一人で練習することの限界を心にひしひしと感じながらも、なんとか勉学とISの操縦に勉めていた俺は――ついにIS学園で初めての休日に突入した。
土曜日の午前授業を終えたその後には、一日と半分の自由時間が待っている。
本音を言えば、ぐうたらと過ごしていたい。
ずっとベッドの上に寝転がって、疲れた頭を宥めながらリラックスしていたい。
だが、着実にクラス代表を決める戦いは近づいている。
残り二日となった今、俺は未だに明確な
織斑やオルコットを相手に、いったいどのようにして立ち回ればいいのか。
焦る気持ちが空回りして、胸をどくどくと太鼓のように叩く。
「――どうすればいい?」
タブレットに映るISの数値を睨みつけながら、俺はストレスに痛む頭で無意味に悩み続けていた。
――ああ、このような悩みこそ織斑先生や更識にでも相談すべきことなんだろう。
だが、それでも俺にはそれが出来なかった。
そうしなければ負けると分かっていても、自分がそうすることを許せない。
要するに、今の俺は完全に手詰まりだった。
「どうするどうするどうする――?」
そう小声で呟きながら、手元の映像を流し見する。
――オルコットの駆る英国の第三世代IS、『ブルー・ティアーズ』が画面の中で踊っている。
周囲に浮かばせた、ビットと呼ばれる小型自律砲台。
それらと共に複数の的を同時に狙撃するという離れ業を見せてのけるISを相手に、何が出来るのか。
その画面を埋め尽くすほどのレーザーとミサイルの派手な動きが、見るたびに俺の気力を削いでいた。
手持ちの盾だけで、本当にそれらの猛攻をしのぎ切ることが出来るのか。
そんな疑問が湧き続けて、終わらない。
――つん、つん。
「――っ!? な、なんだ?」
「もう夕食の時間。早くしないと、食堂が閉まる」
「あ、ああ……」
突然の感触に振り向けば、後ろにはいつの間にか更識が立っていた。
「って、もうこんな時間か。これじゃ早くしないと、食べきる前に閉まりそうだ」
「うん」
慌てて手元を片付けて、俺は部屋の鍵を持って彼女と一緒に食堂に向かった。
廊下を歩きながら、彼女と話す。
「今日はなににするの?」
「なにって……いつもと変わらず日替わりだが」
「そう」
「更識はどうするんだ。いつも俺と同じのを頼んでいる気がするが、たまには面白そうなのを頼んでも良いんじゃないか」
「……特にこだわりはないから。変なものを選ぶよりは、無難なものが一番」
「そうか」
――あの姉の襲撃があった夜以来、俺と彼女の関係は変わった。
変化はほんの少しだけだし、信頼をしていないというのは今でも変わらない。
会話の内容は他愛もないものに留めており、ISの相談などは一切行っていない。
――ただ、それでも確かに会話の分量は以前と比べて増えていた。
そうして食堂へたどり着き、同じものを取って席に着く。
「いただきます」
「いただきます」
今日は天ぷら蕎麦と小盛の牛丼にサラダという重いセットだったが、この後に身体を動かすことを考えると成長期の自分には少し足りない。
だが、他のメニューを頼めない以上は仕方ない。
「……」
もぐもぐと無言で食べ進めながら再度オルコットの映像を無意味に見直す。
何度繰り返したところで、得られるものなどないのだが――それでも、なにかをしていなければやっていられない。
――がりっ。
「……痛っ」
どうやら口の中を噛んでしまったようで、鈍い痛みがズキズキと頬の内側から響く。
鉄の味が食事の中に紛れ込むが、どうせ一昨日から食事の味がしないのだから変わりはない。
そのまま食べ進めていると、更識が声をかけてくる。
「……大丈夫?」
「月曜日のことか? それなら――」
「違う。口の中を噛んだんだよね。ちょっと待ってて」
彼女は自分の食事を進める手を止めて、とてとてと歩いて汲んできたお替り自由のお茶を俺に差し出した。
「しばらくそれで口の中をゆすいで、落ち着くのを待った方がいい」
「……助かる」
お茶を口に含みながら、俺は箸を置いて一息つく。
もちろんその間も、ブルー・ティアーズの動画からは目を離さない。
「……面白いの?」
「なにが」
「その動画。昼間からずっと見てる」
「……面白くはない。月曜日のための資料だ」
とはいえ、その中から意味を見いだせていない今では資料と呼ぶことは相応しくないだろうが。
「……だよね」
「ああ」
それで会話は終わり、彼女は再び食事に戻る。
ただ、その視線は時折こちらの様子をちらちらと窺っている。
「――なにか言いたいことでもあるのか?」
「……!」
こくり、と彼女は頷く。
恐らく言いたいのは、IS――俺が見ているブルー・ティアーズに関することだろう。
ただ、彼女はこれまで最小限の――ISに関わらない会話だけを自然と選んでいただけに、踏み込みたくても踏み込めないんだ。
……どうせ俺一人じゃ限界だと分かっていたんだ。
彼女が信頼できなくても、言葉を聞いてみるだけならば――。
「――わかった。言ってみてくれ」
「こくん――良いの?」
「まあ、参考程度にはさせてもらう。それでも良いのなら、だが」
言葉を鵜呑みにするつもりはないという失礼な前提をあらかじめ言っておくが、更識は気にせず自分の意見を述べ始めた。
「……天宮君はブルー・ティアーズの弱点を探してる」
「……そうだ。今のままの俺じゃ、どうしたって良いように的にされるのがオチだからな」
