落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第十一話 襲撃の正体

 

「――っ!」

 

 ハイパーセンサに突如飛び込んできた、背後からの急襲。

 

 半透明の液体が渦を巻いて襲い掛かってくるその姿に、俺は咄嗟に身体を前方へと投げ出した。

 

 なぜか追撃は訪れず、その隙に俺は体勢を立て直して攻撃の来た方向へと振り向いた。

 

「あらあら、さすがに今のくらいは避けちゃうか。ま、それくらいはしてもらわないとねっ」

 

 俺が入ってきた方向と同じピットから姿を現したのは、一機の水色のIS。

 

 それに搭乗するニヤケ面の女が、手に持った槍をこちらに向けたまま同じ地面に降り立った。

 

「ハーイ、天宮君。初めましてよね。私は――」

 

 襲撃者の呑気な自己紹介など聞いている余地はない。

 

「ふっ――!」

 

 俺はその場で盾を構えながら、敵目掛けて飛び出した。

 

 先ほどの急降下の時とは違い、着地時のことなどは一切考えない加速からのシールドバッシュを狙う。

 

「もう、そんな血気盛んじゃなくてもいいじゃない?」

 

 相手は悠長に槍を構え、その切っ先をこちらへと向ける。

 

 ――ギィンッ!

 

「くぅっ!」

 

 衝突の瞬間、下に滑り込まされた切っ先で盾を滑らされた。

 

 そのまま方向のズレた俺は、勢いの乗ったまま斜め上へとカチ上げられる。

 

「さて、そこからどうするのかしら? お姉さんに見せてちょうだいな」

 

 ――だが、これでいい。

 

 俺はブースターを微調整しつつも、その勢いを保ったままアリーナの壁目掛けて激突する――。

 

「なっ!?」

 

 ――ように見せかけて、俺は先ほど襲撃者が入ってきたピットの入口へと飛び込んだ。

 

 急ぎISを右腕だけ解除し、側に置かれていた制服の中から携帯を取りだして織斑先生へとつなげる。

 

「なんだ、天宮。こんな時間に」

 

「襲撃を受けているんですッ! 今、アリーナでッ!」

 

「なに? ――今すぐ向かう。敵の特徴を教えろ」

 

 がたっ、と何かが崩れる音が通話の向こう側から聞こえた。

 

 急ぎ俺は、先ほどISの姿を思い返してその中身を叫ぶように告げる。

 

「槍を持ったISで、液体を飛ばす攻撃をやってきたんです! 乗っているのは水色の髪の女で、そう、更識と同じような――」

 

「……なんだと?」

 

 途中まで述べたところで、織斑先生は疑問の声を上げる。

 

「あちゃー、そう来るとはね」

 

 追いついてきたISが気安く声をかけながら、こちらに槍を向ける。

 

 ――やはり、すぐに追いつかれるか。

 

 せめて先生がこちらに来るまでの間くらいは、耐えなければ。

 

 そうアドレナリンがどばどばと出ている頭で覚悟を決めていると、呆れたような声が通話口から流れる。

 

「……更識、お前か」

 

「あはは、バレちゃいましたか」

 

「……更識?」

 

 その呼び方に、俺は首をかしげる。

 

 更識なんて苗字は、そこそこ珍しいもののはずだ。

 

 護衛の人間と同じものだが、まさか目の前の女子とは血縁関係にあるのだろうか。

 

「そうだ。今お前の目の前に居るのは、同室の更識の姉だ」

 

「ええ。私は更識盾無。このIS学園の生徒会長も務めている、才女にして学園最強」

 

 そう胸を張って告げる相手に、俺はひとまず素直に感想を口にした。

 

「――ただしキチガイってわけですか。こんなのが生徒会長で良いんですか?」

 

「ちょっ、こんなのとは何よ!?」

 

 叫び、がしゃりと槍の切っ先を揺らす生徒会長。

 

 また攻撃が来るかと身構えるも、今度はなにもしてこないようだ。

 

「……この学園の生徒会長は代々、学園で一番強い者が務めることになっている。だからだ」

 

「なるほど、納得しました」

 

 たかだかクラス代表を決めるのにISを動かしたりするような場所には、お似合いの方法に違いない。

 

 なんとも乱暴な空気の学園だと、俺はため息を吐く他なかった。

 

「それで、俺はその生徒会長とやらに襲われたんですが。しかも後ろから突然ですよ」

 

「……どういうことだ更識。なにを考えている?」

 

 厳しい声で詰問する電話越しの織斑先生に、相手は少しだけ困ったような顔を向ける。

 

「あはは……。えっとですね、織斑先生。私はただ、彼にISの手ほどきをしてあげようと思いまして」

 

「と言っているが?」

 

「後ろからの襲撃が手ほどきだっていうのがIS学園のやり方なんですか。なんとも野蛮な場所ですね」

 

「そうだな。さすがにこれは擁護できんぞ」

 

 二人で一緒になって責めると、向こうから言い訳が始まる。

 

「だって、仕方ないでしょ。天宮君は助っ人とか断るみたいですし、それなら最初からこうして無理やり戦ってもらって、その中で成長してもらうのが一番じゃないですか?」

 

