やはり俺がサッカーをするのは間違っている。 作:セブンアップ
ガルシルドは連行され、響木監督が復活した。
みんなは病院で寝ているそんな中、俺は一人で、セントラルパークで待つ陽乃さんの下に足を運んでいる。
さっきまで夕焼けだった景色が、セントラルパークに向かっていくにつれて、徐々に暗くなっている。
病院からかれこれ時間をかけて、セントラルパークに到着する。周りを見渡すと、陽乃さんが砂浜で座り込んでいる後ろ姿が確認出来た。
俺は陽乃さんに近づくと、足音で気づいたのか、陽乃さんはこちらに振り向いた。
「来たね、比企谷くん」
「…最初はドタキャンしようかなって考えましたけどね」
「ひっどいなぁ。………隣、座って?」
俺は陽乃さんの隣に座り込んだ。客観的に見れば、ただただ男女が海を眺めながら話している絵図だ。
「じゃ、契約について。話そっか」
「…はい」
ついに、この瞬間が来た。
俺は固唾を飲んで、陽乃さんが話し始めるのを待った。
「どうだった?」
「…どう、とは?」
「私が君の、君達の助けになったのかってこと」
正直、陽乃さんには頭が上がらない。警察と組んだとはいえ、俺達のためにガルシルドのことを調べていたんだ。
ヘンクタッカー曰く、俺は陽乃さんが邪魔で手が出せなかったと聞く。つまり、俺が知らないところで陽乃さんは俺を守ってくれていたんだ。
それなら。俺が出すべき答えは。
「…助けてくれて、感謝してます」
「どういたしまして。それで?契約の報酬は?」
「……聞いてて分かってるなら聞く必要ないでしょ」
「比企谷の口から聞きたいの」
俺は、今日この瞬間から。
「……好きにしてください。煮るなり焼くなり捌くなり殺すなりと」
「比企谷くんは私が生粋の殺人鬼か何かに見えるの?全く、恩人に向かってなんてこと言うのさ」
陽乃さんは可愛らしく怒るが、陽乃さんの瞳はそんなチャチなものじゃない。
手に入った。欲しいものが手に入った。
そう言わんばかりの目。まるで、独占欲を剥き出しにした目だ。
「……じゃ、契約の報酬は比企谷くん自身ってことで。今更嫌だとかは無しだからね」
「…はい」
そう言って、妖艶な表情に変わる陽乃さんは俺の頬に手を添える。
俺はこの人には抗えない。そう覚悟した瞬間。
「…おい。何をしている?」
陽乃さんの声でも俺の声でもない、第三者の冷たい声が聞こえてきた。その声の方に向くと、
「私の八幡に手を出すな」
「や、八神……」
八神が憎しげな瞳で陽乃さんを睨んで立っていた。それに、来たのは八神だけでなかった。
「せ、先輩から離れてください!」
「何なの貴女。燃やされたいの?」
「……エイトから、離れて」
「ま、そういうことだから」
八神の後ろには、音無、レアン、クララ、それにアイシーまでいた。
「姉さん。いい加減比企谷くんに手を出すのはやめて」
「雪ノ下……」
あの雪ノ下までもが、八神達と共に現れた。
「……雪乃ちゃんやガハマちゃんだけじゃなくて、他の女の子にも手を出してたんだ?へぇ…」
陽乃さんは、恐ろしく、底冷えするような声で俺の耳に囁いた。
「…あのさぁ。今、比企谷くんと大事な話をしてるの。悪いんだけど、ちょっと他所に消えてくれない?」
「黙れ。貴様が消えろ」
「あれれー?君私より年下だよねー?いけないなぁ、そんな言葉遣いじゃあ」
「…不愉快な面と言動だ。とっとと八幡から離れろ」
「それは出来ないなぁ。だって、もう比企谷くんはお姉さんのモノだから。ね、比企谷くん」
そう言って、陽乃さんはわざわざ確認する。俺は、絞り出すように声を出す。
「……悪いな」
「ほらね。比企谷くんはお姉さんのモノ。そういう契約だからね」
「…契約?何の話?」
「……さっき言っていた約束とやらのことか」
「そうそう。契約の内容は一つ。私がガルシルドのことを調べて比企谷くんを、君達を助ける代わりに、比企谷くんの全てを私がもらうこと。ミスターKやガルシルドのことも、私結構頑張ったんだから」
えっへん、と言わんばかりに彼女は胸を張って自慢する。
「…そんな……嫌です!先輩と離れるなんて嫌!嫌です!!」
「君の気持ちなんか知らないよ。とにかく、金輪際比企谷くんに近付かないでね。近づいたら…………消しちゃうかもね」
