更識との会話を終えて、自分がやるべきことを見定めた俺の時間はそれから瞬く間に過ぎ去っていき――あれよあれよという間に、月曜日を迎えた。
他のアリーナを使う予定が入っていない午前の一時間を使って、クラス代表を決める戦いが行われる。
俺にとっては全く別の意味のある戦いを目前に、俺たちはさっそく一つのトラブルを迎えていた。
「――なに? 織斑の専用機がまだ搬入されていないだと?」
「は、はい。どうやら業者のチェックに引っ掛かっているようでして……」
本来ならば争いの原因であるオルコットと織斑が最初に戦う予定だったのが、学園側の問題によって狂うようだ。
「仕方がない。天宮、お前から先にオルコットと戦え」
「――嫌だと言っても、駄目なんですよね」
「分かっているなら早く準備をしろ」
「はい」
出席簿を握る織斑先生を前に、仕方なしに俺は自身のIS――『打鉄』を展開した。
――ようやくですね、と声が響く。
「問題はないか?」
「恐らくは」
こちらに語り掛ける謎の声も、戦いに支障をもたらすものではあるまい。
これも問題と言えば問題なのだろうが、わざわざ述べるほどのものじゃない。
「では、そこのカタパルトに足をセットしろ」
「え、そんなのを使ったことはないんですが……カタパルトって、急に発進する奴ですよね?」
体勢を崩してそのまま戦いに入るとなると、慣れている方が有利に違いない。
「そのまま戦うわけではない。なに、一種の様式美という奴だ。一度落ち着いてから、合図を送る」
「……それなら」
言われるがままに、俺は指示されたようにISを動かす。
その動きに支障はない。
まるで自身の手足のように動かせる。
「よし、それではオルコット側の確認に移る。しばしそのまま待機だ」
ヘッドセットを付け始めた先生を尻目に、瞑想に入ろうとしたところで――織斑から声がかかる。その傍には、この一週間ずっと一緒に姿を見かけた幼馴染も当然のようにいる。
「なあ、天宮」
「なんだ」
「その、俺が言うことじゃないかもしれないけどさ。……頑張れよ」
申し訳なさそうに、それでもそう語り掛ける織斑。
これまでの俺なら、そこに皮肉の一つや二つでもかけていた所だが――。
こいつは他の奴らとは違って、一応は自身の過ちに頭を下げた。
「……俺は俺のやるべきだと思ったことをやる。それだけだ」
「……そうか。分かった」
それだけで満足したのか、織斑は去っていく。
「おい、あれだけで良いのか?」
「ああ。天宮が本気なことは分かったさ。男同士の会話って奴だ」
まだ謝られただけで大した関係でもないのに、そんな都合のいいことを言っている彼になんとも言えない感情が湧く。
だがそれは一度置いておいて、俺は眼を閉じて自分の心の中に意識を潜らせていく。
――やはり、不安を拭いきることはどうしても出来ない。
一抹どころか山のような不安が、今もなお俺の心に圧し掛かっている。
だけど俺は今、不思議と静かな面持ちでその重圧を受け入れられていた。
目を、開く。
薄暗いビットの先から覗く、アリーナの光をまっすぐに見据える。
その先に待つのは、散々映像を見返したセシリア・オルコットのブルー・ティアーズ。
――勝つつもりはないけれど、敗北する気も更々ない。
ただこの胸に抱える想いを、一直線にぶつけて押し通すだけだ。
「よし、向こうも準備が出来たようだ。良いな、天宮」
「――はい」
「ではカウントを開始する――三、二、一、ゼロ!」
途端に、身体全体にGが襲い掛かる。
それを踏ん張って堪えながら――俺は決戦の場へと飛び立った。
■■■
ビットから飛び出した俺は慌てず姿勢制御を行い、ゆっくりとアリーナの地面に着地する。
その上から差し込む一つの陰が、久しぶりに嫌らしく語り掛けてくる。
「あら、逃げずに来ましたのね」
「……」
アリーナの上から差し込む光を受けて、青く輝く機体――ブルー・ティアーズ。
