ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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一番星

――――パ・ド・カレー、小さな村の宿屋――――

 

 

 夕暮れが空を染める。どこか憂鬱な気分にさせるその空の色と空気の匂いを全身で感じながら、ヴァレリーは半ば自宅と化した宿の窓から身を乗り出して遠くの空を見つめていた。

 

 パ・ド・カレーの復興のためにノルマンディの住処から車に入る程度の荷物だけ持って移動してきたのがつい昨日のように感じられる。

 

 本来ならば宿代もなにもかも全てガリア復興財団に寄付すべきなのだろうが、そうなると住む場所さえなくなってしまうのだ。

 

 きっとペリーヌならば「私の家にいらっしゃいな」とでも言うのだろうが、先日ペリーヌとの関係が想定外の形で露呈してしまった以上、リーネやアメリーに冷やかされるのは眼に見えている。

 

 そのため、今はこうして宿暮らしをしながら昼は復興の手伝いをしているというわけだ。

 

 ぼんやりと思考を此方に彼方に巡らせていたヴァレリーは、気が付いたように空のある一点を見つめた。

 

「一番星か」

 

 猟犬のように黒い点を求めて空を飛んでいたときには気にすら止めなかった白い小さな光が、なぜだかヴァレリーの心を強く揺らす。「ヴェアヴォルフ」と呼ばれていた頃の自分が今の自分を見たらどう思うだろうかと考え、たまらずヴァレリーは苦笑いを浮かべた。

 

「(腑抜けたものだと笑うだろうな)」

 

 ネウロイを追い続けて追い続けて、脇目も振らずに目の前のネウロイを落とすことだけを考えていたあの遠い空で生きていた自分が、本当に自分だったのかと疑いたくなる。

 

 夕暮れの空に薄く輝く一番星を見つめていると、一人の少女の事が頭をよぎった。

 

 ノブレス・オブリージュを体現した、華奢な体にガリア復興の使命を背負った少女のことを。

 

 週末にいつも会いに行って、帰るときにはいつも泣きそうな顔で見送るのに、「離れても平気」なんて強がりを言う少女の事を。

 

 ヴァレリーはゆっくりと窓を閉めると衣服を整え、左腰に長銃身のモーゼルを、右腰に金色の鞘に納められたサーベルを差す。

 

「行くか」

 

 鍵を持ち、大股にヴァレリーは歩き出す。ストライカーユニットを積んでいる車の元へ。

 

 

――――空中――――

 

 

 ばさばさとコートを揺らしながら、ヴァレリーは空を駆ける。既に退役した身であり、本来ならばストライカーユニットを返却せねばならない。

 

 だが、今のヴァレリーの所属組織は「カールスラント陸軍情報部『ミレニアム』」、試作ストライカーユニットの私有化程度の無茶ならば笑ってサインをする「少佐」の組織である。

 

 狂った大隊指揮官に飼いならされた狼。それが、今のヴァレリーの役職であった。

 

「(時間を見つけてレポートを提出しなくては)」

 

 ストライカーを私有化する条件で下されたのが月に一度だけの使用感覚のレポート提出だけというのはなんともいい加減ではあるが、「少佐」の深謀遠慮あってのことだろうと自らを納得させ、真っ直ぐに空を駆けつづける。

 

 車でなくストライカーを駆り出す数週間ぶりとはいえ、移動するくらいなら何の問題もない。味方識別も付けている以上、ウィッチに撃墜されるという事はないはずだ。

 

 太陽がもうすぐ地平線に沈む。

 

 ヴァレリーはさらに魔法力を込めると最大推力でペリーヌの元へ向かった。

 

 

――――ペリーヌ邸――――

 

 

 上空から目当ての人物を補足したヴァレリーは、緩やかに高度を下げる。

 

 仕事を一段落させて休息を満喫しようとしている作業員の面々はヴァレリーの姿に気付いたのか、指をさしたり手を振ったりしている。

 

 群衆の中でただ1人唖然としているペリーヌのすぐ傍に緩やかに着陸すると、ペリーヌは二、三度瞬きを行って口をパクパクと動かす。文句が山ほどあるため、言葉が出てこないのだろう。

 

「時間は、あるか?」

 

 いつの間にかヴァレリーとペリーヌをとり巻くように群衆の輪が出来ている。冷やかしの口笛までも聞こえてくる始末だ。

 

 一刻も早くこの場を立ち去るため、ヴァレリーはペリーヌの手首をやさしく掴む。

 

「へ? ちょっと!?」

 

「空のデートに誘っているんだ」

 

 頭二つほど低い位置にあるペリーヌの瞳を見つめてヴァレリーが言う。女性は黄色い声を上げ、男性は冷やかしたり囃子たてたり、一日の終わりとは思えない雰囲気が夕日と共に周囲を包んでいる。

 

