落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第六話 同居人

 

 来週の決闘のことを頭の隅に置きつつ、残る全ての授業を終えた俺はチャイムが鳴ると共に思わず安堵の息を漏らした。

 

「ふぅー……」

 

 知恵熱で熱くなった体を冷ましつつ、軽く腕を上に伸ばして固まった体をほぐす。

 

 窓の外を見れば、もう空は赤くなりかけていた。

 

 それだけの時間を机に向かって過ごしていれば、誰だって疲れるものだ。

 

 もちろん勉強はこれで終わり、という訳ではない。

 

 ホテルに帰ってからも、テキストに向き合って今日の授業を復習しなければならない。

 

 ここの学園の図書館で過ごす、という手もあるのだろうが……。女子がたくさんいるであろう場所で過ごすなんて死んでもお断りだった。

 

 所蔵されている図書のページを意図的に破って責任を押し付ける、なんてこともあるからな。

 

 ――余計な人間に絡まれるより先に、さっさと校門前で待っている政府の車に乗って退散するに限る。

 

 そう考えて荷物を鞄に詰め込み始めると、こちらを呼ぶ声が聞こえた。

 

「すみませーん! 織斑君と天宮君は残ってくれていますかー?」

 

 がらっ、と教室の扉が開く。

 

 その向こうからは先ほど職員室へ向かったばかりの緑髪の教師が姿を現した。

 

 一体何事だろうと思ったが、無視するわけにもいかない。

 

 鞄を持ってそちらへ向かうと、同じく呼ばれた織斑と視線が合った。

 

「なんでしょうか」

 

「どうしたんですか山田先生?」

 

 俺はあれから休み時間のたびに話しかけてきていた織斑を無視していたため、自然と向こうも言葉を交わすのを諦めたのか視線を逸らした。

 

「す、すみません。寮の部屋が決まりましたので、お知らせに……」

 

 俺たちの間に流れる険悪な雰囲気を察してオドオドする教師のその言葉に、俺は眉を寄せた。

 

「……俺はしばらくの間、ホテルで過ごしてもらうと聞いていたのですが?」

 

「俺も、一週間くらいは自宅からの通学だって話だったと思いますけど」

 

 織斑の方も寝耳に水だったらしく、疑わし気に問い直す。

 

「はい、そうなんですけど……ほら、事情が事情ということもあるので。部屋割りを無理やりに変更したらしいです。――二人はその辺、なにか政府の方から改めて連絡を受けていた理はしませんか?」

 

「いいえ」

 

「何も聞いていません」

 

 ――疑わしい話だな。

 

 朝に織斑に対しての連絡不足が発覚したばかりなんだ。

 

 その日の内にまた、連絡されてもいないうちに話が進むなんてことがあるのだろうか。

 

「すみません……。ともかく、政府の匿名もあったので。まずは寮に入れるのを最優先にしたみたいです。さすがに個室は無理でしたので、しばらくは相部屋でお願いします。一か月もすれば、それぞれの個室が用意できるかと思います」

 

 教師の言葉を疑いながらも、俺はひとまず差し出された鍵を受け取った。

 

 そこに結びつけてあるタグには《1054》の番号が刻まれている。

 

 ――しかし、個室が出来るまで一月は相部屋か。

 

 どうせ異性と一緒なんて馬鹿げた話はないだろうし、相手は織斑だろう。

 

 正直なところ、この男が簡単に他人を売るような輩なのは分かったのだから嫌なのだが。

 

「……あの山田先生、耳に息が掛かってくすぐったいんですが」

 

「あっあの、いやこれは、その、あ、別にわざとかではなくてですね……」

 

 そんな話をやっている二人を放っておいて、俺は一足先に寮へと向かった。

 

 生徒手帳に書かれた地図を頼りに進んでいると、その途中でキャリーケースを引っ張っている織斑先生に出くわした。

 

「ちょうど良い。これはお前のだ、天宮」

 

 突然押し付けられた持ち手を慌てて受け取ると、なにやらずっしりとした重さがと伝わってくる。

 

「はぁ。一体なんなんですか?」

 

「ホテルに置いてあった残りのテキストと、当面の生活必需品だ」

 

「……本当にホテルには戻らないんですね」

 

「ん?」

 

 てっきり学園側が無理やり寮に押し込めて何かを企んでいるのかと思っていたのだが、ここまでするのならば政府の方にも話はついているようだ。

 

「いえ、なんでもありません」

 

 余計なことを言って、再びあの出席簿で叩かれるわけにもいかない。

 

 俺はキャリーケースを素直に受け取り、自身に宛がわれた部屋に向かうために地図を読み解く作業に戻るのだった。

 

 

 ■■■

 

 

 番号通りの部屋に辿り着いた俺はさっそく鍵を開けて中に入ろうとした。

 

 しかし、差し込んだ鍵を回そうとしたところで――手応えが返ってこない。

 

 まさか織斑が先回りしたのか?

 

 ――いや、俺はそこまで迷わずに最短距離でここまでやってきたはずだ。

 

 とすれば中に居るのは、織斑ではない想定外の第三者か。

 

 もしかすると、ISを動かせる男子が気に食わない襲撃者かもしれない。

 

 その可能性も鑑みて、俺は身の回りのもので辛うじて武器になりそうなシャーペンを構える。

 

 ゆっくりと、ノブを回してドアを開く。

 

 部屋の奥へと続く廊下は、見る限りだと洋風のホテルのような内装になっている。綺麗な絨毯が敷かれており、備え付けられたライトには花弁のような覆いがつけられているのが見えた。

 

 その光に照らされる中を慎重に進み、死角である部屋の壁へとバッと躍り出る――!

