四方から襲い来る閃光の群れを前に、俺は拡張された視界の下でせわしなく身体を動かしていた。
飛来してくるエネルギー弾に対して盾を構え、その挙動が間に合わない時には潔く左右へと身体をずらして回避する。
――頭がはち切れそうだ!
「しぶといですわねっ……!」
こちらの勝利条件はただ一つ。一発もオルコットの攻撃に被弾しないことだ。
シールドエネルギーが僅かでも減少すれば、その瞬間に俺の敗北は決定してしまう。
掠ることすら許されない極限の状況の中――俺は集中に集中を重ねて、相手の攻撃を凌ぎ切ることに脳のリソースを全振りする。
――左右からの挟撃に、正面からの一撃!
「っ!」
相手の攻撃は、決して同時には行われない。
一撃の後には必ず、僅かながら間を挟んでから次弾が飛んでくる。
まず襲い掛かる左の一撃を同じく左側の盾で受け流し、続く右からの攻撃を同じように右の盾で以て弾き飛ばす。
そして胸元へ飛び込んでくる本命の銃撃を――。
「『錦葵』ィ――ッ!」
用の済んだ左腕を引き戻すよりも先に、盾を一度収納。
そして音声認識で、再び自身の眼前へと出現させる。
腕を動かすよりも早く装備だけを移動させることのできる、
重厚な金属の盾は例えそれを支える腕がなくとも、質量のないエネルギー攻撃を簡単に弾き飛ばす。
それを確認してから遅れて戻ってきた左腕で再び持ち手を握り、俺は続く攻撃へと備えて力を込めた。
――よし。まずは予想通りだ。
胸を撫でおろすことはできないが、オルコットの攻撃には混乱せずに対処できている。
――オルコットのビットの恐るべき点は、相手の想定しない場所からでも狙い打つことが出来るという点だ。
それを防ぐために、俺は敢えてアリーナの壁に背を、地面に足を付けていた。
こうしていれば、オルコットはビットの特徴である八方からの攻撃を行うことは出来ない。
今行われている攻撃は、大きく分けて四方向から。
上、左右――そして正面。
四方八方からの攻撃を全て処理していては、俺の頭はとうにパンクしていただろう。
だが、最も注意の払いにくい足下と背後からの強襲さえなくなってしまえば――まだ、対処できないことはない。
頭の血管は今にも破裂しそうで、限界まで見開いた瞳は真っ赤に充血しているに違いない。
それでも現に、視界の端に映るシールドエネルギーの残量に変化は見られない。
「――」
はるか上空に浮かぶオルコットの顔は、渋いものだ。
なにせ自身がどれほど攻撃しても、こちらの良いように防がれてしまっているのだから。
――だが、俺も全てが思い通りに言っているわけではない。
「はーっ、はーっ、はーっ……」
現在オルコットが稼働させているビットは合計で二つ。
それらの中のどれが攻撃を放つのかが分からない以上、俺は常にそれらとオルコット自身の計三つを視野に収めている。
その処理に使われる脳のエネルギーは尋常なものではなく、俺の体力は予想以上に早く削り取られている。
――心臓がどくんっ! どくんっ! と脈打つのが聞こえる。
今の俺は、攻撃を行う前に一瞬止まるビットの動き――それに合わせて身体を反射的に動かすだけの機械と化している。
出来る限り単調化させた思考の中で――俺の緊張感は最高潮に達していた。
……一撃受ければ、それで終わり。
そんなイカレた発想を初の実戦で行っているんだ。
それも、大した練習もなしにぶっつけ本番で。
――こちらの気力がガリガリと削られていく音が、はっきりと聞こえてくる。
「対エネルギー装甲っ、ここまで厄介でしたとは――っ!」
オルコットが何かを叫んでいる。
だが、そんな余計な情報は既に意識の上からシャットアウトされている。
――奴の腰のフレアスカートが動いた。
知っているぞ。
そこに仕込まれているのは、ミサイル搭載型の二つのビット。
「ならば、こちらでも食らいなさい!」
放たれた二つの質量攻撃がまっすぐにこちらへと迫りくる。
――あればかりは、そのまま盾で受け止めるわけにもいかない。
その攻撃に対し、俺は事前に計画していた通りに意識下でISの動作入力を行う。
――少しの間役割を失っていた背後のブースターが、本領発揮と言わんばかりに唸り出す。
そちらにも僅かに注意を割きながら、俺は今まで以上に他のエネルギー砲撃型のビットに注力する。
加速された意識の中で、ミサイルがゆっくりと進んでくる。
その周囲から発射されるレーザーに対処しながら、タイミングを計り――。
「――今だ!」
――どんっ、と身体を横向きに襲うG。
背中のブースターが放出したエネルギーを再吸収し、渦を巻く圧縮された熱を一気に爆発させる。
ゼロ速から一気に加速した俺の身体は、ミサイル着弾の直前に急激に右方向へと吹き飛んだ。
「――
遅れて、先ほどまで俺がいた場所にミサイル二基が着弾する。
大きな衝撃が、回避したこちらにも伝わってくる。
――
ISの高速軌道戦闘における特殊な技能として知られているものだが、それはあくまでも高速戦闘下での話だ。
一瞬の減速が命取りになる実戦において、僅かな溜めを必要とするこの技を使うことは確かに困難を極める。
だがしかし、既に立ち止まっている状況から軽く動くだけならば、タイミングをわざわざ計る必要はない。
実際にこれを交えて動くことなんて、まだまだ俺には出来やしない。
精々、
それでも一度程度なら、意表をついて避けることが出来る――そして。
