を紡ぐ。そして男の口から、シャーリーの予想だにしなかった言葉が紡がれた。
「カプチェンコ大尉は、『私が殺した』女性だ」
泣き出しそうな顔で男がつぶやくと、今度はシャーリーとルッキーニが驚愕の表情を浮かべた。二人はどのような反応をして良いのか分からないように、口を小さく動かすが言葉が紡がれることはなかった。
「……出て行ってくれ。お願いだ」
目を伏せてつぶやく男の様子に、シャーリーとルッキーニは目配せをすると極力音を立てずに部屋を後にした。二人が部屋を出た後に、カチンと錠がかかる冷たい音がした。
――――談話室――――
「カプチェンコ大尉? あの『金色の啄木鳥』――アネット・カプチェンコ大尉か?」
「あ、その人のこと聞いたことある。たしかアフリカ東部戦線のエース、『黒鷲』だよ」
「カプチェンコ大尉のことは、噂で聞いたことがあるわ。固有魔法を持たないウィッチで、ついこの間殉職した、と」
バルクホルンにハルトマン、そしてミーナの言葉に、シャーリーは大きく目を見開く。3人の言うことを統合すれば、規格外のエースだったが死亡した、ということだ。
「しかしどうして我々にこんな話をするんだ? 確かにカプチェンコ大尉は有名なエースだが――」
「……ミーナ中佐、カプチェンコ大尉について、他に何か知らないか?」
言葉を遮られたバルクホルンは憤慨したようだが、シャーリーがいつにもなくまじめな表情をしているせいか、言葉をはさむことはなかった。
「さあ……彼女はカールスラントでも特殊な部署、情報部の所属だったから。私達とは指揮系統が異なるのよ。情報部なんて秘密主義の塊みたいなところだから私たちも名前くらいしか知らないわ」
ミーナの言葉にシャーリーはお手上げというように肩をすくめてどっかりとバルクホルンの隣のソファに腰を落とす。
「どうかしたの?」
顔だけを起こしてエーリカが問うと、シャーリーは笑みを繕ってその顔を乱暴にかき回した。