 

「えっ?」

 

 だが、俺の目に飛び込んできた光景は予想していたものとは違った。

 

 てっきりそこに控えていた何者かが襲い掛かってくる、なんて思っていたのだが。意外にも、そこにいたのは普通の女子だった。

 

 否。普通の、という冠詞は間違っているだろう。

 

 そこに置かれた勉強机の一つに向かって座っている青い髪の女子は、眼鏡をかけながら世にも珍しい半透明の画面を睨みつけている。キーボードを前に指を素早く動かして何かの文字列を打ち込んでおり、俺が部屋に入ってもまるで気づいた様子はない。

 

 恐ろしいほどの集中力で、目の前の作業に集中しているようだ。

 

 少なくとも、そんな彼女からは敵対する意思は感じ取れない。

 

「……ごほん」

 

 気が抜けた俺は、急にこんなことをしているのが恥ずかしくなってペンを胸ポケットに差し込む。

 

 それでも万が一に備えて逃げ出せるように入り口近くへ陣取りながら、俺は彼女に声をかけた。

 

「……おい」

 

「……」

 

 軽く声をかけただけでは彼女は動かない。

 

 よほど意識を目の前の画面へと向けているらしい。

 

 仕方なしに、俺は傍にあったチリ紙を丸めて彼女の目の前へと投げつけた。

 

 ふわりと弧を描いた紙弾は、透き通った画面をすり抜けて机の端へ転がっていく。

 

「……なに?」

 

 作業を邪魔されたことでようやくこちらに気が付いたのか、不機嫌そうな声を上げて彼女は顔を動かす。

 

「お前は誰だ?」

 

 警戒心を露わにしたこっちの声に、彼女は平坦な声で答えた。

 

「……更識簪。一年四組」

 

「なんでここにいる?」

 

「ここが私の部屋だから」

 

 変わらぬ声でぬけぬけとそう抜かす相手に、一瞬嘘ではないと思ってしまう。

 

 だが、そんな訳はない。いくらなんでも同年代の男女を同じ部屋に入れるなんて暴挙が許されるはずがない。

 

「嘘をつくな」

 

「嘘じゃない。IS学園のセキュリティは高いから、部屋の鍵を持ってないと入れない」

 

 ありのままの事実を淡々と話しているような物言いに、こちらの心が揺らぐ。

 

「……ちょっと待て」

 

 俺は懐からスマホを取り出し、最初から連絡リストに入っていた織斑先生へと電話をかけた。

 

「――なんだ、天宮」

「寮の部屋に女子がいるんですけど、どういうことでしょうか。鍵を間違えて渡したってことですか?」

「間違えてはいない。更識――彼女のことなら、お前のこれからの護衛だ」

「護衛、ですか?」

 

 そうだ、と彼女は念を押すように画面の向こう側で頷いた。

 

「IS学園の中にも、お前たち男性操縦者を狙う輩が潜んでいる可能性がある。そいつらを排除するためにも、護衛は必要だ」

「それで同じ生徒の中から選んだ、と」

「付け加えれば更識は日本の代表候補生だ。家もそういったことに慣れている所だから、よほど手慣れた相手でもなければ失敗はしない」

「……そう、ですか」

 

 ここまで説明するのなら、恐らく俺が拒否しようとしたところで変わりはしないだろう。

 

 それでも一応俺は、先生に最も重要な部分について確認しておく。

 

「聞いておきますが、彼女自身は安全なんですか?」

 

 ――彼女自身が襲撃者と同じような思想を抱いていないか。

 

 ――彼女自身が日本政府の息のかかったスパイなのではないか。

 

 そんな疑いは、どうしても俺の胸から離れない。

 

「……疑いたくなる気持ちは分からんでもないが、それなら誰を護衛に寄こしても同じだろう。何か問題を起こしたなら、その時に私に言え」

 

 それっきり、ぶつんと通話は切られてしまった。

 

 織斑先生と話している間、彼女はじぃっとこちらを見つめていた。

 

 目の前で疑惑たっぷりと評価されたにも関わらず、無機質な瞳をこちらに向けている。

 

「……天宮だ。よろしく」

 

「……よろしく」

 

 それ以降は、俺たちは部屋の内装の割り決めを行うだけの最小限の会話を終え、それっきり互いに何も話さなかった。

 

 いや、正確には一つだけ。

 

「さっきは、その……悪かった。邪魔をして」

 

「ん……気にしなくていい」

 

 たった一つの謝罪だけはきちんと終えておく。

 

 その後は、彼女は無言のまま再びプログラムの羅列らしき画面の文字列に向かい合い、俺はキャリーケースの中から取り出したテキストで勉強を始めた。

 

 夕食の時間になると「晩飯」と言って一緒に食堂に向かい、「風呂」と言って交互に部屋に備え付けられたシャワーを浴びて、「おやすみ」と言ってベッドに潜る。

 

 短い言葉だけでコミュニケーションを取り、俺はようやく一日目の終わりを迎えて眠りにつくのだった。

 

 ――いや、信頼の出来ない女子が隣にいるのに素直に熟睡するのは危険だ。

 

 そう考えた俺の顔は自然と、ベッドを分かつ仕切りの向こう側にいるはずの彼女の方を向いていた。

 

 その先からは――夜が明けるまでずっと、作業の灯が差し込んできていた。

 

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