ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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ガリアンウイッチーズ

――――懲罰房――――

 

 

 夜、懲罰房の扉が軽くノックの音を立てる。数度ほど繰り返されたその音は、やがてノブの捻られる音へと変わった。

 

「大尉? 入りますわよ?」

 

 「懲役」の期限を満了した男を退出させるためにペリーヌは警戒しながら懲罰房へ踏み込む。そこで彼女が目にしたのは……。

 

「あら?」

 

 自己紹介や廊下での会話の際に見せた険しい顔の無い、粗末なマットで横になるただの青年の穏やかな寝顔であった。固有魔法を使用したことで消耗したのだろう。

 

「……こうしていれば、普通の青年ですのに」

 

 ペリーヌが金切り声を漏らさずに穏やかな声を紡いだのは、あまりにも寝顔が穏やかだったからだろうか。ペリーヌの日常を知るものが見れば、明らかに解せない行動である。

 

 そんなことを知らずに穏やかに寝息を立てる男は、口元を緩め、笑う。それはまるで、明日何をして遊ぼうか考えて眠る子供のような、無垢な笑みであった。

 

「見てよ……姉ちゃん……こんなに……花……きれい……」

 

 ガリア語で紡がれたその言葉に、ペリーヌの瞳は揺らぐ。彼の口から発せられた言葉は、紛れも無い家族への言葉だったのだから。

 

 家族を無くしたペリーヌにとって、それは心の痛くなる言葉であった。

 

 嫉妬なのか憎悪なのか、ペリーヌが険しい顔で男の肩を掴もうとした瞬間、突然、男の顔が険しく曇り、眉間に皺が寄る。

 

 そして笑みは溶け落ち、荒い呼吸が口から漏れ出した。

 

「燃える……姉ちゃん……とーちゃん……かーちゃん……」

 

 ペリーヌは大きく眼を見開くと、男の肩をつかみ、激しく揺らす。自らの憎悪の果てではなく、彼を悪夢から目覚めさせるために。

 

 男は眼を見開く。短く息を呑んで、冷たい汗をかきながら、男は黒い眼差しでペリーヌを見つめていた。

 

「……? クロステルマン中尉?」

 

 男はわずかにうろたえたようであったが、いつも通りの険しい顔を作ると粗末なマットから起き上がる。そしてコートを撫でつけて規格帽を目深にかぶって目元を見えないようにするとペリーヌへ言葉を投げた。

 

「なぜ、貴女は泣きそうな顔をしているんだ?」

 

「……いえ。何でもありませんわ」

 

 大股に、早足にペリーヌは歩き出すが、歩幅の違いから、すぐに横に並ばれてしまう。ペリーヌはただ凛と、前方を見つめていた。

 

「私のチンケな過去くらい隠さず話すさ」

 

 ペリーヌは眼を見開き、男を見つめる。寝言で言ったことが本当に彼の過去ならばこんなことは話したがらないはずなのだから。

 

「この世界では溢れるほどにありふれた過去だ。ノルマンディが陥落して、家族が灰になって、たった一人だけ生き延びた。ただそれだけのことだ」

 

 呆気に取られたのか、それとも怒りのせいか、ペリーヌはパクパクと口を開けて言葉を紡ごうとする。そんな彼女の瞳を見据えながら、男は言葉を紡いだ。

 

「だが、昔の話だ。いまさらどうやっても家族は還らない。だからこそ私は飛ぶ。私はただ私の憎しみのために空を飛び、望むままに凶暴であり、望まれるままに暴虐であるつもりだ」

 

「そんな……そんなことで、ご家族が喜ぶとでも――」

 

 声を震わせてペリーヌは言うが、その意見を、男はばっさりと切り落とした。

 

「家族は皆死んだ。目の前で黒焦げになって、灰になって死んだ。死人に意思はない。私が成すべきことは、これ以上悲劇を生まないことだ。この戦争では戦災孤児が増えすぎた」

 

  ペリーヌは彼を部屋へと送るまで無言を貫いた。男が部屋の扉を閉めてカギをかけたと同時に壁に体を預け、声を殺して泣いたことはたぶん誰も知らない。

 

 

――――翌日の早朝、滑走路にて――――

 

 

 滑走路ではシャーリーとルッキーニ、ペリーヌ、そして男の四人が並ぶ。その前には坂本とバルクホルンが立ち、指示を下していた。

 

「さて、今日はヴァレリー大尉の力量を見るために模擬戦を行う。階級とペアの相性を考えた結果、シャーリーとルッキーニペア、ペリーヌとヴァレリーのペアで行うことにした。不平不満があればここで聞くぞ」

 

 坂本が言うが、不平を唱えるものはいないようだ。ペリーヌは不服そうにヴァレリーをにらみつけるが、坂本は気づかないふりをする。

 

「では十分後に開始する。ペイント弾を用いてのドッグファイトだ。固有魔法の発動は原則禁止、同高度でペアがすれ違った瞬間が開始だ。異議が無ければ作戦会議でもストライカーの整備でもなんでもやれ」

 

 バルクホルンの宣言とともに、四名はハンガーに向けて歩き出した。

 

「大尉、好きなように飛んで構いませんわね?」

 

「だめだ、クロステルマン中尉。私が指揮する。少々手荒な機動になると思うが、素直に着いてきてくれるとありがたい。旋回半径は貴機の方が少ないから、着いてこれるはずだ」

 

 ペリーヌは今にもトネールを放たんばかりといった様子で、これでもかというくらいに男を睨みつける。なぜかカールスラント軍アフリカ熱帯仕様の軍装を身に着けているとはいえ同じガリア人同士多少の遠慮があるのだろうか。

 

