やはり俺がサッカーをするのは間違っている。 作:セブンアップ
「…ふあ……あ」
俺は目を擦りながら起き上がる。窓を開けて見渡すと、土のグラウンドが見える。
「……よく寝たわ」
ここは雷門中。日本代表イナズマジャパンに選ばれた者は、雷門中の合宿所で寝泊りすることになった。
俺は洗面所に行って顔を洗い、歯を磨く。一通りの準備をし終えた後、イナズマジャパンのジャージを羽織る。グラウンドに向かう途中で、思わぬ人物に遭遇する。
「遅いわよ、比企谷くん」
「………なんでお前いるの?」
俺の前には、総武中のジャージを着た雪ノ下雪乃がいた。
いや、マジでなんでいるし。
「朝早く雷門中に来たからだけれど?」
「違う。whyだwhy。来た理由を聞いてんだ」
「ああ……。昨日、実は……」
雪ノ下は、ここにいる経緯を語り始める。
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「ねぇねぇ。このままで本当にいいのかな?」
「?何の話かしら?」
「だから、さっきの女の子のこと。ヒッキーのことすっごく好きな様だけどさ、多分日本代表のマネージャーになると思うの」
「そう言えばあの人言ってましたね。せんぱいのお世話をするのは私とかどうとか」
比企谷くんと別れた私達は、三人で集まって話し合っていた。あの女、八神玲奈は比企谷くんを異常なまでに好いている。彼からは、彼女の様な人がいるだなんて話は一度たりとも聞いていない。
「……私さ、何も出来ないのが悔しくて。多分マネージャーになっても、みんなに迷惑かけちゃうだろうし。いろはちゃんはサッカー部のマネージャーだし、ゆきのんは何でも出来るよね」
「…結衣先輩……」
「……でも一番悔しいのは、何も出来ないままヒッキーをあの子に取られることなの。何も出来ない……だけど、私はヒッキーを近くで応援したい。ヒッキーに"お疲れ様"って言ってあげたい。その役目だけは、誰にも譲りたくない」
彼女は淡々と話していく。これを話すために、きっとそれ相応の覚悟を決めたのだろう。
「……二人はどう?」
「……確かに、結衣先輩の言う通りですよね。ぽっと出の女に、せんぱいを取られるのって、なんか気に入りませんよね」
「……ゆきのんは?」
由比ヶ浜さんが、私に尋ねる。彼女は、真剣な眼差しをしていた。
……私としても、比企谷くんのプレーを近くで見たい。
それだけではない。近くで彼を応援したい。彼の近くにいたい。彼の隣に立っていたい。
八神さんとかいう女に、いきなり比企谷くんを連れて行かれては困る。比企谷くんは、貴女のモノじゃない。
彼は、奉仕部の人間だ。
彼は確かにイナズマジャパンのメンバー。けれどそれ以前に、彼は奉仕部の人間なの。だから、彼をここから逃しはしない。あのような女に、連れて行かれるわけにはいかない。
「……そうね。彼に一方的な愛を捧げているだけで満足しているあの女に、連れて行かれるわけにはいかないわね」
「でもどうするんですか?流石に三人もマネージャー行ったんじゃ……人数制限もあるでしょうし」
「うん。だからさっき、あらかじめあっちに電話したの。じゃあ、後一人はマネージャーがいてもいいって言ってた。ということで、この中から一人、イナズマジャパンのマネージャーになることができるの」
この中から一人。比企谷くんの、イナズマジャパンのマネージャーになることが出来る。
しかし、由比ヶ浜さんの行動の早さには恐れ入る。妙なところで頭は回るんだから…。
「どうやって決めます?」
「……どうしよう?」
「そこは考えてなかったんですね……」
最後の最後で抜けている彼女。そこは変わらない。
とはいえ、どうやって決めましょうか……。
「まぁ、無難にジャンケンとかでいいんじゃないんですか?恨みっこなしってことで」
一色さんがそう提案する。確かに、ジャンケンならば手っ取り早く、かつ公平に勝敗を決めることが出来る。
「…そうしましょう。明日から練習らしいし、早いところ決めておく必要はあるわね」
「そうだね。じゃあ、恨みっこなしだからね?じゃーんけーん……」
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「……ということで、ジャンケンで勝った私が来たということなの。分かったかしら?」
「…そうか」
ジャンケンでマネージャーを希望するとは思わなかったわ。しかも、希望理由が、俺の矯正が残っているからとは。
ここまで来てまだ俺の依頼かよ。ていうか、もうぼっちじゃなくね?サッカーしてるんだし。