「……ブルー・ティアーズは、英国の第三世代IS。第三世代のコンセプトは、操縦者のイメージを用いた特殊兵装の搭載が目的」
ISは世代ごとに開発コンセプトが別れており、現在は第三世代の実験が行われている。
つまりオルコットの機体はまだ情報の少ない、最新鋭の機体であるということだが――。
「それくらいは分かってる。でも、それがどうしたって言うんだ」
「私たちの頭には、どうしても限界がある。そこが弱点」
彼女はこともなげに、俺の探していた答えを告げた。
だが、それだけでは頭の出来が今一な俺には分からない。
「……すまん、分かるように説明してくれ」
「人に二つのことを同時にこなすことは不可能。それをしようとすれば、どうしても粗が
出る」
「――音楽を聴きながら勉強に集中できない、ってことか?」
俺の例えに、更識は頷いた。
「そう。ブルー・ティアーズは最大六つのビットと、それに加えてライフル型の武装が一つ。それだけの兵器を同時に操ることは、いくら訓練を積んでも人間の処理能力では無理」
「……でも、それだとおかしくないか?」
俺が今見ている動画は、英国が公式に発表しているISの宣伝映像だ。
その中では確かに、ブルー・ティアーズが七つの的を同時に破壊している。
適当なことを言っているのでは、との疑念が一瞬頭を過ぎる。
「この映像だと、ブルー・ティアーズはちゃんとそのスペックを発揮しているように見えるが?」
「違う。それは盛っているだけ。最初から的の場所を入力しておけば、操縦者がイメージしなくても自動的に的中させられる」
彼女は簡単に、そう断じた。
だが、俺にはその根拠が分からないままだ。
「その証拠はなんだ?」
「……ちょっと待ってて」
彼女は例の仮想デスクトップを映し出すとそれに手をかざして、こちらにも見えるようにそれを反転させる。
アイアンマンで見たような近未来の光景にちょっとだけ感動している俺の視界に飛び込んできたのは――『
「これは?」
「今、ヨーロッパ全体で次世代機を作ろうって動きがある。一つの国では限界があっても、複数の国ならより強い機体を作り出せるから。その候補の一つが、英国の『ティアーズ』型」
「……お、おう」
正直なところ、ほとんど読めないのだが……まあ、後で調べれば分かることだし嘘はついていないだろう。
「その競争に勝つために、各国は宣伝競争に忙しい。だから、イギリスの公式ホームページにもちゃんと想定通りの動きが出来ると掲げてる」
「つまり、実体はこの映像よりも悪いってことか?」
こくり、と彼女はまた頷いた。
「実際に動かせるのが何機かを判断するのは、今すぐには無理。それでも、全部を動かすのは無理だから。実際に注意すべきなのは一つから三つくらいで良いと思う。あとは出来ても、狙いが雑になるだけだから」
「……なるほど」
言われてみれば、確かにそうかもしれないと考えられる。
「それと、相手の武装を見て」
「これがなんなんだ?」
「近接武装がナイフ一つだけで、物理型のビットも二つだけ。どちらかと言えばエネルギー武器の比重が大きいから、武装を専用のものに換装すれば、ある程度はメタが張れる……んじゃないかな」
最後になって急に言葉の尻をすぼめた更識に、俺は眉を顰める。
「なんでいきなり自信を無くす?」
ここまでの話は俺にも理解できるほど、ちゃんと根拠に基づいていた。
それでも彼女にとっては不十分なのだろうか。
「……お姉ちゃんなら、たぶんもっと良いアドバイスが出来た」
――彼女のその不安がどこから来ているのか、俺には分からない。
だけど、せっかく勇気を出してアドバイスをくれた彼女が落ち込んだまま話が終わるのは――寝覚めが悪い、ってものだろう。
「……人の話ってのは、いくら聞いたところで信じられなきゃ意味がない」
「え?」
「悪いが俺には、いくら更識の姉の出来が良かろうが、あの人をおちょくったような態度から出た言葉はいくら正論でも真に受けることはできない。――だけど、更識の言葉は信じられる」
俺は普段の更識を見ていて、その性根が真面目であろうことを知っている。
彼女が何を成し遂げたいのかは分からないが、それでもその目標に向かって邁進しているのはいつも画面に向かっている眼差しから読み取れる。
皮肉にも、疑り深く彼女の様子を窺っていたことが逆に彼女のまっすぐな在り方を教えてくれていた。
「それは、いつもの更識の姿が真剣だからだ。それは姉にはない、更識だけの魅力だから……その、だな」
今更ながら、自分の言っていることが恥ずかしいことに気づく。
他人を褒めることなんてめったにないことだからか、それともあれほど毛嫌っていた女子を褒めているからか。
良く分からないが、それでもここで黙ってしまうくらいならいっそのこと――。
「姉とか関係なしに、更識には更識だけの魅力があるってことだ、うん。だから、そう卑下するな……以上。それだけだ」
「……」
彼女は顔を赤く染める。
やめろ、そんな反応をするな。
彼女のかけている眼鏡に映る自分の顔までも、なんだか赤く染まっているように見えて――。
「――ともかく、さっさと残りを食べてしまうぞ。なにせ時間がないからな」
「……うん。時間は大事」
そんな文脈の擦れ違った言葉を交わしながら、俺たちは急ぎ箸を取って残りの飯をかっこんだ。
すっかり蚊帳の外だった天ぷら蕎麦は、冷めた挙句にすっかり出汁を吸って伸び切ってしまっていたが――。
――それでも不思議と、暖かかった時よりも美味しく感じられた。