「気は進みませんけれど了解しましたわ。具体的に大尉はどんな機動をするんですの?」

 

「私が飛び方を指示する。クロステルマン中尉は私の指示通りに飛んでくれれば良い」

 

 その言葉に、ペリーヌの表情は凍り付く。それはすなわち、機動のすべてを自らに任せろということなのだから。

 

「た、大尉!? そんなバカなことを……」

 

「心配ない。僚機を落とさせはしない」

 

 男は腰からモーゼルを抜き、誰もいない海上へ向けて引き金を引く。かちんという乾いた音が数回響くと、もう一丁も同じようにして引き金を引いた。

 

 ペリーヌは不安を隠しきれないようであったが、どこかあきらめたように男の後に着いていった。

 

 

――――空中――――

 

 

「よーし! 行くぞルッキーニ!」

 

「よっしゃー!」

 

「た、大尉、本当に?」

 

「信じろ。僚機を墜とさせはしない」

 

 各々ペアへ言葉を投げかけながら、相手に向かって同高度で突っ込む。顔がすれ違い、表情を認識した瞬間、四人は上昇を開始する。ちなみに男の頭には小さな耳が突き出している。彼の使い魔である狼のものだ。

 

「始まったな」

 

「ええ。ヴァレリー大尉がどれほどなのか楽しみです」

 

 バルクホルンと坂本はテラスから模擬戦の様子を眺めている。とりわけバルクホルンは、同じ階級のよしみとして気になっているようだ。そして先日語られた彼の境遇の一端は姉力の強い彼女の興味を引いたのだろう。

 

 はじめに背後を取ったのは、シャーリー、ルッキーニペアであった。シャーリーは男に、ルッキーニはペリーヌに照準を合わせている。

 

 ちらりと背後を確認した男は、斜め後ろを飛ぶペリーヌに指示を下す。

 

「三秒後に右旋回。コーナー速度を保て。一、二……」

 

 ペリーヌがインカムで指示を受けたきっかり三秒後、二人の銃身からペイント弾が射出される。しかし、旋回機動に入っていた二人には当たらない。

 

 旋回性能の違いから機動が交差し、今度はルッキーニが男の背後を追い、シャーリーがペリーヌの背後を追っている。

 

「惜しい!」

 

「うにゃー!」

 

 背後から聞こえる声を頼りに、男は距離を測る。

 

「高度を50上げろ……今だ」

 

 射出音が響き、先ほどまでペリーヌがいた場所を弾が通り過ぎる。一瞬早く高度を上げた男は、追随するペリーヌに合わせるように回避機動を取る。異なる機体を使用しているのというのにまるでそれは、鏡に映したような精密さである。

 

「なんだ!? ヴァレリーの奴後ろに眼が付いてるのか!?」

 

「むー! ちょこちょことー!」

 

 傍目にはひらりひらりと銃弾をよけているように見えるペリーヌだが、内心生きた心地がしないのだ。背後につかれっぱなしで、突然の機動指示のために速度は徐々に減少している。

 

 バルクホルンは双眼鏡をのぞきながら実況する。

 

「ペリーヌの奴、妙な機動をするな。いつものあいつの機動じゃない。機械みたいな機動だ」

 

 その言葉に魔眼を発動した坂本は状況を分析する。 

 

「ヴァレリーの口が動いて……また妙な機動? まさか、ヴァレリーが指示を下しているのか!?」

 

「そんな! そんな無茶なことが……!」

 

 速度差から、シャーリーは徐々にペリーヌとの距離を詰めてゆく。

 

「大尉! 指示を! 指示を……!」

 

 悲痛な叫び声が男のイヤホンを振るわせる。だが男は至極落ち着いた声で、指示を下した。

 

「ペリーヌ中尉、左ロールせよ」

 

「もらった!」

 

 くるりと、空中でペリーヌは左に体一つ分回転する。すると、失速したペリーヌの脇を、弾を放つシャーリーが飛びぬける。

 

「何!?」

 

「シャーリー!」

 

「これで終わりだよ」

 

 乾いた炸裂音が響き、シャーリーのストライカーにオレンジ色の塗料を撒き散らす。シャーリーは冷や汗を流しながらすばやく高度を下げ、着陸態勢へ移行する。

 

「ごめんルッキーニ! がんばってくれ!」

 

「シャーリー撃墜確認! ペリーヌがシャーリーを撃墜しました!」

 

「なんて機動を指示するんだあいつは!」

 

 いくつものピンチを潜り抜け、たった一つのチャンスを作り出し、確実にそこを攻めさせる。確実にそれは、場数を踏んだ戦い方である。

 

「クロステルマン中尉、指示は以上だ。あとは存分に飛べ」

 

「了解しましたわ!」

 

 興奮冷めやらぬ様子のペリーヌはルッキーニを目指して突っ込む。ルッキーニは男を撃墜すべきか、ペリーヌを相手にすべきか、パニックに陥っているようだった。

 

「ウジュジュジュジャャァァァァァァ!!」

 

 ルッキーニは高度を下げ速度を稼ぐ。その背後にはペリーヌが続き、男はルッキーニの上空を占位する。

 

「くっ……照準が定まらない……!」

 

 ペリーヌがルッキーニを照準に捕らえようと躍起になっていると、三回の発射音とともに三発がルッキーニのストライカーに着弾する。

 

 上方の男がモーゼルから放ったペイント弾は、三発三中の命中率を誇った。

 

「ウジャアアアー!! 負けたああああ!!」

 

 心底悔しそうにルッキーニは叫ぶ。ペリーヌが男のいる方向へ視線を向けると、男は袖口で汗を拭うと一つ息を吐いて急旋回を行う。

 

 鋭い飛行機雲が一筋、群青の空に線を引いた。

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