落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第四話 セシリア・オルコット

 

「ああ、頭痛が痛いぜ……」

 

「被ってるぞ織斑。そう言いたくなる気持ちは分からんでもないが……」

 

 束の間の休憩時間、俺たちは揃って授業の内容にため息を吐いていた。

 

「ともかく、少しでも予習を進めないと話にならないな」

 

「そうだな。……なあ、天宮。次のは無理だろうけどさ、午後の分のテキスト貸してくれないか。もちろん昼に返すから」

 

「ああ、いいぞ」

 

 特に断る理由もなく、俺は織斑に鞄の中の教科書を手渡した。

 

「助かる。今度なにかお返しするからな」

 

「そんな暇があれば、な」

 

 当分は知識を叩き込むのに手いっぱいで、お返しのことを考える余裕なんてないだろう。

 

 まあ、もとよりお礼を期待している訳じゃないんだ。気長に待たせてもらうとしよう。

 

 そうして俺たちが予習を始めようとすると――。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 そんな偉そうな口ぶりをした女子の声が上からかけられた。

 

「へ?」

 

「……」

 

 そちらへ顔を向けると、視界に金髪を縦に巻いた尊大な雰囲気の女子が立っていた。

 

 くの時に曲げた両腕の先を腰に当て、自信満々に胸を張っている。

 

「ええっと、俺たちに何か用か?」

 

「まあ、なんですのそのお返事は? わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、相応の態度というものがあるのではなくて?」

 

 ……なるほど、この女は俺の嫌いな輩らしい。

 

 ここまで一発で理解できるほどの輩は、一か月ホテルに監禁されていたことを無視しても久々に見たな。

 

「悪いな、俺、君のこと知らないし」

 

 そして織斑は真っ先に、その高慢ちきな神経を逆なでするような返事をする。

 

 それに目尻をきぃっと吊り上げて、女は金切り声を上げる。

 

「わたくしを知らないと!? この、セシリア・オルコットを! イギリス代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを!?」

 

 顔立ちからして外人なのは分かっていたが、まさかの英国人だったとは。

 

 これは、下手な受け答えをすれば面倒なことになりそうだ。

 

 ただでさえイギリスは外交におけるタブーのようなことを平然とやらかす国だ。

 

 そんな所の相手をどういなすべきか――そんな思考を巡らせていると、織斑が口を開く。

 

「あー、質問いいか?」

 

「下々の者の要求に応えるのも、貴族の務めですわ。もちろん、よろしくてよ」

 

「代表候補生って何だ?」

 

 ……それくらいは文字で察することが出来るだろうに。

 

 もしかしたら織斑は、完全に喧嘩を売るつもりなのか。

 

 ――お前の言うことなんて、まったく意味が理解できないのだと。

 

 確かに世界最強の姉を持つ弟ならではの方法だが……。

 

「そんなことを言ってやるな、織斑。いくらなんでもひどすぎる」

 

 ISを兵器として扱っているその交渉は、俺としては好ましくない。

 

 適当にお茶を濁しつつ、退散してもらおうと笑顔を向ける。

 

「すみませんね、オルコットさん。代表ならともかく、他国の代表候補性までは普通は知らないんですよ。無知で申し訳ありませんでした」

 

「天宮?」

 

 突然口調を変えた俺に、織斑が首をかしげる。

 

 そんな彼に、「いいから黙っておけ」と視線を送る。

 

 こういった輩は適当に持ち上げておけばいいんだから。

 

「ただ、オルコットさんが素晴らしいのは俺たちの頭でも十分に分かります」

 

「そうですわ。本来ならば、わたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくする事だけでも奇跡、幸運と言っても差し支えありませんわ。そのことをもう少し理解していただけますこと?」

 

「はい、そうですね。この幸運は神に感謝すべきでしょう」

 

「貴方はよく分かっていらっしゃるようですわね。そちらは?」

 

「あー……そうだな。幸運だよ、うん」

 

 とりあえず肯定を返しておけば問題なさそうだと分かった織斑も、同じように頷いた。

 

「それで、そのようなオルコットさんがわざわざ俺たちのような男に声をかけてきたご用件とは?」

 

「察しが悪いですわね。まあ、いいですわ」

 

 一々こちらを見下す発言に織斑の顔が歪み始めるが、それをそっと見えない角度で注意して押さえさせる。

 

「せっかくのこの機会ですもの。このわたくしが、貴方たちにISの使い方を教授してもよろしくってよ?」

 

「……ISの操作を教えてくれるってことか?」

 

「そうですわ。分相応に頭を下げるのならば、という条件はつきますが」

 

 ……なんというか、ここまで徹底されると苛立ちより先に面白くなってきたな。

 

 内心笑いをこらえながら、俺は織斑を見る。

 

 彼は顔を不愛想にしながらも、丁重に断った。

 

「いや、悪いけど俺は箒……幼馴染に教えてもらうことになってるからな。約束を違えるわけにはいかない」

 

「一夏!?」

 

 俺たちの様子を密かに窺っていた先ほどの幼馴染が、それを声を上げる。

 

 そこから察するに、恐らく今の言葉は出まかせに違いない。

 

「……わたくしよりも、そちらの方が良いと?」

 

「そうは言ってない。ただ、約束を破るのは人として最低だろ?」

 

 それはある意味で英国に対する最大の挑発になるのだが……織斑の言い分は一応道理が通っている。公衆の面前でそこを否定する訳にも行かず、オルコットはぐぐぐと唸る。

 

「でしたら貴方は!?」

 

「俺もお断りさせていただこうかと思いますね」

 

「なんですの!? 貴方も誰かと約束をしているとでも――」

 

「いえ。単に、俺みたいな頭の悪い人間がオルコットさんの時間を貰うのは気が引けるんです。オルコットさんは代表候補生となるまでの方なのですから、俺のような下々のことなど気にせずに自身のことに専念していただけるのがよろしいかと愚考する次第です」

 

 そう理由をもっともらしく説明すると、二連続で思い通りに行かなかったことにオルコットの顔が赤く染まっていく。

 

「あ、貴方たちは――っ!」

 

 そして噴火しようとしたタイミングで、運悪く織斑先生が入ってきた。

 

「っ、次の休み時間にまた来ますわ!」

 

 流石に世界最強の前で弟に口論を吹っかける度胸はなかったらしく、彼女はすたこらさっさと自分の席まで戻っていってしまった。

 

「……さて、次の休み時間はどうしようかね」

 

「絶対に来るよな、あの様子だと」

 

「そうだろうよ。貴族サマが平民の良いようにされるのは我慢ならないだろうし」

 

 簡単に想像できる光景を前に、俺たちは遠くを見る。

 

「貴族制度なんてとっくに終わってるのにな……」

 

「自分で抱えるならともかく、他人にその関係を押し付けるのは止めてもらいたいね。ともかく、最悪は先生に訴えれば何とかなるだろ」

 

 いくら代表候補生でも、たった二人の男子よりは価値が低いはずだからな。

 

「千冬ねぇに頼るのは……」

 

 眉を顰める織斑の気持ちは、俺にも想像がつく。

 

「家族に迷惑をかけたくないのは分かるが、仕方ないだろ。アレが俺たちの言うこと、聞くと思うか?」

 

「……そうだな」

 

 結局彼は、諦めたように受け入れた。

 

「そこ、いつまで話している。そろそろ授業を始めるぞ」

 

「はい」

 

「分かりました」

 

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