落翼よ、ソラへと駆けろ   作:七海香波

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第七話 専用機

 

「天宮、お前は少し待て」

 

 翌日。睡眠不足の頭で一日の授業を終え、そろそろ帰ろうとしていたところで後片付けをしていた織斑先生から呼び止められた。

 

 まだ他のクラスの人間が残っていた中での指名だったので、自然と周囲からの注意が集まる。

 

 織斑もまた、幼馴染と一緒にこちらを見てきていた。

 

「なんでしょうか」

 

 そんな中で教卓に近づくと、要件が手短に伝えられた。

 

「昼に織斑について専用機が渡されると言ったが、お前についても同様の措置が取られることになった。だが、政府には専用機を二台開発できるだけの予算がない。それ故にIS学園の所有している機体の中から選出することになった。今からそれを選びに行くから、着いてこい」

 

「そういうことなら。分かりました」

 

 俺は鞄を持って、教室から退出する先生に続く。

 

 廊下を歩く途中で、俺はこれから受領する期待についての簡単な説明を受けた。

 

「IS学園の所有する機体は打鉄とラファール・リヴァイヴの二種類だ。どちらも第二世代の汎用機として優れたもので、打鉄は防御力、ラファールは機動性に優れている。付け加えるなら後者は拡張性……装備の自由度が高い」

 

「そのどっちかを選べるということですか?」

 

「ああ。既に第二アリーナを準備しているから、試しに動かしてみて好きな方を選べ」

 

 彼女の視線の先には、IS学園の敷地内に置かれた巨大な演習場が廊下の窓の外に覗いていた。

 

「……そう言えば、ついでに聞いておきたいことがあるんですが。例の、クラス代表の件で」

 

「それがどうかしたか」

 

「ISで戦って決める、というのは仕方がありません。ですが、練習をする機会は与えられるんですか。散々甚振られて、見世物になるのはごめんですよ」

 

「もちろんだ。お前たちは素人だからな、そのまま送り出してもオルコットの一人勝ちになることは目に見えている。後でアリーナ使用の申請方法を教えてやる」

 

「いえ、そうではなくて。どうせ既に、演習場の予約枠は先輩方が埋め尽くしているんじゃないんですか? 今更俺が申し込んだところで、代表選までの枠はもう取れないと思うのですが」

 

「……それもそうだな」

 

 彼女は一度立ち止まり、顎に手を当てて逡巡する。

 

 あわよくば学園側の手続き不足、ということで代表選が取り消しにならないかと淡い期待を抱いていたのだが――。

 

「では、本来の使用時間後に特別に練習できる時間を設けてやる。それで良いだろう。十分納得がいくまで練習すると良い」

 

「……はい」

 

「なんだ、納得がいかなそうだな」

 

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

 さすがにそんなに話がうまく行くわけもなく、俺は心の中で落胆する。

 

 むしろ、こうした申し出をしてまで手を抜くわけにはいかない。

 

 逆に自らの首を絞めることになった結果を前に、己の愚かさを呪いたくなった。

 

「お前にやる気はないのは、見れば分かる」

 

 そんな俺の意思は簡単に見破れるほどに露わになっていたらしく、織斑先生は表情を険しくした。

 

「……はい」

 

「なぜそこまでやる気がない? 織斑はあれほど意気込んでいるというのに」

 

 鋭い視線を向けられながら、そんな問いをぶつけられる。

 

 本音はもちろん、ISを兵器として使うことが間違っていると思うからだ。

 

 ――だが、そんなことを言った所で目の前の彼女は納得しないに違いない。

 

 そんな本音を吐けるほど相手を信頼できていない俺は――適当な言い訳で話を濁すことにした。

 

「たった一週間で、オルコット相手に何が出来るようになると思います? 俺がいくら努力したところで、無駄でしょうね」

 

 それはこの場において適当に思いついた言葉だった。

 

 だが、俺の頭が作り出した嘘のはずのそれは、確かなもう一つの本音だった。

 

「努力したところで、何になるって言うんですかね。頑張るだけなら誰にだってできるでしょうよ。でも、その結果を誰がちゃんと見てくれるんです?」

 

「……天宮」

 

 そんな俺の言葉に彼女はただ一言、呟いた。

 

 ――失敗した。こんなことを言っていれば、また出席簿で叩かれるかもしれない。

 

「いえ、失言でした。――ありがとうございます、先生。一週間という短い時間ですが、できる限り頑張ってみたいと思います」

 

 叩かれないよう即座に謝って、俺は彼女から意図的に視線を外した。

 

 そして、話題を断ち切るように自ら歩き始める。

 

 ――これ以上本音を漏らすわけにはいかない。

 

 彼女の方も深く問い詰めるようなことはせず、俺たちは再びアリーナへ向けて進みだした。

 

「……ところで、更識はどうだ。一晩経って、不信感は拭えたか?」

 

 彼女は唐突に、そんな話題を振ってきた。

 

「少なくとも一日目は、何もされませんでした」

 