その搭乗者であるセシリア・オルコットが、相変わらず高飛車な態度で宙に留まっていた。
「第二世代のIS、打鉄ですか。触って一週間にも満たない貴方が、それで私と戦えるとでも?」
「……」
「準備はなさっていたようですが、それもどうせ無駄ですわ。無様に地を這いつくばるより先に、降参なされた方がよろしいのではなくて?」
「……」
前に聞いた時と変わらず、こちらどころかISまで見下してくるオルコット。
その言葉を、俺は黙ってただ下から見上げる。
無言でじっと見つめるだけの俺に、やがていたたまれなくなった向こうが叫ぶ。
「な、なにか喋りなさいな!」
普段ならその程度の挑発など、風のように流してしまうのだが。
――今日だけは、それに対して応えると決めていた。
小さく、それでいてISの通信回線でしっかりと聴きとれる程度の声で。
「……口先の回る奴は、弱いと相場が決まっている」
それを聞いたオルコットは、分かりやすく額に血管を浮かべた。
「――それは喧嘩を売っているということでよろしいのですね?」
調子よくこちらの言葉に乗った相手が、手元に
その照準がこちらへ向いたのを確認しながら、俺は更に言葉を続ける。
「そんなことも分からないのか。さすがは英国だ。ポンコツ兵器を作ることにかけては世界一だからな」
「……ならば、教えて差し上げますわ。このセシリア・オルコットと、ブルー・ティアーズの奏でるレクイエムで!」
「はっ、試合も始まらないうちに鎮魂歌を奏でると来たか。どうやらお貴族様は曲のセレクトも独特のものらしい」
「挑発はそこまでにしておけ、天宮」
織斑先生から、通信で注意を申し渡される。
「分かったら試合開始の位置まで移動しろ。場所はISに示されている通りだ」
視界の端に浮かんだ会場の全体図に示された場所に移動し、オルコットとある程度の距離を取って向かいあう。
その銃口は常に俺の方向へ向けられており、いつでも撃ち抜けるようになっている。
「オルコット、天宮。一応述べておくが、試合終了条件は相手のシールドエネルギーをゼロにすることだ。準備は良いか?」
「もちろんですわ!」
「はい」
「――では、カウントを始める。ゼロになると同時に試合開始だ」
視界の中央で、カウントが十から始まる。
――作戦は立ててきた。
それが破綻しているかどうかはさておき、問題はその通りに動けるかどうかだ。
――大丈夫ですよ、といつもの声が聞こえる。
「……そうだな」
――三。
「――来い、『
両腕の前に、二つの巨大な盾が展開される。
レーザーを拡散し威力を弱める塗料が施された、二つの対エネルギー装備の持ち手を握りしめる。
――二。
それらを自身の目前に、並べるように構える。
――一。
最後に、背部のブースターの関節を動かして――敵の方向へと向ける。
その常識を無視した姿に、目の前のオルコットが混乱したように目を見開いて――。
――ゼロ!
「行け、打鉄!」
体の両側で、噴出孔が高らかに吠える。
その雄叫びが耳を割くと同時に――俺は、後ろ斜め下へと前を向いたまま加速した。
「っ、何を――!」
そう言いつつ、オルコットが自身の武装の引き金を引く。
銃口が瞬き、放たれたエネルギー弾が眼前の盾に着弾する。
腕を襲ったのは、思っていたよりも軽い感触。
それを感じるよりも先に、エネルギーはすぐに拡散して消えていく。
「よし」
エネルギー攻撃弱体化の効果を確認してから、俺は地面へと降り立った。
そのまま後退し、背中をぴったりとアリーナの壁に付ける。
「――ふ、ふふっ。なにをするかと思えば、そんな虫みたいに縮こまるくらいのことでしたか」
「……」
「それなら、そのまま蒸し殺されてしまいなさいな――!」
オルコットの腰から分離したビットが、四つ。
牙を向くように、こちらへと照準を合わせた。
――さあ、ここからが本番だ。
迫りくる七つの砲台を前にして、俺はぐっと顎を引き締めた。