「そんな高等技術を、素人が使えるなんて――」
オルコットの動揺している姿が手に取るようにわかる。
一度しか使えない奥の手――というのはこの場において、俺だけが知っている情報だ。
向こうからしてみれば何度も使えると予測するのが筋。
そして、エネルギー砲に比べれば圧倒的に遅いミサイルなど、
「――ええいっ!」
改めて構えられた銃、スターライトが再び顎を閃かせる。
――そうして俺たちはまた、レーザーによる弾幕と回避の状況へと戻ることになる。
ただし、その狙いは先ほどまでと比べて明らかに精彩を欠いていた。
いつまでも当たらない獲物への苛立ちからか、ビットの照準が僅かにブレる。
そのブレが開いた距離に比例して大きくなり、防ぐ必要もなく俺の周囲に着弾する。
「このっ!」
やがて痺れを切らしたのか、向こう側は残る二基も稼働させ始めた。
だが、それらで同時に狙いを定めることなど今のオルコットに出来るはずもなく――。
「なんで、当たらないんですのっ!?」
精密な動きを必要とされる多角的な射撃は本来の意味を為さないままに、見当違いの方向へ流れていく。
――更識の言った通りのことが、今目の前で起きている。
金髪を振り乱しながらこちらへとビットを向けるオルコットの様子は、どうみても冷静なものには思えなかった。
そうして、当たることのない砲撃の弾幕はやがて一つの結果をもたらす。
「――よし」
ここまできてようやく、俺は安堵の息を漏らした。
そんな悠長な態度でいれば、すぐに獣のような目をしたオルコットが狙い打ってくることも考えられた。
だが、今の奴には既に――そんなことは出来っこなかった。
「――エネルギー切れ!?」
第三世代には、もう一つ特徴が存在する――それは、エネルギーの消費が激しいことだ。
狙いが甘くなって、それでも当てようとすれば人は弾数を増やす。
なんとしてでもこちらに当てようと、バカスカと撃っていればすぐに弾切れするだろうことは普通の搭乗者なら周知のことだろう。
それはもちろんオルコットも同じだっただろう。
だが、それを忘れるほどにオルコットはこちらを狩ることに熱中し過ぎていた。
他の代表候補生のような、油断のならない敵が相手だったならばスタミナ配分もちゃんと管理していただろう。
だが、生憎と今の相手は相手ですらない――素人の男性操縦者だ。
残弾が切れるなんてことは、端から考えてもいなかったに違いない。
「まだ、まだですわっ!」
スターライトが輝く。
だが、こちらを狙う銃口はあくまでも一つだけだ。
俺はそれに注視し、常にオルコットに対して盾を移動させるだけで良い。
無意味に発射される銃撃が、専用の防御の前に無慈悲にも弾かれて消えていく。
「――この、男性なのに、諦めが悪いですわ……っ!」
そんなオルコットの声が、こちらに届く。
その声は何処か、嘆いているようにも聞こえた。
――倒れてくれと、言っているようだ。
だが、今の俺にはその声の裏を読み解くつもりはない。
今はただ、この試合が終わるまで持ちこたえるだけだ。
――IS学園の授業時間は一時間。
合計で三戦を行い、その間に準備時間を挟むことを考えれば試合時間は一つにつき十八分程度だ。
それを過ぎれば、自然と教師側から静止の声がかかるに違いない。
見れば、画面の隅っこに浮かび上がらせていた時計は残り時間が一分もないことを告げている。
それにオルコットも気づいたのか、連射速度が上がる。
なんとしてでもこちらのシールドエネルギーを削ろうとする狙いが見え見えだ。
しかし、それでも俺の盾は相手の狙いを許さない。
残り三十秒――。
「……仕方ありませんわね」
そこで、オルコットからの射撃が一度止まる。
盾の隙間から様子を窺うと、腰に戻されていたミサイル用のビットが再び宙に浮いていた。
「このまま引き分けになるくらいなら、いっそのこと――!」
ばしゅっ、と二度目のミサイルが火を噴く。
それを避けるために、再び瞬間加速の準備に取り掛かろうとすると――。
「させませんわ!」
こちらの集中を遮るかのように、オルコット自身が動いて様々な方向から弾を撃ってくる。
それだけではない。
用を果たしたはずのエネルギー用ビット四つが、別々の方向から迫りくるではないか――!
「自爆かっ!?」
たかが模擬戦で、勝ちを取るためにそこまでやってくるかと驚く。
まるで隕石のように、青く煌めく雫たちが俺の下へと降り注ぐ。
それも嫌らしく、こちらの逃げ場を塞ぐようにブレブレの動きで。
打鉄のずんぐりとした身体では、その隙間を潜り抜けようとしても絶対に一つは当たってしまいそうだ――瞬間加速では、直線の動きしか行えないのだから。
視界の端の時計は、もはや十秒もない。
だがこの攻撃で勝敗が決まると言っていい以上、少しばかり時間が伸びても構わないと判断されているだろう。
「――くそ」
ここまで来て負けるのか、という予感が脳裏を過ぎる。
せっかくここまで頑張ってきたのに――結局俺は、勝つことを諦めなければならないのか?
勝利を確信して落ち着いていたはずの心臓の鼓動が、早くなる。
冷や汗がぞぞっ、と背中を伝う。
凍り付きそうな敗北感が心までも飲み干してしまいそうな感覚。
――また、あの先の見えない闇の中に戻って、一人で耐え続けなければならないのか。
諦観が俺の意識を支配し、視界の中の青空が鉛色に染まっていった。