 本人の意思を確認せずにそんなことをするなんて、やはりこの学園の人間はどこか狂っている。

 

「天宮はそれを歓迎しないようだがな。それで、一応確認するが――」

 

「結構です。あんなのと一緒にだなんてごめんです」

 

「そうか。まあ、それも仕方のないことだが……天宮。そこの馬鹿の処分は後でこっちでキッチリやっておくとして」

 

「そんなぁ、織斑先生! 勘弁して頂戴な……よよよ」

 

「なんですか、先生」

 

 相手の泣き真似を放っておいて、俺は先生と話を続ける。

 

「オルコットとの戦いに備えて、一人で本当に大丈夫なのか?」

 

「……ああ、そのことですか」

 

 確かに俺は、練習に付き合ってくれる相手を欲している。

 

 だが、その条件に見合うような相手はいない。

 

 まして目の前のような女が相手だなんて、絶対に駄目だ。

 

「さて、どうでしょうか」

 

「ならば更識に頼ったらどうだ。性格には難ありだが、実力だけはピカ一だぞ」

 

 そう改めて推薦してくるが、もうとっくに俺の心は決まっている。

 

「だからなんだと? 俺はアレを信用も信頼もできませんね。裏でオルコットに情報を流しているかもしれない、練習にかこつけて俺を苛めようとしているかもしれない。それだけで、俺にアレと組む選択肢なんてありません」

 

「ええっ!? いくらなんでもそんなことは考えてないわよ!?」

 

 そんな言葉を口にするが、口先だけなら何とでも言える。

 

 心の中では何を考えているか分からない。

 

 特に、あんなことをしても平然と笑顔と浮かべている輩は。

 

「……そこまでアイツが疑わしくてならないか」

 

「はい」

 

 そう答えると、少しの間だけ先生は沈黙する。

 

「……お前のことだ、恐らく全ての女子に対してそう考えているんだろう?」

 

「はい」

 

 対して俺は迷うことなく、そう答えた。

 

「なぜそこまで疑う? 確かに更識は問題を起こしたが、そうでない相手にまで疑いをかける理由がどこにある」

 

「なぜ、ですか」

 

 ――俺はこれまでの人生を思い出す。

 

 たった十数年しか生きていない若造の経験なんて、社会からしてみれば軽く吹き飛ぶようなものだろう。

 

 だが、俺はそれを――俺の魂に染みついたその鉛のような感情をまるっと乗っけて答えた。

 

「――女ってものは、そういうものだからです。俺は、それを知っている。何度も、何度も。身をもって、それを教え込まれたんだ。……それで、十分でしょう?」

 

 鼻で笑われても良い。

 

 それでも、俺は「女はこういうものだ」と知っている。

 

 それが俺の現実で、決して変わらないだろうと確信している世界の根幹なんだ。

 

 たとえ「そうではない」と言われたところで、信用なんてできるはずもない。

 

 ――容易く出席簿を振るう教師、攻撃をぶつけてくる生徒会長。それらを前に、俺はますますその核心を深める一方だった。

 

 歯を、食いしばる。

 

 ――こんな奴らに負けてなるものか。頼るものか。俺は一人で、やるしかないんだ。

 

「……そういうことだ、更識。天宮にお前から関わるのは止めておけ」

 

「うーん、そうね。これは手の付けようがないわ。私のアプローチじゃ、逆効果だったみたいだし」

 

 最後にそんなちっぽけなやり取りをして、生徒会長は素直にISを解除したスーツ姿となって固い床に降り立った。

 

 とはいえ、いつまたISを再展開して襲いかかってくるか分からない。

 

 左手で構えた盾の正面に彼女を捉えながら、俺はピットから出ていくその背中から最後まで目を離さなかった。

 

「……失礼します、先生」

 

「……ああ。おやすみ、天宮」

 

 通話画面を閉じ、携帯を畳んだままの制服の上に放り投げる。

 

 ――誰も居なくなって、俺はようやく自分の心臓が爆発寸前のように脈を打っていることに気づいた。

 

 急に汗が、滝のように流れてくる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 ――怖かった。

 

 初めて、明確に武器を向けられて攻撃されたことが。

 

 これまでも鉄パイプくらいなら、なんどか受けたことがある。

 

 だが先ほどの女は、そんなチンピラ染みたかつての同級生よりなお(タチ)が悪い。

 

 普段浮かべるような明るい笑みのまま、容赦なく背後からの攻撃を仕掛けてくる。

 

 何時また俺の隙を狙って槍で狙ってくるかが分からなくて、今までの間ずっと俺は気をこれまでにないほどに張り詰めさせられていた。

 

 ――ピピピッ……。

 

 ISから音が鳴る。

 

 見れば、画面に今更ながら心拍数の急上昇していることが浮かび上がっていた。

 

 今日はもう練習せずに、帰って休めと言いたいのだろう。

 

 ――だが。

 

「すまない……もう少しだけ、このままでいさせてくれ」

 

 ISという防具に包まれている状況から解放されてしまえば、腰を抜かして立てなくなってしまうかもしれない。

 

 自分のことを守ってくれている確かな存在からすぐに降り立てるほど、俺の不安は解消されていなかった。

 

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