「――ふぅ」
授業の終わりを告げる鐘が、教室に備えられたスピーカーから鳴り響く。
気を抜くと、それまで気づかなかった空腹の訴えが急に襲い掛かってきた。
「昼飯、行くか」
荷物を一度全て片付け、机を空にしてから教室を出る。
そこには既に更識が待っていた。
特に会話することもなく、俺たちは二人並んで食堂へと向かう。
「ねぇ、あれって……四組の更識さんだっけ?」
「昨日も一緒にいたよね。もしかして織斑君みたいに幼馴染なのかな?」
「どうだろ。千冬さまに逆らうような男だよ? 脅されてるんじゃない?」
好き勝手に妄想を聞こえるように呟く女子たちを尻目に、食堂までの道のりを歩く。
別に、この程度の言葉なら今更俺の心には応えない。
言葉の刃とは心を傷付けるもの、なんて言われるが――これくらいのことに一々反応しているようでは馬鹿をみるのはこちらだからだ。
「さて、今日のメニューはなんだ?」
食堂の券売機を見て、その中から俺は日替わり定食を選んだ。
台の上に並べられている白米とみそ汁と自分で取り、おかずの皿もトレーの中から適当に一つ選んでお盆に乗せる。
本当は異国の生徒向けの珍しいものが食べたいのだが、それらは食堂の人間が券を受け取ってから作る。
個別に作られる皿ならば、それだけに異物を混入することだって出来る。
だからこそ、俺はランダムに皿を選ぶことが出来るメニューを選ぶ必要がある。
視界の端でベトナムから来たらしき生徒がお盆の上に特注の卵を乗せているのを見ながら、俺は壁際の空いているボックス席の奥の方に座った。
同じ日替わりを選んだ更識も、その正面に座る。
「いただきます」
「いただきます」
今日の日替わりの中身はハンバーグだったが、出来てから時間が経っているせいか少し冷めていた。
それでも毒が入っているよりはマシだと自分に言い聞かせながら、俺は千切った肉の欠片を口の中へと放り込んだ。
「……」
むぐむぐと口の中の飯を咀嚼しながら、目の前の更識の様子を窺う。
彼女は相も変わらず、食事を取りながら眼前に浮かべた仮想のディスプレイを流し見していた。気に入らない部分があれば、箸をおいてキーボードを出しては叩いている。
そんなことをしていれば自然と食事も遅くなり、彼女が半分も食べきらないうちに俺は自分の分を食べ終えてしまった。
そうなることは昨日の時点で分かっていたから、俺は鞄の中から参考書を取り出して読み始める。
夜にISの練習をする分、こういった所でしっかりと勉強の時間を確保しておかないとな。
集中できるようにシャーペンを握りながら、文面に視線を落とそうとしたところで――。
「ねぇ、ちょっと良いかな?」
テーブルの横から、そんな声が掛けられた。
「……なんでしょう」
ちらりとそちらへ顔を上げると、見知らぬ女子がこちらを見ていた。
リボンの色の違いや身に纏った学園に馴染んでみる雰囲気といい、上級生だろうか。
「君、噂の男子操縦者だよね? たしか天宮君だっけ」
「そうですが、それがどうかしましたか」
念のために胸元のISを何時でも展開できるように構えながら、会話を始める。
「なんかさ、来週にISでイギリスの代表候補生と戦わなきゃならないんだって聞いたよ。ホントなの?」
「そうですね」
どうやら他の学年にも、この話については広まっているようだ。
「でも、不安じゃない? 相手はもう何百時間もISに乗って練習してるんだよ? そんな相手に勝つことって、すごく難しいことだと思うんだ」
「はい」
それくらいのことは分かっている。
では、そんな当然の摂理を前置きとして彼女はなにを言いたいのか。
「だからさ、私が見てあげよっか。ISの練習」
「いえ、結構です」
協力を申し出られたが、俺は即座にそれを断った。
「えー!? なんでっ?」
「先輩のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
オルコットには通じた言い訳だが、目の前の女子には通じない。
彼女はぐいっと机に手を付けて顔を寄せ、押し付けるように話を上から畳みかける。
「それでもさ、自分一人だけで練習するよりは良いんじゃないかな。それとも、そっちの子と練習してるの?」
「いえ、彼女はただの知り合いです」
言葉を短くして、言外に早く立ち去れと伝えているのだがうまく伝わらない。
「それじゃあやっぱり、私と練習した方がいいと思うよ。ね?」
遠慮なく距離を詰めようとしてくるその振る舞いに、俺は段々と苛立ってきた。
ただでさえ話に付き合うことで勉強時間が刻一刻と削られているんだ。
これなら、最初からはっきりと無視しておけばよかったかもしれない。
「――もう良いだろ?」
これ以上俺の邪魔をするな。
「え?」
「俺は誰かと練習するつもりはないんです。分かったらさっさとどこかに行ってください」
「……でも、イギリスの子には勝てないって――」
「しつこいですよ。先輩が誰かは知りませんが、急に助けてあげるなんて言われても信じられるわけがないでしょう」
「そんなことを言わなくたっていいじゃない!」
叫ぶ先輩女子。
もちろん俺だって、わざわざ事を荒げるような言葉はいいたくなかったさ。
だからこそ遠回りに断わろうとしていたのに、ずかずかと踏み込んできたのはそっちだ。
「そうですか。ではそちらはこれ以上俺の言葉を聞きたくないということで。もう関わらないで貰えますか」
「ふん! 後悔しないでよ!」
彼女は怒り心頭と言った様子で、ようやく立ち去っていった。
これで勉強に集中できる……と思いきや、今のやり取りに何も口を挟まなかった更識がじぃーっとこちらを見ていた。
「……なんだ」
「なんでも、ない」
すぐに彼女は顔を背けてしまったため、何を考えていたのかは分からない。
ただ、物を言いたげな目だったと思うが――今の自分は少々機嫌が悪い。
護衛の気分を害するような言葉だって吐いてしまいそうだったので、なにも言わずに済んでほっとした。