「じゃあ、早く行きましょう。もうグラウンドに集まっている人もいるんだから」
「へいよ」
俺はグラウンドに向かう。もうみんなストレッチを始めていた。俺も合流し、ストレッチを始めるが。
「なんだ貴様。まだ私の八幡に何かしようとしているのか」
「私はただ、イナズマジャパンのマネージャーになるために来たの。貴女と違って、自己中心的な理由で来たわけではないことを理解して欲しいわね」
ほーら。雪ノ下にせよ由比ヶ浜にせよ、誰かがマネージャーになったら確実に八神に敵視される。怖いよぅ、小町ぃ。
そんな彼女達にビクビクしながらストレッチをしていると、
「お、遅れてすいませーん!」
エナメルバッグを肩から掛けた宇都宮が息を切らしながらやってきた。そういえばあの子、実家通いだったね。
「おはよう!虎丸!」
「お、おはようございます!な、なんか、信号という信号が、全部赤になってて……」
「だから無理して家から通わなくても、ここで泊まればいいのに…」
「ここのご飯、すっごく美味しいっスよ?」
壁山、お前はどこに惹かれているんだ。
「…でも俺、自分の部屋じゃないと眠れないもので…」
「え?そうなのか?」
「は、はい…」
なんだそれ可愛いなお前。
「大方、ママに子守唄でも歌ってもらってんじゃねェのか?」
宇都宮に対して、不動は嘲笑うかの様に嫌味を呟く。
「……ま、別に家が好きな人とかいるだろ。なんなら妹に子守唄を歌ってもらったら俺は爆睡できるな。それか戸塚」
「…相変わらずの妹好きね……」
「……気持ち悪ィ」
あの、皆さん?冗談だよ?冗談だからそんな冷めた目で見ないで?
そんなやり取りをしていると、久遠監督と隣に女の子が歩いてやってくる。俺達は集まった。
「お前達も顔を知っているだろうが、改めて紹介しておく。娘の冬花だ。マネージャーとして参加させる」
「久遠冬花です。私、マネージャーの仕事なんてやったことないから、上手く出来るかどうか分からないけど……」
「大丈夫だって!分かんないことがあったら、なんでも俺に聞いてくれ!」
君選手でしょうよ。なんでマネージャーの仕事まで教えちゃうんだよ。
「ありがとう、守くん」
「思い出したのか!?そうそう!そんな感じで昔、俺のことを守くんって呼んでたんだぜ?」
「…ずっと前のことはよく分からないけど……こっちの方が呼びやすいから、守くんってことにしたの」
なんだろう。
円堂がなんだか哀れに見える。
「そして、こちらの二人も今日からマネージャーとして参加することになった。挨拶を」
「……私のことを知っているだろうと思うが、八神玲名だ」
「…まさか、ウルビダがマネージャーとして参加するなんてね……」
「本格的に逃げられなくなったね、八幡」
基山も緑川も他人事だからそんな楽しそうなんだろうが、一度俺と入れ替わってみ?怖いから。
「…雪ノ下雪乃よ。私も、今日からイナズマジャパンのマネージャーとして参加させていただくわ」
「あれって比企谷さんの学校にいた人っスよね?」
「なんだなんだ?比企谷あんな綺麗な彼女いんのか?」
「気のせいだ。久遠監督そろそろ練習始めましょうさっさと練習しましょう今練習しましょう」
これ以上あらぬことを言われるとメンタルが保たない。頼むから少し黙っててくれ。
久遠監督は一度咳払いをし、改めて話を始めた。
「これからアジア予選の練習を行う前に、一つお前達に言っておくことがある。はっきり言おう。今のお前達では、世界に通用しない」
久遠監督の言葉に、少なからず驚きや困惑の表情を浮かべる者達がいた。しかし、随分はっきり言ったな。地上最強メンバーですら、世界レベルに達してないのかよ。
「なんだその顔は?まさか自分達が世界レベルだと思っていたわけではあるまいな?お前達の力など世界に比べれば、吹けば飛ぶ紙切れの様なものだ」
こういうはっきり言うところは、雪ノ下と共通している。最も、雪ノ下の方がメンタルに刺さる一言も混じるから、それに比べれば久遠監督はまだ優しい、のか?
知らんけど。
「私は、そんなお前達を一から鍛え直す様に頼まれた。中には私のやり方に不満を持つ者もいるだろう。だが口答えは一切許さん。お前達は、私の言うことを実行することだけ考えていればいい。特に鬼道、吹雪、豪炎寺、そして円堂」
久遠監督はその4人の名を挙げる。
「私はお前達をレギュラーだとは全く考えていない。試合に出たければ、死ぬ気でレギュラーを勝ち取ってみせろ」
監督の評価上げなきゃならないのね。何それパワプロ?いつの間にかサクセスやることになったの?
