ガリア生まれの男ウイッチが501に着任しました!   作:喜多見 健

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告白

――――夜、ヴァレリーの自室――――

 

 

「(今日も月光が強い)」

 

 彼は足を運びもしなかった夕食後の自由時間に、真っ暗な部屋で男はベッドに腰かけて窓から外を眺め、呟く。銀色の月光はいつも変わることなく彼の心を惑わせている。

 

 彼はこれからの事が怖かった。固有魔法を使うことで魔法力を消費しつくし、まるで新兵のように墜落したのだから。

 

 自らの固有魔法は撃てて二発、それを一番よく知っていたのは彼自身だと言うのに、目の前の敵に固執して海に叩き落とした。

 

 ひょっとしたら飛行禁止処分、良くて謹慎かもしれない。

 

 一時でも空を飛べないこと……ネウロイを殺せないことは、彼にとっては恐怖以外の何物でもない。

 

 その事を考えると、いつもは遅すぎるくらいの月が、不意に速度を増したように思えた。

 

「『私は心配です、私は心配です』」

 

 男は手を組み、まるで祈るように月に頭をたれる。

 

「『私は心配です、私は心配です』」

 

 そして、月光を見つめた。瞳にあるのはいつもの凍てついた色ではなく、不安と恐怖だけであった。

 

「『そんなに急ぐことはない。行かないで、行かないで』」

 

 カールスラントのオペラの一節を口にしながら、男は月光に言葉を重ねる。

 

「『月影はまだ確かなもので、月光はまだ薄明かりの様』」

 

 キャロライン・マリア・フォン・ウェーバーの魔弾の射手が、唯一彼の知っている、そして、お気に入りのオペラであった。

 

 不意に扉が開かれ、少女の声色はその次の句を紡ぐ。

 

「『やがて、その光も消える』」

 

 男は恐怖と絶望の混じった表情で、訪問者を見る。青の軍服をまとった金髪の少女は、その反応に心底驚いたようだった。

 

「何故、そんな表情をしますの?」

 

 少女、ペリーヌ・クロステルマンは遠慮なしに部屋へと入り込み、椅子へ腰掛ける。暗闇の中であったため、彼女の表情をうかがうことは出来ない。

 

「……魔弾の射手は、カールスラントのオペラだったはずだが」

 

「淑女の嗜みですわ。オペラの一つや二つ知っていますとも」

 

 男は眉間に皺を作り、いつもと同じく凍てついた瞳でペリーヌを見る。

 

「皆、心配していましたわ。食事も取らずに部屋に閉じこもるなんて」

 

「心配をかけた。食欲が無いんだ」

 

 その言葉に、ペリーヌは呆れたようにため息を吐いた。

 

「……明日、中佐に執務室に来るように言われている。怖いんだ、それが」

 

 男の声が震える。ぽたぽたと、雫が滴る音が部屋に溶ける。

 

「私の存在意義は空を飛ぶことだった。それが無くなってしまったら私は一体何のために生きているんだ?」

 

 悲痛な声で男は言う。とてつもなく不器用な台詞だ。ペリーヌは男へと歩み寄る。雲の欠片が、月を覆った。

 

「私は私の理想のために奴らを墜とす。それが出来ないのならばもはやこの人生に意味など――」

 

 パチンと乾いた音が部屋に響く。ペリーヌは肩で息をしながら、男の頬を張ったのだ。

 

「人生に意味が無い? ふざけないでくださいまし!」

 

 震える声で、ペリーヌは言う。

 

「強くて! 冷静で! 大人びていて! でも不器用で! 時折見せる笑顔が素敵で!」

 

 ペリーヌは男の胸倉をつかみながら、言葉を浴びせる。

 

「そんな貴方に惹かれているというのに、どうして貴方は私の想いに気付いてくれませんの?」

 

 ぱくぱくと男は口を動かして言葉を紡ごうとするが、言葉が見つからない。

 

 雲の欠片が月を通り過ぎ、二人を月光が照らす。

 

 彼女は今、なんと言ったのだろうか。少なくとも、悪ふざけや狂言の類ではない。それは彼女の凛とした顔を見れば分かる。

 

 男が驚いたようにペリーヌを見つめていると、ペリーヌの顔がゆがみ、泣き出しそうな顔をつくる。沈黙が二人を包む。

 

 ペリーヌは胸倉をつかむ手を緩めると、だらりと手を下げた。

 

「ペリーヌ、君の想いに返事をする前に、私も君に言っておきたいことがある」

 

 あまりにも不器用な言葉であったが、ペリーヌは顔を真っ赤にしながらも、一回だけ、頭を縦に振った。

 

「私は、君が好きだ。そうだな、意識し始めたのはシャーロット大尉とルッキーニ少尉との模擬戦、あの時だ。君のひたむきな飛行に見とれてしまった」

 