「二日目以降もなにもせんさ。アイツはお前が予想しているようなことをするほど暇ではない」

 

「暇がない?」

 

 しかし、織斑先生は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべただけでそれ以上深い事情は話そうとはしなかった。

 

「あまり私からは言うべきではない。言う資格がない、というべきだろう。――知りたければ、更識自身から聞くんだな」

 

「いえ、結構です」

 

 向こうにその気がないのなら、わざわざこちら側から干渉する必要はない。

 

 今のところのように、最低限の繋がりさえ保っていれば問題は起きないだろう。

 

「……そうか」

 

 それっきり、俺たちは無言のままアリーナへと足を速めた。

 

 

 ■■■

 

 

 目の前に聳えるのは、二種類のIS。

 

 片や適性テストの際に使用した鎧甲冑――『打鉄』だ。

 

 そしてもう一つは、スマートな流線型の軽装のIS。こちらが恐らく、『ラファール』なのだろう。

 

「本来ならば密着度を上げるためのスーツが必要だが、軽く動かすだけなら変わるまい。ほら、乗ってみろ。まずは足を差し込め。そうすれば自然と残る部分がフィッティングを開始する」

 

「はい」

 

 その言葉に従って、俺はまずラファールの脚部装甲を足場によじ登って足を差し込んだ。

 

 するとISが起動し、他の胴や腕の鎧が一度開いてから俺の身体を包み込んで再び閉じていく。

 

 制服を着ているからか、最初は若干締め上げられるような感覚が襲ってくる。だがその厚みもすぐに計算されたのか、すぐに窮屈さは解消された。

 

 最後にIS特有のハイパーセンサが頭と同期を開始すると、三百六十度の視界が急速に飛び込んでくる。

 

「うおっ……」

 

 試験会場で一度体験していたとはいえ、この視界の広さが急にやってくると酔いそうになる。

 

 崩しそうになったバランスを慌てて持ち直すように、俺は一歩を踏み出した。

 

「よし。後はそのまま歩いてみて、慣れたら空を飛んでみろ。背部のブースターで自在に宙を移動できる」

 

「えっと、そのブースターというのは、どう動かせば良いんです、かっ?」

 

 よたよたとグラウンドを歩きながら問いかけると、いつの間にか装着したマイク越しに先生が説明を開始する。

 

「操縦者のイメージを読み取って、機体が自動的に動かし始める。そうだな――ゆっくりとエンジンをふかすように想像してみろ」

 

 それを受けて、俺はゆっくりと心の中のエンジンに点火を開始した。

 

 最初は、火花が散る程度。――カチッ、と背中のブースターが音を立てた。

 

 そのまま空気と燃料を少しずつ送り込んで、勢いを強くしていくと――。

 

「うおっ……」

 

 自然と重力の感覚が消え、背部のブースターが自分を前方の空中へと押し出す。

 

 ふわりと足が地面から離れたことに驚いて、ブースターのイメージが途切れた。

 

 その結果として俺の身体は変に崩してしまい、地面に足をもつれさせて倒れ込むことになった。

 

「わっ、たっ……」

 

 勢いを殺しながらしばらく転がって、ようやく停止したところで立ち上がる。

 

 まるで初めて自転車に乗った時と同じような感覚だ。

 

 補助輪を外した時の恐ろしさ――それを高校生になってからまた味わうことになるなんてな。

 

 もしこれがオルコットと顔を合わせる時に起こっていたなら、それこそ立つことも出来ずに試合は終わりを迎えることになっていたかもしれない。

 

「……ふぅ」

 

 気を改めて、先ほどの感覚を思い出しながら俺は再び宙へと向かった。

 

 ――大地を離れ、重力の檻から解き放たれたISが空を駆ける。

 

「おお……っ」

 

 初めてのその感動に、俺は思わずそんな声を漏らした。

 

 ――飛行機から窓の外を見るのとは、また違った感覚だ。

 

 自分一人では叶わないはずの奇跡的な感覚に、自然と体が震える。

 

「……よし」

 

 その興奮を抑えきれぬままに、俺は更なる高みへと飛翔する。

 

 徐々にブースターを加速させながら、俺は一直線にアリーナの上へと飛び上がった。

 

 大きく開けたその向こう側から覗く、太陽へと向けて――。

 

 装甲が風を切る。

 

 大気の壁を潜り抜けて、俺は今――空を駆けている。

 

「――すごい」

 

 視界の端に浮かぶ半透明の画面には、現在の高さがおよそ二千メートルほどであることを示していた。

 

 スカイツリーを二本重ねたよりもなお高い場所へと、俺は一分も経たぬうちに到達してしまっていた。

 

 その場で軽くターンをしてみれば、簡単に地球が丸いことが理解できてしまう。

 

「――すごい」

 

 ――瞬く間に遥か先へと駆けてしまう、ISが。

 

 ――視界の先に広がる、弧を描く地平線の彼方が。

 

「――綺麗だ」

 

 本来は宇宙開発用のパワードスーツであるISならば、まだまだ先へと飛び出すことが出来る。

 