 ペリーヌは顔を赤く染めてアメリーを、リーネを、老執事を見つめる。3人はにっこりと微笑んで、小さく頷いた。

 

「いつも急すぎますわ」

 

 呆れたようなその言葉を吐き出すと、ペリーヌは小さく頷く。了承の合図と受け取ったヴァレリーは、ペリーヌの膝裏に手を添えて軽々と持ち上げ、いわゆるお姫さま抱っこの形を作って徐々に高度を上げる。

 

 さすがにこの体勢は予想外だったのか、ペリーヌは顔を火が出んばかりに赤く染めて抗議の声を上げるが、ヴァレリーは薄く笑みを浮かべたまま高度を上げる。この男、ペリーヌとの関係が公になってからというもの積極的になりすぎている感はある。

 

 冷やかしの声が遠く溶ける。太陽がすっかりと沈む。星が瞬く。

 

 あきらめたようにペリーヌが小さく息を吐いた。

 

 

――――再び、空中――――

 

 

「どうしてこんな無茶な事をしますの?」

 

 抱えられたまま、ペリーヌはヴァレリーの顔を見つめて問う。森の樹よりもほんの少しだけ高い場所を飛ぶ二人の周囲には、何もいない。

 

「どうしてかな。一番星を見つめていたら君に無性に会いたくなったんだ。それこそ、車での移動時間も惜しいくらいに」

 

 ふふ、とヴァレリーが笑い、釣られるようにペリーヌも笑う。どうやら、嫌がってはいないらしい。

 

「前もって連絡くらいして欲しいものですわ」

 

「今度からは留意するよ」

 

 黄昏の空には星と月が輝く。生憎満月ではないが、それを補って余りあるほど星が綺麗過ぎる。

 

「寒くないか?」

 

「平気ですわ」

 

 短く言葉を交わす。どんなに言葉を交わすよりも、2人でこの空間にいるだけで十分なのだ。

 

「君と初めて言葉を交わしたとき、こんな時間を過ごせるとは想像していなかった」

 

「それを聞くのも何回目かしら。いつも答えているはずですわよ? 私も考えませんでしたわ」

 

 ペリーヌは笑って言う。既に何度も交わした言葉でも、ペリーヌはこの状況がうれしいのだろうか。

 

「本当に綺麗な空。もうこんな季節ですものね」

 

「あぁ。空気が澄んで、これからもっと綺麗になるだろうな」

 

 沈黙が2人を包む。ペリーヌがもぞもぞとヴァレリーの胸元に顔をうずめる。既に「彼女の残骸」のないその場所にペリーヌは特別な意味を見出しているのだろうか。

 

「……またこうやって空を飛んで、夕暮れに一番星を見つけたら、君に教えたい」

 

 詩的な言葉を呟くヴァレリーに特別な反応は示さず、ペリーヌは耳を傾ける。

 

「そのたびにストライクウィッチーズとして空を飛んだあのときの事を思い出して、いや、もう一度あの部隊で君と言葉を交わしたいんだ」

 

 くすくすとペリーヌは笑うが、ヴァレリーは反対に口元をゆがませた。

 

「なぁ、ペリーヌ。本当は君と離れたくなんてないんだ。ヴァレリーは君が思うほど強くないし、大人でもない。ただの寂しがりやの男なんだ」

 

「そうやって本当の貴方を私に見せてくれるのなら、私はヴァレリーさんを嫌いになんてなれませんわ」

 

 泣きそうなヴァレリーの顔が面白かったのか、ペリーヌはもう一度笑うとヴァレリーの頬を細い指で撫でる。

 

「私だって、ヴァレリーさんとは離れたくなんてありませんわ。私もただの臆病な女」

 

 普段ならば絶対に吐露しない心の声をペリーヌは漏らす。いつのまにかペリーヌも、泣きそうな顔をしていた。

 

「涙もろくて、すぐに笑う。私達、根っこは似ているのかも知れませんわね」

 

 ペリーヌは目尻に涙をたたえたまま、太陽のように笑う。その笑顔に、ヴァレリーも目を充血させたまま笑みを浮かべる。

 

 いつの間にか夜空には溢れんばかりの星が現れている。

 

「……帰ろう」

 

「ええ」

 

 ペリーヌがヴァレリーの首に回した腕に力を入れ、ヴァレリーの唇をついばむ。予想外のその行動に、ヴァレリーは顔を赤らめる。

 

「また今度、こんな素敵なデートに誘ってくださいまし」

 

 顔を真っ赤に染めたまま、ヴァレリーはぎこちなく、ぶっきらぼうに、低い声で返事をする。そんなヴァレリーの様子が新鮮だったのか、ペリーヌはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

 普段ならヴァレリーにペースを握られるのだが、今回は攻勢に転じられたことがうれしいのだろうか。

 

 既に数多の星星に埋もれてしまったが、一番星は変わることなく確かに2人を見つめていた。

 

 

 

――――FIN――――

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