 男は背後を向き、言葉を紡ぐ。

 

「だから私は、あの日の夜にあんな台詞を言ったのだ。『これからも中尉とともに飛ぶ空を持ちたいものだ』と。今思えば、顔から火が出るような台詞だな」

 

 その言葉に、ペリーヌの心臓が跳ねる。思えば彼女の意識の始まりも、そこからだったのかもしれない。

 

「そして、先日のハーブティ。あれは本当に美味しかった。君の真心が伝わってくるようだった」

 

 いつの間にかその顔には、穏やかな表情が浮かんでいる。

 

「君さえ良ければ、また私にハーブティを淹れてもらえないだろうか?」

 

 軽い衝撃とともに、ペリーヌは男に抱きつく。男の胸の辺りに顔をうずめる彼女の瞳からは、透明な雫が滴っていた。

 

「ええ、もちろんですわ。いつでも、淹れて差し上げます」

 

 二人はきつく抱擁を交わす。互いの瞳を見つめ、どちらからとも無く距離を縮めて行く。

 

 ぐう、と、大きく男の腹が鳴った。たまらずペリーヌは真っ赤な顔で、恨めしげに男をにらみ付ける。

 

 さすがの男もひどい事をしたと思っているのだろうか、照れくさそうに、そっぽを向いた。

 

「……さすがに一日食べていないと腹も空くか」

 

「貴方と言う人は……」

 

 二人は苦笑する。きっと部隊の面々は、彼の事を冷静で無愛想な男だと思っているはずだ。だが、ペリーヌだけは知っている。彼の本心を、彼の素顔を。

 

「食堂になら、夕食の残りもあるでしょうね」

 

「ああ、食べさせてもらうよ」

 

 男はきびすを返し、歩き始める。そして気付いたように、ペリーヌのほうを振り向いた。

 

「良ければ、ハーブティを淹れてもらいたい」

 

「ええ、かまいませんわ」

 

 コツコツと、二人分の靴音が暗い部屋に響く。

 

 男は歩幅を調整し、ペリーヌの歩幅にあわせている。

 

 規則正しいリズムで、二人は歩き出す。食堂へ向かって。

 

 

――――朝、執務室――――

 

 

 執務室では、ミーナと坂本、そしてその前に男が立つ。その理由は明白、弱点を隠蔽しての危険飛行のせいだ。

 

「たしかに、貴方のおかげでネウロイは撃破出来ました。しかし、試作機であるストライカーを全損し、自らを、そして仲間を危機にさらしたことは事実です」

 

 その言葉に、男は不思議そうに言葉を返す。

 

「私が、仲間を危機にさらした?」

 

「ええ。貴方が落下した後、ペリーヌさんが必死に貴方に追いついて基地に運んだのよ。もう少し遅れていたら、貴方は溺れていたでしょうね」

 

 その言葉に、男は息を呑む。どうやら、彼女にひたすら感謝をしなくてはならないようだ。

 

「ただ、大型ネウロイの空中艦隊を撃破し、ロマーニャを防衛した功績により、今回は厳重注意と言う形で済ませます。以後気を付けるように。退室してよろしい」

 

 はっとしたように、男はミーナの顔を見つめる。厳しい顔から一転、穏やかな、慈愛に満ちた表情が、男に向けられる。

 

「新しいストライカーは本日中に貴方の銃弾とともに到着するらしいわ。ガリアの工廠から銃弾の補充のためにカールスラントを経由するから、きっと昼過ぎになるでしょうね」

 

 男は大きく息を吐いた。彼の存在意義は、まだ無くなりはしないようだ。

 

「ご迷惑を、おかけしました」

 

 男は深く頭を下げる。そして、部屋を後にした。

 

 木の扉が軽い音を立てて廊下と執務室とを隔てる。たまらず、男は壁に寄りかかると小さく笑い声をもらした。

 

「そう、か。私はまだ飛べるんだ」

 

 肩が震える。笑みがこらえきれない。たまらず、左手の親指の付け根を強く噛み、文字通り笑いを「噛み殺した」

 

「――ッ! ――ッッ!!」

 

 親指の付け根からダラダラと血を流し、まるで絶頂に至るようにビクビクと全身を震わせて笑う様を見たら、誰もが彼は狂っていると思うだろう。

 

 だが、彼は今幸福であった。また空を飛び、ネウロイを蒸発させられるのだから。

 

 ひとしきり笑った男は、自らの唾液と血に濡れた親指の付け根を見遣る。骨までは達していないだろうが、傷は残ってしまうだろう。

 

 少なくとも、医務室で手当てをしなければ不審がられる傷跡である。

 

 男は医務室へ歩き出す。先ほどの馬鹿笑いは既に溶け落ち、いつもの険しい表情で彼は前を見つめていた。

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