 かつてボイジャー一号が撮影した最後の一枚の場所。

 

 その更に向こうから地球を見渡すことだって、できるに違いない。

 

 そんな想像が、俺をなによりも興奮させた。

 

「――満足している所に水を差すようで悪いが、そろそろ戻ってこい。その際にはもう少し複雑な動きを加えながらな」

 

 織斑先生の声に、俺は再び現実へと意識を戻させられる。

 

「……分かりました」

 

 ――いつかまた、この感動を掴もう。

 

 俺はそう胸に誓いながら、彼女の指示に従って機動性の確認を経て地上へと戻っていった。

 

「どうだった」

 

 肉声でそう語りかけてきた彼女に、俺はラファールから降りながら答える。

 

「比較対象がないので、具体的には言えませんが……自由自在に空を飛べる感じがしました」

「それがラファールの特徴の一つだからな。打鉄だともう少し癖がある。まあ、乗ってみれば分かることだ」

 

 続いて俺は、側に置かれていた打鉄に騎乗した。

 

 再びセッティングが始まるが――ラファールの時と比べて、調整を終えるのが早い。

 

 加えて最後に、脳内に声が聞こえた――「おかえりなさい」と。

 

「……どうかしたか?」

 

 その声に驚いた俺の様子を見咎めた先生が、大丈夫かと聞いてくる。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 気のせいかと疑問を振り払いながら、俺は再びブースターをふかして空へと飛び立った。

 

 ラファールで行ったのと同じような軌道を描いて、アリーナの中を駆け巡る――。

 

「……動きやすいな」

 

 先だって言われたように、この打鉄の動きには確かに癖がある。

 

 ラファールよりも重武装だからか、急激な方向転換だと遠心力で一瞬動きが止まって良そうになる。

 

 だが、それよりも、何と言えばいいのだろうか。

 

 着慣れた服に袖を通した時と同じような――俺とISとの一体感が、ラファールの時と比べて上のように思えた。

 

 機体の指の先まで神経が通っているような感覚だ。

 

 見るまでもなく、その動きを十全に把握できる。

 

 何が起きているのかは分からない。

 

 ただ、こいつになら身体を預けることが出来る――そんな確信が抱かせられた。

 

「……決まりだな」

 

 地上へ戻るなり、先生は話しかけてくる。

 

「すぐには決められないだろう? まだ時間は取ってあるから、もう少し試運転してから決めれば良い」

 

「いえ、もう決まりました」

 

「なに?」

 

「俺は打鉄を――いえ。こいつを選びます」

 

 機体に乗ったまま、俺はそう告げた。

 

「そんなに打鉄が良かったのか?」

 

「そうですね」

 

 自分との一体感なんてオカルト染みたことを言葉に出来るはずもなく、俺はただそれだけを返した。

 

「……一応言っておくが、後で変えたくなったら言え」

 

「はい」

 

 そんなことはないだろう、と思いながら口だけはそう返しておく。

 

「では、後は所有者設定を済ませてから第一次移行(ファーストシフト)を済ませるまで――既に終わっている、だと……?」

 

 手に抱えたタブレットを見ながら、先生は首をかしげる。

 

「なにかありましたか?」

 

「――いや、大丈夫だ。馴染んでいるのなら、私からは言うことはない」

 

 彼女は何度かタブレットを叩き、こちらの視界に新たな画面を浮かび上がらせた。

 

「ISは普段、待機形態にして身に着けておけ。候補は幾つか存在するから、その中から選べ」

 

 腕輪や耳飾りと言ったものがリストの中に浮かび上がる。

 

「そうですね……」

 

 だが、ざっと眺めた限りだとその中に求めていた形のものはなかった。

 

「先生、これ以外の形には出来ないんですか?」

 

「自分でデザインしたいということか? 出来ないことはないが、専用の環境が必要となる上に今のお前には知識が足りん」

 

「では、今のところは無難なものにしておきます」

 

 万が一取られては大変だと、出来る限り隠せるようなものを探す。

 

 結局俺が選んだのは、制服の下に着けられるペンダント型のものだった。

 

 それをタップした瞬間、ISが光を放って消え失せる。

 

 地面に着地した俺の首には、いつの間にかISの変化した黒いペンダントが細い鎖でかかっていた。

 

「アリーナは通常、午後八時まで使用可能だ。お前はこれからクラス代表選までの間、九時から十二時まで使うことが出来る。精々努力して見せることだな。それと、お前にはこれも渡しておく。そこから打鉄のスペックを確認できるし、簡単な設定の変更も可能だ」

 

 最後のタブレットをこちらの胸元に押し付けて、彼女はラファールに乗って去っていった。

 

 恐らくああやって格納庫まで運ぶのだろう。

 

 残された俺は、胸に下がったISを手に取った。

 

 ずしり、と確かな重みがのしかかる。

 

「これから、よろしく頼む……打鉄」

 

 それに応えるように、手の中の黒曜石が小さく瞬いた。

 

 

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