「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する。――ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めておかなくてはな」
次の授業が始まるなり、織斑先生はそんなことを言い出し始めた。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の会議や委員会の出席なども兼ねる……まぁ、いわゆるクラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差はないが、競争は向上心を生む。就任した者は、精々追い抜かれないよう注意することだ。ちなみに、一度決めると一年間は変わることがないから、そのつもりでいるように」
教壇に立った彼女が、一気に説明をする。
もちろん俺はそんな、矢面に立つような役職に就くつもりはない。
後ろから差されることすらあり得るような立場だ。
男子が上に立つというだけで納得しない女子なら、何としてでも足を引っ張ってくるに違いない。
そんな想像をして、ひっそりと声を潜めて代表が決まるまで待とうと考えていると――。
「自薦他薦は問わない、誰かいないか?」
黙したクラス中を見渡した先生のその言葉に、いっきに教室が湧き立つ。
「はい。織斑君を推薦します!」
「私もそれがいいと思います!」
「天宮君は、ちょっと、ねぇ……。織斑君に比べると、怖いし……」
「やっぱり、世界最強の弟の方が良いに決まってるよね」
良いように言われているが、代表にならなくて済むのなら別に問題はない。
推薦された織斑は残念だが、辞退すれば良いだけの話だからな。
「お、俺!?」
いきなり推薦を受けて驚いた織斑は、慌てて周囲を見渡す。しかしそこにいる誰もが、彼を代表にしようという風に意気込んでいる。
困った彼はこちらに目を寄せてくるが、今更俺が口を出したところでどうにもならない。
「……やりたくないなら、自分でそう言えばいいだろ」
「そ、そうだ! 俺なんか弱いし、他の誰かの方が――」
「辞退は禁止だ」
そんな馬鹿な、と俺は叫びたくなった。
やる気のない人間に無理やりやらせたところで、絶対に失敗する。
周囲からの圧力で就任させるなんて、軋轢が生まれても当然の方法だ。
「織斑。席につけ、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票で当選だぞ」
「ちょっ、ちょっと待っ……」
彼はなんとか頭を振り絞って、案を捻り出そうとする――そして。
「俺は天宮を推薦する!」
なんと織斑は、俺を巻き込むことを選んだのだった。
そのことに俺は驚くほかなかった。
まさか彼が、俺を売るようなことをするなんて――と。
「……なんで俺を巻き添えにする」
顔を顰めながら静かな声で問いかけると、織斑は気まずそうにしながら答えた。
「同じ男なら、助けてくれよ」
「……もちろん、お前がやりたくないってのなら助けるつもりだったさ。だけど俺を無理に引き出すんなら話は別だ」
残念だが、織斑はそういう奴だったというだけの話だ。
辞退は出来ないようだが、どうせ代表を決める方法なら投票だ。この人気ならば自然と織斑に決まるだろう。
これ以上彼のために女子どもの邪魔をする気も失せたし、もう放っておこう。
そう思い、俺は教科書へ目を落とした。
「では候補者は織斑と天宮だな。他にはいないのか?」
「――待って下さい!」
再び勉強に取り組もうとしたところで――先ほど聞いたばかりの金切り声が教室を割った。
そちらに目を向けると、オルコットが怒りを滾らせた様子で立ち上がっていた。
彼女はびしりと俺と織斑の方へ指を突きつけ、言い放つ。
「納得がいきませんわ! その様な選出は認められません! 男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ! わたくしに、このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
「……」
「実力を鑑みれば私がクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で、極東の猿を推薦されては困ります! 私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気も毛頭ございませんわ! いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべきものであり、そしてそれは私ですわ! 大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけない事自体、私にとっては耐えがたい苦痛であるわけであって――」
「……」
……やはりオルコットは、天性の道化なのではないだろうか。
今の大演説を聞いていて、俺はそんな感想を抱いた。
自信に満ち溢れているのはともかく、こうも他人を蹴落とす言葉をすらすらと並べ立てることが出来るというのは一種の才能だろう。
加えてその中身は、織斑どころか大半が日本人で構成されているクラスそのものに喧嘩を売る内容だ。
見れば、周囲の人間のほとんどに怒りの感情が浮かび上がっているのが分かる。
真っ先に反応したのは、その言葉をまっすぐに突きつけられていた織斑だった。