「…ふざけるな。八幡は私だけのモノだ。八幡に声をかけて合っていいのも、八幡と目線を交わしていいのも、八幡と触れ合っていいのも全部私だけなんだ。貴様に、八幡を絶対に渡さない」
「しつこいなぁ。さっきから言ってるじゃん、比企谷くんは私のモノだって。聞いてなかったの?それとも聞こえなかった?これだから話の聞かないガキは嫌いなんだよね」
彼女達の争いはさらに激しくなる。どちらも、一切引く気はないらしい。すると、ここで雪ノ下が口を挟む。
「……姉さんにしては、いやに焦っているように見えるわね。比企谷くんを取られるのがそんなに怖い?」
「…雪乃ちゃんもそんなジョーク言えるんだ。全く面白くないけど」
「私は面白いわよ?だって、久しぶりに姉さんの人間らしい表情が見れたもの。その、焦った表情をね」
「…いつの間にか言うようになったね、雪乃ちゃん。今まで自分の力じゃ何も出来なかったくせに。それも、比企谷くんの影響かな?」
「比企谷くんの影響ではないわ。私がこういう人間だってことを、姉さんは今まで見てきていなかったの?」
今度は雪ノ下姉妹の論争が始まった。あの雪ノ下が、少しではあるが陽乃さんを言い負かせている。
陽乃さんは一回、溜息を吐くと、今度は俺の方を見る。
「……どの子も比企谷くん比企谷くん比企谷くん。比企谷くん、すごく好かれてるね」
「…そう、なんですかね…?」
「……あ、そうだ」
すると、陽乃さんは何やらいいことを思いついたという表情を浮かべていた。
「比企谷くん、この契約の話はちょっと保留ね」
「は、はぁ?」
「仕方ないから雪乃ちゃん達に一旦比企谷くんを預けておくよ。別にこのままでもいいんだけど、それじゃあ面白くないからさ」
「……何考えてんの?」
「さぁなんだろうねー?ただ、履き違えないで欲しいけど、譲ったわけじゃないから。預けたってことだからね」
「預けた?」
預けたという言葉に、クララが疑問を浮かべて復唱する。
「そう。いずれは返してもらうけどね。君達は比企谷くんとイチャイチャラブラブしてればいい。彼を好きになるなり依存するなり勝手にすればいい。……けど、そんな好きな相手を、依存していた相手を、敵であるお姉さんに何も出来ずに奪われてしまったら。お姉さんに奪われた瞬間、君達は何を見せてくれるのかな?絶望するのかな?はたまた怒り狂うのかな?それとも、自分達の無力を悔やむのかなぁ?」
陽乃さんは諦めていなかった。むしろ、俺に対する執着が強くなった。
ここで一旦引いたのは、彼女達を二度と立ち上がれないように叩き潰すための策だろう。
『好きなモノを構いすぎて殺すか、嫌いなモノを徹底的に潰すことしかしない』
いつしか、葉山が陽乃さんのことについて言っていた言葉だ。
あいつの言う通り、八神達は陽乃さんの言うところの、嫌いなモノになっている。
「比企谷くんもつまんない人間にならないでよね?そうなったら折角の策がパーなんだから」
「…俺はいつまで経ってもつまらない人間ですよ」
「そういうところが好きだよ。本当、手放すのが勿体ないくらいね」
陽乃さんは、その場からゆっくりと立ち上がる。そして再び、陽乃さんはこちらを振り向く。
「…じゃあね、比企谷くん。決勝戦、頑張ってね」
そう言って、陽乃さんは俺達に背中を向けて歩いていく。陽乃さんの姿が見えなくなると、八神達がこちらに駆け寄ってくる。
「エイト、大丈夫ッ?」
「あ、あぁ……大丈夫だ。……つか、なんでお前らここに来てたの?」
「エイトがコトアールエリアであの人と話してから様子が変だったから。病院からこっそり付いて行ってたの」
「……そうか」
「ごめんなさい。姉さんが、度々迷惑をかけてしまって……」
「…気にすんなよ。何も迷惑をかけられただけじゃないからな」
確かに幾度となく迷惑をかけられていたが、反面、俺達を助けるために奮闘していたのも事実だ。
無理矢理だったとはいえ、俺にはあの契約を受ける義務があった。つくづく、陽乃さんには頭が上がらないのかも知れない。
「……先輩?」
「…なんでもねぇよ。…帰るか」
俺はその場から立ち上がり、付着した砂を払った。そして、俺達の宿舎を目指して、帰路を辿った。
自分で何がしたいのか分からなくなってきた。笑