その日の夜、アリーナへ向かおうとしていると視界の端に織斑と例の幼馴染の二人が映った。
あちらは逆に今から寮に帰ろうとしているようで、自然と俺たちは廊下ですれ違うことになった。
「あ、天宮!」
「……」
その声を無視して通り過ぎようとすると、身体が引っ張られる。
見れば、幼馴染の女子の方が俺の袖を掴んでいた。
「……離せ」
「人が話そうとしているのに無視をするな」
キッと睨みつけられるが、そっちから先に喧嘩を売ってきたんだろう。
それでいてすぐに力技に出ようとするなんて、やっぱり女子は信用ならない。
「……人を無理やり巻き込んだ人間と話すことは何もない」
「なら私も、このままお前を離さないぞ」
俺たちは互いににらみ合う。
だが、その空気はすぐにこの場の原因である織斑によって解消された。
「悪い、箒。あまり手荒な真似はしないでくれ。別に話したいんじゃないんだ。だからその手を離してやってくれ」
「む、そうなのか。てっきり早とちりしてしまったな」
ようやく女子の手が離される。
そのまま足早に立ち去りたかったが――それよりも早く織斑が動いた。
「こないだは悪かった!」
九十度よりも深く頭を下げる織斑に、さすがに俺は面食らう。
「無理やり天宮を指名して、ごめんな。俺が言いたいのは、それだけだ」
「……そうか」
それを放っておいて、俺は再びアリーナの方へ向く。
「お前、一夏が謝ってるのに――」
「いいんだよ、箒。許されたくて謝ってるんじゃないんだから」
後ろでは、そんな声が聞こえた。
もちろん俺に、織斑を許すつもりは毛頭なかった。
結果は変わらず、俺は月曜日に代表決定戦に出なければならないのだから。
――ただ、その間違ったことを素直に謝られたことに。
少しだけ、俺の心の底に燻ぶっていた怒りは和らいだ気がした。
――そう言えば、これまで俺は「ごめんなさい」とは何度も口にしたが。
――「ごめんなさい」と空いてから言われたのは、いつ以来だろうか。
■■■
制服の上着を脱ぎ、手早く下に着こんでいたスーツだけの姿になって打鉄を展開する。
既に人はいなくなっているため、ピットで直接着替えた俺はそのまま演習場の中に飛び込んだ。
「調子は悪くないな。それじゃ、まずは軽く外周を一周するか。その後は空中機動の練習だな。やっぱり足場のない状況での動きはまだまだ慣れないし」
盾を展開し、俺はそれを構えたまま走り出す。
がっ、がっ、とISの鋼鉄の踵がグラウンドの地面を抉る音が良く響く。
膝から下、そして肘より先が伸びた状態で動くのは、空を飛ぶよりはマシだがそれでも中々に難しい。
きっと試合では使うことはないだろうが、それでもブースターを破壊された時のためにやっておいた方が良いだろう。
「ふっ、ふっ……」
普段は使わないような筋肉が、パワーアシストがあるにも関わらず使われている感覚がある。
本当はそう言った部分こそ風呂に浸かりながら伸ばしたいのだが――まだまだ先だろうな。
「……よし。それじゃあ次は――」
心のアクセルを強く踏み込む――背後の噴出機構が唸り声を上げる。
地面を駆けるその感覚から一気に解き放たれ、勢いをそのままに俺は斜め上へと宙へと踊り出る。
一瞬で加速する視界をハイパーセンサ越しに感じながら、俺はアリーナの外周を螺旋を描くように昇り詰めていく。
「お……おおおっ――!」
瞬く間にアリーナのてっぺんまで到達した俺は、そこで急に方向転換する。
地面へ落ちるように加速を始め――大地との熱いランデブーを迎える寸前でブースターの咆哮を急転換。
――ドスン! 重量のある機体の足が、軽く地面に食い込む形で着地した。
「減速が足りなかったか」
本当は地面すれすれで制止しようと思っていたのだが、やはりそんなテクニックは未熟者の俺には難しいようだ。
咄嗟にISがアシストしてくれなければ膝に衝撃が行っていたようで、視界の正面に展開されたディスプレイの中に分かりやすく赤い表示がチカチカと浮かび上がっていた。
「すまないな、打鉄。おかげで助かった」
そう呼びかけると、その表示は姿を消した。
――やはりこのISには、なにかがあるのではないだろうか。
試験会場の時といい、自身のISを選んだ時といい、この機体には――。
「――っ!?」
――ドオォンッ!
その時、先ほどの着地とは比べ物にならないほどの衝撃が――アリーナ全体を揺らした。