落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第一話 適性試験

 

 

 使い終わった受験用のテキストが並ぶ、机の奥。

 

 立てかけられたスマホの向こう側には、同い年の優男の顔が映っていた。

 

 それは、未来を閉ざされたはずの俺たちに差し伸べられた希望の光。

 

 女性にしか起動できないはずのISを起動させた男――織斑一夏。

 

 信じられないような事実を前にした政府は、急遽全ての男性を対象にしてISの適性テストを行うことを決定した。

 

 視線を逸らした先には、蛍光灯に照らされた三つ折りの紙が開かれている。

 

 その中には、俺が住む地区における適性試験の会場の場所が示されている。

 

 ――行くべきか、行かざるべきか。

 

 結論からすれば、俺は行くことにした。

 

 どうせ、適正なんてある訳がない。

 

 ネット上には彼がISを起動できたのは、姉が世界に冠たるIS操縦者であるからだという噂が流れている。

 

 だから、俺は最初から適正なんて諦めていた。

 

 俺が行く目的は、ただ一つ。

 

 せめて、この現状をもたらしたISという存在に。

 

 これまで溜め込んだ恨み言の一つでもぶつけてやろうとかいう、しょうもない理由だったんだ――。

 

 

 ■■■

 

 

 そして、迎えた試験の日。

 

 長蛇の列には、それぞれの思惑を抱えた男たちが並んでいた。

 

 誰しもが自分こそは――、なんて表情をありありと浮かべている。

 

 そんな中で文句を言うためだけに訪れた俺は、自身が完全に場違いの存在のように思えた。

 

「はい、身分証と整理券の提示を――」

 

 受付の職員に、送付されてきた紙と学生証を提示する。

 

 そこには、虚ろな目をした三年前の俺の顔が映っていた。おしゃれになど微塵も興味がないといわんばかりの、ざんばら髪の中学生。きっちりとした詰襟とは対照的な、不真面目そうな姿だ。

 

 その顔は、今朝洗面台で見たときとなんら変わりない。

 

 思い返せば、俺はこの頃からずっと。

 

 行き場のない鬱屈とした感情をため込んでいたんだろう。

 

 ――今日それらをひとまとめにしてぶつければ、少しはこの顔も晴れるだろうか。

 

 そんな馬鹿馬鹿しいことを考えながら、俺は会場に足を踏み入れた。

 

 案内された待機部屋で腰を休めながら、スマホを懐から取り出して画面を点ける。

 

 普段ならどうでもいい動画でも見ていたところだが――自然と俺の指先は、ISについて調べていた。

 

 開いたのは偶然にも、ISの黎明期――登場して間もない頃にひっそりと取られた、開発者へのインタビュー記事だった。

 

 記者の質問を完全に無視して、篠ノ之博士は三段どころか五段と半分も抜いて一息に語り続けていた。そこにはその全容が、そっくりそのまま記載されていた。

 

「……」

 

 俺は無言でその内容を読み進める。

 

「……」

 

 そして、それを読み終えたころには――俺の心からは、すっかりとISに対する怒りが消え失せていた。

 

「番号、0x000xx00の方――」

 

 番号を呼ばれて、席を立つ。

 

 手招きする職員の傍へと足を進めながら、俺は頭の中を整理していた。

 

 重苦しい熱がどこかへ行ってしまって、冷えたその意識の中で――何を言うべきなのかを。

 

「こちらです」

 

 黒スーツの背に従って、無機質な廊下を歩く。

 

 カツン……カツン……、と革靴の音が響く。

 

 その背中はなんだか、くたびれているように感じられた。

 

「説明は部屋の中でされますので、くれぐれも問題を起こさないでくださいね?」

 

 念を押すように、職員の灰色の瞳がこちらを射抜く。

 

 ――ああ、そういうことか。

 

 恐らくは、適性がないと改めて突きつけられた連中の一部に、それを素直に認めない連中がいたのだろう。

 

 事実、そういった者たちの声らしき叫びが待合室の外からは時折響いてきていた。

 

 彼らの積もり積もった怒りや嘆きは、発散する先を求めている。ISによる発奮が敵わないと知れば、自然とそれは近くにいる誰かへと向けられる。

 

 今回もまた、それを受け止めねばならないのかと気が気でないのだろう。

 

「はい」

 

 答えると同時に、疑うような視線がこちらへ向けられる。

 

 だが、そんな他人からの視線など――もはやどうでもよかった。

 

 その眼を半ば無視するように、俺はそれ以上何も言わないままに示された扉を潜った。

 

 

 ■■■

 

 

 扉の先に待ち構えていたのは、巨大な鎧甲冑だった。

 

 およそこちらの身長の二倍はあろう重厚なIS。

 

 先ほど仕入れた知識から察するに、日本産の『打鉄』と呼ばれる機体に違いない。

 

 そして、その傍には一人の女性が腕を組んで佇んでいた。

 

 先ほど俺を案内した職員とは違う、スーツをぴっしりと着こなした武人のような女性だ。

 

 ――俺はその顔を知っていた。

 

「ブリュンヒルデ……」

 

 彼女はその言葉に何も答えず、静かにこちらへと歩み寄ってきた。

 

 彼女の顔を知らない人間など今の世界にはいない。

 

 きっと今のような呼びかけなど、彼女は今朝から何回も投げかけられてきたに違いない。

 

 一々反応を返すのも面倒なのか、彼女は端的に告げた。

 

「では、試験を始める。とはいえ、やり方は簡単だ。ただISに触れればいい」

 

「はい」

 

 言われるがままに、俺は中身のいない鎧武者の前へと立った。

 