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
的確な指摘に、オルコットは怯む。
なにせ自国のトップですらジョークにするような文化だ。いくら彼女でも、即座に否定する事は出来なかったようだ。
代わりに彼女は、再び顔を真っ赤に染める。
「なっ!?あ、あっ、貴方はっ! 私の祖国を侮辱しますの!?」
「先に侮辱したのはそっちだろ!」
「――ならば、決闘ですわ!」
……だから、何故そう前時代的な解決方法を提案するんだ。
休み時間のことと言い、現代人という意識がまるでない。
聞いているだけでツッコミたくなる言葉の連撃に、俺は笑いをこらえるので必死になっていた。
そしてその勢いのままに、織斑はオルコットの言葉に乗る。
「おう、いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
「言っておきますけど、わざと負けたりしたら私の小間使い……いえ。永遠に奴隷にしますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」
「そうですか?何にせよ、丁度良い機会ですわ。まあイギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」
既に英国淑女の実力は、十分に示されていると思うのは俺だけだろうか。
だが、言葉にしなければツッコミというのは成立しない。
互いに言葉の勢いをエスカレートさせていく二人は、周囲を放っておいて教室の空気をますます白熱させていく。
「んで? ハンデはどれくらいつければいいんだ?」
「あら? 早速お願いかしら?」
「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいのかなー、ってな。男が女に全力を出すわけにはいかないからな」
そんな織斑の言葉に、慌てて他の女子が口を挟む。
「ちょ、ちょっと! お、織斑君、それ本気で言ってるの?」
周囲の女子が、彼の言葉に次から次へと注意を寄せる。
「男が女より強かった時代はもう大昔のことだよ?」
「織斑君はISを操縦できるだろうけど、そんなに長く乗っているわけでも直接ISに関わってきたわけでもないでしょ?」
それらの忠告に、織斑は言い直す。
「――じゃあ、ハンデはいい」
「ええ、そうでしょうね。むしろ、私がハンデをつけなくていいのか迷うくらいですわ」
そうクラスの女子の言葉を聞いて自身の優越性を思い出したのか、オルコットは優雅に髪を払う。
「ねぇ、織斑君。今からでも遅くないし、ハンデをつけてもらったら?」
だが、そんな言葉も頭に血が上っている織斑には届かない。
「はっ、男が一度言いだした事を覆せるか。ハンデは無くていい」
「えー、それは代表候補生を舐めすぎだよ……」
そこで一度クラスは鎮静化し、ずっと話を聞いているだけだった先生が話を纏める。
「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後に第三アリーナにて執り行う。オルコットと織斑、そして天宮はそれぞれ準備を整えておくように」
「……俺もですか?」
嫌だという意思を言外に含めながら問い直すと、彼女はそうだと頷いた。
「決闘騒ぎはそっちの二人の話でしょう。あとは投票なりなんなり、平和な方法で決めましょうよ。ISは危険な兵器なんですから、こんなことに持ち出しちゃ駄目なんじゃないですかね」
「なっ、天宮はあんなことを言われて放っておいても良いって言うのか!?」
そんな俺の提案を気に入らなかったらしく、織斑はこっちを見る。
「別に、どうでもいいだろ? 実害がある訳でもないんだから」
「極東の猿だとか、日本が文化的に遅れてるって言ったのにか!?」
「だからなんなんだよ。織斑、お前がアレに対して怒りたいんなら怒れば良いさ。でもそれを俺にまで求めるなよ」
喧嘩を買うということは、相手と同じ土俵に立つことを意味する。
俺は、あんな気に入らないことがあれば決闘に持ち込むような価値観と同列に思われたくない。
余計な諍いを起こして今後も恨まれ続けるよりも、長く続く平穏が一番なんだ。
無抵抗に殴られ続けるって訳じゃないが、あそこまで面倒そうな手合いならこれ以上関わりにならないのが一番だ。
ため息を吐いて教科書に向き直る俺に、織斑はそれでもと詰め寄ろうとしていたが――。
「ともかく、改めて告げておく。勝負は来週の月曜日、放課後の第三アリーナにて執り行う。見学したいものは自由にしろ。三人はそれぞれ準備しておくように。天宮、お前もだ」
「……さっきの話、聞いてました?」
「お前こそ先ほどの時間の話を聞いていたか? お前は将来的に、その危険なISを駆ることになるんだ。戦う気がなくとも戦わなければならないんだ」
「今がその時だとは、到底……」
「その時、を決めるのはお前ではない」
そう押し切られ、結局先生による決定が覆ることはなかった。
そのまままだ言い足りなさそうな雰囲気の織斑とオルコットは強引に座らされ、授業は進行し始める。
その内容だけは決して聞き逃さないように注意を払いながらも、俺はその裏で次の決闘の話をどうしようかと頭を悩ませていた。
俺は戦うつもりなど毛頭ないのだが、誰もそれを我儘だとして許さない。
――ならば、一体どうしたものだろうか。