落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第十二話 家族の因果

 

「……ただいま」

 

 部屋に帰るが、返事がない。

 

 いくら口数が少ない同居人とはいえ、帰宅の返事くらいはしていたはずだが。

 

 疑問に思って奥へ進んで確認すれば、更識はいつも以上に集中しているらしく強く画面をのぞき込んでいた。

 

「――」

 

 彼女に先ほど姉に出くわしたことを告げておこうとして、躊躇する。

 

 ――姉から迷惑を受けたと言われたところで、妹に罪はない。

 

 それにこの数日で分かったことだが、こちらの更識は俺にとって好ましかった。

 

 もちろんその評価には、女子にしてはという前置きがつくが。

 

 ともかく、更識はこちらの生活にあまり干渉してこない。

 

 基本的には静かに自分の仕事に集中しているだけで、ほとんど置き物と同じだ。

 

 ――そんな彼女に、姉の不出来を告げ口して集中を乱すことはしてはならないと思った。

 

「シャワー、先に貰う」

 

 聞いていないだろうが、あの様子なら俺がシャワーを浴びている間は間違えて入ってくることもないだろう。

 

 一応告げるだけ告げておいて、俺はシャワー室の中に入った。

 

 

 ■■■

 

 

「……なんで、何も言わないの?」

 

「は?」

 

 シャワー室を出た後、珍しく更識から話しかけてきた。

 

 寝間着に着替えていざ予習をしようと準備をしていた時に、突如画面から顔を上げた彼女は椅子を反転させてこちらを向いた。

 

「姉さんのこと。さっきアリーナで襲われたって、織斑先生から連絡があった」

 

 なんだ、そのことが気がかりだったのか。

 

「てっきりなにか言われるかと思って、集中した振りをしてた。でも、天宮くんは何も言わなかった。どうして、なの?」

 

「……そうか」

 

 何も返事をしないのは意外だったが、そういうことを考えていたのか。

 

 びくびくとした様子でこちらを見る彼女に、俺は尋ねる。

 

「一応聞いておくが、お前が姉を唆したとかじゃないんだろ?」

 

「それは、もちろん……うん。私はなにもしてない」

 

 更識は慌てて首をぷるぷると振る。

 

 俺には、その言葉を素直に信用することが出来ない。

 

 ――だが、先ほどの出くわした姉も妹のことについては何も言及していなかった。

 

 恐らく、本当に目の前の更識はなにもしていないのだろう。

 

「なら、別にどうでも。お前も集中してるみたいだったし、姉のことで一々文句を付けられたくなかったろ。自分のことじゃないのに責められるなんて、普通に怒鳴られるよりも何百倍も嫌だよな」

 

 ――俺にも、家族のことで迷惑を掛けられたくない気持ちは分かる。

 

 この社会で育った母親や妹が成したことは全て、俺か父親のどちらかに返ってきていた。

 

 人は良い行いをしても、必ず善い行いが返ってくるとは限らない。

 

 ただ、悪いことをすれば悪い結果が返ってくることだけは必然だ。

 

 その返ってくる、俺の知らない悪行の結果にどれほど理不尽を感じさせられたことか。

 

 なにもしていない更識にその理不尽を与えることは、その苦労を知る者としてはなによりも忌み嫌う行為に等しい。

 

「そうだけど……本当に良いの?」

 

「別に良いって。なんでそんなに姉のことに関わろうとする? これは俺とあの女との話で、お前には関係ないだろ」

 

「……そう、だよね。ごめん」

 

「ああ。気にせず、そっちはそっちでやりたいことに集中していればいいんじゃないか。またなにかして来たら、その時は先生に言うから」

 

「……うん」

 

 それで話を終わらせようと、再び勉強机に向かった所で背後から更識の声が届く。

 

「それで、あの……」

 

「……まだ何かあるのか?」

 

「さっき無視しちゃったの、ごめん。代わりになにか、私に……出来ることはないかなって」

 

 ――そこで俺はふと、先ほどのアリーナでのやり取りを思い出した。

 

 一人でやるのには、限界がある。

 

 分かっていても、信じられる相手がいないのだから自分だけで練習するしかない。

 

 ――今のところは目の前の彼女が一番、この学園の中で信頼できそうだ。

 

 もしかしたら彼女になら、手伝いを頼んでもいいのではないか――。

 

「……いや」

 

 ――頭を過ぎったそんな妄想を、首を振って追い払う。

 

「……すまないが、今は特に困っていない。気にしないでくれ」

 

 だが、それでも俺の口からは「頼む」という言葉は出て来なかった。

 

「良いの?」

 

「ああ。俺一人だけで、何とかして見せる」

 

「……そう」

 

 彼女は俺の言葉を受けて、これ以上話すことなく再び自分の机へと顔を戻した。

 

 そこで深く食い込んでこようとしないその姿勢は、評価に値する。

 

 それでも俺は、いざというときに裏切るのではないか――その疑念が拭えないままだった。

 

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