 直立不動の姿勢を崩さない『打鉄』は、重苦しい雰囲気を放ちながら俺を見下ろしている。

 

 そして、俺はISに右手を差し出した。

 

「む?」

 

 眉を顰めるブリュンヒルデを尻目に、俺は――まるで初めましてとでもいうかのように、『打鉄』と握手をした。

 

 ――哀れみの意を込めながら。

 

 意思など欠片も感じさせることのない、固くひんやりとした金属の感触。

 

 その向こう側に語り掛けるために、俺はそっと目を閉じた。

 

 ――ISは、元来兵器として開発されたものではなかったという。

 

 先ほど知ったその事実は、俺から八つ当たりをしようとする意識を一瞬で奪い去った。

 

 ――ISは当初、宇宙を探索するパワードスーツとして発表された。

 

 ――だが、その隕石にすら対抗しうる強さが仇となる。

 

 ――数多くのミサイルを単騎で打ち落とした『白騎士事件』を経て、ISは軍事への転用が想定されるようになった。

 

 ――かつての設計思想を、自分たちの存在意義を。

 

 ――彼らは人間の欲望によって、踏みにじられた。

 

 ――機械には意思はない。

 

 ――ただ、扱う人間の思惑に左右されるだけだ。

 

 ――そんな、本来の未来が閉ざされる側であった彼らは。

 

 ――加害者というより、むしろ俺と同じ被害者だった。

 

 それを知った俺の心に湧いたのは、憤怒や諦観のような自分本位な感情ではなかった。

 

 俺はそんなことよりも、彼女らに待ち受ける未来にこそ悲しみを覚えた。

 

「……すまない」

 

 一人の人間として……彼女らを扱う人類の一人として。

 

 俺は彼女らに、文句なんかよりも先に告げるべきことがあると思った。

 

 その一言が、自然と口をついて出る。

 

「……何を考えているのかは分からんが、もう良いだろう」

 

 俺の様子を眺めていたブリュンヒルデが、ISから引き離そうと袖を掴む。

 

「ISの適性があるかどうかは、触れればすぐに分かる。君にISは反応しなかった。つまり、君には適性がない。分かったら、もう帰るんだ」

 

 そんな分かりきっていたことを、彼女は諭すように話す。

 

「分かっています」

 

 その指示に従って、俺もISから手を離した。

 

「時間をかけてすみませんでした。失礼します」

 

 頭を下げ、この部屋を後にする。

 

 後は会場を出れば、いつも通りの生活が待っているだけだ。

 

 クラスメイトの女子に好き勝手に弄ばれることを我慢するだけの人生に、戻る。

 

 ――だが、同じ被害者に唾を吐きかけるよりは上等な人生に違いない。

 

 ――結局ぶつけようと思っていた鬱憤も晴らすことなく、帰ることになるなんてな。

 

 そんなことを考えながら、扉を潜るために足を踏み出そうとする。

 

 その肩を、誰かが掴んだ。

 

「なん、だと……?」

 

 ブリュンヒルデが上げた驚愕の声が、俺の耳に届く。

 

 振り返れば、そこでは俺を引き留めた者がこちらを見下ろしていた。

 

 中身のない顔をこちらへと向ける、ずんぐりとした体躯の鎧武者。

 

 それ(・・)は伸ばした左手で俺の肩を掴みながら――そっと右手を、こちらへと差し出す。

 

「ちぃっ、こいつは大変なことになるぞ……!」

 

 近くに置いてあったパソコンの画面を、彼女が慌てて覗く姿が視界の端に映る。

 

 だが、今の俺の意識はそちらよりも、自分に向けられた手に向いていた。

 

「これは……そういうこと、なのか?」

 

 問いかけると、頷くように『打鉄』はぎしりと体を上下させた。

 

 目をぱちぱちとさせながら、俺は目の前の光景に絶句していた。

 

 これが適性のあることを示しているのかどうなのかは分からない。

 

 ただ、相手がこちらに対して手を差し伸べている事だけが分かる。

 

 ――先ほどの俺と、同じように。

 

「……」

 

 俺はISに乗りたいなんて、欠片も思ってはいなかった。

 

 ただ、強いて言うなら――俺は心のどこかで、この現状が打破されることを望んでいたんだ。

 

 体を押し潰す大気の壁を引き離して、遥か先の未知の未来へと飛び出すことを。

 

 そんな想いがあるからこそ、俺は突き破れないと知っていても空を見上げる。

 

 ――そして、その想いは彼女も同じに違いない。

 

「(……一緒に、行きませんか?)」

 

 そんな直感()が、俺の脳裏に響いて――。

 

「……ああ」

 

 自然と俺は、その手を握り返していた。

 

 刹那、俺たちの身体が光に包まれる。

 

 その光が収まった時――視点が変わる。

 

 真上を見上げる姿勢から、高所から見下ろす視点へと。

 

 軽く体を動かそうとすれば、手足が伸びたように大きく動く。

 

 それが意味することは、つまり。

 

 俺は確かに、IS(彼女)を身に纏っていた。

 

「お前――名は?」

 

 先ほどまで慌てていたのがようやく落ち着いたらしく、ブリュンヒルデが声をかけてくる。

 

 だが、どうにも動揺を隠し切れていない。

 

 それはこちらも同じで、初めてのISと一体化した感覚に興奮が隠せない。

 

 はやる気持ちを抑えるように、一度深呼吸を済ませ――俺はゆっくりと、自身の名前を告げた。

 

「俺は……天宮(あまみや)。天宮スバル、です」

 

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