俺達は、そんな不安や困惑を抱きながら日本代表としての初練習を始めることになった。しばらく、いつも通りの練習を続けていると。
「ストップだ!」
久遠監督からストップの指示がかかる。久遠監督はまず、壁山へと目線を向けた。
「壁山!どうしてもっと前に出ない!突っ立っているだけがDFか!守ることしか考えていないDFなど、私のチームに必要ない。それから風丸!」
壁山の次に、風丸。
「何故土方にパスを出した」
「な、何故って…」
「鬼道が言ったからか?お前は鬼道の指示がなければ、満足にプレーも出来ないのか!」
確かに先程、風丸はドリブルの際に三人に囲まれて中々抜け出せずにいた。だから鬼道の指示で土方にパスを出した。
……サッカーの細かいルールとか、自分でこうした方がいいとかはまだ理解出来ていないけど、さっきの指示が最善だったからパスを出したのではないか。
そんな久遠監督の厳しい指示の下、練習が再開した。そして夕方に、一日の練習が終える。
「……疲れた…」
「ほら、比企谷くん」
雪ノ下からスポーツドリンクのボトルを受け取る。
「あぁ、悪いな……」
「ちょっと待て八幡。お前はこの女の水を飲むというのか」
「…別にいいだろ。どうせ中身変わらんのだし」
「ダメだ。お前の世話は私がする。…雪ノ下、とか言ったな?これからは八幡に近づくな。貴様は他の選手に目を配っていればいい」
「どうして貴女にそこまで言われる必要があるのかしら?貴女こそ、一方的な好意をぶつけているだけで、相思相愛だと思い上がっているのではなくて?」
また始まった。この構図、まるで三浦との論争だ。俺はもう疲れたので、彼女達を放って合宿所に戻っていく。
シャワーを浴びて、俺はすぐさま自室に向かう。部屋に着いた途端に、俺はベッドで寝転ぶ。
「……マジしんど……」
夜飯も食う気にならない。
俺は目を瞑り、意識を手放した。
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翌日。
久遠監督の指導の下、厳しい練習が始まる。久遠監督の言い方は厳しいが、裏を返せば足りないところをきちんと言ってくれる。中途半端に肯定したりしては成長にならない。
そういう意図があるのだと思いたい。
現在、ボールは風丸に渡る。すると、風丸に向かって突っ込んでいく人物が。風丸を後ろからスライディングし、ボールを奪取する。その人物は、不動明王だった。
「不動!今のはわざと後ろから……」
「いいぞ、不動。ナイスチャージだ」
ごめんちょっともう監督の考えが分からなくなってきた。
前から奪って評価するならまだ分かる。だが、後ろからスライディングはファウル同然のプレーだ。それを評価するとは……。
そんな独りよがりのプレーに、緑川も影響されてしまう。綱海からパスの指示があるのにも関わらず、それを無視して一人で攻め上がっていく。
きっと少なからず、久遠監督の考えに不満などがあるのだろう。例え納得しても、監督は実力主義者。レギュラーを勝ち取るために、不動の様なプレーに走ったのだろう。
俺はある一つの疑問が浮かび、練習が終えてシャワーを浴びた後、食堂にいる音無に話しかけた。
「音無、ちょっといいか?」
「はい?なんですか?」
「お前、確かパソコン持ってただろ。ちょっと貸してくれねぇか?」
「あ、はい。別に構いませんけど……」
俺は音無からパソコンを借りて、電源を点け始めた。
「何を調べるんですか?」
「ちょっと気になることがあってな」
俺は"久遠道也"と検索する。だが、久遠監督の情報は一切出てこない。
「……出てこない、か」
「…なんか、変じゃないですか?」
「あぁ…」
俺が調べたかったのは、久遠監督の過去の実績や指導についての評価などだった。日本代表の監督に抜擢されるくらいだから、それ相応の指導力を持った監督だと思ったのだが。
「…響木監督は、なんで無名の人を代表監督に抜擢したんだ…」
「…よし!比企谷先輩、私に任せてください!」
「いや、任せろも何も、情報が出てこないんだぞ」
「大丈夫です!」
音無は自信満々な顔でそう嘆願するが……。なんだろう。なんだか不安だわ。何もやらかしたりしないよね?
雪ノ下達の想いは八幡に伝えず、あくまで一番最初の矯正の依頼の延長としてマネージャーになったと八幡に伝えたことをご理解ください。